第十話 女神の名前

 エンネン警備長が殺風景さっぷうけいな部屋に入る。

 手紙を見つけた。反省文ではないことがすぐに分かった。

「例の罪人ざいにんを連れていきます。おれがなんとかします。探さないでください。ありがとうございました」

 読みながら、中年男性の手は震えていた。

「まさか! 一人で戦うつもりか」

 モーの部屋を出て、北の塔に急ぐ。扉は開いていた。

 鎧姿よろいすがたの門番がやってくる。

「あ。警備長。おはようございます」

「上を見てこい!」

 強い口調に、門番はあわてている。

「警報は鳴っていませんよ」

「いいから、いってこい!」

 エンネンが叫ぶと同時に、警報が鳴り響いた。

 魔力まりょくがほとんどないエンネンに、二人をトレースする術はなかった。




 そのすこし前、城下町にて。


「兄ちゃん、ついにカノジョができたんだね」

 おれは、クルホに話しかけられた。

 朝早くから元気だ。十歳くらいのときは、おれもこうだったかな。

「ああ、うん。そうだ。うらやましいだろう」

「えっ」

「怪しまれないように、城下町を抜けないといけないだろ」

「分かったわよ」

 すこしひざを曲げて、イーと話す。

 背が低いと言うと怒られるから、おれの背が高いということにしておく。

 ひそひそ話をしていると、不思議そうな目で見られた。

「ケンカ? ダメだよ。やさしくしないと」

「分かってるって。お前は、もうすこし可愛かわいらしく話せるように努力しろ」

「はーい」

「返事は短く」

 答えずに、走り去っていってしまった。遠くで手を振っている。

「どうした? 変な顔して」

「別に」

「よし。見回りのフリをして進むぞ」


 不良たちに絡まれた。急いでいるときに限ってこれだ。

綺麗きれいな人を連れてるじゃねぇか」

「急いでいるから、どいてくれ」

 騒ぎを起こしたくはないが、仕方ない。ここはおれが。

「口で言っても駄目だめみたいね」

 軽い動きで次々と打撃を与えるイー。白い服はあまり動かない。

 不良が、一人、また一人と倒れていく。

 あっという間に、五人を倒してしまった。

「やるな。いつの間にこれほどの筋肉を」

「そうじゃなくて、魔法まほうで威力を……まあいいわ」

 振り返らずに先を急ぐ。不良たちの傷はすでに治療されているはずだ。


 おれとイーは、東の大きな湖までやってきた。

 桟橋さんばしに船はない。モンスターのせいだ。

「塔の結界けっかいを破ったわ」

「この距離なら追えないだろ。ついでに船も頼めるか?」

「仕方ない人ね」

 すぐに船が現れた。おれが乗り込み、白い服の綺麗きれいな人も続く。

 細長くて、小さい船だ。こんな船で大丈夫か?

 いや、イーがいれば大丈夫だ。全力でいで、一気に抜ける!

 オールを持つ手に力を込め、うしろ向きでぎ続ける。

「おい、浮いてくるぞ、何か」

 しばらくして、おれは何かを見た。

「大きな蛇じゃない?」

「なるほど。最近の蛇は翼が……ってりゅうだろあれは!」

「意外と物知りなのね」

 急げ、おれ! 弓は持っていない。

「ヴァトカインへの置き土産にはちょうどいいわね」

 りゅうが飛んだ。違う。浮いている。離れていって、陸の上まで移動した。

 ああ、これはひどい。

 見なかったことにして、おれはぐ力をすこしゆるめた。


 イーが有象無象うぞうむぞうのモンスターを全てほうむったおかげで、対岸に着けた。

 桟橋さんばしに船をつけて、先に降りたおれ。美人びじんの手をつかんだ。

 遠くなった故郷を見る。

「小さいな。木が多くてよく見えないし」

「そうね。ところで、湖の名前って何?」

 船から降りたイーが疑問を口にした。

「ヴァトカイン湖だろ? たぶん」

「ついでに聞くけど、あなたの名前は?」

「おれ? おれは――」

「ふーん」

「そうだ。イーが先に愛称で言うから、言ってなかったんだ」

「愛称じゃなくて、五人目ごにんめ賢者けんじゃって言うから、記号としてのEよ」

「つまり?」

「名前なんて知らないわ」

 イーは、すこし悲しそうな顔になった。湖に背を向けて歩き出す。

 おれはすぐ後を追い、二人で東を眺めた。ビハレア平原がどこまでも広がっている。

「仕方ない。おれが名前を付けてやるか」

「変なのにしないでよ」

「女神の名前なら文句ないだろ?」

「意味、分かっているの?」

「もちろん。最初から――」

「いきなりそういうこと言う?」

「退屈しないだろ?」

「そうね。あなたと一緒なら」


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おれと賢者のヒミツ捜査 多田七究 @tada79

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