#003.闇の中の友情

「お楽しみいただけましたでしょうか? 本日のお会計は、お1人1380円となります。」

「じゃあ、兼政の分は俺持ちだから俺が2760円で、野本と池田は1380円だな。」


 隆二は財布から千円札を取り出しながらそう言う。


「じゃあ、俺はこれで……」

「私の分はこれで……」

「私はこれだけだね。」


 3人が受け皿に料金を置く。店員さんはそれを数えると、


「はい、5520円ちょうどですね。ありがとうございました。」


 と言って頭を下げた。俺たちは軽く会釈しながら店を出た。



「すっかり暗くなってるな……」


 店から出ると、俺はそう呟いた。この辺りは空気が綺麗だから星がよく見えるのだが、今日は特に多い。時刻が遅いというのも関係しているのだろう。


「もう10時半だし、暗いのは当然だよ。」


 彩夏ちゃんが少し俺を揶揄からかうようにそう言う。しかし、俺の脳内には彼女の感情がダイレクトに届くため、気がかりでしょうがない。


『暗い……怖い、怖いよ……誰か、誰か助けて……でも、どうせ誰も私のことなんか……』


 暗い道がただ怖いだけならこんな感情が聞こえる訳がない。暗い道と明らかに関係のないいじけた感情があるしな。元々彼女は明るく、隆二以外とは取り立てて仲が良くない俺とは違って友達も多い。特に、心結ちゃんとは親友とも言える程深い付き合いらしい。友達が多い人間は心にネガティブな感情が宿っても、友人が近くに居たりすれば感情がポジティブに戻る。だが、彩夏ちゃんはポジティブにならない。ということは、考えられることは1つだけだ。


「【友情の破壊者フレンドリーブレイカー】の心の浸食が始まってるな……」


 ナイトメアの心の浸食には色々パターンがある。沁み込んでいったり、砕いていったり、溶かしていったり。【友情の破壊者フレンドリーブレイカー】の浸食パターンは沁み込みだ。このパターンは一番厄介で、徐々に心と同化していくため気付くのが難しく、同化すると引き剥がすのが困難なのだ。魔狩人が狩れば跡形もなく消え去るので、狩れれば問題は無い。だが、何度も言っているように俺は今、狩ることができない。夢に入るスキルさえ【音声感情理解】のように復活してくれれば、【最上級魔剣術】は残っているので彩夏ちゃんの夢に入って狩ることができるんだが……


「送るよ。兼政もそれでいいだろ?」


 隆二に声をかけられて、俺はハッと我に返った。


「ごめん、聞いてなかった。なんか言ったか?」

「お前そういうとこちょいちょい抜けてるよな。女の子1人に夜道を歩かせるわけにいかねえから、俺が池田を、兼政が野本を送るって話だ。」

「ああ、そういう話か。勿論構わない。」


 俺はそう言うと、隆二の耳元に口を近づけ、


「とか何とか言って、実際は心結ちゃんと2人っきりになりたいだけなんじゃねえのか?」


 とコソッと言った。


「んなっ……バ、バ、バ、バカ言うんじゃねえ……そ、そ、そ、そんな邪なことを俺が考えてる訳が……」

「図星だな。まあ、流石に危ないから送らせて貰おう。じゃあ、隆二、心結ちゃん、またな。」

「うん、バイバイ。月村君、彩夏ちゃん。」

「バイバイ、滝本君、心結ちゃん。」


 挨拶を済ませると、俺と彩夏ちゃんは道を歩き出した。



「ねえ、月村君。この世界に慈悲ってないのかな?」


 帰り道の途中、急に彩夏ちゃんがこう俺に話しかけてきた。


「え? なに、突然。」

「だから、この世界に慈悲ってないのかな、って。」

「慈悲? 何でそんな事を思うの?」

「なんか、最近怖い夢ばっかり見てるから……」

「ああ、あの包丁持った人に追いかけ回されるって夢か。そういえば、昨日はその夢を見た?」


 俺がこう聞くと、彩夏ちゃんは首を横に振った。


「それが、昨日は見なかったの。月村君のおまじないのおかげかもしれない。またやって貰える?」

「うーん、やるのは構わないけど、ただの偶然だと思うよ。おまじないで気持ちが前向きになったのかもしれないし。」


 俺はそう言いながら、昨日と同じように彩夏ちゃんの手を取り簡易封魔術を使う。すると、俺の手に昨日より強い刺激が走った。ぬれた手でコンセントに触れた時のような痛みだ。


「抵抗が強まっている……この調子だとこの術式で封じられるのはせいぜいあと1週間くらいだな……心の浸食レベルも上がってるだろうし……」


 ナイトメアは憑いている人間の心の闇を利用して自らの力を増幅させていく。そして、最終的にはその人間の心を破壊し尽くし、その人間を廃人へと変え、死ぬまで闇を吸収し続けるのだ。


「うん、やっぱりなんかホッとした気がするな。ありがとう。」


 彩夏ちゃんはそう俺に礼を言うと、


「月村君、あのね、お願いがあるの。」


 と懇願するような目を向けてきた。


「何?」

「今日、私の家に泊まって行ってくれない?」

「え? 何で?」

「月村君が近くにいると、凄い安心感があるの。もしかしたら月村君には、悪夢を見なくする力があるのかもって思って。だから、お願い!」


 両手を合わせる彩夏ちゃん。こうまでされては断れない。


「……分かった。じゃあ、お言葉に甘えるよ。」

「ホント? ありがとう!」

「いや、お礼を言われる程のことじゃないよ。」


 俺はこう言うと同時に音声感情理解を発動。すると、


『ふふ、月村君が泊まってくれるなら悪夢見ないかな? でも、どうせおまじないだし……』


 なんかちょっとポジティブになっている。何で俺が泊まるくらいでポジティブに?


「まあ、ネガティブよりましか。」


 俺はそう呟くと、彩夏ちゃんに案内されるまま、彼女の家へと向かうのだった。

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