#002.悲しみの歌声
「お待たせ、隆二、彩夏ちゃん、心結ちゃん。」
翌日、動きたがらない体を無理やり動かして駅前の騎馬武者像の前に行くと、既に3人ともそろっていた。
「遅いぞ、兼政。」
「月村君、全然待ってないから大丈夫だよ。気にしないで。」
「ここに一番早く来てたのは彩夏ちゃんなのによくそんなことが言えるね。あ、私は1分前に来たから、本当の意味で全然待ってないよ。」
隆二たちは三者三様の返事を返す。
「さ、じゃあカラオケ行くか。もう予約はしておいたから、行けばすぐ入れる。」
そう言うと、隆二は俺たちを先導するように歩き始めた。
「いらっしゃいませ。カラオケ【ベストミックス】へようこそ!」
カラオケ店に入ると、カウンターの中にいた店員さんたちが一斉に頭を下げた。
「どうも、予約した滝本です。」
「少々お待ちください。確認致します。」
店員さんは近くにあったパソコンのような機械を操作し、
「確認致しました。滝本隆二さま、月村兼政さま、野本彩夏さま、池田心結さまですね。3階の大部屋、3001号室をご用意しております。フリータイムですが、閉店午後11時の5分前にお電話させて頂きます。」
と言って、隆二に部屋の鍵を渡した。
「分かりました。じゃあ行こうか。」
隆二はまた、俺たちを先導するように慣れた様子で店内を歩き始めた。
「今日も素晴らしい兼政の音痴ぶりが拝めると思うと気分が自然と高揚するぜ。」
「黙れ隆二。俺が歌が下手なの知っている癖にカラオケに誘ってくるのはお前だけだぞ。」
「別にお前の分は俺が出すんだからいいじゃねえか。」
「金の問題じゃねえよ! 毎回心に深い抉り傷負わせやがってお前は……」
部屋に入るなり口喧嘩を始めた俺たちとは対照的に、彩夏ちゃんと心結ちゃんは楽しそうに話し始めた。
「心結ちゃんはどんな歌を歌うの?」
「今日はリストアップしてきたの。彩夏ちゃんの好きそうな曲も書いてきたわ。」
そう言って心結ちゃんが取り出した紙には【ハッピーライフ】や【スマイルドリーム】などの明るい曲から【嘆きの滝】や【残酷な運命】など暗い曲まで豊かなジャンルの曲名が並べられていた。
「月村君も迷ったらこの中から選んでいいからね。」
「俺はダメなのか?」
「滝本君はカラオケ慣れしてるんでしょ? だったら歌を悩んだりしないだろうし。だから見せてあげない。」
そう言ってちょっと悪戯っぽく微笑む心結ちゃん。隆二が小さく舌打ちしたのは聞こえなかったことにしておこう。
「じゃあ、最初は俺から行くぜ。歌は、【血濡れた刃の乱舞】!」
いきなり隆二は物騒な題名の歌を選んだ。歌詞も題名同様かなり怖いセリフが並んでいる。当然、彩夏ちゃんと心結ちゃんはいきなりの選択にドン引きしていた。俺も若干引いたけど。
「最後の一撃がっ♪ 首筋を掻いたっ♪」
歌いきった隆二。得点は94.226。かなりの高得点だ。
「次は誰だ?」
そう言って隆二は初めて、俺たちが引いているのに気がついたらしく、半ば無理やり俺にマイクを押し付けてきた。
「仕方ねえな。じゃあ……【ドリームドリーム】にするか。」
俺は歌を選択。この歌は明るい曲調で、ちょっと高音が出し辛いがいい歌だ。何よりサビの【悪夢なんてぶっ飛ばせ】という歌詞が好きだし。
「幸せの~♪ 夢の流れに乗って~♪ 巡り合う~♪」
こう俺が歌いだした途端、隆二がバッグから耳栓を取り出して自分の耳に入れた。誘った癖にそれは酷い。
「うわー……」
明らかに彩夏ちゃんは汚物を見るような目で隆二を見ている。心結ちゃんも同じだ。なんかちょっと隆二が可哀想なので、俺は曲を中止。
「ごめん、いきなり難しいの選んじゃったから上手く歌えないみたいだ。先に歌って貰える?」
俺はそう言って彩夏ちゃんにマイクを回す。そして、彩夏ちゃんが選択した歌に驚愕した。歌のタイトルは、【悪夢に浸食されし心】。
「漆黒の闇から~♪ 生まれ出る冥の~♪」
かなり上手い。だが俺は言いようのない不安を抱いた。と、その時、脳内に機械的な声が聞こえた。
【スキル1回復。音声感情理解が回復しました。】
なんと、スキルが回復したのだ。音声感情理解は、声にこもった内なる感情を理解できるスキルだ。俺はすぐさまそれを使い、彩夏ちゃんの歌声に耳を澄ます。すると……
『怖い、怖いよ。なんでみんな、私の話を聞いてくれないの? 悲しい、悲しい、悲しい……』
ネガティブな感情がダイレクトに脳内に届いた。本格的にヤバい。昨日半ば強制的にナイトメアを封じたせいで、封印が解けたヤツが今まで以上の強い支配をしようとしているんだ。
「悪夢に~♪ 呑まれた心が~♪ 闇に埋まる~♪」
彩夏ちゃんが歌い終わった。得点は99.989。凄い高得点だ。だが、俺は心の声が気になってしかたが無い。
「次は私ね。」
心結ちゃんが歌っている間も、マイクが2周目に入っても、5周目に入っても、10周目に入っても俺は上の空だった。マイクが30周しても、彩夏ちゃんの歌声には常にネガティブな感情がこもっているし、俺が歌う時に隆二は耳栓をするし。
「これは本格的にヤバい……何とかしないと完全に呑まれちまう……俺の心もどんどん深く抉られる……」
しかし何度も言っているように、俺に何とかする手段はない。俺はまた無力感に打ちひしがれるのだった。
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