十二山中学校駅伝部戦記二〇〇〇
和泉 守
号砲前
男子陸上部部室にあの手紙が届いたのは、市の駅伝大会前日である10月8日、日曜日の夕暮れだった。最終調整を終え、大会前日の最終会議を終えた後のことであった。その年の壮行会は、諸事情により開かれることはなかった。
誰から差し出された文章かは明示されていなかったが、本文を見せてもらうと、差出人ないし差出人の関係者に、ある人物が絡んでいることは明らかだった。
文面にはただ一つ、「10月6日の借りはそっくりそのまま返す」と書かれていた。
「借り」が何を指しているのか。
それは、あの時の一件に絡んだ身として、よくわかっていたはずだった。
ある県の県庁所在地。
北東側と北西側にそれぞれ聳える二つの山のふもとにその都市は存在する。二つの山の間に挟まれた谷から川が流れ、市街地を二分している。この二つの山のすそ野と、その付近である北部を除いて、市内を見渡す限り地形の起伏は大きな川をはじめとする川沿いの河岸段丘を除き見られない平坦な地形である。
その市内でも最北東部に存在する中学校が、ここ十二山中学校である。
鉄筋コンクリート3階建てが南北に2つ並ぶ校舎は北東側の山の中腹に位置している。平地に校舎が存在しない中学校は市内でもこの学校を含めて2つしか存在しない。もう一つの中学校は市内の最北西部、北西側の山の中腹に位置している北総社中学校である。
全校生徒数は過疎の影響もあってか200名少々と、市内の中学校で最下位である。常設の部活も特色ある部こそあるものの、数だけみれば市内最小である。
県内、特に南部のほとんどの中学校には、夏から秋、遅くとも初冬にかけての季節限定で設置される部活がある。
「駅伝部」である。
この駅伝部、陸上部の長距離組を中核として、男女ともに長距離走に秀でた人材、特に常設の部活を引退した3年生が集まることが多い。己の力を試してみたい、夏の最後の大会で不満が残るところを何とかしたい。そう思うところがある3年生たちが例年参加するのだ。それだけでなく、市大会で8位入賞以上の好成績を上げれば内申にプラスとなり、高校受験にも良い影響を及ぼすことも、駅伝部に3年生がわらわらと集まる要因として存在する。区間の数は男子が6区間、女子が5区間となるため、一軍選手の座を争う競争率も例年それなりに高い。大会に出場できる選手も、一軍二軍合わせて、男子12人、女子10人がやっとである。
ここ十二山中学校も小規模ながら例外ではなく、毎年夏の大会が終わるころに駅伝部が結成される。男子は少人数ながらも市内の強豪校として知られ、3つしかない県大会出場の枠を毎年争う位置にある。何度か県大会の出場経験も存在し、昨年も市大会で3位入賞を果たした上で県大会への出場を果たしている。しかしながら、市大会での優勝経験はまだ存在しない。女子に関してはここ数年で実力をつけており、県大会の出場を争う位置にこそあるものの、未だ県大会への出場経験はない。
また、県大会でも3位以内に入れば地方大会への出場資格を得ることができ、県大会優勝はそのまま、各都道府県に男女1校ずつのみ割り当てられている全国大会出場権の獲得に直結している。男子が県大会において八位以内で入賞したことはかつてあったそうだが、残念ながら地方大会以上の出場記録はない。
市大会の走行距離は、男子の場合1区のみ3200メートル、そのほかの6区までの区間は3000メートルである。女子の場合1区と5区のみ3000メートル、そのほかの2区から4区は200メートルである。コースは北にある競技場と南にある県庁・市役所の間を往復するコースとなっており、途中いくつか緩い坂があるほかは平坦なコースである。一方で川沿いの体育道路を通るコースでもあるため、途中さえぎるもののない、北からの強風が吹き荒れるコースでもある。
まず強風が吹く可能性が高い中でこの距離を走り切れるか、ということだが、少なくとも十二山中学校に関していえば、問題はない。
十二山中学校では、毎年11月にマラソン大会が開かれる。男子は4000メートルを、女子は3000メートルを走らされ、特に2年生以上は、病や怪我の類でなければ、完走できるようにさせられる。否、させられてしまう。おまけにコースは山を登る急坂を含むだけでなく、坂の上から晩秋の北風が吹き荒れる経路になっているのだ。そしてその大会で好成績を収めたものには、翌年春の体力テストを考慮したうえで、夏に駅伝部に勧誘されるのだ。受けるかどうかは個人の意思にゆだねられるが、3年生に関していえば通常、前述のように勝手に有志が集まる。一方で1年生の場合、市駅伝大会時点でまだマラソン大会での成績がないことに加えて実力面からも、本戦に出場できるメンバーは二軍まで含めても、十中八九陸上部である。
私がその駅伝部に入ったのは、二十世紀最後の年である西暦2000年、中学2年の時だった。1年生の時のマラソン大会で一応の成績を上げたためだ。
正直に言うと、自分の意志ではなかった。
おまけに自分の意志でなくとも、ただ長距離を走って記録を出すのならまだしも、あの年は駅伝部発足当初から、例年にない波乱万丈の酷いありさまだったのだ。
だが世紀末のあの年ほど、十二山中学校の駅伝部そのものや、所属部員が有名になってしまった年はないだろう。
私を含むメンバーは未だに、「世紀末の十二走者」として、全国どころか、世界中にその名を残しているのだ。
その後も、あれほどの大混乱が駅伝部を襲ったとは、
全国の中学校の駅伝部にあれほどの大問題が起こったとは、
今日まで一度たりとも聞いていない。
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