チャーリィのこと

@kuronekoya

我が家の猫は代々黒猫だった

 古いアルバムに子供の頃の私が、当時住んでいた家の玄関で黒猫と向かい合っている写真がある。

 2、3歳くらいの頃だろうか? 私の記憶の中の猫はいつも黒猫で、父や祖父母が言うには、我が家で飼っていた猫は代々オスの黒猫で、名前も代々「ちゃっぺ」と呼んでいたのだそうだ。


 昭和の頃の田舎の話だから、猫を室内飼いするのはよほどの血統書付きの箱入りで、我が家の「ちゃっぺ」も食事時と寝る時以外はたいていどこかに出かけていた。

 そうやって外で暮らしていた猫だから、老いて死期が近づくといつの間にか帰って来なくなる。そしてある程度時間が経って、もうどうやら戻ってこなそうだとなると、またどこかから黒い子猫をもらってきて「ちゃっぺ」と呼んで飼っていたのだとか。

 私が中学生になる頃までいた黒猫は、父が酔狂で「チャロ」とちょっとシャレた名前をつけてやったが特に意味はなかったらしい。

 ついでに言えば、代々黒猫だったのもたまたまで、わざわざ黒猫を探して貰ってきていたわけでもなかったそうだ。


 チャロがいなくなってから数年間、我が家には猫の空白期間があって、その間に引っ越しをした。いや、祖父母はもう亡くなったから確かめようもないが、もしかしたら建物が古くなって引っ越しを検討していたのだけれど、猫がいる間は引っ越しするを待っていたのかもしれない。


 私が高校3年の秋だったと記憶している――引っ越した先で茶トラのオス猫が貰われてきたのは。

 和猫の血が入っているらしく、尻尾の先がくの字に曲がっていた。

 名前を「チャーリィ」とつけたのは、私だったか、妹だったか? 「もう『ちゃっぺ』はたくさん」とは妹の弁だったはず。「ちゃ」で始まる名前は譲れない、とは父の言葉だったか。

 名前の由来は当時愛読していた『アルジャーノンに花束を』の主人公からだった。


 オスのトラ猫は遺伝的に弱いらしく、チャーリィは病気がちだった。

 我が家の猫を動物病院に連れて行くのは初めてだと父は言っていた。


 私が浪人生活を始めた春、仔猫のチャーリィは私が使っていた辛子色のシャープペンシルにじゃれつくのが好きで、今でも捨てずに持っているそのシャープペンシルには彼の細い歯型が無数についている。

 それから、ある夜、居間に置きっぱなしのまま寝てしまったら彼がカドを齧ってボロボロにした『アルジャーノンに花束を』のハードカバーの本。

 よりにもよってその本を齧ったのは、しつけが悪かったのか、名前が悪かったのか?


 名前が悪かったのだろうか、チャーリィは少々おバカだった。

 お気に入りのシャープペンシルを転がしてやると、いつまでも齧ったり放り上げたりして遊んでいた。

 トロいので庭木に止まっているスズメを捕まえることは出来ず(ちゃっぺたちは、よくスズメやネズミを捕まえては見せに来てくれた:冒頭の写真も実は、ネズミを私に見せてくれていた場面だ)、捕まえられるのはせいぜいがカマドウマくらいで、よく母に悲鳴をあげさせていた。

 玄関のドアが開く音がすると誰よりも早く様子を見に行くくせに、見知った顔でないとプイと横を向き、すぐに台所へと立ち去ってしまうのが常だった。


 無駄飯食いの浪人生の私は当然のように彼の餌係になり、「食べ物をくれる人」の認識とともに彼にとって一番親しい家人となったはずだ。

 そう信じている。いや信じていたい。

 時々お腹をこわすことはあるけれど、その後は病院の世話になることもなくチャーリィは育ち、私は翌春から大学生となって実家を離れた。


 ゴールデンウィークに帰省するとチャーリィが一番最初に出迎えてくれた。

 が、まさかプイと台所へと立ち去ってしまうとは思ってもみなかった。

 ほんのひと月ほどで「食べ物をくれる人」を忘れてしまうとは!


 まだ携帯電話もデジカメもなかった時代。

 固定電話はあったけれど、長距離の電話は通話代が馬鹿にならない。

 たまに母の字で宛先が書いてある宅配便が届き、中には缶詰や地元の醸造所で作っている味噌や醤油とともにチャーリィの写真が入っていた。


 何度かチャーリィの写真が入った宅配便が届き、冬のある日実家から電話がかかってきた。

 チャーリィが亡くなったと。


 黒猫は代々外で勝手に死んでいった。

 だから我が家で猫の葬式を出したのは初めてのことだったけれど、私は参列は叶わなかった。


 その後も実家では黒猫を含め何度か猫を飼っていたようだけれど、私にとって最後に一緒に暮らした猫は、少しおバカな茶トラのオス猫チャーリィなのだった。

 

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