第9話
『機甲戦士ロングホーン』放映30周年記念企画として、とあるインターネット上の動画配信サイトで初代『ロングホーン』全話が一挙放送することを知った私は、少し悩んだが、そのサービスに有料会員登録を申し込んだ。もともと無料会員として利用していたサービスだから観ること自体はできたのだが、有料会員ならばより高画質で閲覧でき、回線が混み合って再生速度が遅くなる心配もなかった。
放映は土曜日の夜9時から翌日の18時までぶっ通しということだった。最近はもう土曜日に徹夜をすると、日曜日だけでは生活リズムが取り戻せなくなってきていて、ちょうど先日の休日出勤で代休を取らなければならなかったので、体調を整える日として月曜日を休みにあてた。
子ども向け特撮ヒーロー番組のために休みをとるというのは傍目には馬鹿らしく映るかもしれないが、今回の一挙放送にはちょっとした期待があった。第13話『トカゲロンと怪人大軍団』を、30年ぶりに観ることができるのではないかという期待だ。放映開始時間まで各話のタイトルリストが公開されないという動画配信サイトの姿勢も思わせぶりだった。『ロングホーン』の中でこの第13話だけは、本放送以降、1度も再放送がされていない。それだけでなく、VHSやDVDなどのあらゆるソフトにも収録されていない「お蔵入り」の話となってしまっている。欠番となっている理由は、公式には明らかにされていないが、IRAから抗議が来たというのが定説で、やはりそれが真実だろうと思う。
私は約24時間をともにするための発泡酒とつまみ、それから眠気を抑えるためのエナジードリンクを数本、近くのスーパーで調達し、パソコンの前にどっしりと腰を据えた。
放映開始までまだ少し時間があったので、リモコンを手に取りテレビをつけると、NHKのニュース番組に、最近よく見かけるレプティリアンの起業家が映っていた。これまでも芸術方面でなら、何かしらの成果を出してメディアに取り上げられるレプティリアンは時々いたが、ビジネスで成功したレプティリアンというのは初めてだった。彼はレプティリアンだけを集めた会社で事業を興し、見事にそれを当てたということだった。ネットでもこの起業家へのインタビュー記事がいくつか掲載されていて、その中のひとつで彼は、他のレプティリアン達の個人主義的な性質を批判し、レプティリアンであるという事実を言い訳にして変わろうと努力しない彼らを「甘えている」「怠け者」と遠慮なく言い放った。
つまりは、そういうことだ。
ダイバーシティや1億総活躍というスローガンは結構だと思う。しかし彼らが光り輝くためには霊長人のルールに従わなければならない。
現在、レプティリアンの法定雇用率は会社の従業員数に対して2パーセントと定められているので、従業員50人の会社なら、本来は最低でも1人のレプティリアンを雇わなければならない。だが、大企業ならばともかく、私の務めているような中小企業は罰則のないその制度を見てみぬふりしているのが現状だ。仕事量に対して人員が圧倒的に足りない。不器用で、霊長人の常識が通じないレプティリアンの面倒を見る余裕などありはしない。
私がレプティリアンについて多少なりとも勉強をしてきたのは、もしかしたら贖罪のつもりだったのかもしれない。少なくとも学生のときはその気持ちが強かったように思う。だが就職して社会人となり、日々の仕事を精一杯こなしていく中で、あの日、石を投げたことが間違っていたとは、段々思えなくなっていった。ほんの少しのすれ違いで袂を分かち、性別次第でまともな職にもつけず、友人が死にかけても逃げ、嘘の情報を疑いもせず、「悪」と認定された存在には堂々と暴力を行使する。そんなにも弱く儚い霊長人が、それでも力を合わせて築き上げてきた脆い社会。これは私たち霊長人のものだ。緑色の頭と大きなオレンジ色の目玉と3本しかない指を持った醜い生き物、私達のルールで私達と同じように働くことのできない化け物を受け入れる隙間など、どこにもありはしない。
パソコンの右下に表示されるデジタル時計が9時を示した。立ち上げたブラウザの中で映像が切り替わり、懐かしい『機甲戦士ロングホーン』の主題歌が高らかに鳴り響いた。ふと、画面の左端にこれから放映される全話のリストが表示されていることに気づいて、私はそのリストを下へスクロールした。第13話のタイトルは、やはりそこに含まれていなかった。
私は画面を見つめ続けながら、初めて購入してみた新商品の発泡酒を開け少しだけ口に含んだ。なんとも言いがたい妙な苦味が、ゆっくりと口の中へ広がっていった。
(了)
隣りのトカゲロン 野木 康太郎 @Nogiko0419
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