第三話 冥府大戦(2)神軍VS神軍


 04 戦いの火蓋


 ふいに深雪と蒼人の前に二つの影が現れた。影は徐々に輪郭が鮮明になり、やがて実体に近づいていく。

 冥府の最奥部にある神殿へ赴こうとして石段を昇っていた深雪が、足を止める。斜め後ろにいる蒼人も立ち止まった。



「アマテラス様。お久しゅうございます」

「おばあ様・・・・・・。しばらくです」

「よっ」

 三つの声が同時に掛けられる。それと同時に彼らは完全に実体化した。深雪たちの眼前に現れたのは、三人の神々である。

「みんな、お揃いなんだね」

 深雪が、いささか厳しい目になって告げると、蒼人が肩を小突いてきた。

「・・・・・・お前の知り合いかよ」

「孫と、親類ってとこかな。右からニニギ、カグヅチ、タケミナカタだよ。みんな、この人間は蒼人くん。スサノオと僕の友人だから、粗相のないように」



 その紹介に蒼人が何か言いたそうにしている。

「おばあ様。お、お言葉ですが、人間を連れてくるとは・・・・・・」

 必死で勇気を振り絞っていると思しき大人しげなニニギに、深雪は眉をひそめる。ニニギは、いかにも育ちが良さそうな少年神だ。

 祖母神に意見をするとは、ニニギにしてみれば珍しい。

「ニニギ。お前、孫なんだから、もう少し敬意ってものを。いや、そうじゃなくてね。雨宮の使役神たちが三者そろって顔を出すとは、どういう事かな?」

 深雪の眼光が鋭くなる。それに気づいて蒼人が意外そうに目を見張った。

「雨宮の使役神だと?」

 蒼人が尋ねかけると、深雪は深く頷いた。



「そう。雨宮家が縛りつけて逃さなかった神さ。雨宮の分家である羽根美、早蕨、鷺沢の三家にそれぞれ仕えている」

「太陽神様に、我らを侮蔑の目で見る謂れはござりませぬ」

 慇懃無礼な口調で告げるのは、タケミナカタである。いかにも武人といった風格のある壮年神であり、あまりアマテラスを敬っていないことが口調から窺える。

 深雪は厳しい表情を崩さない。

「聞き捨てならないね。君たちは雨宮悟によるクーデターの後も、雨宮家に奉仕し続けた。方法に異論はあれど、逃げ出して特定の地で独立を試みたツクヨミの方が、よほど男気があるというもの。君たちは奴の走狗に過ぎぬ存在に成り下がった」

「・・・・・・アマテラス様。口を慎んで頂きたい」

「そして、正式に雨宮を継いだ嫡流の僕に対しての邪魔立てとは、どういうことなんだい? タケミナカタ、説明して欲しいものだよ」

 深雪はタケミナカタに相対し、他の二神にも視線を注ぐ。



「クーデターを起こしたのは、あなた様の方である、との結論が出されております」

 タケミナカタは強靱そうな体躯で深雪の前に立ちはだかる。

「笑わせるな」

「事実でございます」

「誰が、そのような戯れ言を言ったんだ。蒼人くん、君も聞きたいよね」

 深雪とタケミナカタは一触即発の状態のまま対峙し続ける。

「あなた様の母君。イザナミ様による勅命でございます。あなた様を反乱の罪にて捕らえよと」

「・・・・・・何?」

 深雪の瞳に剣呑な光が宿った。



 タケミナカタは言い募る。

「イザナミ様は、今や、この冥府を実質的に取り仕切っておられるお方。そのイザナミ様が、雨宮悟に現世・日本国における雨宮一族の統治権を得ることを認められたのです」

「・・・・・・イザナミが?」

 母上とは、深雪は言わない。蒼人も表情を硬くする。

「雨宮悟は、死んだはずじゃねえのか?」

 タケミナカタが頭を振り、蒼人の問いかけに答える。

「いいえ。雨宮悟は、その野心にまみれた強靱な精神ゆえ、魂の四散を免れ、この冥府を訪れることが叶い、イザナミ様の元を訪れました。そこでイザナミ様に忠誠を誓い、下僕となる代わりに日本国の支配権を得るという約束を取り付けるに至ったのです」

「何・・・・・・?」

 深雪と蒼人は顔を見合わせる。魂になった雨宮悟が、この冥府でイザナミに取り入り、取引同然に日本国の支配権を得たという。



 深雪は臍を噛んだ。

 タケミナカタが神力を用いて戦闘を仕掛けてくると思い、防御の体制を取る。しかしタケミナカタには攻撃の意思はないようだ。深雪が、やや拍子抜けする。斜め後ろに視線を送ると、蒼人も同様のようだ。

「アマテラス様。あなたが主張している雨宮一族の当主の座および日本国を統治する力は正当なものではない事が、おわかり頂けましたか。では、イザナミ様がお待ちです。ついて来てください」

 言うだけ言うと、タケミナカタは深雪たちに、石段を昇るように促した。足止めするのではなく、神殿へ行けということらしい。

 タケミナカタは冥府の最奥部に向かい、先頭に立って神殿に近づいていく。



「・・・・・・行こうか。蒼人くん」

「なあ。おい深雪。おまえアマテラスだろ。いいのか、大きな顔させて」

「よくない。状況を把握した上で、僕なりの手段を講じる。ぜひ君の力も借りたいところだね」

「あいつが気に食わねえって理由で、協力してやるぜ」

「・・・・・・ありがと」

「まあ、今回はな」

 蒼人が鼻を掻く。深雪がようやく笑みを浮かべる。



 先刻から一言も発していないカグヅチが、ふと深雪に近づいてきた。警戒して身を硬くする深雪に、カグヅチが告げる。

「誤解するな。わしはアマテラス派だ。アマテラス、おぬしの望むと望まざるとに関わらず、冥府は二分してるのさ。いいな、おぬしは、とことん強気でいろ。堂々と、公明正大でいればいい。くれぐれもイザナミ様に取り込まれるなよ」

 どこまで本音なのか。カグヅチは軽い口調で告げると、タケミナカタの背後に付き従うように進んでいく。

 迂闊に信じるわけにはいかないが、ひとまず状況を把握する必要がある。深雪は慎重な足取りで石段を昇り続けていく。




 ★ ★




 森を離れ、半刻近くも石段を昇りつづけた頃、深雪たちは冥府の最奥部へ足を踏み入れることができた。

 タケミナカタとカグヅチが先導するように歩いていき、時折、深雪と蒼人を振り返る。背後にはニニギが、わずかに沈鬱な面持ちを見せながら着いてきている。

 石段を昇り終えると、眼前に頑健な岩でできた冥府の王の居城が姿を現した。堆く積み上げられた石柱の門を潜ると、途端に空気が研ぎ澄まされたような気がした。



「あそこで、イザナミ様がお待ちです」

 タケミナカタが屈強な肩越しに振り返り、有無を言わさない調子で深雪に、居城に入るよう促した。

「僕の方には、これといって母上に面会する理由はないんだけど」

 深雪が蒼人の方へ視線をやって、なげやりな口調で言う。するとタケミナカタは鋭い一瞥を放ってきた。

「あなた様だけの問題だと、ゆめ思われますな。この冥府から現世に影響を及ぼすことなど造作もございません。現世の民の無事を思われるなら、軽はずみなことは考えぬことです」

「・・・・・・脅す気か。母上ではなく、お前がここの支配者みたいだね」

「ご冗談を。私はイザナミ様の命に従うまでです」

 タケミナカタが再び顔を背ける。その背後で、カグヅチが舌を出している。深雪が振り返って見ると、ニニギは困惑を抱えたようにタケミナカタとカグヅチに視線を向けている。この使役神たちも、どうやら一枚岩ではないようだ。



「おい深雪。ずいぶん面倒なことになりそうだな」

 いささか辟易した様子で蒼人が深雪に囁きかけてくる。声を潜めて深雪が答える。

「どうも、僕の預かり知らぬところで色々と起こってるようだね・・・・・・」

 さらなる石段を昇ると、深い湖の上に架けられた吊り橋に出たので、そこを渡る。渡り終えると、王の居城の門前に出た。門前は護衛神たちの小さな城下町のようになっており、冥府で生きる神や妖鬼が数多く暮らしているようだ。



 一人の小さな神が深雪に気づくなり、声をあげた。

「・・・・・・アマテラス様だ」

 次々に、神や妖鬼が口を切りはじめる。

「アマテラス様が来て下さったぞ!」

「講和は成るのか?」

「いや、最後通牒にて争いが始まるやもしれぬ」

「・・・・・・イザナミ様にお目通りさせて良いのものか?」

「アマテラス様に、何という事を言うのだ!」



 すかさず蒼人が深雪の肩を小突いて話しかけてくる。

「やばいかもな」

 深雪が頷いた。

「うん。僕の立場って、冥府の王への反逆罪を犯したたクーデターの首謀者ってことらしいからね・・・・・・」

 タケミナカタは先刻、イザナミが冥府の支配者であり、彼女が深雪を捕らえるよう勅命を出したと言った。

 この冥府に住む神々や妖鬼たちも、それに唯々諾々と従っているのだろうか?

 深雪の目に珍しく鋭い光が湛えられる。



 その直後である。

 特殊な力で神力が押さえられる構造の宿坊に通され、深雪と蒼人はイザナミの来訪を待たされることになった。

「親子の対面とは思えねえな」

「まったくだね。それにしても母上・・・・・・イザナミに、こんな野心があったとはね」

「そもそも冥府の王ってのは、別にいるんだろ?」

「・・・・・・もう殺されたみたいだけどね」

 そしてアマテラスの父であるイザナギも、もはや存在しない。イザナミは知らぬうちに強い権力を持ち、冥府の神々たちを従わせていたようだ。



 やがて戸が開き、深雪と蒼人が視線を向ける。

 しかし、宿坊の中に入ってきたのはカグヅチだった。

「よっ! アマテラス」

「・・・・・・カグヅチ。説明して貰えるかい?」

「怖い顔をするな。わしは、アマテラス派だと言っただろう」

 カグヅチは短い赤毛の下で燃え盛るような紅い双眸をした青年である。はぜる炎のような瞳が深雪を捉え、輝いた。

「手短に話す。わしにも監視の者がついているから、そう長くはここにいられぬ。結論から言うと、いま、この冥府は二分している状況にある。神や妖鬼の中でも、ここを実効支配しているイザナミ様に仕える者どもがいる一方、現世にいるアマテラスが君主であるという者も少なくなく、両者は分断しておるのだ」

 深雪が真顔になる。蒼人が息を吐いた。

「さもありなんってとこだな。さっきの衛兵だった神の中でも、深雪に好意的な奴とそうでない奴に分かれてたみたいだし」

「・・・・・・そのようだね」

 カグヅチは深い溜息をついて続ける。

「誠に困ったものよ。イザナミ様は神々を組織し、冥府軍の編成を急がせておる。その将軍に抜擢されたのが、あのいまいましいタケミナカタだ。やつはいずれ、現世に攻め込む際の急先鋒となって手柄を立てる気でおるのだ。いやはや、全く」

 うんうんと一人で頷くカグヅチに、蒼人が問いかける。

「現世に攻め込む? おいっ、それでさあ、イザナミ様とやらの目的は何なわけ? 息子を追い落として自分が支配者になれればいいってのか?」



 カグヅチが頷く。

「うむ。おおかた権力闘争であろう。冥府と現世を同時に支配した神は、歴史上、ただの一人も居られなかったからな。イザナミ様は、その最初の一人になろうとしておられるのだ。力は神を引き付ける。付き従う神や、妖鬼や魂には事欠かぬ。しかし、それだけではない。現世にある三種の神器を探すことにも腐心されておられる」

 カグヅチの言葉に、深雪と蒼人が顔を見合わせる。

「三種の神器というと。例のあれだよね?」

「うむ。八坂瓊曲玉、草薙剣、八咫鏡の三つだ」

 深雪と蒼人が沈黙を落とした。

 なぜなら深雪が所有している私物の勾玉が、八坂瓊曲玉であるからだ。蒼人が持つスサノオが宿る剣は、天叢雲剣とも呼ばれる草薙剣であるし、残るは一つだけだ。



 蒼人が深雪に囁きかけてくる。

「なあ、あいつ、それっぽい鏡を持ってたよな・・・・・・」

「・・・・・・蒼人くん。僕もそう思ってた。これは、三つ揃っちゃうね・・・・・・」

「おいカグヅチとやら。三種の神器を集めてどうするんだ? イザナミ様がコレクションするのか?」

 蒼人の不躾な問いかけに、カグヅチは飄々とした様子で答える。

「おう、人の子よ。三種の神器は三つ揃えると、生命の住む冥界、現世、高天原を超えたすべての場所を手中に収めることができるという伝えがあるのだ。そうなれば、すべての生物は思うがままとなり、神々たちの統一された楽園を作ることができるのだそうだ。イザナミ様は、その新たな大楽園を統べるおつもりのようだ。わしも入れて貰えるならいいが、どうもイザナミ様の覚えがめでたくないのでな」

「ははあ・・・・・・。だろうな・・・・・・」

「無礼だぞ、人の子」

 そう告げながら、カグヅチはにやりと笑う。



「どうもイザナミ様とやらの考える事は、現世の民のためになるとは思えねえな」

「奇遇だな、人の子。わしもそう思っとる」

 今度は蒼人もカグヅチに笑みを見せる。どうやら二人は意気投合しそうである。深雪はそれを眺めやりつつ、口を開いた。

「全ての世界を統合した楽園か・・・・・・」

「うむ。現世の人間は奴隷にするおつもりのようだがな。イザナミ様は、かしずかれるのが大好きだから」

「知ってる。たまんないよね」

 深雪は、現世の人間たちがイザナミの奴隷にされる様を想像し、頭を振った。



「ねえカグヅチ。その話が本当なら、僕はイザナミに反旗を翻す。・・・・・・というより、忘れて貰っちゃ困るんだけど、日本国にいる神を統べる雨宮家の正当な当主は。あくまでも僕だ」

 深雪の神としての感覚が、カグヅチの話の真偽を判断する。加えて、この神は、嘘をついたり誇張したりするという概念が薄い存在でもある。よって信憑性は高いと判断できる。それに冥府に入る前から感じていた気配を鑑みても、おそらく間違いないだろう。

「どうする?」


「場合によっては全面戦争も辞さない。今、仕掛けないとこちらがやられる。イザナミは甘い相手ではないからね。・・・・・・冥府における僕の直属軍を召集する」

「・・・・・・深雪」


「もしかしたら大戦争になるかもしれない」

 カグヅチは深雪に頭を垂れる。

「お待ち申しておって、良かった。あの女帝が冥府を統べるようになってから、全ての秩序は崩壊し、冥府の和平は保たれておらぬ。・・・・・・仲間の神も、何人もがイザナミ様に逆らって消滅の憂き目にあったのだ。・・・・・・いずれ一矢報いることを考えて、わしは大人しく従っておった」

「カグヅチ。僕を担ぎ出した君の判断が正しいことを祈っててよ」

「相変わらずですな。アマテラス様。あなたは、いつもそういう真っすぐな態度でおられた」

「・・・・・・僕は、そう強くはないけどね。必要なことなら立ち向かうまでだ」

「変わらぬな。あなたは」

 カグヅチが涙を浮かべつつ、豪快に笑う。


 ★ ★




 05 神軍VS神軍




 ほどなく全軍召集の知らせが冥府に出され、宿坊の周囲が俄に騒々しくなった。


「直属軍? おまえの私兵ってわけ?」

「うん。僕が直接、指揮をする神と妖鬼。イザナミ派に寝返っていないと思しき者たちだけを集めることになるんだけど、規模としては数千といったところ。師団が数個ってとこだね」

 深雪が呟くと、蒼人が首を傾げて問いかけてくる。

「冥府にいる神や妖鬼の総数はどれくらいなんだ?」


「・・・・・・およそ数十万かな」

 深雪の表情が曇る。当然である。

「数が足りねえじゃん!」

「しょうがないだろっ! この状況で信頼できる奴の数は、そう多くないんだよ!」

「人望ねーなあ! おまえがアマテラスなんだろ!?」

「相手は、そのアマテラスの母だよ!? そりゃあ冥府も二分するよ!」

「開き直るなよっ!」



 いつも通り言い合いつつ、深雪と蒼人はスサノオの剣に視線を注ぐ。スサノオが宿っているのは、かつて大蛇を退治した草薙剣であるし、深雪の勾玉と併せて、ことによっては戦闘の切り札になるかもしれないのだ。

「あいつ、信じられんの? カグヅチって奴」

「まあ。昔から知ってるしね・・・・・・。僕への忠誠心というより、あいつのイザナミやタケミナカタへの反発心は信頼に値するよ。とにかくカグヅチは、タケミナカタとは不仲でね。敵の敵は味方ってとこかな」

「ふうん・・・・・・」

 権謀術数が苦手らしい蒼人は口を尖らせている。深雪としては、口で言うよりはカグヅチの人格そのものを信頼しているのだが。これは感覚的なことなので、蒼人には伝え辛い。

 仮に深雪を裏切ったとしても、カグヅチはイザナミに重用されるわけではないし、行き場に困るから、よほど大敗を喫しない限りはこちらに着くだろうとの思いもある。

「天上の高天原は今、僕が統治している。現世は人間の国主たちの自治に任せつつ、僕ら反アマテラス同盟が陰ながら妖鬼退治にいそしんでいる。その上で、冥府の方はイザナミでも他の者でもいいから安定させられる者が玉座を守るっていう分業体制が続けられたらって思ってたんだけどね・・・・・・」



「おまえが全部を統治するってのも怖いしな」

「はは。僕が独裁しないように君たちが見張っててくれるんだったね」

「おうよ。だが・・・・・・」

 深雪は瞳を伏せて頷いた。

「そうなんだ。イザナミは高天原や現世の支配までをも目論んでいる。僕を排斥するつもりのようだし、これでは共同統治ができるはずもない・・・・・・」

「でもイザナミは、おまえにとっては母親なんだろ? いいのかよ」

 蒼人が確認するように深雪を見つめた。深雪は微笑して答える。

「今さらだよ、蒼人くん。それに、僕の母親は十年以上も前に、雨宮悟によって父と共に、神代島で殺されたんだ。僕にとって母さんは、彼女ひとりだ」

「・・・・・・そうか」

 蒼人が呟いた。




 深雪が宿坊を出るようにニニギに言われたのは、その直後だった。いよいよイザナミへのお目通りが叶うのだ。深雪はいささか皮肉な思いを抱えていた。罪人扱いを受けながら、母神の前に突き出されるとは。

「・・・・・・おばあ様。おいで下さい」

 残念ながら人間の蒼人は宿坊に置いていくことになってしまった。当然ながらスサノオも置いていくことになる。しかし、どうやら気配を消しているスサノオは相手に気づかれていないようだし、蒼人の背中の剣が草薙剣であることも知られていないようだ。

 深雪は、部屋に残る蒼人に視線を送った。蒼人が小さく頷く。それは、何かあったら、スサノオを奮ってくれという深雪の合図だった。

 そして深雪はニニギに着いて歩き、宿坊の外の回廊を進む。

「ちょっと聞いておきたいんだけど、ニニギ」

「・・・・・・おばあ様。私的な会話は・・・・・・」

「ほんとに真面目だよね。おまえ。ちょっとは小狡さってものを身につけてほしいな」

「・・・・・・心得ました」

 少年神は困ったように頷く。深雪は孫の頭の硬さに、思わず肩をすくめた。

「お前には、身内のよしみで話しておくよ。冥府はこれから大戦になるかもしれない。僕とイザナミのね。いざ、その時がきたら、お前はイザナミにつくんだよね?」

 一応、確認してみた深雪だったが、ニニギはうなだれてしまう。みずらに結ったニニギの黒髪が揺れた。

「わかりません・・・・・・。僕には、正直なところ、わかりません・・・・・・」

「悪かったよ・・・・・・。お前は、お前の思うままに行動しておくれ」

 深雪は、心の底から思った。ニニギを始めとする、他の神々を巻き込みたくはないと。しかし、この事態を放置しておくわけにもいかないのだ・・・・・・。



 ★ ★



「お久しぶりです、母上」

「アマテラス。よく顔を見せておくれ」

 いつのまにか女帝という立場がぴったりの空気を纏うようになっている母神のイザナミの前に出て、深雪は膝をついた。


「たまにはアマテラスも、ここに顔を出してくれればいいのにと思っておったのじゃよ」

 居城の上階に謁見用の部屋があり、深雪はそこに通されていた。冥府で編まれた織り布や、貴金属の類が岩だらけの城内を殊の外、豪奢に飾っている。

 椅子に座ったイザナミの前に膝をついた格好のまま、深雪は苦笑した。

「母上。高天原や現世にも色々と些事がございますから。そうそう留守にもできないんですよ。すみません」



 するとイザナミは美麗な頬を綻ばせ、鈴が鳴るような声音を立てて笑う。

「そうじゃったな。高天原の皆は息災か? 懐かしい顔ばかりじゃ。父様が亡くなってから、私は冥府にこもっておるから寂しくて叶わぬ」

 イザナミが父様と呼んでいるのは、夫であるイザナギのことである。毒草を用いてイザナミが夫を暗殺したとの噂も、まことしやかに流れているが・・・・・・。

 こうして母神と相対していると、全てが悪意ある者の根拠のない讒言のように思えてくる。もっとも、ふと視界に入るイザナミの瞳に秘められた凶暴な色を見れば、どれが事実であるかは自ずと感じ取れた。

 ただただ優しく寂しがりな母君であってくれたら、この冥府と、高天原や現世に分かれながらも、共に力を貸しあってやっていけただろうに。

 深雪は、目を伏せる。

 やはりカグヅチの言った事は正しかったのだという判断を下さざるを得なかった。なぜなら柱の陰に、無数の妖鬼たちがいて、深雪の方を窺っているからだ。

「母上。・・・・・・改めて申させて頂きたい。私と、協力し合いながら共に生きてはいけませぬか」

 深雪が真顔で言うと、イザナミは首を捻る。



「アマテラス、何を当たり前のことを。母は、お前を心から誇りに思い、お前の未来に期待をかけてきたのですよ」

「・・・・・・しかし、どうやら僕では期待に答えられなかったようですね」

「何を、そのような」

 深雪が痛ましげな顔になり、柱の陰を眺める。

「母上、僕が来たことを、いつ知ったのですか?」

「ほんの数刻前じゃ。あのような宿坊で待たせてすまなかったな」

「・・・・・・それにしては、軍勢の数が多いではありませんか。私が洞穴を通って冥府まで歩いて来る折から、斥候を放って情報を得ていたのですね」

「・・・・・・アマテラス」

 深雪が面を上げてイザナミを見据える。深雪は武者奮いを隠しながら、口を開いた。

「この数の妖鬼をよく統制されていますね。僕でも難しいかもしれませんよ」

「・・・・・・気づいておったのか」

 イザナミは無邪気な微笑を浮かべる。しかし、少女らしい若さはとうに彼女から失われており、嫣然とした印象だけが残る。

「僕が来ると知って、あらかじめ用意していた妖鬼軍を編成されましたか。これだけの数を揃えるとは、僕の力を買ってくれてはいるのですね」



「・・・・・・もちろん。お前は優秀な息子じゃ。それこそ妾と共に来てくれるなら、幾らでも生き長らえさせてやろう。そして、共にやっていこう」

 深雪は暫く沈黙する。

「・・・・・・人間を殺して、ですか?」

「あやつらは数を減らさねばならぬ。人間が減れば、神や妖鬼の領土が増える。我らに人間を生かす理由はない」

「そのようなことはございません」

 深雪は正面からイザナミに対峙し、人間殺戮をやめるよう説得を試みる。

「母上。人間も、我ら神と同じ心根を持つ者がたくさんおります。どうか、彼らの自治を今まで通り認め、不要な手出しを控えて下さるよう、お願いいたします。・・・・・・先日、水都に人間の死者たちが戻ってくるという騒ぎがありました。あれも、母上の仕業なのですか?」



 するとイザナミが微笑をこぼした。

「あれは死した人間たちの四散した魂に、妖鬼が取り付いたのじゃ。あやつらは、現世へ赴き、親しかった者に近づいた。アマテラス。『一緒に来るか?』と問われて、冥府までも共に行くと答えた人間は、近いうちに死に至る。そうして、労せずして我らは現世の人間の数を減らすことができるのじゃ」

「母上。では私たちは到底、相容れることができそうにありませんね」

 深雪は厳しい声音になっている。やはりイザナミが人間たちを死なせるつもりのようなら、志を共にすることはできない。

 こうして母子らしさを演出したところで、うまくいく筈もなかった。



「全軍、包囲!!」

 先に叫んだのは深雪の方だった。その直後に、イザナミが待機させていた自軍に命じて深雪を襲わせる。

「アマテラスを捕らえよ!」

 もはや全面戦争は免れぬようだ。

 イザナミ軍の神と妖鬼たちが、深雪に襲いかかった。しかし、力の差は歴然としている。深雪は次々に相手の軍勢を薙ぎ払う。

 直後、居城を取り囲むようにして、深雪の軍が到着した。

「アマテラス、残念じゃ」

 イザナミは自ら神力を奮い、深雪に攻勢をかける。それに倣ってイザナミ軍も次々に閃光を放ち、攻撃をしかけてくる。

 そんな中、深雪に従うアマテラス軍が到着し、居城に進入してきた。

「総攻撃!」

 深雪が指示するやいなや、アマテラス軍は四派に分かれて居城内のイザナミ軍を撃破しようとする。

 しかしイザナミ軍は反撃し、アマテラス軍を居城から出すべく奮闘した。

 アマテラスとイザナミは一騎打ちとなる。深雪が少し押され気味になってしまう。



「・・・・・・母君」

 苦しげに呻く深雪にイザナミが、とどめをさそうとする。しかし、その瞬間、一条の光が居城の中に差した。



「おう、加勢するぜ! アマテラス!」

「深雪、苦戦してるじゃねーか!」

 カグヅチと蒼人が乱入してきたのだ。深雪が顔をあげる。イザナミも虚を衝かれている。その僅かな隙を逃さず、蒼人の奮うスサノオが深雪の周囲に張り付いていた小神を振り払い、イザナミをも撥ねのける。

「もしや、その剣は・・・・・・」

 イザナミの声が震える。どうやら彼女は草薙剣に気づいたようだ。深雪が唇を噛む。

「おい深雪、来い!」

「わしの手を掴め」

 蒼人とカグヅチは連携し、アマテラス軍とも渾然一体となって渦状の陣形を取り、回転しながらイザナミ軍を撃破していく。そして中央部にいる深雪を助けだし、乱戦しながら外に向かう。



「この城から出るぜ!」

「・・・・・・うん!」

 深雪はイザナミを振り返ることのないまま、居城の外へ出た。

 そして巨大な八咫烏の背中に乗り、居城を離れて森の近くまで逃げていく。もちろん蒼人も共にいる。

 この八咫烏たちは、どうやらアマテラス軍に加勢するつもりらしい。アマテラス軍に合流した神々の一派も巨大な師団を形成しながら、後方についてくる。

 すでに全面戦争の準備は整いつつある。



 ★



 それから数刻後。

 森の近くに陣を張り、深雪は座していた。両脇にはスサノオを抱えた蒼人とカグヅチがいる。

 陣の外側ではアマテラス軍が円状に包囲しており、敵軍の気配がないか監視してくれている。

 闇の漂う冥府において、昼と夜というものはない。しかし時は刻一刻と過ぎていき、冥府の緊張はいやがおうにも高まっていく。元よりイザナミの横暴ぶりを耐え難く感じていた者たちは深雪に加勢した。しかし、新たな女帝による秩序を受け入れた者たちも少なくはなく、イザナミの手勢の者も多い。今や両軍の数は、五分五分といったところだった。

「ところでカグヅチ。聞きたいことがあるんだけど」


「何だー。アマテラス」

 食事を取る必要などないのに、カグヅチは好物の魚の刺身を口に入れている。蒼人は、肉と米を団子にしたものを頬張っている。最強の妖鬼バスターである蒼人だが、やはり人間だ。一番、体力が消耗しているのは蒼人であるらしい。それも仕方のないことなので、なるべく今のうちに体を休めて回復に努めてほしいと深雪は願う。

「八咫鏡のことなんだけど」

 三人は熾火を囲んで膝をつきあわせている。この炎は暖を取ったり灯りにするためではなく、逆にイザナミ軍を近くに寄らせない結界の役割を果たしているのである。

 深雪は両手の拳を炎の前で握りながら告げる。

「僕は八咫鏡の在処を知っている。あれはツクヨミが持っていたんだ。僕は少し前に、あいつごと鏡を封印した」

「え?」

 カグヅチが意外そうに眦を上げる。深雪は言葉を継いだ。

「それから、蒼人の持っている剣に・・・・・・」



「待て。アマテラス、それ以上は喋るな」

「カグヅチ?」

 目を鋭くした深雪に、カグヅチが答える。

「お前や人間の蒼人は感じないだろうが、この冥府には、イザナミへの服従を誘う香が焚かれているんだ。わしも、この軍の者も耐えておるが、油断した折にいつ香にやられてしまわぬとも限らぬ。重要な情報は、おぬしの胸に仕舞っておけ」

「・・・・・・わかった。カグヅチ」

「そんな顔をするな。ただの用心に過ぎぬ。それに元々、わしはおぬしに着くと決めておったのだ」

「なぜ僕を買う?」

 深雪が神妙な目になって尋ねると、カグヅチは酒瓶を抱えて楽しげに告げた。

「わしは人間が嫌いじゃない。だから、人間への殺傷を禁じた、おぬしの政策が性に合う。ただ、それだけだ。もっとも、その禁を破った神たちが、嘆かわしいことに神性を失って妖鬼になってしまっているが・・・・・・」

「・・・・・・そうだね・・・・・・」



 森からは魂を養分として育つ妖樹たちの葉が、風にさざめく音が聞こえてくる。

 ふいに蒼人が炎の前に手を翳しながら口を挟んでくる。

「神って奴は、人間を殺したら妖鬼になるのか?」

「うん。神は、生まれながらに神の性分、つまり神性を帯びている生き物だ。それが人間や動物を徒に殺すと、その神性が失われてしまう。もちろん正当防衛だとか、相手が強盗だった場合はこの限りじゃないんだけどね。その生き物としての変化の法則は、僕にもわからない。ただ、神性がなくなった神は、理性を失い、殺傷を好む妖鬼と化してしまう。神を神にしていたものが消えると・・・・・・あとは殺戮さ・・・・・・。その惨さや虚しさを、長い時間を生きながらえてきた者たちは知っている。そんな神々たちもたくさんいると信じているよ」


 カグヅチはおどけた声を出した。

「まあな。妖鬼が人間を殺したがるあまり、神との間で大戦になったことは過去にもある。双方が打撃を被り、人間たちも数を減らし、国を封鎖して己を守り・・・・・・。血ぬられた歴史が繰り返された。しかし時を経て、太平の世が訪れた。その時、わしは退屈で退屈で、しかし嬉しくて嬉しくてならなかった。だから、わしは平和指向のアマテラスにつくと決めているんだ」

「・・・・・・うん」

 深雪はカグヅチに笑いかける。幾度となく共に戦い、長い歴史の中では敵対陣営にいたこともある相手だが、その志の根の部分は分かちあえると信じている。

 そんな二人のやりとりを、蒼人が穏やかな顔で眺めている。この蒼人も、琥珀も、緋菜も、大之木も、桜も、都の民もみんな人間である。

 人間の殺傷をくい止めるために深雪は全力で立ち向かうつもりだった。

 そして、もう一人。

「・・・・・・同感だ」

「スサノオ。やっと喋ったね」

「気配を消せと命じたのは姉上であろうが」

「君がいることをイザナミに悟られたくなかったんだよ」

「しかし、母上も変わられた。あそこまで野心を持った女ではなかったのだが・・・・・・」

「まあね。たぶん、イザナギを殺した時に、何かが変わったのさ」

 神を屠った神も、時に神性を失う。イザナミは今、神と妖鬼のぎりぎりの境目にいるのかもしれなかった。



 深雪は、周囲を見渡して口火を切った。

「ねえ。僕らの陣に、数刻後には、さらなる数の神や妖鬼が集う。もちろんイザナミの軍にも」

「ああ」

 今は互いに数を増やし合いながら、次なる戦いまでの短い時を過ごしており、それぞれの陣営が、短期決戦を目的にしながら、互いに相手の動きを遠くから探っている。どちらかが動き出したら、それが全面戦争の合図になるだろう。

 深雪は森に視線を向けると、冥府を覆う闇が少しづつ明るくなるのを感じていた。

 神と妖鬼が互いに感情を高揚させているので、その熱のせいで空間までが明るさを増しているのだ。

 妖鬼と化した者たちは勿論だが、神というのも本質的には争いを好む。

 深雪とて例外とは言い切れない。

 平和を望むといいながら、それだけでもいられない未熟な自分を、深雪は感じていた。



 ★ ★


 暫く時が流れ、森に広がる枝葉のざわめきだけが陣に聞こえるほどの静寂が辺りを覆っていた。

 時が来たことを告げたのは、大きな鳥の羽音だった。

「来たぞ」

 スサノオが短く告げると、蒼人が立ち上がり、炎の前から離れて南方を眺める。囲いの炎をものともしない数のイザナミ軍が、アマテラスの陣に近づこうとしていた。




 再び戦闘が始まることは、風の匂いからも感じとれた。どこか高揚したような、全てを覆い尽くす炎のような始まりの予感が、深雪の中に生じている。

「わしも行こう」

 カグヅチが立ち上がり、鼓笛を鳴らして自らが任された大隊を率いて、陣の中で構える。

 蒼人とスサノオも手勢を率いることになった。

「いらねえよっ」

「そうはいかないよ、蒼人くん。君だけの問題じゃないし、もし君に手駒がないから負けちゃったらどうすんの」

「かえって邪魔かもしれねーだろ!」

「まあまあ、神の手下って意外と便利だよ」

「深雪ー。おまえなー」

 いつものやりとりをしながら、深雪は蒼人に笑いかける。スサノオが呆れたように告げる。

「二人とも、相変わらずだな。現世を離れたことを忘れてしまいそうになるぞ」

「スサノオってば。だって、蒼人くんに何かあったら、緋菜ちゃんと桜ちゃんにさ、申し訳がさ」

「うむ。承知している」

 深々と頷き、珍しく家族の絆を見せつけるように語り合う二人に、蒼人が怒鳴った。



「おまえら、こんな時だけ結託するなよな! おまえだって琥珀がどれだけうるせーか!」

「調子が出てきたみたいだね」

 深雪は相好を崩すと、遙かな空から飛んでくる一隊を視界に入れる。



「ほら、来たよ! カグヅチが先陣を切ってくれてるけど、僕らも計画通りの位置で待機!」

「おう!」

 深雪と蒼人は立ち上がり、それぞれの位置につく。スサノオが静かに唸りを上げている。

「陣形を崩されないように! みんな気をつけて!」

 深雪が怒鳴った直後に、乱戦が始まった。イザナミ軍が、森の脇を抜けて、いよいよアマテラスの陣地に進入を果たしたのだ。

 タケミナカタとニニギが軍を率いている。

 ニニギの中には迷いが見てとれたが、どうやら、あの少年神はイザナミについたようだ。タケミナカタに至っては猛将であるらしく、攻撃の手を緩める気配が一切ない。



「蒼人くん、いったん下がろう!」

「ちっ」

 猛攻を受けた深雪と蒼人は、満身創痍になりながら、しばらく防衛に徹する。

 深雪が目を見張ったのは、この地にいると予想していなかった者の顔を、敵軍の中に見たからだ。

「・・・・・・羽根美」

 それは雨宮の四分家の一つ、羽根美祥吾だった。白衣を来た痩身の人間だ。そろそろ七十に届こうかという老齢の男だが、動きはしっかりしている。彼は妖鬼たちを的確に率い、アマテラス陣営を攪乱しにかかっている。

「深雪様。我が軍勢の前に、ご投降ください」

 羽根美は告げるなり深雪を狙い、妖鬼軍を仕掛けてくる。スサノオと蒼人がそれに対抗して飛びかかり、空中で戦闘を繰り広げる。

「スサノオ、かかれ!」

「了解だ」

「こら、雑すぎる、おまえ森まで焼いてるだろーが!」

「そこまで細かく対処できぬ!」

 蒼人とスサノオはいつも通りのコンビネーションなので心配なさそうだ。深雪は彼らに向けていた注意を眼前の羽根美に集中させると、目を瞑って祈りの言葉を唱える。



「・・・・・・羽根美。おまえには色々なことを教わったよね。悟叔父さんがまだ、ただの親切な叔父さんだった頃から。おまえは、外の世界に出られない僕に、色んな本をくれた」

「それが間違いだったとは思いたくありません」

 皺だらけの顔を歪め、羽根美は深雪を襲わせる。羽根美が相手だと深雪が全力を奮うことができない、というのが相手の策略なのかもしれない。だが、羽根美という人間を残して、妖鬼だけに攻撃の手を加えるということは、深雪にしてみれば可能な戦闘方法だった。

「蒼人くん、離れてて!」

「おう!」

 ちょうど力の進行方向にいる蒼人に声をかけ、深雪は白い輝きを帯びた光を放つ。斜光が妖鬼を襲い、一網打尽にする。もちろん羽根美だけは器用に避けてある。これが深雪の甘さであると、琥珀に言われたこともあるが。

「よし、行くぜスサノオ!」

 蒼人の怒鳴り声とともに、スサノオが唸る。



「ご老人、すまぬな」

 スサノオが言葉を発した途端、蜂矢の陣形で向かってきていたイザナミ軍が旋回した。何かを通すための道を空けたとも取れる。蒼人が飛び退り、敵軍を追う。

「全軍、退避しろ!」

 深雪が声を荒げる。イザナミ軍の狙いが解ったのだ。

「蒼人くん、スサノオ! 大砲が来る! 総員、森まで避難!」

 深雪が怒鳴るが早いか、光の渦が敵軍から放射された。どうやら妖鬼の持つ力をエネルギーに変えて砲弾にしたようだ。元々、羽根美は研究者であるので、妖鬼たちを科学的な武器として利用する術を思いついたのだろう。羽根美の横には、早蕨と鷲沢の者たちもいる。雨宮の四つの分家が、妖鬼を砲弾にして実戦配備したらしい。



「蒼人くんって、人間への攻撃は不本意なんだよね?」

 深雪が問いかけると、蒼人は頷く。

「ああ。なるべくなら。っていうか、あいつら知ってるのか? 深雪」

「・・・・・・僕の親戚ばかりだよ」

「お前、ほんとに人望ねーなあ」

「今度ばかりは、自分でもそう思うよ。まさか四家が全て悟叔父さんにつくとはね・・・・・・」

「雨宮悟は、あれでいて人心を掌握してたのかもしれぬな」

 スサノオが感慨深げに告げる。深雪は額を押さえてうなだれたが、そうしてばかりもいられない。

「下がらせたこちらの軍勢だけど、予定通りの場所にいるよね?」

「ああ」

 蒼人がにやりと笑って頷いた。

「よし、砲台を取り囲もう! 総員、攻撃!」

 深雪と蒼人が互いの持ち場まで移動する。

 それと同時に森に散らばったアマテラス軍の神々や妖鬼たちから、膨大なエネルギーが放たれる。アマテラス軍は一列の横陣となり、一斉に攻撃する。深雪と蒼人も中央部分から攻撃に参加していた。

 タケミナカタの猛攻をスサノオが突破する。蒼人は空いている片方の手で、ニニギの相手もしている。



 横一列からの一斉攻撃で、敵軍の動きが鈍る。砲台は無事なようで、妖鬼の砲弾は流れてくるが、徐々に攻撃の間隔が開いていく。

「よし、分家の人間たちに命中しないように。退避!」

 一定のダメージを相手に与えたところで、深雪は自軍の神々たちを下がらせる。こちらにも負傷した者がいるし、長丁場になると砲台を有するイザナミ軍の方が有利になってしまうと踏んだからだ。

 深雪が浮遊し、蒼人の隣へと降り立つ。



 ・・・・・・そろそろか。しかし、間に合ってくれるだろうか。

 深雪の額を汗が流れ落ちていく。いつしか背筋も粟立っていた。




 ★ ★

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