公園の子供たち

 私はネタを探して散歩をするのが好きなのです。元々夏場のバカ略して夏バカよろしく外を駆け回ったりもしましすし、散歩大好き人間と名乗ってもいいくらいです。

 サンボマスター大好き人間略してサンボ人間じゃありませんよ? 

 サンポ大好き人間です。サンボマスターも好きですけど。


 ただ、いかな大好きなお散歩といえども、夏ともなれば経路を選ぶだけでも一苦労です。周囲はパキパキに焼かれたコンクリートジャングルですからね。日差しのキツイ日に歩き回れば、すぐに灰色の森で遭難しちゃいます。


 そんな日は、沿って歩けば必ず駅と言う名のオアシスにたどり着く都会の河川、線路の脇を歩くのです。とりあえず脳内でスタンド・バイ・ミーを再生です。スティーンブン・キングの優しい世界。主人公以外はみんな酷い死に方をします。

 ゴーディは後々自殺しそうだよな、と思いつつ線路に沿って歩くと、商店街の入り口に出ました。夏祭りの準備が始まっていて、青白や赤白の提灯が下がっています。


 商店街という存在だけは、田舎も都会も変わりませんよね。場合によってはシャッター通になっていたりもしますが、祭りとなれば多少は活気づきます。謎のゆるゆるデザインの着ぐるみが姿を現し、つられて汗だくのお父さんとお母さんと子供たちが冷房の効いた穴倉から這い出てきます

 ホラーですよね。


 日中の外気温は30度を越えます。周囲は閉じられたシャッターやコンクリートの建物です。人混みです。靴の下は焼かれたアスファルトなのです。

 奥さん自身は問題ありません。頭にオサレな帽子をかぶり、手には日傘で、ご友人家族とご歓談あそばせられています。

 けれど、足元の幼子はどうでしょう。


 黒髪つやつや、はぁはぁと辛そうに呼吸を繰り返し、小さなTシャツがスケスケになるほど汗に塗れております。体高はお母さんの膝くらいまでしかありません。

 暑いでしょうね。

 とても、とても暑いでしょうね。

 お母さんは身長155±5センチ程度ですから不快の程度も分かります。

 立ち話に付き合わされる子供はどうか。


 知っていますかお母さん。

 夏場、アスファルトの表面温度は、実に60度近くに達するのですよ。

 楽しそうに喋っているあなたの可愛いお子さん、地獄の釜の底に立たされているんです。健気にもスカートの裾を掴んで、耐えているんですよ。


 まったくもう。

 夏場のお母さん方には我が子ファーストの精神をもってもらいたいですね。せめて日陰に入れてやるとか、抱き上げてやるとかしてあげてほしいものです。愛情です。

 賢い我が子ファーストな奥さんがどうするか、知っていますか。

 そうです。緑に行くんです。


 ……少し冗談がすぎましたね。 

 いえ、正確にいえば冗談というわけでもないのです。賢いお母さん方は、お子さんを公園に連れて行って、そこで立ち話をしているわけですね。

 はい。ようやく表題の公園にたどり着きました。長いですね。怖いですね。


 ともかく暑すぎると散歩もキツくなるので、商店街を抜けて公園に行くんです。

 近所にある公園はなかなか立派なものでして、噴水はあるわ美術館はあるわ謎の不気味オブジェが林に紛れて置かれていてヒェッてなるわと、結構なものなのです。


 芝生ではひざ丈くらいの少年がサッカーボールを蹴って、お父さん相手にジャイアントキリングを演じています。少女が小高い山を駆け上がろうとし、べしゃりとこけて、泣きそうになっていたりもします。目を細めてそれを眺めているのは、狙いすましたかのような麦わらの白ワンピ若奥様です。

 私は、そんな楽しげな喧騒を、とても気に入っているのです。


 ただ、私のような者が一人で公園に行くと、大変な目に遭います。

 なにしろイケメンですから、大人も子供も下手したら警備員さんまで私に興味津々になるのです。ええ。大事なのでいいますが、私がイケメンだからです。


 訝しげな視線というのは、向けれられて気持ちのいいものではありません。まして全員が全員こちらを見ているというのは、ちょっとしたホラーです。視線恐怖になっちゃいます。

 そんなとき、私は、いい対処法を知っているんですね。


 流し目をするんです。

 イケメンな私が流し目をすれば、若奥様たちは照れてしまって、ササっと目を逸らしてしまうのです。警備員さんにも有効です。大抵はお爺さんですから、アルカイックスマイルを作って挨拶すれば、途端に味方に変わります。

 ところが、ですね。

 子供を相手に取ると、なかなか上手くいきません。


 大抵の子供は大丈夫です。イケメンな私の流し目を受ければ、スっと目を逸らしてくれます。特に男の子なんかは、ペッ、と唾を吐く勢いで首を振ります。

 でも、なかにいるんですよ。

 私の流し目をうけても動じず、熱視線を送ってくる子が。

 数人くらいですけどね。男女の区別はありません。


 イケメンな私のイケてる流し目が効かないなんておかしいな、と思いますよね。こうなりゃしょうがないですね、と睨んでみることにします。

 睨みます。むむむ。効きません。豪胆ですね。そんなに私の顔が好きですか。

 違いますよ。モチのロンで、違います。

 彼ら彼女らの熱い視線は、私の背後に注がれているのですから。


 何人くらいですかね。三人くらいですか。首を巡らせてみますと、他にも数人の目を逸らさない子供の姿があります。いずれも視線の先は一点に集中しています。

 私ではなく、私の後ろの空間を見ているんです。だから私に見られても、目を背ける必要がないんです。

 

 誰がいるというんでしょうか。振り向くべきなんでしょうか。

 そうこうしてると、少年少女たちの小さな口が、一斉に開きだします。

 何かを言おうとしているんです。一斉に。

 私はさっと俯き、耳を塞いで、その場を後にしました。

 聞きたくなんてありませんでした。


 なぜ私は耳を塞いで逃げ出したのか、お分かりになるでしょうか。

 もちろん、怖かったから、でも間違いではありません。たしかに怖かったのです。

 もう少し詳しくいえば、背後に誰かいそうで怖かったから、でしょうか。それも間違いではありません。でも、少しだけ足りません。 

 私は、私の背後に何かがいるとして、なにをしているのかが気になったのです。


 なぜ流し目を送ると目を逸らされるのか、それが本題です。

 他者と視線を交差させると、コミュニケーション量が増えるます。すると双方の心的距離が近くなります。近すぎると恥ずかしくなり、目を逸らしてしまうわけです。

 電車の中を思い出してください。

 向かいの席の人と目が合いました。どうしましょう。私は可愛い女の子になら微笑みかけますが、目を逸らされるのは確実ですよね。これらは心理学でも実証されている知見であります。


 私は、気付いてしまったのです。

 子供たちが目を逸らさないのは、私の背後に視線を注いでいるからです。これは変わることのない事実です。私を見ているのなら、視線を交差させれば、恥ずかしさで頬を染めて俯くはずですから。

 ですが目を逸らさないという事実は、もうひとつ重要な事実を示します。

 私の背後にいる誰かは、ずっと私を見ていたはずなんですよ。


 だってそうでしょう。

 背後にいる誰かが子供たちに目を向けたのなら、目を逸らされたはずですから。

 子供たちは、ずっと私の背後を見つめていました。

 つまり私の背後にいた誰かは……。


 私の耳には、幽かに聞こえてしまった、「その人……」が今も残っています。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る