転生先を三択で示されたのだが、どれも詰んでいて笑えない
里見つばさ
転生先を三択で示されたのだが、どれも詰んでいて笑えない
「
一緒にいたひとみさんの声で我に返ったのだが、全てが遅くてもどかしい。思考も動作も。
スローモーションのように駅のホームから落下して、電車が警笛を盛大に鳴らしながら迫ってくる。まずいぞ!
なんとか逃げようとするのだが、どこか打ったのだろうか。身体が重くて俊敏に逃げられない。
「武雄くん、一緒に帰ろうか」
思いもよらない言葉を掛けられた。
思い切って彼女の手をとって、楽しい時間を過ごしていた。
天にも昇る気持ちだったのに。
ふと、幼稚園から中学校まで一緒だった親友のヨッシーの顔と言葉を思い出す。
『タケオは要領悪いからなあ。自分から進んで悪い選択するよな』
きっと、死の直前に過去を思い出す『人生の走馬灯』ってヤツなんだろう。
高校一年でおれの人生終わりかよ。短過ぎるだろう? なんとかしてくれ。
ひとみさんのような女の子ともたくさん仲良くしたかったよ。
仮にもう一回人生があるのなら、もっと長生きして、恋愛とかしてみたい!
ひとみさんから「今日は武雄くんとカラオケでオールしたい気分だな」
と誘われて、天にも昇る気持ちだった。
オールしたい気分はもちろんあったけれど、後で問題になって仲が悪くなったら、マズいと思ったんだ。
「オールしてもお父さんやお母さんは大丈夫?」と、念の為に訊いたんだ。割と普通の選択だったと思うんだけれど、最悪の選択だったよ。
ヨッシーの言ったとおりだ。
ひとみさんはメッセージアプリで、数名の友だちにアリバイ工作を頼んだけれど、残念なことに都合がつく人はいなかった。だが、彼女との雰囲気はよかったので、週末に再度会う約束をして、仲良く二人で帰宅する途中だった。
普通な選択をしないで、思い切った選択をすれば、電車に轢かれる結果を招かなかったのにな。
もしかすると、今頃は、おれとひとみさんはラブラブイチャイチャな一夜だったかもしれないのにな。
走馬灯って長いんだな。痛いのは嫌だよ。
ああ、電車の人身事故を起こしてしまうと、賠償金の請求が家にくるんだっけ? お父さんお母さん、ごめんなさい。
盛大に鳴っていた警笛が聞こえなくなり、視界が暗転した。
◇◇◇
「――ケオさん?」
あれ? おれを呼んでいる? もしや、おれは死んでいないのか?
「サケオさん?」
若い女性の声だ。
「あ、はい?」
おれは生きているみたいだ。嬉しくて涙が出そうになった。
「覚えていらっしゃるかもしれませんが、サケオさんは電車に轢かれて死亡されました」
ひとみさんとちょっと声が似ている。少し嬉しくなったが、セリフはぜんぜん嬉しくないぞ。
サケオって誰だよ。おれは、武雄なんだけど。
「そうですね。覚えています」
「しかし、サケオさんは運がよく転生できることになりました」
「マジですか? 嬉しいです。でも、おれはサケオではなく
「ごめんなさい。データ転送ミスかしら。端末で確認してみますね。申し遅れましたが、私サケオさん担当のサヤカと申します。新人なので慣れないところはご容赦願います。武雄さんですか……んー、これはこれは……」
いわゆる噂の転生なんだろうけれど、データ転送や、端末などと意外とIT化が進んでるものだな。さやかさんは、確かにカチャカチャと端末を叩いている。転生担当オペレーターのような職種なのだろうか。
「……」
「いま調べましたところ、武雄さんですと即死です。サケオさんならば転生できます」
即死は勘弁だ。転生の一択に決まっている。十五年以上付き合った名前だから、当然思い入れはあるけれど、タケオとサケオ、一文字違いだし誤差範囲だろ。即死に比べたらどうってことない。
「おれは、サケオです」胸を張って主張した。
「はい、かしこまりました。サケオさんですね。では、次のフェーズに参ります」
フェーズってなんだよ。またデータ転送でもしているのだろうか。
しかし、オペレーターのサヤカさんの声はいいな。ひとみさんと話しているようだ。
「このフェーズでは、三つの選択肢のうちから一つの転生を選択することになります」
「は、はあ……」
ここで選択を誤ると致命的だ。というか、既に致命傷を負っているんだけれど。おれの経験上、普通の選択が最悪な選択になっているから、ここで普通の選択はアウトだ。今回の電車事故も普通の選択が原因だったし。
1)生まれたばかりで弱々しいサケ
2)ごくありきたりで面白みのない一生をおくるサケ
3)余命いくばくもないサケ
ちょっと待った。サケしかないのか、選択肢は? しかも、どれも外れのような気がしてならないぞ。
三択が全部詰んでいるだろ。転生できたなどと笑っていられない。
「すいません。サケしか選択肢がないようですが、またデータ転送ミスではないですか?」
バッドエンドしか見えないので、新人オペレーターのサヤカさんに確認する。彼女のミスじゃないのか?
「はあ。このフェーズではミスは起きたことがないので、間違いないと思いますが、念のため確認しますね――。はい、間違いありません。先ほどの選択肢でファイナルです」
サヤカさん、ほんとうに確認したのか? やけに確認が早かった気もするけれど、ファイナルならば、覚悟を決めなくてはいけないか。おれの経験上、普通の選択肢が一番よくないはずだ。残ったのは、『1)生まれたばかりで弱々しいサケ』『3)余命いくばくもないサケ』だ。どちらも厳しい人生ならぬサケ
しょうがないな、覚悟を決めた。サケの一生がどのくらいあるかわからないけれど、余命いくばくもないよりはマシだろう。
「では、一番で」
「かしこまりました。一番の『生まれたばかりで弱々しいサケ』ですね、プッ」
あれ? サヤカさん、笑ってないか? 嫌な予感がしてならない。
「では、サケオさん。転生先にどうぞ、行ってらっしゃーい!!」
明るいサヤカさんの言葉を聞くや、意識が薄れていった。
◇◇◇
身体が重い。水の中であるらしい。
身軽に泳げないぞ。一応は泳げているけど、匍匐前進のようにじれったいんだ。
なるほど、生まれたばかりで弱々しくて泳げないんだな。
しばらくすると、力強く泳げるのかもしれないぞ。
おや? おれのほうを見てニコニコと笑っている魚がいるな。
友達になれるのかもしれない。
「あら! サケくんね。がんばってるねー」
「ええ。サケオっていいます。あなたは?」
「わたしは、さくらますの桜よ。わたし、サケオくんのこと気に入っちゃった」
桜さんから、好意を寄せられている気がするぞ。たしか、マスとサケって近い仲間だったはず。
もしかして、桜さんとラブラブになれるのかな?
「ありがとう。おれも桜さんと仲良くしたいよ」
「んーと。仲良くはムリだなあ。でもね、わたしすごくサケオくんのこと気に入ったから、残さず食べてあ、げ、る、ね。あーんっ!」
うわっ。ご飯ちょうだいのあーん、ではない。ご飯にしちゃうぞのあーんだよな? 怖い、怖いって。待って、ちょっと待って。気に入ったってそういう意味かよ。
選択肢を変えさせてくれ、変えさせてくれ! ん? 日本語は通じないのか?
ならば。
「チェーンジ!」
「――サケオさん?」
ああ、よかった。むちゃくちゃ怖かったぞ。また転生担当のサヤカさんのところに戻ってこれた。さくらますの桜さんは怖すぎるだろ。
「あ、はい……サケオです」
「当店は、チェンジオプションは別料金が掛かるシステムなんですけれど、最初にわたしがデータ転送ミスをしてしまったので、特別にもういちど選択できるように、店長からチェンジの許可を貰いました」
サヤカさんがのたまう『店長』とか『システム』とか『オプション別料金』とか、なにやらいかがわしいお店の用語の気もするけれど、もう一回選べるのはありがたいぞ。
「はあ」
「では、さきほども申し上げましたが、三つの選択肢から転生先を選んでいただきます」
1)生まれたばかりで弱々しいサケ
2)ごくありきたりで面白みのない一生をおくるサケ
3)余命いくばくもないサケ
「では、どうぞ」
弱々しいのは、論外だ。さくらますの桜さんの成長のためのカロリーにしかならない。
普通に考えると二番だが、やはり、ここは経験に頼る。
「三番でお願いします」
「かしこまりました。三番の『余命いくばくもないサケ』ですね、プッ」
またオペレーターのサヤカさんが笑った気がする。嫌な予感がしてならない。
「では、サケオさん。転生先にどうぞ、行ってらっしゃーい!!」
ふたたびサヤカさんの言葉を聞くや、意識が薄れていった。
◇◇◇
ああ、よかった。今度は水の中だけれども、すんなり泳げる。
「ねえ、そっちじゃないわ。こっちよ」
声が掛かった。
「あ。ありがとう。きみは?」
「わたしは、サケ美よ。きっと同じ川の生まれね。こっちにおいで」
よかった。さくらますの桜さんだったら、どうしようかと思った。
「おれは、サケオっていいます。一緒に行っていい?」
「もちろんよ。途中には、定置網とかクマとか危険はあるけれど、サケオくんと一緒ならば心強いわ」
心まで、サケになったのだろうか。サケ美さんが妙に色っぽく見える。スタイルがよくアイドル顔負けの美形だった関口ひとみさんより、サケ美さんに魅力を感じるんだ。
それに、胴体から尻尾にかけてのくびれなどは、他のメスのサケよりくっきりしていて、プロポーションもいいように思える。
「嬉しいな。サケ美さんと一緒にいれて」
「ありがとう。わたしもサケオくんの鼻が曲がって勇ましいところとか、気になってたの」
こうして、おれはサケ美さんと一緒に川を遡上することになった。
河口近くでは非常に多くの仲間が定置網に捕まった。
きっと『ごくありきたりで面白みのない一生を送る』を選択していたら、網に捕まったんだろうな。
川を遡る途中では、ヒグマに襲われそうにもなったけれど、サケ美さんとの連係プレーでうまく
「このあたりでいい?」
サケ美さんにたずねられた。
だが、意味がさっぱりわからないので、サケ美さんに、聞き返す。
「え? なにが?」
「メスのわたしに言わせる気? サケオくんとの子どもを産む場所に決まってるじゃない」
「おれとサケ美さんの子ども……」
「わたしが二人でいれる場所を作るから、他のオスが来ないように見張っててよね」
「わかった」
サケの事情はよくわからないので、サケ美さんの要望を聞くしかない。周囲に他のサケが来ないように守備固めだ。
「オラオラーッ! オレも混ぜろ!」
サケ美さんは、どうやらモテるらしく、何尾もサケ美さんを狙って他のオスがやってきた。
「邪魔するな! どっか行けよぉおおっ!」
必死に追い払った。
「サケオくん、いい場所できたよ……」
ちょっと疲れた口調のサケ美さんだった。川底を自分の身体で掘り下げて大きなくぼみを作っていたのだ。
素晴らしいプロポーションだった尾びれのあたりなど、傷だらけでボロボロで痛々しい。
おれとの子どものために、がんばってくれたんだ。泣けてきた。
「ありがとう、サケ美さん」
サケ美さんが傷だらけになりながら作ってくれた
「サケオくん、タイミングを合わせて、一緒にね」
「うん。一緒に」
短い間だったけれど、至福の瞬間だった。実感はないけど、童貞ではなくなったみたいだ。
「ありがとう。サケオくん。わたしは、卵を埋めておくから、もう少しがんばるよ」
「サケ美さん、ありがとう。短い間だったけれど、しあ……」
もっともっとサケ美さんに、伝えたかったことがあったんだけど、体力がもたなかった。おれの身体が下流へと流されていく。
◇◇◇
「――ケオさん?」
あれ? この声は転生担当のオペレーターのサヤカさんか?
「あ、はい……」
こんどこそ、武雄さんと呼んでほしい。いや、サケ美さんと会えるならサケオでもいいや。しかし、余命いくばくもないだけに短すぎるんだよなあ。
「バケオさんですよね? ププププッ」
『バケ』ってなんだよ。お化けか? サヤカさん、完全に吹き出して笑ってるだろ。
きっと三択がどれも詰んでるとしか思えない。
転生できたが笑えない。そもそも、お化けならば転生すらできていないだろう。
転生先を三択で示されたのだが、どれも詰んでいて笑えない 里見つばさ @AoyamaTsubasa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます