第1区 駅伝部人員召集の件 1. 牛頭義裕

-2000/10/09  AM10:15 県営競技場-


『ゴズ先輩、こちら犬塚です。先ほどゴクウから受信機を引き継ぎました』

『ワンコか?こちら牛頭だ。わかった、ありがとう。ゴクウには競技に意識を戻すように言ってくれたか?』

『はい!ちょくちょくこっちに来てくれたゴクウも完全にアップに戻りました。それにしても、女子の時には最後まで何もなくて本当によかったです』

『ということは、予告状が正しいなら、男子で何か起こるということだな』

『そういうことですね。女子の時の見張りありがとうございました!こっちはなんとかします。何か影や動きがあったらヒツジ先輩に聞けばいいんですよね?ボコボコにする前に』

『事が起こったときについては、僕が戻るまではあいつに任せてある。ネズミー先輩に何も起こらなかった以上、何か事が起こるとすれば僕だと思う。

作戦通りに動いて相手を惑わすよ。流石に、第三者を巻き込むような、形振り構わない手には出ないはずだ。

仮に向こうの行動が成功したとしても、その場合あちらの再起の可能性すら潰すことになるからな』

『お願いします。不審な動きについては、今オロチ先輩が要注意ポイントを複数のカメラで同時に見てます。万が一何かあったらあたしたちも動く、それでいいですよね?』

『それでいい。特にタイガー、それからゴクウが競技モードに入った今は、実際に戦闘力を持つお前たち2人が一番当てになる…ああ、もちろん、発動時のネズミー先輩は別格としてな』

『発動させるような真似はさせられないですけどね』

『それもそうだ。アレは余程の修練がない限り、一度きりだからな』

『ですね。確認しますけど、5区のゴクウが戻ったってことは、男子は全員アップに戻りましたか?』

『ペガサス先輩がアップを終わらせて、最終中継所付近に向かってるのを除けば、全員アップを終わらせて中継所付近で今一度体を温めているそうだよ』

『わかりました。先輩も頑張ってください!』

『ありがとう。それと、県大会初出場おめでとう』


 先ほど女子4区を走り終えた後輩との通信を終え、女子3区・オロチ特製の通信機の通話を切り、再びストレッチに戻る。

 体が硬くなって、大事な時に異常が生じてしまっては困る。

 僕が戻るまで、後のことはあいつに任せよう。


 北から吹く風がだんだんと強くなり、秋が深まる季節。

 西暦2000年10月9日、川岸の東側にある県営競技場、その雨天走路には男子1区の選手が多数集っていた。他校の走者の中には見知った顔もいくつかある。

寒さなのか緊張なのか、異なる学校間ではもちろんのこと、同じユニフォームの、ゼッケンの色が違う学校―すなわち、同じ学校の間でも会話は少ない。

通常、一校から一軍と二軍の2チームを出すことができる。一軍のゼッケンは白地に黒い文字で、二軍のゼッケンは白地に赤色の文字だ。

僕たちの中学校では諸事情あって、一軍のみの構成となっている。他校の選手がちらほらつけている二軍の赤いゼッケンは、今年の十二山中学校にはない。

 スタンドには各校の幟がはためいており、その中には十二山中学校のものもある。黒地の中に、白い十二支を円形にあしらった意匠の代物である。

近くにある他校のものには、赤地に金文字で孫子の一節「風林火陰山雷」を記したものや、黒い三ツ葉葵を白地に印刷したものも見受けられる。


「ゴズ君、あと5分で最終召集よ」

 幟を見ていた自分を呼ぶ声が聞こえるのでそちらの方向を見ると、背の高い、ほっそりとした、お下げの女性。付き人をしてくれている鹿屋かのや詩歌しいか先輩、通称シーカ先輩だ。

 人数がぎりぎりなうえに、オープン選手も不在で、長距離の女子が全員「対処」に当たっている状態であるため、短距離やフィールド競技を専門とする陸上部員が付き人をしているのだ。

 シーカ先輩はすでに引退済みかつ受験勉強真っ只中の3年生で、短距離のハードル走と高跳びをしていた先輩である。

「コート以外の荷物はもう預かっちゃおうか?こっちも県庁の辺りまで自転車で輸送しなきゃだし」

「ありがとうございます、ただ、万一のために通信機だけはまだ持ってます。コートと一緒にお渡しします」

 タオルやジャージを入れたバッグを先輩に渡し、僕・牛頭ごず義裕よしひろは今一度体を温めに向かう。

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