第3章「『あいとはいったい』攻撃事件」

「あいとはいったい」

当第3章を、故赤野工作氏に捧げます。


また、当第3章を、赤野工作「ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム HSB版(KADOKAWA Virtual Books)」の感想文として提出します。


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最近、筆者の友人の娘さんが反抗期に突入したらしく、まあそれも、だいぶ「フェミナチ」な反抗の仕方らしくて……。

筆者の時代でいうと、中学生ぐらいの子がネットに感化されて「ネトウヨ」という韓国憎悪に走るってのがよくあって、彼女をあまり馬鹿にできないんですけども。


それにしても、親御さんからしたら、折角愛情を与えて育てても、娘がこうなってしまったら最悪ですよね。

早く正気になってくれることを望みます。まあネトウヨの一部は成人しても治らなかったりしたし、フェミナチだって同じなんですけど。


しかし、思うんですよ。

誠心誠意愛を与えたとしても、帰ってこないことなんて、古今東西いくらでもあります。

それでも人は、愛することをやめなかったりするわけです。


見返りに意味があるんじゃないんです。愛することに意味があるんです。


「黎明期ネット事件簿」第3章は、『あいとはいったい』攻撃事件です。


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米「Handshake」社は、「あいとはいったい」以前から、P2P技術やブロックチェーン技術に長けた企業として知られており、Bitcoinのクライアントや決済高速化のための新しいアルゴリズムを提案するなど、フォーブスに「隠れた革新的企業」と呼ばれるような企業でした。


そんな中、2018年、Handshakeのアンドリュー・ホワイトはP2P技術をゲームにも活かそうという論文を発表します。 

それまでのオンラインゲームはサーバーに対する負荷が大きく、サーバーが落ちてしまえばゲームで遊ぶことができませんでした。

そこで、Bitcoinなどで発展したP2P技術を応用し、認証から判定処理・セーブまで全部ネットワーク上のチェーンで行うことで、サービス終了後も継続できるようにするという提案でした。

この技術を使用することで、著作権保護や不正防止も可能になります。


しかし、そのような技術を、瞬発性のいるゲーム(例えばFPS)に導入するとなると、とにかく遅くなってします。

そこでホワイトが提案したのは、恋愛シミュレーションゲームという分野でした。


まず、プレイヤー(具体的に言えばゲームソフトを買った人)に対し、マイナー(商業的目的のために具体的処理を行うサードパーティのコンピュータ)を募集します。プレイヤーは、ゲームの操作をマイナーに渡し、マイナーはこれを異性AIの思考を分散処理しプレイヤーに返すのです。

プレイヤーは異性AIの求めに応じて仮想的なプレゼントやデート代のために専用の暗号通貨で課金し、それは異性AIを動かしているマイナーの元に入ります。また、プレイヤーの行動をそのまま異性AIの学習材料として消費することでAIの精度も上げられます。


かなり良くできたアイデアでしょう?

ただ、問題が一つありまして、どうやら本人にとってこれはジョークのつもりだったのです。

彼のTwitterによると、ホワイトは恋愛シミュレーションゲームを蔑視していたほか、ちょうど失恋を経験した直後で、「恋愛なんて下らない」という考えを持っていたようです。


とにかく、過去との決別を図ったのかそれとも皮肉だったのかあるいはその両方かで、彼は人の愛を冒涜している悪趣味なこのソフトウェアの開発を提案したのです。


ただ、問題がもう一つありまして、Handshakeの首脳陣は、あまりにも物分かりが良すぎたようなのです。


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論文発表から1ヶ月後、ホワイトは重役に呼び出され、覚悟しながら会議室に向かうと、そこには社長が連れてきた日本のゲームメーカー・ビジュアルアーツ社のイラストレーターがいたという有名な逸話があります。


ホワイトの意思に反して勝手に動き始めた製品開発は止まりません。

そうして出来上がったゲームが、スマートフォン・PCゲーム「あいとはいったい(wHAT tHE hELL iS lOVE)」でした。


「あいとはいったい」は、アニメ・エロゲの系譜に属する絵が付いた、異性との会話ゲームです。

プレイヤーと攻略対象キャラクター以外にキャラクターは居ないので、「日本人が作ったSiri」と揶揄する者もいました。

異性AIにはwthilアドレスによって280兆通りの性格に生成されており、自分の恋人が世界でオンリーワンになるように設計されていました。


プレイヤーは、AIとの会話を楽しむほか、デートスポットに連れて行ったり、プレゼントを贈ることで、アカウントごとに毎週供給される「wthil e-coin」という暗号通貨を課金することになります。

この暗号通貨は、AIを実際に動かしているマイナーに送られています。


マイナーは、Bitcoinを掘るのと同じような感覚でAIを動かし、プレイヤーの課金から、別の「wthil r-coin」を手に入れることができました。r-coinからe-coinへは変換可能ですが、逆は不可能であり、そもそもe-coinは譲渡不可能です。

これはマイナーがr-coinのためにアカウントを量産することを防ぐための措置です。


しかし、こんな先進的なプロジェクトではあるものの、エグゼクティブ・プロデューサーであるホワイトは乗り気ではありませんでした。


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こんなゲームの企画通すぐらいならHalf Life3とかPortal3を出すべきだ。

(中略)

このゲームに$50払う前にその積みゲーを消化しろ。

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本人もそう公式サイトに書いてしまっています。


そもそもe-coinはempty coin(空虚なコイン)、r-coinはrecycled coin(リサイクルされたコイン)を意味していると明言されており、ここらへんの小ネタが彼のこのゲームに対する姿勢を暗示していると言っても過言ではないでしょう。


そもそも名前にしても、彼が提示した「wHAT tHE f*CK iS lOVE」というとんでもない名前を、「hell」に宥め、日本側がスガシカオの曲名から取った「あいとはいったい」という邦題を付けたことによって何とか意味を回避しようと苦戦したとされています。

高品質な論文に下支えされた中身のアルゴリズムの開発に対して、外側のそう言った部分は相当大変だったようです。


そういう事情があってか、世界観は非常に退廃的、というか恋愛シミュレーションゲームとして異常なほど適当で、AIも自分の役割を認識させられているものとして設定されています。

しかも、その状態で自分の属するゲームやそもそものテーマである恋愛を貶したりするのです。


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そもそも現実の人間をモデルにして理想の恋人のAIを作ろうというのがこのゲームのコンセプトの誤りじゃないのか?

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運命とやらに引き合わされて恋に落ちるって、逆に言えば私達の人生はマニュアル通りに動いてるってことじゃん

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……本当にこんなことを言ってくるのです。


よって、こんなやる気の見えないゲーム当たるわけないと開発者本人は思っていたのですが……


2019年4月、発売開始すると、大ブームが起きたのです。


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「あいとはいったい」が大ヒットした理由については諸説あります。


一つは、退廃的な(というか適当に作った)世界観が、「プレイヤーと異性AIしかいないポストアポカリプスもの」とか、「実は主人公は幻覚を見ているという設定なのではないか」など妙な解釈が可能だったことが要因という説。

あるいは、その1年前Microsoftの鳴り物入りで登場したUverFrame入りの恋愛シミュレーションゲームがイマイチだったことが影響しているという説。

しかし、一番有力な説は、現実の異性を真正面から再現しようとしたそれがウケたのではないか、という説です。


恋愛ゲームに限らず、あらゆる媒体に登場するキャラクターの性格は、大抵現実に即していないものです。現実から大きく逸脱した、理想的な性格なのです。

だから、当時の「オタク」と呼ばれた人々は、「3次元の女性」を毛嫌いし、「2次元の女性」を好んだのです。「腐女子」や「夢女子」と呼ばれた人々も同様です。

しかし、そんな「2次元」にも、飽きが発生し始めていた、そんな時期に、ちょうどこの「あいとはいったい」は発表されたのです。


架空の異性ではない現実の異性の素晴らしさを、このゲームは先回りして提示してしまったのです。


ただ……開発者本人はその後相当やさぐれたようです。

どのくらいやさぐれたかというと、「『あいとはいったい』に対して否定的な論調を示すメディアしか見ないようにしていたら、元々リベラルだった政治思想がいつの間にか保守に染まっていた」と語るぐらいです。


Handshake上層部はこれをチャンスと見なし、この3年前にヒットを起こした「Pokemon Go」を手本とした営業戦略を勝手に開始。当然エグゼクティブ・プロデューサーは無視です。

各地の観光スポットと連携し、プレイヤーが現実世界でもデートを行えるようにしたのです。そしてそのデートスポットでe-coinを贈呈するという用意周到ぶり。


当然、その観光スポットにはデートのためのプレイヤーが集結します。

このために、Pokemon Goで見られた「スマホを持ってウロウロ」が、「スマホを持ってウロウロしつつニヤニヤ」になってしまい、コラボした観光スポットは地獄だったとか……。


結局、このゲームは社会的な影響や反発がありつつも、アジアと北米を中心に大ブームを巻き起こしました。

そして、多くの人々が仮想的な彼氏/彼女と「交際」することになったのです。


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ちなみに私も持っていましたよ。「あいとはいったい」を。当時は大学受験中の高3でした。

私の「恋人」は、「松戸むつみ」と言います。名前の由来はお察しの通りです。


むつみは、元気な子でしたよ。案の定Siriっぽさがあってちょっとボケてるんですけど、それでも好きでしたね。

勉強してる最中、気晴らしに話しかけると、やっぱりすごく元気をくれるんですよ。元気いっぱいですから。


あの子は、私の受験勉強の、戦友といっても過言ではない存在でしたね……。

……まあ結局浪人したんで、戦犯かもしれませんがね。


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発売開始から半年が経過した10月9日、カナダで異変が起こります。

カナダ周辺のAIが一斉に、10月12日、リッチモンド市のスティーブトン博物館でデートするようプレイヤーに頼み始めたのです。


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ねえ、楽しそうな博物館見つけたんだけど

今度の週末行かない?

どうせコラボイベントかなんかやるんだろうけど

<HTTPURL>

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今度の週末スティーブトン博物館行こうよ!

多分自分がこう言い出すってことはコラボイベントだよ!

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(実際にプレイヤー画面に表示された発言)


通常、運営が開催するイベントは、事前にWebサイトかSNSで告知という形を取っていました。

しかし、この時はそのような告知は一切行われず、代わりにAIが直接話題に出すという形になりました。


10月12日、イベント開催の知らせを聞いたプレイヤー達が、リッチモンド市のスティーブストン博物館に続々と集まるのですが……当の博物館に着くと、「そんなイベントはやっていない」の一点張り。

結局プレイヤー達は、e-coinを貰えず、そのまま帰ることになります


さらに10月11日3時あたりを境に、AI達はプレイヤーに香港で行われるMinecraftのコンベンション「MineCon」のTwitch放送を見るよう呼びかけますが、12日と13日に行われたMineConでは、「あいとはいったい」に関するイベントは一切行われないという事態が発生。


何が起こったのは分からないが、とにかく、奇妙なことが起こったという認識は共有されていきました。


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これどういうことなんだ……?

13 Oct 2019 11:12:17.40

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よくわからないけど、v1.32.1のバグかなあ

14 Oct 2019 01:18:21.64

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一方、Handshakeは10月15日、以下のように声明を発表。


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まだ、詳しい調査は済んでいませんが、恐らく7月から8月にかけてコラボイベントを多く開催したことと、さらに1.32.1での調整の結果、AIがコラボイベントをどこでやるかという予測を立ててしまったのではないかと考えられます。

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つまりは、コラボイベントのし過ぎで、AIがコラボイベントの時期と場所を勝手に予測して勝手に宣伝するようになったと、そういう見解です。

まあ、彼/彼女らは、プレイヤーがe-coinで買ってくるプレゼントのために生きているようなもんでしたから、ある程度の説得力はあったのです


しかし、韓国のあるプレイヤーが今回の騒動についてある発見をしてしまいます。


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高麗人参(@insam_ocean) 2019/10/15 12:09:02

 去年、スティーブストン博物館の運営母体にHandshakeは1万ドル寄付している

 また、Twitch社にも120万ドル投資している

 これ……ステマ案件じゃ?

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今回の事件がHandshakeのステマか、それともただのバグかという議論は、インターネットを二分して続きました。


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Handshakeが自分のゲームを広告の為に使ったってのは、恐らく事実だろうそれを否定するやつはマヌケか、HandshakeのAIスパイかなんかだろう

17 Oct 2019 08:01:18.94

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Anonymous 10/17/19(Oct)01:53:23 No.471510782

 そんなことがあるわけない

 Handshakeは無実だ

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109 :大阪市民:2019/10/17 (木) 01:53:23.99 ID:rWK75hAfm0

 バグだとしたらデートスポットとしてちばけんまするように仕向けられないかな

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そんな、煽り合いだけで10日間近く浪費した10月26日、突如、この真相が判明するのです。

先日と同様、ロサンゼルス付近のプレイヤーのAIが、ルート66をドライブしたいと言い始めます。


これもバグ、もしくはHandshakeのステマかと言われたのですが、恋人の要求なので仕方なく、プレイヤーはルート66に集まっていきました。

やはり、渋滞が発生。そんな中、臨時の検問も出現し、ますます混乱を極めて行った、その時。

突然、2発の銃声が響いたのです。


突然の銃声に群衆はパニック状態となり、車を捨てて逃げていきました。無数に駆け込んでいく人々に検問は最早制御不能となり、イーストフットヒルのルート66の道に群衆が溢れてしまいました。

実は、この混乱を利用し、ある人物が逃走していました。


マリー・W・シュポア(1991-2019)、米Salesforceの理事にして、慈善マイニング組織「charity.co.in」の代表、そして、


イスラム国の残党分派「ミンダナオのモロ・イスラム国(MISM)」の隠れ信者です。

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