私それ頼まれましたっけ?
皆さんは中学・高校時代に、部活動をやっていましたか?
人生で一度しかない、13歳から始まる、それまでの人生の半分に相当する貴重な青春時代を、その後は大概なんの役も立たない無駄な活動に、いたずらに浪費していましたでしょうか?
私はしていませんでした。
なにせ高校時代は、生徒会役員とかいう、部活動よりもっと何の役にも立たない無駄な活動に従事していましたからね。しかも下っ端のヒラ役員です。
でも今になって思うのです。いつまでも記憶に刻まれているのは、無駄で役に立たない活動の思いなのではないかと。
少なくとも、私にとってはそうでした。
生徒会の下っ端役員として、文化祭期間中に駆けずり回った思い出は、絶対に忘れることなどできません。
やれ軽音部が雨降る野外でライブ敢行しようとしてるだの。やれ電気工作部が調子に乗って電圧あげてバッテリー爆発させただの。やれ機械工作部がボロ板に50㏄のエンジン乗っけてお客さんを轢きかけただの。それはもう忙しかったのです。
私の通っていた高校には文化祭実行委員なんて便利な組織がありませんでした。――いえ、あるにはあったのですが、必要とするのは部活に入らず有志にも参加しない、各専門課程に分かれる前の、1年生5クラスだけなんですね。
したがって、文化祭の運営と管理は、生徒会の仕事となっていました。
もちろん仕事は、苦情や報告の処理だけではありません。
文化祭期間に入ると同時に、私は、「各部活の活動実態を把握せよ」と、会長さんと会計くんに仰せつかったのです。
クリップボードを片手に届け出のある活動場所に向かいます。誰が参加しているのか記録します。使用機材をチェックします。最後に領収書を徴収し、提出されていた予算案とセットにして、クリップで止めます。
これを全ての出し物についてやっていくわけです。
もう大忙しですよ。頼れる人はおりません。
私もヒラ役員とはいえ、3年生ですから、後輩は2人いたんです。けれど彼らには任せられませんでした。
彼らの貴重な青春を守ってやろうだなんて思っちゃいません。
1人は炎天下で着ぐるみ着せられヘロヘロで、1人は部活2つを掛け持ち有志にまで参加していやがったのです。時間なんかとれないのでした。
かくいう私も有志の屋台に乗っかっていまして、さすがに文化「祭」だけありますねという、お祭り騒ぎのてんてこ舞です。あっちダッシュ。こっちへえっちら。階段上って部活代表と揉め、取りなし、屋台に戻ってちょろっと接客します。
午後に入るころには、走っている理由なんか分からなくなりました。
すると、時おり、不思議なことを言われるようになるんです。
展示でお客さんとトラブルがあったらしい、と報告がありました。疲れた顔の会長が、私にむかって、顎をしゃくります。
アテレコするなら「行け」か、「ゴー、λμ、ゴー!」といった様子です。
走っていきます。頭の中は「午前中に提出された間違った予算書」と「横領する気らしいコンビニお菓子の領収書」で一杯です。
汗もタラタラたどり着いた受付で、生徒が目玉をぱちくりしました。
「あ、生徒会の。さっきはありがとうございました」
さっきってなんでしたっけ。
そんな思いに囚われます。
携帯電話が鳴りました。急いで取ります。私の参加している屋台でした。
「おい、材料まだか? 場所分からん?」
何の話でしょうかね。
記憶をたどっていきます。屋台で使う食材関連は、すべて家庭科室に集積されていたはずです。家庭科室ですよね、と答えます。
「分かってるなら早くとってきてくれ。もう終わっちゃうぞ」
なんですと。それはいけません。
材料が無くなればお客さんが逃げます。それは一大事です。
家庭科室に走ります。フラフラです。水を一杯もらいます。
なぜか会計くんがいました。
「あれ、またきたの? 忘れもの?」
家庭科室には今日初めて……あれ。初めてでしたっけ?
困惑です。困惑しながらも材料の入った箱を探します。売れ行き好調なのか、少なくなっていました。
箱を掴んで中庭の屋台に駆け下りていきます。
「いや、2つもいらんだろ」
と、屋台の友人が笑いました。はて。
見ればすでに材料の入った箱がありました。
「顔色悪いけど大丈夫か? 忙しすぎて、何やったか忘れてんじゃね?」
そうかもしれません。文化祭の3日間は出し物も入れ替わり立ち代わりです。休む暇もありませんでしたからね。
心優しさだけが取り柄の友人は、材料を外に置いておくと痛むからとりあえず家庭科室に運んで休憩取ったら、と言いました。
私が頷いて箱を持ち上げた途端に、「したら後で交代な」と続けます。せっかくの取り柄がなくなりました。
私はトボトボと家庭科室に材料を戻して、携帯の電話を切り、生徒会室に帰りました。誰もいません。会計さんも部活がありますし、生徒会長さんは校長や来賓の人たちの接客があるのです。
窓の外では、着ぐるみを着た後輩が、無駄にハッスルしていました。
校庭に響いているのは第二軽音部の野外ライブの歌声です。音楽性ならぬ予算の使用用途性の違いによって2つに分かれてしまった悲しき部活なのです。
私は、ふぃぃ、と息をつき、パイプ椅子に座り込みました。机の上の領収書や文化祭の配布物サンプルを脇へ押しやり、額をつけます。ひんやりしていて、なかなか心地がよろしいのです。
生徒会室は数少ないマトモにクーラーが機能している部屋ですし、眠気が誘われるのも当然です。
とん。
と、頭のすぐ脇に、何かが置かれました。音からするにジュースです。缶ではなくて、ペットボトルです。文化祭期間中は生協が閉まっていますし、屋台でのペットボトル販売は禁止されているはずです。中にお酒でも入れて販売されたら、とても大変なことになっちゃいます。つまり、わざわざ外で買ってきてくれたのですね。
私は顔も上げずに、お礼を言いました。
すると、
「……つ……れ」
やたらとか細い声が降ってきました。
先輩には敬語を使ってくださいね、と思いました。
部活掛け持ち後輩くんは第二軽音部のボーカルでもありますからね。その歌声を聞いたのは先ほどの校庭の音くらいですが、聞く限りでは叫び声がウリのようです。
私は顔をあげて、表面に水滴の浮いたペットボトルに目を向けました。
あまり好きな銘柄ではありません。けれど私は、炭酸さえ入っていれば許してしまうくらいに寛容なのでした。
喉を潤す刺激によって、疲れが酸化還元反応を起こします。
生徒会室の扉が開きました。入ってきたのはボーカルくんです。
「あ、先輩ずるいッスよ! 外に行ったなら僕のも買ってきて……」
私は、それ以上の言葉が頭に入ってきませんでした。
ボーカルくんの声はガラガラだったんです。思えば彼はついさきほどまで歌っていたわけで、買ってこれるわけがないのです。
では誰ですかね?
再び扉が開きます。着ぐるみくんです。頭を取りました。汗だくです。
「先輩、さっき電話したのに、なんで交代きてくれないんすか」
随分前から携帯の電源は切っていますよ。いったい、誰が出たって言うんです。
私は、そっとペットボトルの蓋を閉めました。
暑さのせいで記憶が混濁していただけなのでしょうか。
もし違うのなら、誰が私の代わりに私の仕事をしたのでしょうか。
無駄で役に立たない時間というのは、忘れられないものですね。
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