わからない。

ぼくは怖い。

勢いよく言ってしまったものの、後先のことを考えていなかった・・・。



「どうした、顔色悪いぞ」

りゅうへいは優しい。でもその優しさは仇になるとも思う。現にぼくの気分を害するものになってしまっている。

理由は聞かないでほしい。口にした瞬間それは元気に登校してきた彼女の耳に入り、また地獄が始まってしまうからだ。

まさかぼくの言葉が本当に響いてしまったのだろうか。すこぶる調子が良さそうだ。いや、もともと調子が悪くて休んでいたわけではないだろうけども。とても元気そうで、楽しそうにるみさんと会話をしている。

早まっただろうか。りんねに説教じみたことをするなんて。

正気じゃなかったのかもしれない。落ち着いて行ったはずだったのに。

「なんでもないよ。購買に行こう、ちょうど買いたいものがあって」

「おう」

りゅうへいはそれ以上詮索はしない。ぼくが聞かれたくないと思ってることを悟ったのかもしれない。

小学校から一緒にいれば空気でわかる。

りゅうへいは特に無口だから、空気とか表情とか、そういうものを理解しないと付き合えない。というよりも付き合いにくい。

多分彼との出会いが高校だったら仲良くはなっていなかったと思う。ぼくのコミニュケーション能力の欠如が壁を作っていることがいちばんの理由。そのことが見事にわかるのがぼくが高校に入ってからできた友達がるみさんだけってところだ。

いや、るみさんは友達の友達か・・・。それならまさか誰とも友達になれていない?拗らせ過ぎてる。これはまずい。でもだからって友達づくりに積極的になれていないから今のぼくがいるわけで。しょうがない、諦めよう。そう思うからこの現状があるのです。



逃げようと思うもののできない状況、それが今。

今日は朝用事があって家を早く出た。だから登校は一緒にならなかったけれど、放課後は何も用事がなく、帰らざるをえない。なんという不運。

「今日避けてるよね?」

りんねはぼくの顔を何度も覗き込む。その度にぼくが距離を取る。そしてまたりんねが詰め寄る。この繰り返しで、もうぼくは道路脇の溝に落ちそうです。

「別に避けてないよ。話そうとしてないだけで」

「それが避けてるって言うんじゃないですかー?」

今の彼女には何も言っても言い訳にしか聞こえないらしい。

「ねえ、今からって暇?」

りんねが詰め寄るのをやめて、ぼくから少し離れた。いきなり真面目になったからそのギャップに戸惑った。

昨日の今日だ。ある程度の気分の上下は予想済みではあったけど。

「予定は特にないけど・・・」

何かされるんじゃないかと怯える。言葉を濁した理由はそこだ。内容によっては適当に言い訳して逃げれるように。

りんねは立ち止まって何かを考えていた。彼女の中で心境の変化があったのだろうか。どうやら真面目な話らしい。それならぼくも真剣に対応しなければいけない。

立ち止まったままの彼女を振り返る。決心したのか覚悟を決めたような目でぼくを見つめ返した。


「ついてきてほしいところがある」




りんねがぼくを連れて行った場所は高台にある公園だった。地元の人間しか知らないような複雑な道を通ってしか辿り着けない。

この場所を彼女に教えたのはぼくだった。

引っ越してきた時、近所への挨拶を済ませて疲れていた彼女をぼくが連れ出した。

気分転換してもらうつもりだった。だけど、高台なだけあって急な坂があり、ここでよくりゅうへいと遊んでいたぼくにとっては辛い道のりではなかったけど、初めての人にはただ疲れを倍増させる場所ではなかったかもしれない。

でも彼女は笑ってくれた。あの時ぼくはそれがとても嬉しかった。


「・・・」

ぼくは無言で立っていた。

りんねはきっと何かを話すためここにきたんだろうから、先に話すのは彼女であるべきで、ぼくは黙っていることが一番だ。

ただ一向に彼女は口を開かない。

ここに来る前に遅くなると母さんに連絡した。だから急いでいるわけじゃない。ただ、無言は辛いものだ。


「昨日、あんたに説教されて、自分が何に悩んでたのかわかんなくなって・・・」

ゆっくり言葉を選んでいる。

「とにかく伝えようと思って、今考えていることとか」

スッキリしたように顔を上げた。その表情は笑顔で、ぼくの拙い言葉が彼女の役に立ったんだと思うと嬉しくなって、笑みがこぼれた。

りんねはそばにあった柵に腰掛けた。

ぼくは立ったまま。この方が落ち着く。

「何嬉しそうにしてんの」

「別に」

いつも通りのりんねだ。

いじめられたりからかわれたり、決して楽しい思い出ばかりではないけど、りんねが暗い表情をしているときは何も楽しくなくて、嬉しくない。だからいつも通りなのはいいことだし、普通を尊く感じる。

どちらも言葉をつむがずに、静寂が包んだ。


ぼくは完全に油断してた。

終わりじゃない。これは彼女の告白の始まりであることを忘れていた。

だから彼女は遠回しにしか言うことができなかった。


「もし、もしもあたしがいなくなったら、ゆうたは泣くの?」

「え・・・?」

突然の質問で驚いた。

からかって言うことならよくある。でも今のりんねの表情は真面目で、笑みが薄くて、今にも消えそうで。

なんのための質問なのかと問い返したら何も言わずにいなくなってしまいそうだ。

「ゆうたあたしのこと大好きだからなあー」

彼女の表情の変化に目が離せない。諦めたような笑い。

「泣くんだろうなあ、ボロボロに」

無理に笑っているようにしか見えない。笑顔が、怖い。

「泣いてるのを見てあたしは笑うんだろうなあ・・・あ、でもいなくならないと泣かないもん無理か」

冗談を言って笑わせようとする。でも笑えない。彼女を安心させるために無理に笑おうとするのにうまく表情が動いてくれない。

代わりに熱いものが吐き出せずに溜まっていく。まずい・・・

「・・・なんで泣くの」

もう遅かった。ぼくが思っている以上に、頭の中は彼女の言っていることを理解してその意味を汲み取って、勝手に涙を流させる。

「まだいなくなってないじゃない・・・」

彼女の目がキラリと光った。ぼくの目に溢れる涙のせいでそう見えたのかもしれない。少なくともぼくはそう願っている。

「まさか何も話さないつもり?」

意地悪そうに彼女が言う。話せないのをわかってて、彼女はわざわざそう言った。

なんとか言葉を出そうと口を動かす。

今君になんて言えばいいのかがわからない。まともな感情じゃ言葉は紡げない。相応しい言葉なんて知らない。ただぼくがわかるのは今なおこみ上げる君への気持ち。



「ぼくは君のことが・・・大嫌いだ」



「ふふ。


   本当に、大好きだね」




ぼくは走った。君が見えなくなってもずっと。

ただただ泣いた。ただ静かに。


そして君はいなくなった。

誰にも何も告げずに。


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