桜鬼

 俺こと千利善せんり ぜんの周りには不可解な現象ばかり起きる。

 例えば、小学生の頃。公園かどこかで星座早見表で星座を観察してから帰っていて、喉が渇いたから傍にあった自販機でお茶を買った。その時、取り出し口で手らしきものと握手した。「自販機と握手できたのって世界で俺だけじゃないか?」と大はしゃぎで次の日にもう一度握手しようとしたら、その自販機はなくなっていた。

 またある時はメリーとか名乗る奴と電話したことがある。人に興味なさすぎて誰が友人で、というか友人がいたかもわかっていなくて、俺は「俺にはメリーっていう友人がいたんだな」と思って「駅にいる」とメリーが言ってたから迎えに行ったらいなかった。メリーは友人じゃなかった。

 一時期こっくりさんというのが流行っていて、当時のクラスメイトが俺を含めた数人とそれで遊んでいた。「酒と油揚げを持ってこい、さもなくば殺す」とか言われたみたいだけど、誰も持ってなくて俺以外の全員発狂して気絶した。もうはっきり顔とか覚えてないけど、突然現れたこっくりさん(?)に「弁当ならある」って手製の弁当あげたら消えた。あの弁当箱はお気に入りだったから返して欲しい。

 他にも色々あるが、キリがないので終わろう。

 まあ、こんな感じで、俺は変な体験を色々している。別にこれが嫌と言うわけではない、むしろ楽しんでいたりする。でも何故自分だけがこんな体験をするのかは分からない。霊力があるのかと思っていたが、今まで霊らしきものは見たことがないからそうじゃないと思う。

 俺の身の回りに起こる不思議な出来事に、大抵人間は関わらない。そのせいか、俺はいつも独りだ。強がりでもなんでもなく、それを寂しいと思ったことは一度もない。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 俺はなんでこいつの飯作ったんだろう。

 目の前でさきほど作った焼きそばをガツガツ食う同級生は、学校の注目の的である桜豪太さくら ごうた。容姿端麗とはこいつのことを言う。テレビに出ている綺麗な芸能人でもこいつみたいなやつは見たことがないくらいだ。そんな奴が今、口の中いっぱいに具を詰めてリスみたいに頬が膨れている。

 「うまい」

 「どうも」

 「おかわり」

 「ねえよ。それで全部だよ。お前、山盛りを何杯食ったと思ってんだ」

 それ三杯目だぞ、と言うと、えー、と興味なさ気に驚かれる。その間も手の動きは止まらない。それもそうである。聞くと、三日ほど何も食わずにいたというのだ。なんで食わなかったのかと問えば、単に冷蔵庫の中身が無くなっていたからだと答えられた。

 「買えよ」「何が美味いのか分からん」「作ったら何でも美味くなるわ」「俺作れねえ」みたいな会話をした後、お前が作れとスーパーに連れて行かれ、材料を買い、そして今こいつの家のキッチンを借りて野菜たっぷりの焼きそばを作ってやったのだ。

 そもそも俺はこいつと仲が良くない。悪いってほどでもないし別に嫌いじゃないが、こいつが転校してきても俺はこいつと話したことがなかった。そんな奴が昼休みに突然俺のとこにやって来て「お前飯作れる?」とは何だ。そしてなんで俺は「作れる」と言ったんだ。

 カラン、と箸が箸置きに置かれた。

 「ごちそうさまでした。ありがとう」

 よく分からない奴だが、手を合わせてちゃんと礼を言えてるので悪い奴ではないと感じた。

 桜の家に上がって数時間が経つが、こいつの身内らしき人が見当たらない。

 「お前のご両親は作らねえの?」

 「この家、俺と従兄弟二人しか住んでねえ」

 「え」

 俺は改めて今いる部屋を見回した。この家はかなり広い、と中に入る前に思った。中もレトロな雰囲気を出しているし、彫刻とかもたくさん置いてある。これが豪邸というものだろう。全部を見たわけではないからいくつあるか知らないが、部屋もたくさんありそうなのに三人だけで暮らしているって寂しくないか?

 「つか、従兄弟いるならそいつらに作ってもらえばいいだろ」

 「一つ下のやつも作れねえんだよ。作れるのはその弟だけだし」

 「弟いくつ?」

 「ええと・・・俺らの八つ下か」

 つまり八歳・・・小学生かよ。お前高二でもう一人は高一だろ、頑張れよ。情けなさ過ぎるだろ。

 「・・・で?作れる人いんのに、なんで三日も食えてねえの?」

 「兄弟喧嘩の巻き添え。『兄さんが謝るまで作らない!』って弟が今ダチん家に居候してる」

 「んで、兄は?」

 「作り置きがあったけど、三日前に尽きた。んで、俺がキレて謝りに行かせた」

 作りたくないほどの喧嘩とは何なのか、その兄は何故長いこと謝らなかったのか、なんでそんな状況でも自分達で作ろうとしなかったのか、聞きたいことは山ほどある。だけどどう返せばいいのかも分からなくなった。生きてる世界が違う人間はどうも理解できない。もういいや、どうでもいい。俺を呼んだ理由でも聞こう。

「俺はなんで呼ばれた?他にいるだろ、お前を囲む女子の中に料理上手もいるはずだし」

 俺が滅多にこいつに近付かないのは、常に女子の大群がこいつを四方八方囲んでいるからだ。てか、近付かないというより近付けない。一体女子が何列になっているのか知らないが、大群の中心にいるこいつがとても遠い。呼ぶ時は大声で三回ぐらいでないと届かないのだ。あと俺は人が多いところが苦手だ。

 桜は思いっきり顔をしかめる。

 「あいつら暑苦しいからあんま好きじゃねえ。つか邪魔」

 「だろうな。あんだけ囲まれてりゃ、他の奴と話すのも億劫になりそうだし」

 「億劫つーか、話しかけようと思っても近付けねえ。おかげでずっとお前に話しかけそびれてた」

 「・・・うん?」

 「ん?」

 「どういうことだ?」

 「だから、お前を見つけて近付こうとしたら、女どもがわらわらやってきて、いつの間にか囲まれて・・・あ、そうだ。お前さ、歩くの速すぎ。気付いたら消えてるし」

「いや、だからさ、なんで俺に近付こうとしたんだ?あと別に速くねえ」

 俺はどちらかと言うと、話しかけづらいタイプだと思う。感情はあまり表に出ないし、自分から話題を持ってくるような性格でもないし、そもそもそんな人好きでもない。昔からこんな性格しているせいで、小学校も中学校も教師たちが「虐めにでも遭っているのか」と何度も生徒指導室に呼び出された。いやまあ、嫌がらせしてくる奴はいたような気もするが、酷いことになる前にそれは止んだと思う。あまり記憶にないけど。

 桜は「何言ってんだ?」と言いたげに首を傾げた。それは俺が聞きたい。俺もそう言う意味を込めて首を傾げた。

「当然だろ」

「なんでだよ」

「俺とお前の仲だろうが」

「どういう仲だよ。俺、お前と会話したの今日が初めてだわ。つか、もしかして俺とお前、会ったことあんのか?」

「・・・あ、そうか。俺、大事なこと言うの忘れてたわ。どうりで話が合わないと思った」

 そうかそうか、と一人で納得しないで欲しい。大事なこと?それは一体なんだ?実は幼馴染ですよ、とかそんな感じか?

 次の桜の言葉は衝撃的だった。

「お前をね、俺の主人にしたいんだわ」

「嫌に決まってんだろ、何言ってんだ」

「いやお前が何言ってんだ?」

 なんで首を傾げられて「心底意味が分かりません」みたいな顔をされなきゃいけないんだろう。ほぼ初対面に近い奴に「主人になれ」は流石におかしいだろ。

「・・・えー、まあた覚えてねえってやつか」

 はぁ、と桜は溜息とつく。腹が立つ。その綺麗な顔に一発拳を入れたい。

「いいか?よおく聞けよ。お前の魂は千年以上前に誕生した」

「待て」

「そして俺はお前の魂が一回目の生を授かった時からの仲だ」

「待てって」

「今のお前は十回目ぐらいの転生だけど、俺は一回目の時からお前の下で動いていた。んで、お前は残念ながら九回とも殺されている。俺の務めはお前を守ることで、お前の務めは、」

「待てっつってんだろ!お前の耳は二つとも飾りか!?」

 ムスッとした顔をされるが知ったこっちゃない。

 魂?千年以上前?転生?殺されている?何を言っているんだ、この男は?言っていることが全く分からない。

 仮に俺の魂?が千年以上前に生まれて、その時からの仲だとしたら、こいつは今一体いくつだ?というか、人間が千年以上も、しかもこの美貌のまま生きているなんて有り得ない。ふざけるのも程々にして欲しい。

「その顔、信じてねえな?」

 ムスッとした表情のまま聞かれた。

「当たり前だろ」

「はぁ。転生はこれだからめんどくさい。いちいちはじめっから説明しないといけなくなる。どうして一度忘れさせるんだろうな」

「ふざけんのも大概にしろ。大体、お前が千年以上生きているとしたら、お前一体いくつだ?」

「今はー、えーと、千百歳ぐらい?有名人だと、はると仲が良かったな」

「はるって誰だよ?」

「安倍晴明。あいつ、実ははるあきっていう名前だぞ」

「え、嘘」

「本当。ちなみに藤原の才女、あーっと、ほら、美しい男の長編書いた奴」

「紫式部?」

「なんかそんな渾名。そいつとも知り合いだった」

「すげえな、じゃなくて」

 危ない。絆されるところだった。

「千百歳がなんで高校生に混じってるんだ?」

「そりゃあ、人間の目を欺くためだろ。俺が本来の姿になってみろ、腰抜かされる」

「本来の姿?」

 え、何?こいつ実は人間じゃないってこと?

 一瞬混乱したが、千年も生きてりゃ人間じゃないもんな、と妙に納得してしまった。

 桜は片目を瞑ってニヤリと笑った。

「見せてやってもいいけど?」

 悪戯っ子のように笑った桜の顔はどこか懐かしい、というか、

 ・・・ん?

 変わっていないって何だ?俺、初めて見るのに。

 まさか桜の言う通り、何度も転生する度にこいつと一緒にいたせいで、こんな気持ちになってしまうのか?信じない、信じないぞ、そんなファンタジーなことが起こってたまるか。いや、そういえばよく不思議な現象に遭っているから、起こっても仕方ねえのかな。

 でも、何故かこいつといると安心する。

 他人との接触が苦手な俺は、長時間他人と同じ空間にいるのが耐え切れない。なのに、俺は今、数時間もこいつといる。

 もしこいつが本当のことを言っているなら、俺は殺される?

 確かめてみよう。

 今まで何とも思っていなかったが、どうして俺がよく不可解な現象に巻き込まれるのか、それも分かるはずだ。

「見せてみろ」

「分かった」

ぶわっと。

部屋ごと真っ白な霧に覆われ、視界は白色に染まった。しかし、それは一瞬のことで。

そよ風が吹いてきたと思えば、ピンクの花弁が舞ってきた。

サクラだ。

霧がどんどん薄くなっていくと、影が見えてくる。桜かと思ったが、少し違った。

そいつは、真っ白な狩衣を身に纏い、その衣には花の模様がでかでかと描かれていて豪華なものだった。薄桃色の髪がサクラとともになびく。病的なほどに真っ白な肌で、額には二本の短い角が生えている。

「あ」

俺はこいつを知っている。

何故かそう確信した。


こいつの名は、『桜鬼おうき』。

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SMILE 餡葉 @tayto-skyblue

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