彼女と石巨人

小野 大介

本文

 太古の昔、とある山中の奥深く、巨人が住まう都があった。

 巨大な都に、巨大な住人。

 石のように頑丈な身体と、石のように強固な意志と、石のように冷たい心をもつ巨人。

 石で築かれ、石によって囲われた、難攻不落の石の要塞。

 だが、潰えてもう久しい。

 遺跡と化した都に、もう巨人の姿はない。

 至宝を守る番人として造られた、一体の石巨人を除いては……。

 季節は巡り、また巡る。

 けれど石巨人は、過ぎ去りゆく時を知らず、石のようにただ眠り、誰も訪れることのない遺跡の奥深くで、巨人たちが守り、時に争い、奪い合いを繰り返した至宝を守り続けていた。


 あるとき、闇に閉ざされていた遺跡に一筋の光が降り注いだ。

 一人の若い女性が降り立ったのだ。

 彼女は冒険者。

 唯一無二の至宝があるという噂を聞きつけてやってきたのだ。

 難攻不落の要塞には随所に罠が仕掛けられているが、彼女は見事にかいくぐり、遺跡の最奥へと辿りついた。

 そして、ついに至宝をその手にした。

 美しく輝く光。

 それは見たこともないもので、彼女は見惚れてしまう。

 するとそのとき、待ち構えていた最後の罠が起動した。

 至宝の番人を仰せつかっていた石巨人が、永久にも等しい眠りの果てに目覚めたのだ。

 我に返った彼女は、手にした至宝を革袋に押し込み、一目散に逃げだした。石巨人はその後を追った。

 彼女は走った。石巨人も走った。

 遺跡を飛び出し、彼女は崖のような坂を滑り落ちた。石巨人もまた遺跡から這い出し、初めて見た太陽に目を奪われながら崖のような坂を転げ落ちた。

 彼女は密林を駆け抜けた。生い茂る木々の下をかいくぐり、地表に這い出たいくつもの根を飛び越えた。石巨人は木々を押し倒し、根を踏み潰した。

 切り立った崖が彼女の目の前に迫った。遥か下には川が流れ、滝壺が見える。

 彼女は意を決し、飛び込んだ。すると、石巨人もまた、彼女を追うように、滝壺へと落ちていった。

 彼女が水面から顔を現した。無事だった。彼女は川の流れに身を任せるようにして岸を目指した。その時、川底に何かが見えた。動いている。石巨人だ! 石巨人が彼女を追うように川底を歩いている。

 彼女は急いで岸を目指した。

 彼女が走り出してまもなく、石巨人が川から現れ、またも彼女を追って走り出した。

 渓谷を駆け抜ける彼女と石巨人。

 荒野をとにかくひた走る彼女と石巨人。

 どれぐらい走り続けただろう?

 足が震えて、歩くのもままならない。

 彼女はついに諦めた。覚悟を決めたのだ。

 彼女は後ろを振り返り、もはや動かないその足で踵を返した。

 石巨人がすぐ目の前に。まるで山のように聳え立っていた。

 彼女は言った。

「わかったから! 負けた! もう降参する!」

 彼女は至宝の入っている革袋を突き出した。

「宝は返すわよ、ほら……って、あれ!?」

 彼女はここでようやく気がついた。手に入れたはずの至宝がどこにもない。革袋の中を覗いても、そこには何もなかった。

 まさか、逃げている間に落としてしまったのか? 気づかなかった。なんてことだ! それにいま気づくなんて!

 返す宝がない……。

 すると、石巨人がその巨大な顔をゆっくりと近づけた。さも、彼女が至宝を持っていないことを確認するかのように。

 彼女は言った。

「来た道を引き返せば、きっと宝が落ちているはずよ。それを拾って帰りなさい」

 石巨人は彼女が指差した方向に顔を向けた。

「はぁ~、くたびれた……」

 至宝を失ったのがショックなのか、彼女はがっくりとうなだれると、石巨人に背を向けて、とぼとぼと歩き出した。

 そんな彼女の去りゆく姿を、石巨人は顔を向けて眺めていた。


 地図を手に、街を目指して歩いていると、どこからか大きな音が。

 徐々に近づいてくる。後ろからだ。

 後ろを振り返ると、少し遠くに石巨人の姿が見えた。彼女の後をついてくる。

 彼女は驚いた。宝を持っていないのにどうして?

 彼女はまた逃げるように走り出した。すると、石巨人の歩みも速くなる。しかし、散々逃げてきたため、走る体力はもう残ってはいなかった。彼女はすぐに歩き出した。すると、彼女に合わせるように、石巨人の歩みも遅くなった。

 これはどういうことだ?

 彼女は立ち止まり、後ろを振り返った。石巨人も立ち止まった。彼女がまた歩き出すと、石巨人も歩き出す。付かず離れず。

 どういうことなのだろう? どうしてついてくる? 至宝は持っていないのに、なぜ? まさか、至宝を盗んだ者に制裁を加えようとでもいうのだろうか?

 けれど、襲ってくる気配は見られなかった。とはいえ、相手は石巨人。このままでいいはずがない。しかし、いまの彼女にはどうすることもできなかった。

 とりあえず気にしないことにして、彼女は街を目指した。

 彼女が歩き出すと、石巨人もまた、歩き出した……。


 荒野を抜けて、景色は平野へと移り変わった。

 しばらく歩いていると、突然の豪雨が。

 雨をしのげる場所を探すが、周りに木はなく、屋根になってくれそうな岩山などもない。後ろを振り返ると、石巨人がいた。

 彼女は少し考えて、石巨人に提案をする。

「ねえ、もしよかったらでいいのだけど、あなたで雨宿りをさせてもらえないかしら?」

 石巨人は何も言わず、その場にひざまずいた。

 彼女は石巨人の膝の下で雨宿りをした。

 ちょっとすると雨は止んだ。

 また、彼女と石巨人は歩き出した。

 しばらく歩いていると、目の前には川が。さきほどの豪雨が原因なのか、流れがとても強い。周りを見るが橋はなく、かといって、歩いては渡れず、泳いで渡るのも無理そうだった。

 彼女がどうしたものかと悩んでいると、また、ふと石巨人が目についた。

 彼女は少しばかり考えて、また、石巨人に話しかけた。

「この川を渡りたいのだけれど、流れが急で渡れそうにないの。助けてもらえないかな?」

 すると、石巨人は川の中に立ち、手のひらを返して彼女の前に。彼女が手の上に乗ると、川の反対側まで運んでくれた。

「ありがとう!」

 お礼を言うと、彼女はまた歩き出した。石巨人も川から出て、また歩き出した。


 山を一つ越えると、目指していた街がようやく見えてきた。

 彼女はふと気づいた。このまま街へは行けない。もしこのまま石巨人がついてきたら、大変なことになってしまうだろう。どうしよう? どうしたらついてこなくなるだろう?

 彼女はあれこれ考えて、思い切って、石巨人に話しかけてみることにした。

「私の言葉がわかる? もしわかるなら、右手を上げて」

 すると、石巨人が右手を上げた。

 もう一度試してみる。今度は左手だ。

 石巨人が左手を上げた。

 言葉が通じる! なら、説得することもできるはず。

 彼女は言った。

「イエスなら右手を。ノーなら左手を上げて。わかった? わかったら、イエスよ」

 石巨人は右手を上げた。

 彼女は言った。

「遺跡に帰りなさい。ここはあなたがいる場所じゃないわ」

 石巨人は左手を上げた。

「どうして? あなたは宝を守る番人じゃないの?」

 石巨人はまず右手を。そして、すぐに左手を上げた。

「イエスだけどノー? どういう意味かしら? ……あぁそうか、もう宝がないんだ」

 石巨人は右手を上げた。

「そっか、もうあなたの居場所がないのね。私が、宝を持ち出しちゃったせいで……」

 石巨人は手を上げない。

「私のせいじゃないっていうの?」

 石巨人は右手を上げた。

「あら、あなた、見かけよりも優しいのね」

 石巨人は反応しない。

「あなたも、私と同じなのね」

 石巨人は首を傾げた。

「私も居場所がない。だから、同じってこと」

 石巨人は傾げた首を戻した。

「ふーん」

 彼女は考える仕草をした。そして、言った。

「私は大事な宝を盗んだわ。盗人よ。盗人である私を捕まえようと思う?」

 石巨人は左手を上げた。

「じゃあ、危害を加える気はある?」

 石巨人は左手を上げた。

「じゃあ、最後の質問よ。―私と、世界を冒険する気はない?」

 石巨人は左手を上げた。

「え、冒険したくないの?」

 石巨人は左手を上げた。

「え、どういうこと?」

 石巨人は首を傾げた。

「あれ? 聞き方がおかしいのかな? あ、じゃあ、もう一度ね。私と世界を冒険する?」

 石巨人は右手を上げた。

「決まり!」

 彼女は跳び上がって喜んだ。

「私たちは今日からパートナーよ。ハイ、じゃあ、握手!」

 彼女は手を差し伸べた。石巨人も手を伸ばそうとしたが、すぐに人差し指一本だけを伸ばした。彼女は石巨人の人差し指を掴み、握手を交わした。

 彼女は言った。

「これから街に向かうけど、あなたの姿を見たら、きっと皆、怖がると思うわ。できればどこかに隠れていてほしいのだけれど」

 石巨人は左右に頭を振った。

「いや? あなたも街を見てみたいの?」

 石巨人は頷いた。

「そう。じゃあ、仕方ないわね。うん、いいでしょう。あなただけ隠れているのは不公平よね。それに、あなたは心優しい人……じゃなかった、巨人だものね」

 石巨人は右手を上げた。

 彼女は思わず微笑んでしまった。

「じゃあ、これだけは注意してね。きっと皆、あなたを怖がるわ。でも、あなたがじっとして、危害を加えるような真似をしなければ、危険がないことをわかってくれるはずよ。わかった?」

 石巨人は頷いた。

「よし! 行きましょう。あ、後一つだけ。なるべく物を壊さないようにね」

 石巨人はもう一度頷いた。


 どこからともなく聞こえてくる大きな足音に、皆が気づいた。

 見上げるほどの石巨人が山から下りてくる。

 街の人々は恐怖し、逃げ惑う。

 そんな中を、彼女は申し訳なさそうにして歩いていた。

「やっぱり、こうなるわね」

 彼女の後ろを、石巨人はのっそのっそと歩いていた。

 街の入り口に大きな看板がある。街の名前が書かれた看板だ。その横手に、ちょうどよいスペースを見つけた。

 彼女はそこに座るようにと石巨人に言った。石巨人は従い、ゆっくりと腰を下ろした。すぐ後ろが山肌で、ちょうどよい腰掛けのようになった。

 彼女は言った。

「水と食料を買ってくるわね。あ、あなたも何か食べたりするのかしら? でも、口はないわよね。あなた、食事を摂ったりするの?」

 石巨人は左右に頭を振った。

「そう。食事代がかさんだらどうしようかと思っちゃった。あなた、大きいもの」

 彼女は石巨人の足にぽんと触れると、その手を振りながら街へと入っていった。

 一部始終を街の人々は観察していた。

 皆が石巨人の大きさに驚いていた。

 子を持つ親はひどく警戒し、老人などはこの世の終わりとでもいうように拝んでいる。

 そんな中、興奮した一匹の飼い犬が石巨人に吠え立てる。その飼い主らしい子供が危険だからやめるようにと注意しても、犬は従おうとしない。

 石巨人はそっと指を伸ばし、犬の前に。

 犬は吠えた。そして、咬みついた。しかし、石巨人の指もまた石。痛くも痒くもない。そもそも、痛みを感じるのかさえ定かではない。また、石だから硬く、犬はすぐに諦めてしまった。

 石巨人は吠えられようと、咬まれようと、何もせず、じっと眺めていた。そのうち、犬も落ち着いて、自分が咬んだ指をペロペロと舐め始めた。まるで咬んでしまったことを詫びているかのようだ。

 それが警戒心を解くきっかけになったのか、子供は怖々歩み寄り、石巨人の指に触れた。石巨人が何もしないと知ると、好奇心に駆られて子供はもう一度触れた。

 すると、一人、また一人と子供が石巨人の下に駆け寄る。皆で石巨人に触れたり、その大きな身体に登り始めた。

 子供たちが石巨人に懐くと、大人たちも危険がないことを察した。

 彼女が買い物を終えて帰ってくると、石巨人の周りを人々が取り囲んでいた。

 皆、興味津々。

 警戒心も解けたらしく、まるでそこが観光名所のように思えた。

 彼女が帰ってくると、石巨人はそっと顔を動かし、彼女の姿を見るような仕草をする。

 彼女は笑顔を浮かべた。

「よかったわね、好かれたみたいよ」

 石巨人はそっと頷いた。

 石巨人に話しかけている彼女に気づき、人々が不思議そうに声をかける。

 どこで見つけたのか? 本当に危険はないのか? 矢継ぎ早に聞かれる。

 彼女は言った。

「私たちはパートナーよ。そうよね?」

 石巨人は頷いた。

 人々は驚くばかりだった。


 その夜のこと。

 彼女は宿に泊まり、すでに寝床についていた。けれど、どうも寝つけない。

 気分を変えようとカーテンを開けて、窓の外を眺めた。

 三階の窓。

 街の入り口の石巨人が見えた。

 なぜだろう、どことなく寂しそうにしているように見えた。

 彼女は毛布を羽織り、部屋を出た。石巨人の元へと向かった。

 彼女が現れたのを知り、石巨人は顔を向けた。

 彼女は問いかけた。

「眠らないの?」

 石巨人は頷いた。

 石巨人は空を見上げた。

「何を見ているの?」

 石巨人は夜空を指差した。指の先には満月が。

「あ、月を見ていたのね。そう、今日は満月だったの」

 石巨人は彼女に顔を向けて、そっと首を傾げた。

「そう、月よ。あれ、月っていうの」

 彼女は石巨人が指差している月を指差した。

 石巨人は首を戻し、また、月を見る。

 彼女は不思議に思った。

 どうして石巨人の考えていることがわかったのだろうか? 心が通じたとでもいうのだろうか?

 彼女は、それはきっとパートナーだからだろうと思うことにした。

 石巨人はまた夜空を指差した。数を数えるような仕草をしている。

「星のことね。あれは星っていうのよ。月と、星よ」

 石巨人は彼女を見る。

「夜は暗いでしょ? だから、神様が、私たちが困ったり、怖がらないように、ああして輝かせてくれているのよ」

 石巨人はまた、夜空を眺める。

 彼女はふと思った。ある程度の意思疎通はできてはいるが、これから、何かと不便なこともあるだろう。

 そこで、彼女は石巨人に文字を教えてやることにした。

 今日は満月。夜でも明るい。

 彼女はそこらに転がっていた棒きれを筆代わりにして、地面に文字を書いた。

 月。そして、星と。

 彼女はそれが、言葉を形として表す文字というものだと説明し、順番に月、星と読むのだと教えてやった。

 石巨人は頷いた。

 彼女は真似をして書いてみるようにと勧めた。

 石巨人は従い、指で地面をなぞり、書いてみた。つたないながらもちゃんと読める。

 彼女は言った。

「これからいろいろな言葉を教えてあげるわ。あなたは喋れないけれど、こうして文字で話をすることならできる。いつか、あなたの思いを文字にして教えてね」

 石巨人は頷いた。

 彼女は笑顔を浮かべると、肩に乗せてほしいとお願いをした。

 石巨人は手のひらを返し、彼女を乗せて、肩まで運んだ。

「あ、うん、座れる座れる。ちょっと硬いけど」

 彼女はまたにっこりと笑った。

 彼女は石巨人の肩に座り、一緒に夜空を眺める。

 彼女は石巨人にいろいろと尋ねた。

 ずっとあの遺跡にいたの? 寂しくはなかった? その他にも、痛みを感じたりはするのかと尋ねてみると、石巨人は左手を少しだけ上げた。彼女が落ちないようにと考慮してのことだろうか? それとも、痛みそのものがわからないのだろうか?

 彼女は問いかけた。

「じゃあ、こうして触ってもわからないの?」

 石巨人はやはり少しだけ右手を上げた。

「そう。私には想像もできないなぁ。痛みがなくて、触っても、触られてもわからないなんて……自分が本当に存在していることすらわからないかもって思ってしまうかも」

 石巨人は少しだけ両手を上げた。よくわからないようだ。

「でも、私にはあなたの感触がわかるよ。ひんやりしていて、表面はざらざらしてるわ。石の感触ね。……あ、でも、ちょっと温かいかな」

 彼女はそっと石巨人の顔に寄りかかった。

 彼女は寝てしまった。

 石巨人は彼女を起こさぬようにと動かない。けれど、その指先は地面をなぞっている。

 月と星。その二つの文字を、何度も練習していた。


 彼女と石巨人は、それからいろいろな所を旅した。

 トレジャーハントで遺跡を巡り、いくつもの街を訪れて、数多くの冒険を経験した。

 ある時は人助けを。

 ある時は盗賊団を壊滅させたこともあった。

 いつのことだったか、氾濫した川を堰(せき)止めて、街を守ったこともあった。

 どこまでも花畑が続く楽園のように美しい世界を見つけたこともあった。彼女が大きな花輪を作ってくれて、それを頭にかぶった石巨人が、通りがかった湖の水面を鏡代わりにして見とれるなんてこともあった。その隣には笑顔の彼女がいた。

 長い冒険の間、彼女はたくさんの文字を教えた。

 石巨人はたくさんの文字を覚えた。

 文字を使って会話をすることもできるようになった。

 何年も、パートナーとして共に旅をした。

 そんなある日のことだ。

 ふと立ち寄った海辺の町で、彼女は一人の男性と出会った。

 彼女は恋に落ちた。

 次第にその町を訪れる回数が増えていった。

 彼女はその男性と親しくなり、いつしかその町に居を構えた。

 いつしか、二人の恋は愛へと発展してゆき、ある日、二人は夫婦となった。


 町を一望できる見晴らしの良い山の上に、石巨人はいた。

 海と町が眺められる素晴らしい所だ。夕焼けも見える。夜には満天の星空だ。

 石巨人は山肌を背にして座り、極上の景色を眺めていた。

 そんな石巨人の前に、純白のウェディングドレスに身を包んだ彼女が現れた。

 石巨人は指で地面に文字を書いた。

『とてもきれいだ。ここから眺められるどんな景色よりも、君は美しい』

 彼女は笑った。

「初めてあなたと出会った時に比べると、いまのあなたはとても紳士的で、とてもロマンチストになったわね」

『君のおかげさ』

「私ね、今日、結婚したの。夫婦になったのよ」

『ああ。ここから君を見ていたよ。教会の鐘の音を聞いた』

「これからはずっとここで暮らすわ。あの人と二人で、ずっとね」

『それが夫婦だ』

「子供も作るわ。男の子に、女の子。たくさん欲しい」

『君たちの子はきっと、とても可愛いだろうね』

「……ずっとここで暮らすの。だからもう、冒険はできないわ」

『そうだろうね。君は今日から新たな人生を送るんだ』

「私とあなたはパートナーよ。……いえ、だった。だから、ハッキリ言うわ。もう冒険はおしまい。パートナーは今日で解消するわ」

『うん』

「あなたはもう自由よ。これからは好きな所に行ける。新しいパートナーを見つけることだってできるわ。だから……」

『私が邪魔になった?』

「そんなわけないでしょう!? 私たちはパートナーだった! ずっと一緒に冒険をしてきた! 私たちは一心同体よ! 邪魔だなんて、そんなこと絶対に思ったりしない!」

『私はずっと自由だったよ。ずっと、自由だった』

「あなた……」

『もし許されるのなら、私はずっとここにいたい。この景色を見ていたい。ここから海を眺めていたい。夜空を見上げたい。月に心を奪われたり、星の数を数えていたい。そして、君を見守っていたい。君の子供が見てみたい。君の孫も見たい。君と共にいたい。許してくれるかい?』

 石巨人はそっと手のひらを返した。差し伸べるように、彼女の前に。

 彼女は涙し、石巨人の手にすり寄った。そう、すがるように。

 彼女は言った。

「ええ、もちろん! だって、パートナーだもん」


 それから時が過ぎて、彼女が赤ん坊を授かった。夫婦で手を取り合って、大きなお腹を見せに来てくれた。

 産まれて間もない我が子を見せに来てくれた。

 親子でピクニックに来てくれた。

 喧嘩でもしたのか、時々は一人で来ることもあった。

 子供は大きくなり、彼女は歳を取り、ある日、孫を連れてやってきた。

 それからまた時が過ぎて、曲がった腰に、杖をついてやってきた。

 彼女は言った。いま、夫の死を看取ってきたと。

「私ももうおばあちゃん。あの人は先に逝ってしまった。きっと私ももうすぐだわ」

彼女は石巨人が地面に置いてくれた指の一本を椅子代わりにしてそっと腰掛けた。

「もしかしたら、これが最後になるかもしれないから聞いておきたいのだけれど、いいかしら?」

『なんだい?』

「あの時の宝。私が一度はこの手にしたあの宝。あれはいったい、なんだったのかしらね? このところ、よく思うのよ」

『さあ。残念だけど、私にもそれはわからないよ』

「そう。残念ね」

『でも、あれがなんだったのか、私はきっと、その答えを知っていると思う』

「あら、そうなの。奇遇ね、私もなのよ」

 彼女は昔から変わらない笑顔を浮かべていた。

 それからも、彼女は毎日のように石巨人の元を訪れていたが、いつしか、ぱたりと顔を見せなくなった。

 そんなある日のこと。

 時折鳴らされる教会の鐘の音が、なぜか、その日ばかりはとても悲しく聞こえた。

 石巨人は思った。

 ああ、彼女も逝ってしまったんだ。

 彼女の死を、彼女の孫の一人が伝えに来てくれた。

 それを聞いた途端、石巨人がぴくりとも動かなくなった。

 眠るように動かなくなった……。


 季節は巡り、巡って、数え切れないほどの朝と夜が繰り返された。

 石巨人の身体のあちらこちらに草が生え、どこからか飛んできた種が生長し、生えたであろう木の根が絡みついていた。

 石巨人は山の一部と化していた。

 そんな石巨人の傍らに小さな墓標が一つ。彼女の墓だ。

 彼女の子供やその孫が、彼女の死ぬ間際の言葉に従って、石巨人の隣にもう一つの墓を作ってやっていた。

 その墓標には彼女の名前と、彼女が死ぬ間際に口にしたとされる言葉が刻まれていた。

「いつかまた、冒険をしましょうね」

 そんな彼女の墓の後ろの山肌には、何やら文字が刻まれていた。

 深く刻まれた文字。そこにはこう書かれてあった。

『もちろんさ、私たちはパートナーだ』


【完】

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彼女と石巨人 小野 大介 @rusyerufausuto1733

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