第4話

部屋の前までついた。やはり何かを殴打するような奇妙な音と、柴田京子と思われる女の高笑い声が、部屋の中から聞こえてくる。

部屋に近づいてみて分かったが、男の泣き声も聞こえてくる。この声は夫の柴田俊夫のものだろうか。

「絵美、起きてくれ。絵美、起きてくれ」呪文のようにずっと同じ言葉を喋っているようだ。

佐藤は疑問を抱く。絵美?誰のことだろうか。この部屋には柴田夫妻の二人しか住んでいないはずである。

佐藤は部屋のドアノブに手をかけ、再び後ろの山田にアイコンタクトを送った。

山田は無言で頷く。ここぞという時は、肝のすわった後輩だ。

佐藤は素早くドアノブを回して、ドアを開けた瞬間、瞬時に臭った。これは煙草の香りだ。部屋中には甘い臭いのする煙草の煙が充満していた。

2人は部屋へと入り辺りを見る。

部屋の中央には、柴田京子と思われる女性が、大声で笑いながら木製のバットを使い、床に転がった何かを殴打していた。 彼女は何故か全裸だった。

また、柴田俊夫と思われる男性は、床に膝をつき、土下座のような体勢だった。

彼は両目から大粒の涙を流しながら、呪文のように同じ言葉を呟き続けている。彼は服を着ていた。 柴田夫妻両名とも、どちらもこちらの様子には気付いていないようだ。

「警察です!柴田さん何かありましたか?」佐藤は大きな声で二人に尋ねた。

突然聞こえたその声に、柴田俊夫は佐藤たちに気付く。

柴田京子は、ひたすらにバットで殴打を続けている。

「警官さん、 絵美が・・・。絵美がそこにいる京子に殺された・・・」俊夫は床を這って、山田の左足にしがみついてきた。体はブルブル震えている。佐藤は冷静に尋ねた。

「柴田さん、落ち着いて下さい。その・・・殺された絵美さんの遺体は今どちらに?」

「その女の死体ならここよ」突然、柴田京子が喋り出した。

「そこに転がっているのが絵美よ。私が殺したわ、このバットで殴ってね」そう言って京子は、叩くのを止めて、また声高い声で笑い始めた。

キャハ、キャハ。部屋中に彼女の笑い声が響く。

俊夫はその声を聞くと、山田の左足を離し、再び土下座のような体勢となって、今度は泣き叫び続けた。

佐藤と山田は、床に転がっている絵美に近づき顔を確認する。

絵美は、白いワンピースを着ていた。

肩までの長い黒髪と、大きく開いた黒い瞳。

雑誌モデルのように細くスラッとした腰つきと、長く伸びた手足。

京子にバットで殴打されたと思われる首筋は、凸凹に変形していた。

首筋に近づきよく見ると、中から黒い針金のような物体が飛び出ていた。

佐藤と山田は、お互いの顔を見合い、しばらく無言のままだった。


この事件以降、佐藤は煙草を吸っていない。

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彼のきっかけ 中山華月 @16255

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