第一章② 無間焦熱

 明け方の新宿歌舞伎町を恭矢は歩く。すえた臭いがほのかに漂い、自分の車を駐めた駐車場に向かうまでに周りを見渡せば始発電車を待つ水商売と思しき人間やホームレスがうろついているのが見えた。

 葛木恭矢の妻が自ら命を断ってから、いや自殺に追い込まれてから数年が経過していた。

 3・11のおよそ1ヶ月前に、妻である美奈子は自ら命を断った。硫化水素を充満させた密室となった浴室で美奈子は事切れていた。

 仕事柄、恭矢は人命救助にもある程度通じている。だがその空間に有毒ガスが満ちていては手の出しようがない。恭矢は救急車が到着するまで、ただ絶望の中に脱衣所で項垂れるしか他はなかった。

 ようやく救急隊員が到着し、然るべき手順で妻が引き上げられたが既に物言わぬ冷たいものになっていた。サイレンを鳴らして信号無視でやってきた救急車は、病院に向かう時はサイレンを沈黙させ道交法に則ってゆっくりと走っていった。

 その後つつがなく妻の死亡診断書が書かれ、自身も警察が事情を聞かれ事件性が無いと判断され、葬儀を始めるまでの間、恭矢はある一冊の大学ノートに書かれた文字を目で追うことしかできずにいた。

 ノートには恭矢の妻、美奈子の字が並んでいた。その内容は告発文と遺書と言えるものだった。

 妻、美奈子が英語教員として務めていた清勝館学園。そこである一つの不祥事が起きた。

 TOFELの対策授業の最中、担当していた英語教員が実際の試験問題を開封しその解答を生徒に示唆したのだ。その教員こそ、当時から校長を務めている堀田であると、美奈子のノートには記されていた。

 しかし、それが発覚し世間に公表された際にはどういうわけか、美奈子に転嫁されていたのだ。この責任転嫁を指示したのが我来であることもノートに記されている。美奈子としても寝耳に水だったのだろう。恫喝か脅しでも受けたのだろう。パワハラか、彼女にはその責任を被るしか他はなかったのだろう。この時点でもはや恭矢からすれば下手人に対し万死に値する所業である。

 ただ一つ間違いないことは、我来も堀田も、美奈子を一人の人として扱わず、虫けらか何かとしか考えていなかったことだ。

 美奈子の尊厳が踏みにじられた。彼女のノートに記された自らが自殺に至ったその理由。そしてそれらの行為を全て自分に擦り付けられたという一文。最後には先立つことを謝罪する恭矢への言葉があった。その文字を恭矢は指の腹でなでる。鉛筆書きの女性らしい柔らかな丸文字。美奈子の最期の悲痛な叫びだ。この文を美奈子はどういう心境で記していたのだろう。

 どうして彼女がこのような文章を書かなければならなかったのだろう。どうして彼女が傷つけられなければならなかったのだろうか。どうして彼女が貶められることになったのだろうか。どうして彼女がこのような理不尽な目に遭わなければならなかったのだろうか。どうして彼女を貶め、辱め、傷つけた人間が、未だのうのうと生きているのだろうか。

 その理由に、例え幾千幾万の言い分を並べ立てられようと、納得などするものか。してたまるのものか。

 許すことは決してできない。ならば、自らがとるべき行動は報復だった。

 清勝館学園の堀田とその理事長を勤める衆議院議員我来に対し、当初は恭矢は真っ当な手段での報復を考えていた。

 美奈子が最期に遺した遺書代わりの告発文のノートを世間に明らかにする。あくまで社会的制裁による報復だ。

 我来賢一郎と邂逅は無かったわけではない。一度目は妻の美奈子の葬儀の時である。呆然としながらも精神力を振り絞って喪主を務めているところに奴らは現れた。葬儀に出るにはあまりにふさわしくない空気を纏いながら、ニッタミグループ総裁にして清勝館学園理事長我来と校長の堀田が現れた。悔やむ気持ちの欠片もないヘラヘラとした態度で「お悔やみ申し上げます」などとのたまい、堀田に至っては常にかったるそうに横柄な態度をとっていた。恭矢はこの二人に美奈子の自殺の要因があると察した。

 美奈子に対し線香を上げた後、式場の片隅でひそひそと会話しているところを恭矢は見かけた。二人の会話は美奈子を侮蔑するような内容だった。

 彼らは美奈子の尊厳を踏みにじったどころか、美奈子の死すらも嘲笑するのか。

 殺してやりたい。もしその時、武器を所持していたらきっとその場で二人を手にかけていたに違いない。

 怒りを孕んだ目でじっと我来と堀田を見据えていた。その時だった。

我来がこちらに歩み寄り、そしてこう囁いた。

「君が欲しいのは一億三千万くらいかね?」

 最初は何を言っているのかわからなかった。言葉の意味がわからなかった。いや、理解しようしなかったのかもしれない。もしその場で理解してしまえば、その場で我来を殴り殺していたのかもしれないのだから。

 後にも先にも、その時以上に憤怒の情を沸き上がらせたことはなかった。

 だからといって、その後で二人をどうこうすることはできるわけがなかった。できたことといえば、美奈子のノートを出版社に持ち込む程度のことだった。だが多くの出版社に無碍に断られる結果に終わった。曰く「我来には逆らえない」という。何がマスコミか。何がジャーナリズムか。

 城南新聞と文久新聞の二社のみがノートを受け取り関係各所から取材が行われたが、あろうことか城南新聞では六実という記者によって逆に美奈子への侮蔑ともとられかねない記事が掲載されたのだ。ありもしない流言飛語。まさしく死者に鞭打つ行為と同義であり、怒り心頭に説明を求めたこちらに対し、六実は聞く耳を持たず、逆に更なる取材を求めてきたのだ。厚顔無恥にもほどがある。

 一方の文久は週刊誌〝現代文久〟において美奈子のノートをもとに慎重に取材を重ね、この件をはじめとした清勝館学園及びニッタミの数多の所業の暴露記事の連載を開始したが、初回のみで打ち切りとなった。それも事後の告知無しで。後に担当記者が謝罪に赴いてきたが、どうやら暴力団を用いて編集部を恫喝してきたという。今に思えば、その暴力団とやらが的場組だったのかもしれない。

 為す術無し。美奈子に関する真実をどうにかして知らしめようと邁進して、ネットという場所に可能性を見出していた恭矢であった。 美奈子の話はネットでも取り沙汰された。だが、その形は恭矢にとって失望を招くものだった。

 美奈子を擁護する反応もあった。だが大概の人々の反応は「やられた方が悪い」に終始していたからだ。ただでさえ亀裂の走っていた精神にネットに広がる集合恥は恭矢の心を折るには十分過ぎた。

 この国は人を殺した企業に寛容だ。例えば大手広告代理店が新卒の社員を度重なるパワハラと違法残業で、自殺に追い詰めるという形で殺害しても、社長あるいは会長の首が挿げ替えられるだけで許されるのだから。労基署による抜き打ち立ち入り調査といっても、実際は両者とも綿密な下準備を重ねたパフォーマンスでしかない。

 だが、そんなことは最早、恭矢からすればどうだっていいことだった。明日、この国が滅ぶことになろうがどうでもいいことだ。

 俺はただ座して死を待つだけの無様な糞袋なのだから。

 美奈子のいないこの世界に、価値などありはしないのだから。

 彼女がいなくなったばかりの時は、まだそう思っていた。

 精神安定剤をアルコールで飲み下して理性を崩していく中で恭矢は最後に、まだ自分にはまだ力が残っていたことに気付いた。

 〝前職〟の職能、公安警察の〝ある部署〟に所属して身につけた個人あるいは組織に対する諜報能力と戦闘能力がそれだ。最後に行き着くところは〝暴力〟であった。

 我来に直接、手を下す。まつろわぬ憎悪は向かうべき方角を得た。

 向かうべき到着点さえ見極めれば、あとはこれまでの〝職能〟を活かして我来に近づくことができた。しかし慎重に慎重を重ねたことを怠らないことと、自分一人の力のみでそれを行わなければならないために、思う他時間を要した。

 我来賢一郎が的場組との関わりを持っていることを明らかにし、接触するために的場組がフロントを務める店舗を突き止め、金で一悶着を演じさせ、的場組の金庫番に取り入られるように仕向けた。そして組内で金庫番の前原を立てて同時に自身の立場の地盤を固めていった。

 泥を啜り、泥の中で臥せるような思いだった。

 全ては次期占拠で我来との謁見を許されるため。

 死神である自らのその手を我来の肩にかけるため。

 

 

 その日、前原と恭矢は的場組組長である大井からの呼び出しを受け車を走らせていた。組の財布を預かる前原が組長直々に呼び出されることは頻繁なことではあるが、今回に限って前原のボディガードである恭矢も同時に呼び出されていた。直接の指名を受けた形だ。

「さすがに緊張するな」とハンドルを握る前原。

「そうですね」と助手席に座る恭矢も気のない返事をする。

 場所は赤坂にある料亭。権力者たちの会合にはうってつけの場所の場所である。バブル以降の不景気はまだまだ代議士連中にはあまり関係の無い話なのだろう。

 料亭の一番奥の個室、前原曰く指定席に案内されると先に大井とその取り巻きやらが到着し、食前酒を舐めていた。

「遅くなって申し訳ありません」

 前原がうやうやしく頭を下げる。恭矢もそれに倣ってワンテンポ遅れて頭を下げた。

「俺が着くのが早すぎただけだ。気にするな。何せ今日はめでたい席なんだからな」

 大井が手招きして二人を座らせる。

「そうですね」と前原。恭矢もそれに続いて表情も無く無言で腰を下ろす。

「先方は少し遅くなるらしい。お前たちも手をつけても構わんぞ」

 はぁ、と前原は酌を受ける。恭矢にちらと視線を送るが、「帰りの運転なら俺が」とズレたこと言うので思わずその場でずっこけそうになった。

 それから小一時間が経った時だろうか。少々アルコールが回ってきたのか、大井と前原の舌が回り出した頃だ。部屋の外がやおら騒がしくなったのがわかった。

「おお、どうやらおいでなすったようだ」

 大井と前原が居住まいを正す。恭矢も茶を啜りながら、視線を襖の方へやる。その目つきはナイフのように突き刺すような鋭さを孕んでいた。

 襖が開かれ一人の男が姿を現した。

 この感覚を以前にも一度感じたことがある。

 そうだ。妻が、美奈子が自殺した原因を知った時だ。この感情は、憤怒だ。

 漫然と過ぎていく時間。生きていない。ただ一日一日をやり過ごすための生活。既に壊死しかけている自己という意識を抱えたまま体は死んでいないだけの日々。

 しかし、それもたった今、目にした眼前の男によって終わりを告げられた。

「我来賢一郎先生だ」

 ようやく接触できた。

 我来賢一郎。

 外食産業ニッタミグループ総裁。私立清勝館学園中学、高等学校理事長。与党、現役衆議院議員。

 妻を、美奈子を、自殺に追い詰めた張本人。

 恭矢は我来に殺意しかない視線を強く注ぎ続ける。死神が標的を見定めた目。

「おい恭矢、挨拶をしろ」

 前原が促す。だが、恭矢は我来に目を向けたまま硬直している。

「おい、恭矢。どうした」

 前原が恭矢の膝を軽くはたく。それに恭矢はようやくはたと我に帰った。

「葛木恭矢と申します。前原さんのボディガードを務めております」

 気づいた恭矢は特に取り繕おうともせず膝に手をつき腰を折って深々と頭を下げる。

 声の震えは精神力の限りを尽くして抑えた。怒りと歓喜の入り混じった震えだった。

 自分の妻を死に追いやった張本人を今、目の前にしている。あろうことかそんな人間に対して、頭を下げている。

 こんなにあまりにも唐突に、こんな馬鹿げたことがあるか。美奈子を陥れた者がいるのなら、自らのこの手でくびり殺してやりたい。そんな思いを抱えて今日まで生きてきた。そしてそのように怒りを抱けることに、恭矢自身は安心と悦びを覚えていた。

 かつて恭矢は恐れていた。この胸に滾る復讐の炎がいつか潰えてしまうのではないかと。

 あるいはその焔が完全に消えてしまえば楽になれるとアルコールで消火することも試してみた。だが酒をどれだけ溜飲とともに喉に流し込んでいっても、その焔の勢いは収まるものの熱は残る一方で、ただただ燻りだけが恭矢の心を焦がしていくだけであった。

 ならば復讐を為そうと行動と準備に移ったものの、今度は年月が恭矢の心を冷えさせる。結果として恭矢の恩讐の焔はくすぶる程度のものまで堕ちていった。

 焔は消えども、その胸奥でくすぶり残り続けた復讐の熱。消そうにも消えてくれないその熱は不完全燃焼と化し、やがて抗鬱剤を必要とするまでに恭矢の心を蝕んでいった。

 だが今宵、その不完全燃焼の熱は新たな燃料を与えられたことによって、再び蒼い焔の形を取り戻し恭矢を満たし、今度は蝕むのではなく突き動かしていく原動力へと変貌した。

 復讐の焔は、今ここに再燃した。

 恭矢はゆっくりと下げていた頭を上げる。

 恭矢の我来を見るその目は、かつて〝組織〟にいた頃のものへと変貌する。なんら感情と体温をも感じさせない捕食者の目となっていた。

 最早、恭矢にはその場にいる者たちの歓談の声など届いてはいなかった。

 


 地下鉄大江戸線東新宿駅のほど近くのデザイナーズマンション。歌舞伎町からほど近くアジア系を中心とした人種のるつぼとなっているこの場所で、前原を通じて組織からあてがわれた一室を恭矢は住居としていた。一人暮らしの恭矢にとってはあまりに広すぎる間取りだが。

 足取りこそしっかりとしていたものの、その帰路につく間、恭矢はまともな思考を取り戻すに至らなかった。マンションのロビーで開かない自動ドアの前で立ち往生していたところ、管理人に声をかけられてようやく意識を取り戻した。管理人は口角を釣り上げながら俯いたままの恭矢に怯え、ただ訝しげに見送るのみだった。

 磁気タイプの鍵を開けて部屋に入る。再度、鍵とチェーンロックをかけて、リビングに入ると荷物を床に落とすように放り、イスに座り込んで焦点の定まらない視線を部屋の中へと泳がせた。

 電灯もつけないままで、開きっぱなしのカーテンから差し込む月の光と湧き上がる新宿のネオンだけが恭矢を照らす。

 聞こえる音は刻む時計の秒針と、耳鳴りのみ。やがてその音も意識から外れていくと、最早静寂ゆえの自身の身体からの脈動しか聞こえなくなった。

 殺すのか。我来賢一郎を。疑問ではなく感嘆として、その言葉を胸の内で反芻させる。再び沸き起こった憤怒によって心臓が激しく脈打つ。そこから生まれた熱にうかされたように、今日はふらりとまた立ち上がり、一つの空き部屋へと向かう。

 部屋には片隅で金庫がひとつ、ぽつんと置かれているのみであった。もともと、恭矢は書物以外は私物を持たないほうであったし、なによりこのマンションはそんな男の一人暮らしには向かないほど広い。

 恭矢はその金庫の前に屈み、鍵を開ける。来るべきこの日のために封印されていた金庫が開かれる。金庫の中の深い闇の中、窓から差し込んだ月光に白くぎらつく二つのジュラルミンケースが二つ、その奥には表面に何も印刷されていない長方体の紙箱が二つ。巻かれた布と黒い手帳、そして最後に一冊の大学ノートを手に取り、恭矢はリビングに戻ると、それらをテーブルの上へ広げた。

 巻かれた布を広げると、そこにはいくつものナイフが括りつけられていた。フォールディングナイフ、シースナイフ、どれも国内においても通販などで手に入るものだった。だがその他にも秋葉原での通り魔事件を機に法律で販売禁止となった、明らかに戦闘用のダガーに類するものもあった。タントーブレード、プッシュダガー、スローイングダガー、刃が渦巻状に捻れているツイストダガー。ナイフ収集の趣味があると言い張るには無理があるほどに、どれも国内では入手は難しく、また殺傷能力に特化した品々だ。

 次に二つのジュラルミンケースの内、一つを開封する。グレーのウレタンに包まれるように、一丁の自動拳銃がそこに収まっていた。オーストリア製オートマチック〝グロック17サード〟。トリガーを通常のものからあそびの少ないショートトリガーに取り替えられ、軽量化と滑り止めのためのディンプル加工がされたフルカスタム仕様。銃口には何度もサプレッサーを着けたり外したりして出来たネジ痕が白く刻まれていた。

 もう一つのジュラルミンケースを開く。ウレタンは二段重ねとなっており、グロックのメンテナンスツールと十数本の弾倉が収まっていた。それを確認すると恭矢はケースを閉じて、紙箱を開封した。中には弾丸が並べ立てられていた。9ミリパラベラム。

 最後に黒い手帳を手に取った。表面には日本国民にはお馴染みの金の旭日の文様がつけられている。二つ折の手帳をめくると、そこには「入江智之」という自分とは違う名前とかつての自分の写真があった。所属は警視庁公安部機動捜査隊となっている。無論、偽装のものだ。多少なりと裏を取れば簡単に偽装だとわかるだろう。だが、交番勤務や警ら中の者に対してやり過ごしたり、あるいは聞き込みなどの際には十分な効力は期待できる。

 これらの装備は全て、かつて恭矢が所属していた公安警察内の〝組織〟を通じて購入または支給や貸与されたものだ。本来は返却すべきものだが、構わず拝借してきた。通常なら大問題になるところだが、所詮非公開組織だ。構成員に貸与した装備を紛失した程度のことで表立って問題にするわけにもいかないだろう。

 恭矢は再び二つのジュラルミンケースを開くと、収められていたグロックとメンテナンスツールを取り出しテーブルの上に広げた。グロックのマガジンをリリースすると、手際よくメンテナンスしていく。かつては何百何千と繰り返してきた行為は数年ぶりであろうとも、メンテナンス作業は全く澱み無く終え、恭矢のその身に技術は染み付いていることを証明してみせた。

 両の手のひらの中でグロックを弄ぶ。マット仕様にも関わらず心なしか月の光で鈍く輝いて見えた。萎えた精神と体は再燃した復讐心によって熱を取り戻した。グロックのグリップが自分の一部のように馴染む。

 俺は、これから、我来賢一郎を殺す。

 無論、タダでは殺さない。身辺警護を依頼された身ではあまりにも簡単に、そして呆気無く我来を手に掛けることができるだろう。だが、それでは駄目だ。我来賢一郎の総てを否定してやる。成し得たこと、生きて生まれたことを後悔させてやる。

 我来だけに限らない。我来に与した者、全員を殺す。美奈子を傷つけた男に与した者は、全て皆殺しだ。家族も例外ではない。

 人を奴隷以下の虫けらのように扱い省みず、自分たちがヒエラルキーの頂点、絶対の強者と信じて疑わない者たちを、逆に恐怖と絶望のどん底に叩き落とし生まれてきたことを後悔させるまでに、その身も心も蹂躙し嬲り尽くしていってやる。

 果たして、それを今の自分に為せるのだろうか。抗鬱剤とアルコールで鈍りきった今の自分に。身体的や戦術的な意味ではなく、今の自分は人を殺せる状態であるのだろうか。今の恭矢にはその自信が無かった。萎えきった精神は罪の意識や良心の呵責などという唾棄すべき価値観に簡単に囚われかねない。

 最早今の自分に、かつて〝伝説〟と謳われた時のような鋭敏な精神状態は期待できない。

 ならば自信が無ければ取り戻すまでのこと。ターゲットは我来のみではないのだ。我来に関与し、我来の存在を良しとする者全てなのだ。

 であれば、その者たちで試してみれば良いだけのことだ。それには、まず情報が必要だ。

 となれば、最初のターゲットは城南新聞の記者、六実だ。

 これより、殺人演習に入る。

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