味噌汁とラブレット

冴草

 一般的に耳朶部、つまり耳たぶのピアスホールというのは、安定までに約二ヶ月、しっかりと定着するまで半年以上かかるものだそうだ。あの四、五ミリの耳たぶですらそれくらいの期間を待たねば塞がってしまうというのに、唇に空けたホールなどは一体どれくらいの年月を要するのだろう。朝九時を回って起き出してきた同居人の下唇には、まさしくそういう穴が空いている。

 ラブレットというらしい。

 おはよう、とみやこが声をかけると、ピントのぼけた声とピントのぼけた顔で、あれ、みゃこちゃん学校は、と訊いてくる。昨晩休みだと伝えたはずなのに。まああんなことがあった後だから、覚えていないのかもしれない。改めて教えたら彼女はあーともうーともつかない面妖な声を上げた。これでも精一杯の返事のつもりで、彼女が朝にとても弱いことはすでに知っている。ふらふらと居間に入ってきて、座卓を挟んだ反対側に回り込む。都の正面にぺたんと腰を下ろした。尻餅をついた、という表現のほうがしっくり来るが。

 座卓の天板は透明なアクリルで、彼女――真名子まなこのちょっといびつな写し身、非実在の双子を、無遠慮に産み出す。目は閉じられて、およそ表情筋と呼ばれるものの一切が緩みきっているように見受けられる。使い込んで傷と歪みがやや増えた材質の上に映ったために、全体の輪郭がぼやけているせいでもあるだろうが、目の前の実物と照らし合わせても大差ないから面白い。

 観察しながら椀の中身を啜る。作りたての味噌汁が美味しい、と都は思った。作ったのは自分なので、まさしく手前味噌なのだけれど。

 真名子の両の瞼は合わせられたままだが、「味噌汁」と呟いている。香りが届いたのか、はたまた汁を啜る僅かな音に気づいたのか。「味噌汁、ほしい」

 一度箸を置いて、彼女の分を用意するために立つ。いつもの都なら渋るところだが、昨日の話を聞いているから放っておけない。鍋から掬った味噌汁を、七分目まで椀に注ぐ。「具、なめこ、好きでしょ」卓に置いてやると、嬉しそうに頬が緩み、それから早速顔の下半分が木製の椀で隠れた。

 味噌汁を啜る真名子の姿を、都はぼんやりと眺めていた。

 

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