第三話 冥府大戦(3)LAST WAR


 06 LAST WAR~勝利の女神~


 時を同じくして現世である。

 冥府の大戦は、現世にも影響を及ぼしていた。日本国一帯に、巨大な雹が降り注いでいるのである。

「何だ!?」

「きゃあ!?」

 口々に叫んで、四都市の民は逃げ惑う。早めに頑健な建物に逃げ込めた者はいいが、逃げ遅れて負傷した者も多い。四つの大都市、それぞれの場所で、民は屋内に避難し、祈るように窓から天を眺めている。

 降り注ぐ雹は、音もなく都市を襲う。

 大阪地区・水の都もその一つだった。



 反アマテラス同盟の面々は基地を出て、都の民の避難誘導に当たっているところだった。地下壕や石の建造物の中へ人々を逃し、女性や子供たちに怪我がないかを確認する。

「何や、これは・・・・・・」

 ようやく避難誘導に一段落がついたところで、大之木が思わず声を漏らす。彼がいるのは水都の川に渡された大きな橋の下で、近くには避難してきた民たちが集っている。橋の下は、人だかりになっていた。

「盟主が言ってた。冥府や高天原で何か大きなことがあると、この現世にも影響しちゃうんだって。僕、二人が話してるの聞いちゃったんだ。蒼人くんと盟主、無事かなあ・・・・・・」

 緋菜は、周囲に視線を巡らせて首を振った。

「もちろん私も心配だよ・・・・・・」

 桜が励ますように緋菜の肩を掴んだ。緋菜は表情を引き締める。

「ごめん、大之木さん。桜ちゃんも。とにかく今は、ここの人たちのことを考えなきゃね!」

 桜が着物の袂を畳み、腕まくりをする。

「うん、私たち、盟主たちの留守を任されてるんだもの! 水都の皆を助けなきゃ」

「うんっ!」

「緋菜ちゃんも桜ちゃんも、気持ちは尊いんやけど、くれぐれも怪我せんようになっ」

 大之木が二人の少女の身を案じる。

「うん!」

 桜と緋菜が二重奏のように、元気に頷いた。

 それから桜と緋菜は、怪我人の手当に奔走し始めた。



 大之木はタイミングを見計らって別の避難場所を巡り、都を歩き続け、逃げ遅れた者がいないか声をかけて確認した。

 やがて、ようやく雹が降り止んだ。

 しかし、災厄は果たしてこれで終わるのだろうか・・・・・・。



「蒼人、深雪はん・・・・・・。無事でおりや・・・・・・」

 大之木は遙か遠い場所にいる蒼人と深雪に思いを巡らせた。

 そして、姿を消している琥珀のことを思った。

 彼女は、深雪から密命を受けたらしく、どこかで暗躍しているらしい。琥珀も無事でいればいいのだが・・・・・・。



 ★ ★



「来た! 琥珀に頼んだ羽根虫だ!」

 深雪が喜色満面で言う。自軍を森の手前まで引かせ、イザナミ軍の砲台を受けつつ待機していた深雪たちである。

「あ!? 羽根虫って、あの雪都で使ってた」



 蒼人が防衛しながら必死に告げると、真横に移動してきた深雪が頬を綻ばせる。

「うん。僕と琥珀の連絡手段だよ。今回は、頼んでたものがあるんだ」

 羽根虫は白く柔らかな羽毛をはばたかせながら、深雪の元へ飛んでくる。羽根虫の羽毛の中には、何か黒いものがくるまれているようだ。



「ご苦労さま。助かったよ。気をつけて、琥珀のところへ戻っておくれ。僕らは無事だから・・・・・・」

 深雪が告げると、羽根虫は再び飛びあがり、冥府の森の上で唐突にかき消えてしまう。

「あの虫は異界を渡れるんだ。琥珀のいる現世に戻ってくれたと思う」

「何だよ、それ?」

 羽根虫が深雪に渡した黒い物を、蒼人が覗き込む。深雪は、ためつすがめつして羽根虫から受け取った物を見つめている。

「八咫鏡さ」

「え、八咫鏡って。じゃあ、お前の勾玉と・・・・・・」



 深雪は蒼人に向かって微笑んだ。

「そう。君の草薙剣と、僕の八坂瓊曲玉と、この八咫鏡。これで三種の神器が揃ったんだ。僕が君の隣まで移動してきたのは、そろそろ、これが運ばれて来ると思ったからだよ。琥珀に頼んで、ツクヨミが封印された場所から、これを取って来て貰ったんだ。本当は琥珀にこういうことは頼みたくなかったんだけどね・・・・・・」


 深雪の言葉に、蒼人は頷く。

「じゃあさ。三つが揃ったってことは」

「僕らの勝ちだ」



 三つの神器を並べ置こうとしたところで、低い声が挟まれた。聞き覚えのある、その低い声。

「深雪、すまないが、それをイザナミ様へと献上してくれるね?」

 それは半身を闇色に変えた雨宮悟だった。人間としての意識が残ってはいるものの、存在としては妖鬼の方に近くなってしまっている。人の身で、霊的存在である妖鬼に変わるものは滅多にいないのだが、悟は、そうなってしまったようだ。

 深雪の額に皺が寄せられる。

「・・・・・・悟叔父さん。あなたは、どこまでも人としての誇りを失ってしまうのですね・・・・・・。イザナミに媚びへつらってまで、何が欲しいんです」

 悟はこともなげに答える。

「何もかも欲しいさ」


「叔父さん・・・・・・」

「まずは、四つの都の主権を神代島に譲る『国譲り』。そして私が、神の孫として地上に住まう『天孫降臨』。そうして、すべての人間を神に侍るだけの奴隷にするのさ。その二つをなすことは、私のこれからの願いでもある。まだ諦めるつもりはない」

「何てことを・・・・・・」


「この世は欲しいものばかりだ。お前だって本音は同じだろう」

「僕は違う。僕は民のために」

「私もそうさ。お前と同じだ」

「違います、あなたは簡単に殺した。僕の両親も、琥珀の一族も、みんな私利私欲で・・・・・・」

「同じだよ。お前にも、そんな願望がある。ただ自覚がないだけなんだ。親族だから解るよ。だから一緒に来なさい、深雪。私たちと一緒に」



「僕は違う・・・・・・」

 深い闇色をした悟の双眸に深雪は吸い込まれてしまいそうになる。その通りかもしれない、と思ったのだ。すべては私利私欲のため。琥珀や同盟のメンバーや、好きな人間たちを助けたいのは、私利私欲のため。確かにそうだろう。けれど・・・・・・。

 深雪は自分を見失い、言葉の罠に陥りそうになる。

 そんな深雪に声をかけたのは、蒼人だった。

「おい深雪! お前が人間に仇なす存在になったら、俺が成敗してやるから心配すんなって言ってるだろ!? なあスサノオ!」

 蒼人はことさらに明るい調子で言う。

「蒼人くん・・・・・・」

 我に返ったように深雪が蒼人の方を振り返った。

「・・・・・・そうだったね、蒼人くん!」

 蒼人がスサノオをこれみよがしに振り回した。スサノオが抗議の声をあげる。深雪は我に返り、目的だけを見つめる。

「蒼人。三半規管がやられてしまうだろう」

「お前に三半規管があるのかよっ」

 蒼人の笑みを、悟が一瞥した。



 悟が妖鬼を放ち、蒼人を狙おうとする。咄嗟に蒼人が避けたので、ことなきを得た。しかし深雪は怒りを秘めた顔になり、悟に対して力を放つ。

 妖鬼になりかけた悟と深雪が、力を使って戦うのはこれが初めてだった。

 悟は、俊敏に光を避ける。深雪が攻撃を繰り返す。

 深雪と悟の力が、空中で衝突する。閃光が弾ける。

 冥府の森に、深雪と悟の力が伝播し、やがて暴発した。冥府の森に囚われていた魂の欠片たちが、次々に空に向かって逃げていく。

 まるで、空を飛ぶように・・・・・・。




「峰吉! おい、団子屋の峰吉じゃねーか!」

 蒼人が着物姿の男を見つけて叫声をあげる。

「・・・・・・おや、反アマテラス同盟さんたち」

 峰吉に向かって、深雪が怒鳴る。

「峰吉さん! そのまま天を伝って、北の方向へ逃げて! 北に洞穴がある。そこを通れば現世に・・・・・・」

 告げてから深雪は口を閉ざした。大切なことを失念していたのだ。

「・・・・・・盟主さん。俺の体はもうありません。こうなって初めてわかるんです。・・・・・・体のありがたみって奴がね。だが俺は、天へ行きますよ」

「・・・・・・すまない」

 深雪が頭を下げる。すると峰吉は頭を振った。

「何を謝っていただくことがありましょう。次の世でも、またどこかでお会いしたら、俺の作った美味しい団子をぜひ食べてください」

 峰吉が微笑む。

 囚われていた魂たちが、冥府の森から群をなすように天に向かう。天には高天原がある。魂は高天原へと向かい、そこで転生する準備をするのである。

 やがて峰吉は高天原へ昇っていってしまった。

 空に目を凝らすと、水の都で見た顔の者たちが何人もいた。日本国で死した人間の何人かは、魂が破片となって、この冥府の森に囚われていたのだ。他の破片は妖鬼に同化されて現世に戻ったが、きっと、もっと大きな魂の破片は、みな高天原へ行くことができたのだ。


「・・・・・・母さん」

 蒼人の震えるような声がしたのは、その時だった。深雪が蒼人に視線を向ける。蒼人は、森を出て今にも高天原に向かおうとしている四人の男女を見て、言葉を失っている。

「蒼人くん、もしかして、あれが・・・・・・」

「俺と、緋菜の両親だ。父さん、母さん!!」

 蒼人が大声で呼ぶと、高天原に向かおうとしている四人の男女が振り向き、蒼人の名前を呼んだ。

 蒼人が泣きながら彼らを呼ぶ。彼らも蒼人を呼んだ。そして、彼らは叫んだ。

「蒼人、元気で!! 緋菜を守って、元気で生きていって!!」

 蒼人の母親らしき女性が最後にそう叫び、笑顔になった。彼女は泣いていた。

 深雪が隣を見ると、蒼人も目に涙を浮かべながら手を振っている。最後の別れになると知りながら、蒼人も笑顔を浮かべていた。



 ★ ★



 それから三種の神器を揃えた深雪は、改めて目を瞑り、祝詞を唱えた。すると光の柱が縦に冥府を貫き、イザナミの元へと深雪を連れて行った。

 放心したままの蒼人は置いてきた。カグヅチには、森の中の処理を頼んである。捉えていた魂を放出した後の冥府の森は荒れ果て、木々が四方八方に妖気を放っているのだ。


 ニニギとタケミナカタを始めとするイザナミ軍の残党は、カグヅチの隊が追っている。ツクヨミに対しては、いずれ鏡を借りた礼が必要になるだろう。彼ら謀反を起こした神々の処遇については、後に禍根を残さぬよう慎重に決めねばならないだろう・・・・・・。


 あれから蒼人と緋菜の両親たちは、無事に高天原へと入れたようである。

 彼ら四人が高天原で安らかに眠り、転生の準備をすることを深雪は祈った。

 再び彼らが、人の世に生まれ変わってくることを願う・・・・・・。


 そして深雪は、イザナミの元へ辿りついた。

 イザナミは、この期に及んでも冥府の最奥に傲然と佇む居城に居た。深雪は単身、威容を誇る居城に乗り込むと、イザナミがいる部屋まで駆けていく。互いに巨大なオーラを有するので、互いの居場所がすぐに解るのだ。

「・・・・・・母上」

「そなたを待っておった」

 豪奢な椅子に腰かけて、イザナミは深雪を手まねいた。彼女は優雅なまでに美しい微笑を浮かべている。

 深雪は眉をひそめた。

 三種の神器が深雪の手元にある以上、イザナミの動きを封じることはたやすい。もう勝負はついたと言っていいだろう。

 それなのに、イザナミは笑みを浮かべる。



「アマテラス・・・・・・。なぜ人をかばう?」

「母上。僕は神でもあるし、同時に人でもあるんです。片方だけの利を考えることなどできません」

 深雪の言葉を、イザナミは遮るように続ける。

「アマテラス。雨宮悟は我と共に、しばらく冥府の地下で眠る。いつか、ふたたび会いまみえて、共に神だけの世をつくろう。人など居ない世にしよう。その時は、そなたも共に・・・・・・」

 イザナミは優しげな声音で告げて深雪を抱き寄せると、冥府の地下に吸い込まれるように封じられた。

 それが最後。

 暖かい腕だった。

 三種の神器を前にして、イザナミは無力だった。彼女は告げた通り雨宮悟を連れて行ったらしく、もう冥府に悟の気配は残されていなかった。

 深雪は、しばらく居城に一人で佇んでいた。


 なぜか、少しだけ一人でいたかった。



 そして、すぐに会いたくなった。蒼人に、琥珀に。反アマテラス同盟のメンバーたちに。

 水の都へ、今すぐ戻りたくなった。




 ★ ★



 ★



 終幕 チョコレートティーを飲みながら



 冥府の戦闘が終わったと同時に、現世の天変地異もすっかり収まっていた。降り注いだ雹は溶けきり、避難していた人々も自宅へ戻っている。怪我人は出たものの、犠牲者は出なかったらしく、日本国中が安堵に包まれている。水都で死者を待っていた者たちにも、いつしか笑顔が戻って来ている。この世で生きる人間たちが冥府へ『一緒に行く』ことは、きっとないだろう。



「おーい、蒼人くん。ちょっと緊張するねえ」

「お前なあ。・・・・・・ほんの数日しか、経ってねえだろ」

「だって、現世は久しぶりって気持ちになるじゃない? 僕はね、すでに何だか懐かしいような気さえするよ」

「別にっ。俺は緊張してねえ!」

 蒼人は、がちがちに震えた声で往生際悪く告げる。どれだけ緊張しているのだろう、と深雪は微笑ましくなる。

「そうー? あ、ほら緋菜ちゃんだよ」



 深雪が頬を綻ばせて扉を開ける。

 ここは、例によって反アマテラス同盟の基地が設けられた洋館の二階にある、応接室の中である。深雪と蒼人は、冥府を後にして洞穴を通り、現世に戻って来たのである。もちろん、スサノオも一緒だ。

「おかえりなさーい、盟主。蒼人くんっ」

 緋菜が、雹に命中した怪我に包帯を巻いた腕で、帰還した二人を迎えている。そんな緋菜の腕を目の当たりにした蒼人が顔色を変える。


「緋菜・・・・・・。すまねえ・・・・・・」

「なに謝ってるの? 蒼人くん。僕ら、がんばったよっ! あ、この腕なら大したことないよっ! もう痛くないよっ!」

 深雪は、蒼人が緋菜に真摯な顔で告げるのを見つめている。

「違うんだ、緋菜」

「どしたの、蒼人くん」

 安心させるように腕を降る緋菜に、蒼人は深々と頭を下げる。

「あのな。俺は会ったんだ。冥府で、俺たちの・・・・・・」

 すると緋菜には、蒼人の言わんとしていることがすぐに解ったらしい。

「もしかして、お父さんたちに会ったの!? ほんとに!? 蒼人くん!!」

「ああ・・・・・・。だけどな」

 蒼人は口ごもる。

「すごい! 会えたんだ!」

 喜ぶ緋菜に、蒼人は意を決したように告げる。

「みんな、高天原へ昇って行っちまったよ。お前にも会わせたかった。俺が一人で会っちまった」

 いつになく苦しげな表情をした蒼人に、緋菜が笑いかける。

「何言ってるの! 蒼人くんがみんなに会えて、僕がどんなに嬉しいと思う!? 良かったね蒼人くん! 良かった・・・・・・。そりゃ会いたかったけど、でも充分だよ・・・・・・」

 緋菜は泣きながら蒼人に抱きついている。緋菜の包帯を巻かれた腕が蒼人の背中に回された。




 深雪は静かに席を立ち、応接室を出て行った。そっと扉を締めると、応接室の外にいる桜と出くわした。

「桜ちゃん」

「しーっ。盟主。だめですよ邪魔しちゃ」

 桜は女らしい桃色の爪を口元にあてて、声を潜める。深雪は思わず口を閉じ、足音を立てないようにした。

「今、蒼人と緋菜ちゃんが大事な話をしてるところだもの」

「いいの? 君」

 深雪が問いかけると、桜は屈託なく笑う。桜は両腕に盆を持っており、その上では二杯のチョコレートティーが並々と煎れられている。そのうちの一杯を深雪に手渡し、桜は答える。チョコレートの甘い香りが廊下に立ち込めていく。

「もちろんですよ。それに、あの二人は前からとてもお似合いだと思ってたもの。蒼人は緋菜ちゃんを、とても大切にしていましたからね。大体、あたしは前々から盟主に憧れてますしね」

 これには深雪は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてしまった。

「・・・・・・え。ぜんぜん気づかなかったよ。本当?」

「そんなところだと思っていました」

「ごめん・・・・・・」

 チョコレートティーの甘い香りが深雪の鼻腔をくすぐる。紅茶を一口、口に含むと、たいそう心地のいい甘さだった。現世に帰ってきたのだと、深雪は実感した。

「はい」

 桜は腕まくりをして、あっさりと告げて深雪の前から立ち去る。



 少しだけ虚を衝かれた深雪だった。いっそ桜の潔さが、頼もしい。

 深雪は苦笑を漏らしてしまう。

 周囲にいるのは皆、何だかとても格好いい女性たちばかりで、どうやら敵いそうにない。自分ももっと心ごと強くなりたいと深雪は願っていた。

 もっと、もっと強く・・・・・・。




 戦いは終わりを迎えたのだし、ようやく待ち望んだ平穏な日々が訪れている。

 だがイザナミは冥府の地下で眠り、悟もそこにいる。いずれ、彼らが起き出す日も訪れるかもしれない。

 全てが終わったような気がするけれど、まだ完全に終わったわけではない。

 再び戦う日も来るかもしれない。

 けれど・・・・・・。

 とにかく、今は確かに平和を得たのだ。

 深雪は雨宮家の正式な当主となり、四大都市の国主たちとの議会にも出席する身となっている。こうして陰ながらの日本統一は果たされようとしていた。


 この現世がいつまでも穏やかな場所であるように。

 この国を守って、支えて行こうと深雪は決意していた。この日本国を。いつまでも。



「琥珀」

 小さな声で呼ぶと、長身の姿が隣に現れる。階下から上がってくる足音が聞こえたのだ。だから呼んだ。ずいぶん長い間、離れていたような気がした。

「はい。おかえりなさい。深雪さん」

 琥珀は頷いた。

「ただいま」

 深雪が笑うと、琥珀も少しだけ目尻を下げて微笑する。

「君には、なんて感謝したらいいのか解らないよ」

 深雪が告げると、愛想の欠けた返答が戻る。

「ただの『ありがとう』じゃ駄目ですか?」

「いや、・・・・・・そうだね。ありがとう、琥珀」

「はい」

 くすりと琥珀は笑う。人間らしい笑みだと思う。人間が人間であるって、何て素敵なことだろう。きっと途方もなく素晴らしいことだ。深雪はそう思わずにいられなかった。


 ★ ★


「・・・・・・ただいま」

 それから誰にともなく告げて、深雪は洋館を出ると、水の都を歩き出した。



 日本国の四つの都市は、それから、長きに渡る平和な時代を迎えることになる。


 大之木のかわら版の発行数が、業界一位になったことを深雪が知るのは、この戦いの少し後のことであった。深雪は琥珀と共に、大之木の祝いと称して盛大な祝宴を開いてやった。

 宴の間、スサノオは、ずっと昼寝をしていた。なぜかカグヅチまで現世に遊びに来た。そして蒼人と緋菜と桜が、その大食漢ぶりを示したことが、深雪の記憶にいつまでも残ったのである。



 大切な人々の元気な姿。

 交わされ続ける、優しい声。

 まことに世はすべて、こともなしだ・・・・・・。



 ★



 終

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ワールドエンド・ワールド~神章~ しまね麻紀 @kusima

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