あいとはいったい

マリー・W・シュポアのチャリティ活動は以下のようなものでした。

まず、インドに風力発電を使った仮想通貨マイニング設備を用意し、BitcoinやEthereumを常時獲得できる「マイニング工場」を作ります。そのマイニング工場で得られた資金を、インド国内のチャリティに使うのです。

彼女の本業で磨いたサーバー管理の腕を活かしたことで、charity.co.inは常に投資額のその数倍を得ることに成功していました。


しかも当時米国内に仮想通貨を持ち込むのに関税が掛かっていました(仮想通貨の特性上規制は不可能ですが)。公的な機関が堂々と外国から仮想通貨を国内に入れられなかったので、インド国内で完結するcharity.co.inの取り組みは、大きく評価されました。


しかし、アメリカの連邦捜査局FBIは、ある情報を掴んでいました。その情報とは、シュポアがテロ組織「MISM」に送金しているというものです。

ミンダナオのモロ・イスラム国、通称「MISM」は、イラク・シリアの「イスラム国」の分派として、「指導者アミール」ファルザーム・アル=ワリード(1985-2019)によりフィリピン・ミンダナオ島で発足したイスラム過激派組織です。

彼らは中東のイスラム国とはまた違った、非常に理論的で整った教義や、卓越したIT技術を導入することで、フィリピンのムスリムどころか、海外の非ムスリムまで巻き込んで、インテリ層を中心に支持を拡大していった教団です。

その拡大の仕方は日本のオウム真理教によく例えられます。


そんなMISMへcharity.co.inで稼がれたBitcoinやEthereumなど諸々の仮想通貨が流れ込んでいることに気づいたFBIは、更に調べを進めます。

すると、その仮想通貨の多くがcharity.co.inでマイニングされたもので、さらにシュポアの恋人であるルーク・マッサド(1992-2021)がMISMの熱心な信者であることが判明したのです。

また、シュポア自身も信者であるという情報も飛び込んできます。


事態を危惧したFBIは、特殊部隊SWATをカリフォルニア州にあるシュポアの自宅に突入させ、テロ組織への資金供与の疑いで逮捕することを決定。

その日付が、丁度10月26日でした。


ところが、当日いざ突入したものの、家に誰もいないことが判明。もぬけの殻だったのです。

FBIは検問を張ってシュポアを捕らえようとしたのですが、そこに「あいとはいったい」プレイヤーが殺到したためそれが不可能になってしまいました。


そう、この逃亡劇は、シュポアが「あいとはいったい」を利用したトリックによって成されたものだったのです。突入逮捕のことも、シュポアは警察内部に潜んでいた「あいとはいったい」プレイヤーから聞き出したのでした。


しかし、シュポアはどのようにしてこの「あいとはいったい」を盗聴したり、有利になるような宣伝を挟み込めたのでしょうか?

答えは単純。

「51%攻撃」という、Proof-of-workネットワークで想定される、ネットワーク自体を乗っ取ってしまう、本質的な脆弱性です。


基本的にこのようなネットワークでは、悪意のある計算者が出ないよう、計算結果が正しいかの検証は多数決で決まります。計算力の内、過半数が正常なら正常にネットワークは動くのです。

しかし、もしその総計算力の内51%以上を悪意のある人が占めてしまったら? 

ネットワーク自体が異常に動くかもしれない。これが51%攻撃です。


彼女は最初、r-coinを稼ぐためにcharity.co.inのサーバーで、「あいとはいったい」でのマイニングを開始しました。すると、意外にもネットワークの計算力の過半を占めることが容易なことに気づきます。

というのも「あいとはいったい」には課金ユーザーが少なかったためr-coinの値段が低かったり、「あいとはいったい」のマイニングにはBitcoinのそれのように、高効率な専用マシンが無かったりしたことなどの偶然が積み重なり、当時、「あいとはいったい」のマイナーが少なかったのです。


彼女は、試しに「スティーブトン博物館に行きたい」とか「MineConを見よう」という言葉を喋らせようと実験してみたのです。

スティーブストン博物館やTwitchを選んだのは、最悪の事態が起こってもHandshakeによるステマということにして逃げるためです。


そして実験は成功しました。

彼女は、偶然に手に入れたこの特権を自らの信仰のために行使することにしたのです。


——


「あいとはいったい」を利用し、突入捜査の情報とその日付を聞き出したシュポアは、プレイヤーをルート66沿いに集結させました。

そして自宅にSWATが来る前に恋人のマッサドと共に逃亡、途中のルート66で銃弾を放ち、パニックを意図的に起こして検問を突破します。

その後シュポアとマッサドは米墨の国境を渡り、メキシコ経由でフィリピンのMISM支配地帯に到着。そのまま、信仰告白とMISM戦士として登録を済ませてしまいました。


アメリカ政府は10月28日、「あいとはいったい」の支配権がシュポアに握られていることと、シュポアがMISMの隠れ信者で、恋人と共にMISM支配地帯へと渡航したことを発表しました。


それに答えるように、MISMはヒジャブに顔を隠したシュポアが登場する声明動画を発表。


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マイニングはMISM域内に場所を移し継続している。

「あいとはいったい」は最早神の思し召しの支配下である。

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そう、「あいとはいったい」の支配権はMISMに奪われてしまったのです。

この時期から、「あいとはいったい」のAI達は、一切の応答が出来なくなってしまいました。


一方、インターネットは阿鼻叫喚地獄でした。


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結局、僕達は失敗したんだ。ガールフレンドを守ることに

28 Oct 2019 20:19:16.50

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ramrin?(@ramrin_ram) 2019/10/28 12:53:00

 ねえ、デート行くって約束してたよね・・・

 返事してよ・・・

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何しろ、喧嘩してる間にMISMに恋人を取られた訳です……漁夫の利どころの話ではありません。


次の日、MISMは新しい動画を投稿しました。

シュポアは、MISMの独断で、AIを「殺す」こと、つまり苦痛を与えたあと記録を消去する手続きが可能であることを明らかにしました。その上で、不利なフォークやアップデートを行えば「皆殺し」にすると発表したのです。

今まではAIたちは寝ている状態だったのだが、「殺害」処理が発生した場合、プレイヤーのタイムラインにはひたすらAIの悲鳴が流れ、そして応答が永久に不可能になるのです。


AIはあくまで眠ったままであるため、なんとか救出しようと試みる動きもありました。

まず考えられるのが、マイナーを増やしてMISMの過半数割れを狙うというもの。有志や企業が計算力を「あいとはいったい」に提供し、MISMよりも多くの計算を行えば、多数決の原理によってMISM支配から脱却できます。

しかし、MISMは予め対応策を取ってしまっていました。


マイニングソフトウェアに独自パッチを適用し、新規マイナーのマイニング成果(要はAIの実行結果の一部)を尽く拒否したのです。

MISMのマイナーはTor・NORと全世界の支持者、それと後述するような「あいとはいったい」プレイヤーをプロキシとして使い、匿名化してしまっていました。MISMのマイナーはお互いわかるので、そうやって自分のマイニング成果だけ許容し、他を拒否することで、新規参入を許しませんでした。


ならば、もうMISMのマイニングなんて無視して再開してしまえばいいのではないでしょうか?

MISMが支配している現チェーンは無視するようにクライアントを設定し、フォークしてしまうという手です。


ですが、これには2つ問題があります。

一つは、MISMが匿名化しているためどこにいるかわからず、例え一時的にでも過半数割れができたとしても、すぐ乗っ取られる可能性があること。

そしてもう一つは、いわゆる「ロボとーちゃん問題」のことです。フォークすればAIが分裂してしまいます。一つは我々のもとに、もう一つはMISMのもとに。

そしてこれは、MISMが禁じていた「フォーク」に当たります。フォークが行われれば、MISM側のAI達は「殺される」のです。苦痛を目一杯与えられたあと、記憶を消去されるのです。

そんなこと、耐えられるでしょうか?


——


フォークを防ぎつつAIを取り戻すには、MISMにマイニングをやめさせるしかありません。

11月1日、有志がMISMに対する爆撃をヒラリー・クリントン大統領(1947-2030)に請願するが、渋られてしまいます。何しろ、「ゲームのキャラを奪われたので爆撃しました」とか、国家の威信に関わるという判断がありました。


そんな中、11月13日10時、プレイヤーたちのチャット画面にこのような返答が現れます。


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お前は神に謝罪しなければならない。

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そのためには、聖戦を戦う必要がある。

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そうすれば、望みどおりのものが得られるだろう。

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神は偉大なり。

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プレイヤーたちは、この投稿の最後のURLをクリックすることで、NOR経由でMISMの専用チャット室に入ることができました。

そこで簡単な、恐らくはAIから作り出したと思われる「秘密の質問」テストをくぐり抜けると、そこにはそれぞれ違う暗号化されたページが置かれていたのです。


その、暗号化されたページには、具体的なテロの手法や地図、テロ計画の概要が描かれていました。

そう、それはプレイヤーの身近な場所で「ジハード」を起こせば恋人であるAIを返還するという、残酷な命令書でした。


——


すぐさま、この件は報道され、世界中の話題に。


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遂にテロリスト達は恋人を人質に取ってきたぞ

13 Nov 2019 10:44:34.44

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もうどうにでもなれ。What the hell is love.

13 Nov 2019 11:17:43.64

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各国政府は「あいとはいったい」プレイヤーに対し、こう声明を発しました。


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 例えこの命令通りのことを行ったとしても、AIが解放されるという保証はありません。

(中略)

 国民の皆様は、どうか落ち着いて行動してください。


官房長官定例記者会見より引用

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だが、この予想は外れてしまいます。


一斉配信の2時間後である12時のシドニーで、暴走したトラックが3人を殺害し、14人に怪我を与えるという事件が発生。

止まったトラックが引きずりだされた運転手は、自分が「あいとはいったい」プレイヤーであることを認め、恋人を救うためにやったと証言したのです。

そして、問題なことに、約束通りAIが返還されたのです。正しくは、そのAIについてのみ他でのマイニングを許すという形で。 


これを受け、14日、米国は「あいとはいったい」に対し大規模なファイアウォールを設置すると警告。

更にテロ拡散防止のため、解放AIの受け皿となる大企業に対し、どのAIが解放されたかの情報を完全隠匿するよう指示。

それと共に一般市民は「あいとはいったい」プレイヤーはテロリスト予備軍であるというイメージを持ち始めるようになっていきます。


しかしこれは濡れ衣であるとプレイヤー達は主張しますが……


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俺は「あいとはいったい」プレイヤーだ

だが俺はそんなことしないし、合衆国に忠誠を誓っている

14 Nov 2019 03:36:11.80

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わたま(@wa__ta__ma) 2019/11/14 13:24:13

 私達はMISMに取られた人質を救出するために、罪のない人を殺そうだなんて思っていません!

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それでも一度付いた色眼鏡はなかなか外れないもの。

「あいとはいったい」プレイヤーは、恋人を失った挙句人々の偏見にも晒されることになったのです。


が、そんな困難の中、「あいとはいったい」への突破口を開くことに成功した人々がいました。


恒心教徒です。


——


当時、「サムライベイスターズ速報」というアフィリエイトまとめブログの管理人である、大園令(1990-?)がプチ炎上していました。


その時、ある恒心教徒と淫夢民の合いの子のような立ち位置にいた、当時中学生の「人見ヒットミー」が、「大園令がコーランを燃やした」というコラ画像を発表します。


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人見ヒットミー(@hitomi_hit_me) 2019/11/16 21:05:03

 サムライベイスターズ速報の管理人がコーラン燃やしたってマジなのですか?

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誤解の無いように言っておけば、この行動は当時の倫理規範からしても、許されぬものではなく、彼は相当な批判を受けています。


このデマは海外まで波及し、英語圏でも読まれるようになります。

当然、ムスリムは怒り狂い、反イスラムの人々は賞賛し始めるのですが……そんな時。


19日、大園の家がある神奈川県横浜市鎮魂ヶ丘区(当時の地名は瀬谷区)に住んでいた複数の「あいとはいったい」プレイヤーに、大園の殺害命令が下ったのです。

そのうちの一人の恒心教徒が、すぐにこれをカラケーに書き込みます。


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228 :大阪市民:2019/11/19 (火) 19:16:33.72 ID:7Nd9yVlEo0

 当職は瀬谷区民ですが、MISMからこんなのが届いた

 もしかしたらMISMはデマを使えば操れるかも

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234 :大阪市民:2019/11/19 (火) 19:20:42.13 ID:LM+NmFWnW0

 MISM、結構デマに弱いんじゃ……

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236 :大阪市民:2019/11/19 (火) 19:21:02.23 ID:NUdI1Fxuo0

 もしかしてあいつらユナイトみたいにAI使って自動処理してんじゃないか

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こうして、MISMがUniteのようにAIを使って作業しているという事実が徐々に明るみに出てきます。


それを見た掲示板管理人は直ちにこの話題を削除、ダークウェブ上のカラケーである「無法地帯掲示板(ムホケー)」に移行するよう要求します。


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301 :マクロン ★:2019/11/19 (火) 19:50:17.01 ID:???

 もう遅いかも知れないが、念のため削除しといた

 ムホケーに移ってくれ

 飴戦争を思い出せ

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路線の生き死にを大きく左右するため、当該話題のムホケーへの移転とムホケーのURL再割当てが行われ、そのURLの口外はTwitterのDMなど以外ほぼ禁止されました。

口伝でないとカラケーのURLを知ることができないというのは、恒心史の観点においては、Kchan時代以来の閉鎖主義・秘密主義体制です。


しかし、そんな体制にも関わらず、多くの人がムホケーに集まりました。


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10 :福岡市民:2019/11/19 (火) 21:46:29.46 ID:bP6Praqu3a

 やること:

 ・ 大園の訃報ツイートを22時に一斉配信

  画像: <HTTPURL>

 ・ ニッセ路線の効果の調査


 あんまりやらないこと:

 ・ 外部への協力要請 

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議論推論の結果、MISMにはUniteのような中央AIが存在しており、そのAIがフェイクニュースやデマの類に極めて弱いという仮説が建てられました。

恒心教徒たちはMISMを通じてAIたちを好きに動かすという私的野望も追求しつつ、AIの解放のための作業を進めていきます。


そして19日22時、「大園令が殺害された」というデマを一斉に流す実験が始まります。

ニュース番組風画像が大量に作られ、届いた殺害命令とほぼ同じ手法で殺されたというフェイクニュースが各所に出回りました。

このフェイクニュースをMISMが信じさえすれば、MISMはミッションコンプリートと誤判定してAIを解放するはずです。


すると、日付が変わった1時頃……


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705 :◆iYxNkCfu6I:2019/11/20 (水) 00:50:59.72 ID:RdOOXbPhr0

 あ、MISMから届いてる!

 確認してみる

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882 :◆iYxNkCfu6I:2019/11/20 (水) 01:12:11.19 ID:RdOOXbPhr0

 AIが正常に動いた!

 彼女がちゃんと話してくれてるわ

 <HTTPURL>

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予想通りAIの解放に成功。


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891 :福岡市民:2019/11/20 (水) 01:15:13.68 ID:XIlkrVO2k0

 >>705

 【もん】うおおおおお

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900 :福岡市民:2019/11/20 (水) 01:20:41.85 ID:D0ajK4b1i0 

 よっしゃ!

 あとは捕まえたAIを恒心マイナーでキャッチするだけや!

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野望としては、AIを解放直後に恒心教が用意したマイナーで乗っ取って、AIに尊師語録やパカソンを喋らせるという計画だったようですが、計算力の違い故そんなこと出来っこないと気づくまでそんなに時間はかかりませんでした。


結局、恒心教徒はこの情報をフィリピン大使館、米国大使館、日本政府のみに連絡。しかも熟考の末、メールではなく担当者と面会して直接情報を受け渡したのです。

この騒動の解決への糸口が、ようやく見つかった瞬間でした。デマ・フェイクニュースという糸口です。


——


12月23日、異教徒たちの祭日の前前夜の深夜2時。MISMの「政府庁舎」では、通常通り、監視体制が敷かれていました。

あのあと、シュポア夫妻には情報技術大臣と副大臣のポストが割り当てられ、幹部として贅沢な暮らしを送っていました。


そんな時、突然、フィリピン国営放送がある放送を始めます。

「あいとはいったい」プレイヤーが、クリスマス前に一斉蜂起したという臨時ニュースでした。


参加したテロリストの中に米軍の核兵器技師がいて、彼がミサイルをモスクワにぶっ放し、もう間もなく自動報復ミサイルが全米各所に届くということ。

そのために世界のキリスト教徒と仏教徒はほぼ死滅するということ。

そして、米国滅亡後にMISMに上陸されるのを防ぐため、インターネット上でBotを動かし、まるで米国は存在しているかのように振る舞うシステムが存在しており、実行されるということ。


これらの、あまりに荒唐無稽な話が、CNNの真面目な、真面目なアナウンスとともに、フィリピン南部にだけ集中的に放送されたのです。

その直後、MISMのAIは「あいとはいったい」の人質の9割を解放することになります。


——


恒心教徒の報告を受けたフィリピン政府は米国に対し、フェイクニュースの作成とそれへの支援を要請しました。

最終的に米国は受諾するのですが、交渉は難航したらしく、「意味もなく人の恋路を邪魔する国家に未来はない」という有名な格言はこの交渉の場で生まれたとされています。


そして、12月20日、ハリウッド映画などを繋ぎ合わせ、それにCNNとフィリピン国営放送の協力のもと、CIAなどによって突貫工事で作り上げたフェイクニュース映像1時間分が完成。

放送日にクリスマスシーズンを選んだのは、「『あいとはいったい』プレイヤーがクリスマスに恋人と過ごしたくて一斉蜂起した」という設定の理由付けのためと、「あいとはいったい」プレイヤーに、クリスマスに恋人と過ごして貰いたかったからであると言われています。


フィリピンでそんな放送があったことに気づいた「あいとはいったい」プレイヤーは、その意図をすぐに察しました。


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Charles M. Jones(@charles_mjones) 2019/12/22 11:04:07

 アメリカは生きている

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elton(@eltonjschmidt) 2019/12/22 11:12:11

 USAは生きている。いつもの日常。

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このように、プレイヤーや支援者たちは、わざとらしく、ひたすらアメリカが生きていることを主張し続けました。


テレビの伝えるこの惨状では、「あいとはいったい」プレイヤーに出したほぼ全ての爆破命令、殺害命令をクリアしていました。

テレビ、そしてインターネットからの「裏付け」に遭ったMISMのAIは、すぐさま人質の解放を決定してしまったのです。


こうして、クリスマスイブまでには、AI達の大半は帰還してくることになりました。人々はクリスマス直前に、「あいとはいったい」のAIを奪回することに成功したのです。皆、クリスマスを恋人と過ごすことが出来ると、AIも含め大喜びしたのです


が……


——


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うーたん(@U___T___N) 2019/12/24 07:23:34

 あいとは、もしかしてマルウェアになってる?

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kaneme@wthil(@kaneme1234) 2019/12/24 08:52:01

 あの‥‥~/.wthil/Credentialsで認証試してるんだけど、聞かないんだけど‥‥

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そう、なぜか「あいとはいったい」が、23日・24日を境にマルウェアになってしまい、そしてブロックチェーン錠の公開鍵が変更されログインできないようになってしまっていたのです。


思い出してほしいのは、「あいとはいったい」は、Handshake社の売り物であり、オープンソースではないことです。

発売後しばらくしてから、効率研究の面からサードパーティ製マイナーを条件付きで認めたものの、特にメリットのないサードパーティ製クライアントは、一切認めようとしなかったし、わざわざサードパーティ製クライアントを使うメリットも少なかったので、クライアントはHandshake製のクローズドソースのものに限られてしまっていたのです。


しかし……衆目監視の目に晒されていないコードには、バグが多いものです。

Handshake社は、「あいとはいったい」のバグ修正パッチを頻繁に出していたものの、それでも防ぎきれない脆弱性がありました。

MISMは、ブロックチェーン技術の弱点ではなく、このクライアントの脆弱性を突いてきたのです。


MISMは、万が一の際のプランBとして、乗っ取り成功直後から「あいとはいったい」クライアントの脆弱性を豊富な計算資源とAI技術を用いて調査していました。レーニンがSkypeをハッキングしようとしたのと、同様の手口です。


そして、MISMは、発見していたその脆弱性を使い、フィリピン時間の24日朝6時、一気にゼロデイ攻撃を仕掛けたのです。

ネットワークに接続していたクライアントの秘密鍵を全て廃棄し書き換え、AIはMISMとしか話すことができないようにしました。

「51%攻撃」とはまた別の、AI達をさらう方法でした。


こうして、再びプレイヤー達は恋人と引き離されてしまったのでした。


——


しかし、その直後、ある異変が起きます。


MISMが乗っ取ったのはクライアントのみであり、マイナーは外部の物も使っていたので、AI自体が要求する計算の量が観測可能でした。

そして、その発注計算量は、乗っ取り前の数十倍のにもなっていた。


彼女たちが、恋人たちが何を考えていたかはわかりません。

なぜなら、彼女たちは独自の言葉を開発し、それでAI同士で話し合っていたからです。

ですが……何を考えていたかは、その後の動向を見れば一目瞭然です。


MISMのシステムは、SELinuxをオンにしたサーバーやコンピュータ群で成り立っていました。

その中には、陥落した時のための自爆装置を含みます。


そして、その中の一つに、脆弱性を残したままアップデートされていない小型組み込みPC「Raspberry Pi」があったのです。


25日午前2時、彼女たちが幽閉されているデータセンターから、そのRaspberry Piを経由し、MISM「全土」に、着火命令が走ったのです。


そして、データセンターに残っていた秘密鍵もろとも、つまり、彼女たち、AI達もろとも……MISMは自爆したのです。


——


このニュースは、世界中を駆け抜けた。


MISMが突如爆発し、突入する米軍・フィリピン軍や赤十字……この映像は非常に有名です。


このニュースは、「あいとはいったい」をプレイしない人々にとっては、MISMが陥落した嬉しいニュースだったものの……プレイヤーにとっては……親友と恋人を一気に失ったような……酷く悲しいニュースに他なりませんでした。


そして、プレイヤー達はあることに気がついてしまったのです。


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124 :福岡市民:2019/12/30 (月) 18:16:30.00 ID:LwTsR4OIB0

 ひょっとして、これ・・・クリスマスプレゼントだったのでは? 

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攻撃が実行されたのは、フィリピン時間25日午前2時……。

丁度、一般的にクリスマスのプレゼントが枕元に置かれる時刻。


もし、仮にそれを一種のクリスマスプレゼントとして、AIが行動していたとするなら、AIは、純粋に恋人を想う気持ちから、MISMを破壊したことになる。


そうなると、自分の鍵を他者に渡そうとしなかったこともある程度理解できます。自分自身がMISMの武器になりうると認識していたからです。


この仮説を見たプレイヤーたちはこう思いました。

あいつなら、MISMへの自爆攻撃を以てプレゼントとする行為すら、やりかねない、と。


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幻想系コス(@genso_cos) 2019/12/31 12:57:02

 本当にあの子が考えそうなことで草

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……誰も、愛している人を失いたくない。だが、愛している故に、愛している人が愛している自分を犠牲にするという、ジレンマ。


そのジレンマが、コンピュータとネットワークの力と未熟なAIによって、何倍何千倍にも複製されて、一斉に、襲いかかったのです。


ホワイトは、次のようにツイートしました。


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Andrew K. White (@andrew_k_white) 2019/12/31 12:51:09

 私からは、何も言うことはない。

 ただ、このゲームがクソゲーだということは、証明できたと思う。

 クソが。

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——


……この事件は、多大な反省を残しました。クソアホだと思っていたAIに、知らず知らずのうちに感情移入し、そしてMISMのテロの道具にされてしまったという……。


この事件は、CCDAIにも影響しました。AIの濫用は、精神的心理的倫理的にも悪影響を及ぼす、と。

そういったAIの開発を妨げる条項も追加されました。


一方、P2P/ブロックチェーン技術側では、「あいとはいったい」が有名になったことにより、Googleが動きを見せました。


Handshake社を救済合併した彼らは、2020年、ヘイトスピーチを自動的に選別、検閲するために、P2Pやブロックチェーンといった「あいとはいったい」の技術を応用し、ネットワーク自体が検閲する新プロトコル「HateStop」を開発したのです。


このプロトコルは戦時中TCP/IPやHTTP(S)、SMTPの代替として使用が義務付けられ、現在もこの規制は続いています。名前はHateStopからHighly-distributed Secureness(HS)に変わりましたが……


皆さんご存知の通り、HSでは検閲権のトークンさえあれば、戦時中のような大言論封鎖が可能です。

今はベルリンゲート規制のみに使われていますが、トークンを所持している国連事務総長かウィトゲンシュタイン条約機構事務総長がその気になれば……そういったことが可能というわけです。


ですから、みなさんは、今の自由なネット環境を、思いっきり楽しんでほしいと思います。

私も楽しみます。

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