変化。
「ゆうた、お前・・・」
「ん?どうかした?」
軽く振り返るゆうた。まるで俺がどうかしてしまったかのように。
でも違う。変わったのは。
「りんねのこと、」
『ゆーーたーーーーーー』
「あ、そーだった」
俺の声を遮るようにゆうたの名前を叫びながら教室のドアを開けた男。違うクラスのやつで名前も知らない。でもゆうたは知っている。
ゆうたが何かを思い出したように手を打った。約束か?
「ごめん用事あって、後でも大丈夫?」
「あ、ああ」
ごめん、と手を合わせてくるゆうたに行ってこい、と言う。前はこんなことなかった。ゆうたが俺以外の誰かと話すこと。
嫉妬とかヤキモチとかそう言うものじゃなく。あいつは変わった、そのことを俺に感じさせる瞬間だ。
りんねがいなくなった。
それは担任から言われたのでもなく、本人から言われたわけでもなく。なんとなくゆうたを見ていて思ったことだった。
ゆうたが目を腫らして学校に来た日、りんねは学校に来なかった。
何かあったとは思ったものの問いただしたりはしなかった。話したかったら話してくるだろう。そう思ったからだ。
りんねが来なくなって4日経った頃、金沢(るみ)がクラスに来てゆうたに聞いた。
「りんりんのこと知らない?」
ゆうたが目を腫らしているところを金沢も見ていたし、その後しょっちゅうクラスには来ていた。だからゆうたが何も話さないことを知っている。
それでも聞いたのは、単純に友人としてりんねのことをとても心配していたからだと思う。
ゆうたを傷つけたくはない。でも友人のことを知りたい。その葛藤はなんとなくでしか想像できない。きっと辛いものだったと思う。だから質問もゆうたを問いただすようなキツイものではなく、大まかなことだった。
「・・・」
いつもと変わらずゆうたは何も言わなかった。
そこで金沢は悟ったらしい。りんねに何かがあったわけじゃないと。
ゆうたは優しい。だから、りんねを心配している友人の声だったら絶対に聞く。そこで何も言わなかったということはりんねの身に何か危険が起きたわけじゃない。あくまで推測だがそういうことらしい。
クラスの奴らは特になんとも言わなかった。もともとりんねはそれほど全員と深く接していたわけじゃない。それが理由だと思う。
りんねがいなくなって1週間ほどは、ただ外を見つめて、抜け殻のように生活していたゆうた。
変化が起きたのは一ヶ月ほど経った頃。周りが見ても明らかに変わった。
社交的ではなくむしろ引きこもりがちなゆうたが積極的に周りと接しはじめた。
最初は今まで暗かった奴が、って思ってたクラスメイトも、いつのまにかゆうたを中心として会話するようになった。笑っているし、冗談も言う。
放課後は基本的にまっすぐ帰宅していたのに、それが嘘のように毎日のように友達と寄り道して帰る。
俺以外と話すようになったのは成長したことだし悪いことじゃない。ただ、様子がおかしい。それは金沢も感じていたらしい。
「無理してる気がするんだよね。なんか、うまく言えないけど」
俺もそう思っていたから素直に賛同できた。
ただ、時々ふとした瞬間に、ゆうたは遠くを見つめる。
誰も知らない何かを知っているような大人びた顔をする。前のゆうたに戻ったというよりは、今もずっとそうであるかのように。
その時俺は声をかけることができず、ただ見ていることしかできない。
泣きそうになるゆうたを心配することしかできない。
今はそんな自分が嫌だ。
ゆうたが委員会で呼ばれていて居ない時、金沢がクラスを覗いた。
「ゆうたなら・・・」
「いや、ゆうたくんじゃなくて。今日はりゅうへいくんに用があって来たんだけど」
首を傾げる。正直りんねやゆうたがいないと関係のない金沢。呼ぶときに不便だから名前は教えてもらったけど、用事ができるほど関わりはない。
「なんだ」
金沢は俺の問いに対して、少し間を置いて返事をした。
「ここの担任のセンセーのところに行こうかな、と」
「俺が必要か?」
このクラスにいないなら職員室あたりにいると思う。それがわかったなら一人でもいける。わざわざ俺が行く意味がわからない。
「りんりんのこと聞きにいこうかと思って」
金沢の言っていることの意味を理解するのに数秒かかった。
「担任が知らないはずないよなーと思って。ゆうたくんのあの様子じゃ本当に知らなそうだし、直接聞きに行くしかないっしょ、ってな感じで」
とても軽く理由を説明する。
理解はできた。確かにそうだ、担任が知らないはずはない。知らなかったとしたらりんねと関わりのあった俺らに何か聞いてくるだろうし、ここまで休んでいたら問題にならないはずがない。
ただ一つ、驚いた。
「その行動力はどこから来るんだ」
ゆうたの席を心配そうに見つめていた金沢が視線を戻した。
「友情パワーってやつでしょ」
「りんねはな・・・転校したんだよ」
予想できなくはなかった理由だった。
「頼まれてな、誰にも言うなって」
担任は申し訳なさそうに眉を下げた。悪気があってそう言うことをするような先生じゃない。ただ生徒に頼まれたことを、その生徒のためにしっかりと遂行した。それだけだ。
誰も悪くない。
「心配かけたくなかったそうだ。
これ、あいつから届いた手紙だ。要約すると元気だ、ってな」
俺たちに言わなかったことに罪悪感でも感じているのだろうか。だとしたら見当違いだ。
金沢も微妙な顔をしている。
なんとも消化不良な話だ。スッキリしない。
「そろそろ教室に戻れ。話すことがあるから」
暗い空気を吹き飛ばすように大きな声で言った先生。びっくりした。
なぜか嬉しそうにしていて、それが微妙に引っかかったけど、時計を見ると本当に時間が迫っていて、渋る金沢を引っ張って職員室を出た。
彼女がいなくなってから1年が経つ。
ぼくは変わった。周りから言われすぎて認めた。
彼女のいない日々は色が一つ消えてしまったような、そんな感覚で、ぼくの感情の一部もどこかに連れて行ってしまった。
あの日彼女と別れてからその姿は見ていない。
るみさんは心配していて、力になりたいと思ったけど、今のぼくにはとても難しいことで、余計に話をややこしくしてしまうような気がした。
せめて何か一言残して行ってくれればよかった。
ぼくにではなく、るみさんに。りんねに何かあって一番に関わりを疑われるのはぼくだ。それは彼女にもわかったことだ。なのに黙って行ってしまった。
彼女が何を思って何をしたかったのか、それはわからない。
「ほらー席につけーー」
いつもより少し元気な担任が声を張って教室に入って来た。正直うるさい。
じと、と睨んでいると、視界の端に廊下でたなびいた長い髪が映った。
あれは。
「どーも、久しぶりです」
スライドして教室に足を踏み入れた彼女。
視線は奪われて動けない。
それに気づいた彼女がぼくを見る。
「よ、ゆーた」
満面の笑みはそれだけで周りを照らした。
視界が滲んだ。
「大っ嫌いだ、君なんて」
fin.
届かない君をぼくは。 立花 零 @017ringo
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