ヤンキー、深夜に駄弁る

 まずは聞きなれない方もいるかもなので説明しておきますね。

 昔はヤンキーが車座になって無駄話をしていることを駄弁だべると呼んでいたのです。

 また、それを傍からみて「たむろする」ないしは「屯している」と呼んでいました。


 ついでにヤンキーというのはアメリカ人って意味ではなくて、平たく言えば不良とか非行少年とか、要するにワルぶったガキンチョを指す言葉なわけです。

 今の子供はどうなのか分かりませんが、その昔は男の子という生き物は悪いものに憧れたものなんです。タイミングとしては反抗期と言われる時期が特にそうなりやすいですね。


 親=学校=権力と見立てて、反抗=抵抗=触法or脱法と解釈し、世の中をよりよく回すためのルールを拒否するアウトサイダーこそ、反抗期の少年少女たちのカリスマ(死語)だったのです。

 まぁそうやって育った少年少女も後々「好きで腐敗したわけじゃないんだよ」なんて嘯く大人になって子供に嫌われるわけですが、当時はそこまで予想できません。


 ともあれ。

 そんな当時の私は、友だち二人と一緒に、よく深夜の街を徘徊していました。大抵は最終的に公園に行きつきます。駄弁りながら、家に帰るための気力回復を図るのですね。

 あの日も、深夜の街を一通り徘徊して、公園にたどり着きました。


 いつものように私がベンチに座って、車座になります。

 月が出ているとは思えないほど、暗い夜でした。

 当時の公園は見通しなんか考えられていませんからね。背の高い木々がいくつもあって、道路側の街灯の光を遮ってしまうんです。公園にも電灯はあるんですけど、ベンチの横に一本しかありませんでした。


 私たちが話す内容なんて知れていまして、「お金欲しいなぁ」とか、「親がムカツク」とか、「いつか先生に復讐する」とかです。あとは、「クラスのあの子が可愛い」くらいですか。ものすごく大人しくて可愛らしい非行少年たちですよね。

 それもそのはずでして、私たちの通っていた中学校は、公立のくせに坊ちゃん学校と呼ばれていたんです。おそらくは「東京じゃゆっくり寝られないから」なんて考える家庭が中心で、そんな家庭で育った子供が集まっていたのでしょう。


 ですから、私たちも、品行方正な不良少年だったのです。

 お金は欲しいけどカツアゲなんかして警察に捕まるのは嫌だと思っていますし、かといって毎朝早起きして新聞配達して稼いだお金で夜ごと遊ぶとか、矛盾だらけで嫌になっちゃいます。無料でできる悪いことは、深夜の駄弁りくらいだったんですね。


 ただ、夏場も夜通し駄弁っていると、喉が乾いてしまいます。

 しょぼくれた財布には、千円札が数枚と、小銭くらいしか入っていません。

 そんな時、少年たちはどうするか。

 そりゃもう、ジャンケンして負けた子が買いに行くわけですね。負けた子が全員分の代金を払います。貴重な不良っぽい要素であります。


 あの日は、私が負けてしまいました。

 ちぇ、なんて舌打ちしつつ、私一人で買いに行きます。

 自動販売機があるのは公園の端っこなので、最も早い経路は公園を突っ切ることです。でも、暗い公園を縦断するのは、容易じゃありません。足元は木々の根っこがデコボコ張り出していますし、懐中電灯だってもっていませんからね。


 私は細い明りを頼りに、一旦、道路に出たんです。

 公園の外周に沿うように伸びる道路には、街灯の白い光がポツポツと並んでいました。人の気配はまったくありません。

 なんでかわかりませんが、ため息がでます。すると、吐息が雲のように白かったんです。夏の夜ですから、ありえません。街灯の灯りもあって、錯覚したんでしょう。


 歩きだすと、また自販機までが遠く感じられました。

 人の気配がまるでないのが、却って怖く感じます。

 自分の靴音でも鳴ってくれれば少しは気も休まるんですが、ゴム底のスニーカーでは気の利いた音を出しません。

 不安が、時間感覚を、間延びさせていきます。

 

 長い、とても長い道のりに思えました。

 けれど、自販機には無事にたどり着けたんです。

 私は三本のジュースを買って、安堵の息をつきました。また息が白く見えます。そんなはずがないんですけどね。多分、今度は自販機の強い光のせいでしょう。

 私は嫌な気分になってきまして、急いで来た道を戻ったんです。

 

 公園に数歩入ったところで、

 あっ、

 と変な声を出してしまいました。

 ベンチに友だちの姿がないんです。もうその時点で足が重くなってしまいます。ただ、三本もジュースを抱えて探しに行くのは、得策とは思えませんよね。


 私はベンチにジュースを置いて、ポケットに両手を突っ込んで、躰を揺さぶりながら待ちました。寒かったんです。

 夏ですから凍えるはずがないんですけどね。

 しばらくして、いつまで経っても帰ってこない二人に業を煮やした私は、道路まで歩いていきました。


 首を左右に振って、二人の姿を探します。

 どこまで続くような直線道路の先に、暗い人影がありました。でも、影は一人分しかありません。


 なんなんですか、まったく。と視線を落とした私は、あることに気が付きました。

 数は少ないですが、道路には街灯が立っているんです。人がそこにいるなら、黒い影しか見えないなんて、ありえませんよね。

 私は顔をあげて、人影に注目しました。

 影は遠く、ポツン、と立っています。


 その物寂し気な人影の傍らで、街灯が明滅していました。

 戻るべきです。

 頭では分かっているんです。けれど子供ですから、興味が勝ちました。

 見続けていると、点滅していた街灯が、パチン、と音を立て、ちゃんと灯るようになりました。代わりに、一本こちらに近い側の街灯が、点滅し始めました。


 あのとき何を考えていたのか、まったく思いだせません。

 ただ、ずっと見ていました。

 街灯が点滅をやめます。すると、また一本、こちらに近い街灯がチカチカしはじめます。街灯の不規則な明滅がこちらに近づいてきているんですね。


 チカチカチカ。パチン。チカチカチカ。パチン……。


 私の前まで、あと二本のところまできています。

 その段になって、ようやく、ベンチに戻ることに決めました。

 急ぎ振り向き、歩きだします。

 パチン、と音が聞こえます。肩越しに目をやると、また一本、こちら側に近づいてきていました。


 自然と早足になってしまいます。

 ベンチにはジュースが置かれたままでした。二人は、まだ戻ってきていないんですね。また肩越しに見てみます。

 先ほどまで私が立っていたところの街灯が、チカチカと明滅していました。

 ベンチに腰を下ろした私は、震える手でプルタブを引き開けました。


 パキン。


 ベンチの傍らにある細い街灯が、明滅し始めました。

 私は缶に口をつけたまま、ただ流れ込んできた液体を、飲み下します。喉が鳴る音が妙に大きく聞こえます。

 真横で電灯が明滅しているんです。

 黒、白、黒、白、黒、白……いま人影が。


「わっ!」


 背後の声に驚き、私は缶を取り落としました。

 友達二人がゲラゲラ笑っていました。

 あんまり私が帰ってくるのが遅いから、探しに行ったんだそうです。お金を出したくないから逃げたんだろうと思った、なんて、酷い言いようですよね。

 いつもの私だったら、ムっとしていたと思います。


 ただあの夜だけは、安心して息をつきました。白い息ではなくなっていました。

 私の買ってきたジュースに、二人も手を伸ばします。


 パキン。


 電灯が点滅しました。一度だけでしたけど。

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