第九話 ふたつの剣

 中庭の南側。出口にはすでに誰かが立っていた。

「杖を使わなかったようですね、彼は」

 そういえば魔導士まどうしが杖を持っている姿をよく見る。どんな役割かは知らない。

「もしかして、使われたらヤバかったのか?」

「コフテリアスは優しい人ですからね」

 自分は違う、と言いたいんだな、カンター。

 頭に白いものが混じった年配男性は、微笑みを湛えている。

「見逃してくれたり?」

「しませんよ。私は、ね」

 敵意は感じない。威圧感もない。それが逆に不気味だ。

 師範しはんはまだけんを構えていない。

稽古けいこだと思って手加減してくれたりも?」

「面白いことを言いますね」

 ダメだな。

 当然ながら、姿を消しているイーは何も言わない。おれがやるしかない。


 すこしずつ、辺りは明るくなってきた。

 おれは腰の棒を構える。

 続いて、カンターもけんさやから抜き、構えた。

先手必勝せんてひっしょう!」

 完全に日が昇る前に決着けっちゃく、と、いつもの俺なら考えていただろう。

 棒の動きを読み防御に回ったカンター。おれは蹴った。

「この技は――」

 続いて左腕で殴る、と見せかけて、右手の棒を振るった。

「知らないだろう? イー直伝、かたのないおれの技だ」

 体術たいじゅつ剣技けんぎかを見極める暇を与えず、どちらも当てる。

 剣を受けるわけにはいかない。確実に棒で防ぐ。

 練習用の武器は、かけられた魔法まほうによって抜群の強度を誇る。

「ふっ」

 カンターは笑っていた。おれのこぶしが胴体をとらえる。

 黒幕の疑いがある三人目は崩れ去り、壁に背をつけた。

 手から離れたけんが、おれの足元に転がる。


「強くなりましたね。モー」

「懐かしいな。その呼び方。何年ぶりだ?」

 すこしだけ顔を出したお日様が、二人を照らし始める。

「あなたが騎士きしになることを決めたときから、呼んでいませんから」

「そうだったのか? そうかもしれないな」

 カンターは父親のような存在だった。

 愛称で呼ばれなくなった頃のおれは、けんにのめり込んでいた。

「すでにあのときから、一人前でしたよ。あなたは」

「寂しかったぜ。もう、子供のように思ってくれなくなったのかな、って」

 なんで、こんなすぐ言えることを、伝えられなかったんだろう。

「私は不器用で。一人の人間として向き合わないと、稽古けいこに集中できない」

「ああ、知ってる」

「さあ、そのけんで私を」

 壁に背をつけて座るカンターは、おだやかな表情をしていた。

「分かってる。最初から、分かってた」

 けんを拾ったおれは、迷うことなくりつけた。

 痛みは与えない。これはイミテーションだ。

「カンターはここで死んだ。そう思って、周りの人に優しくしてくれ」

「どこかで聞いたセリフですね」

「一度言ってみたかったんだ。これ」

 おれは笑った。なぜかほおれている。おかしいな。雨も降っていないのに。


「私に構わず、進んでください」

「本気で殴ったから、治さないとまずいだろ」

「早く。イーもいるのでしょう?」

 やっぱり気付かれていたのか。瞬間移動できることに。

「出てこいよ。傷を治してさっさといくぞ」

「その前に顔拭かおふいてよ」

 声がして、すぐに白い服の相棒あいぼうが現れた。布を渡される。

 言われたとおり顔を拭くと、彼女の顔がよく見えた。

「魔法、使えばすぐだろ?」

「極力使うな、って言ったのは誰でしたっけ?」

 そうだった。すぐに城を出るし、もういいだろう。

「おれだ。片付いたし、好きにしてくれ」

 イーには、集中・詠唱えいしょう・狙い・つ、という動作がない。

 気付いたときには傷が治っていた。

 立ち上がり、イーのほうを向くカンター。

「モーを頼みます」

「ええ、まあ、それなりにね」

「それじゃあ、元気でな」

 日の光を浴びるおれとイーは、城下町を目指し歩き出した。


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