第1章:野本彩夏と魔狩人

#001.異世界人の苦悩

「あー、クソッ! 悩んでる人間を助ける力があるのに全然使えないとか、何で俺はこんな世界に来ちまったんだ、全く!」


 俺は自分の部屋でそう叫んだ。俺の家は街のはずれにあるアパートだ。築30年を過ぎているので家賃は安く、俺のアルバイト収入でも払える。まあ、今はそんなことより悪夢についてだ。


「ナイトメアの奴ら、人の夢を改変して苦しめて何が楽しいんだか。思考回路が理解できねえ。」


 ナイトメアというのは人の夢を荒らし、悪夢を見せる存在のことだ。そして、俺はそれを人知れず狩る魔狩人。……別に頭がおかしくなったわけじゃないぞ? 俺は元から異世界人であって、現代日本の人間じゃないから。

 事の発端は今から4年前、14歳になってすぐの頃だ。あっちの世界では12歳で独り立ちとなり、職業を選ぶ。俺は悪夢を見るのがとても嫌だったので、ナイトメアを狩る職業、【悪夢の魔狩人ナイトメアハンター】になった。危険も多い職業だが、俺はやりがいも感じていた。ナイトメアを狩れば、それだけ悪夢で苦しむ人が減る。悪夢から解放された人たちを見るのが好きだった。だが、そんな日々は突然終焉を迎えることになる。


 ――次元衝突


 異なる次元にある2つの世界がぶつかることだ。数百年に1度くらいで起きるその衝突。普通なら異世界に渡ってしまうなんてありえないのだが、俺はその衝突のタイミングに丁度ナイトメアと戦っていた。夢の世界は不安定且つ繊細。次元衝突によって俺がいた夢の世界は粉々に砕け散り、俺はこの現代日本へとリープしてしまった。それ以後、俺は魔狩人のスキルをほとんど使うことができず、ただの一高校生として学校なるものに通い、学びを受けている。それ自体は別に退屈でも何でもないが、今日のように悪夢に苦しんでいる話を聞くと、魔狩人であるにもかかわらず狩れない自分の無力感をひしひしと感じてしまう。残っていた3つのスキルのうちの1つ、【簡易封魔術】で彩夏ちゃんに憑いていたナイトメアを一時的に封印したが、あくまで簡易的なものの為、長くは持たない。しかも、彼女に憑いているナイトメアはナイトメアの中でも比較的強めの力を持つ【友情の破壊者フレンドリーブレイカー】だった。奴を封印するのに【簡易封魔術】は分不相応。弱い奴なら1週間くらい持つのだが、奴の場合はせいぜい持って1日。今日は悪夢を見ないで済むかもしれないが、明日からまた悪夢に精神を削られる日々が始まってしまうだろう。


「【友情の破壊者フレンドリーブレイカー】は耐久力も高いから、特に面倒な相手だし、奴に憑かれるとどんな発言でも過敏に反応しちまうんだよな。冗談を冗談と受け取れなくて引き籠っちゃったりとか……まあ、今日の彩夏ちゃんを見てる限り、まだそんな重症化してないみたいだけど、奴は心への浸透も上手いし、放置しとく訳にはいかない。」


 しかし、今の俺は奴を狩り、消滅させる術を持っていない。夢に入るスキルも、ナイトメアを狩るスキルも、ナイトメアを強力に封印するスキルも、ナイトメアを消滅させるスキルもすべて失ってしまっているからな。


「スキル戻ってないかな……ステータススキャン!」


 俺は自らのステータスを確認するスキルで自分を確認してみる。しかし、その結果は、


月村兼政

職業:高校生

レベル:200

スキル:暗記習得

    簡易封魔術

    最上級魔剣術

    ステータス確認

(残り入手可能スキル数:196)


 という、なんとも悲惨なものだった。因みに暗記習得というスキルはこっちに来てから新しくついたものなので、こっちの世界でもスキルを入手できないということは無いのだろう。隆二や彩夏ちゃんも、気付いていないみたいだがスキル持っていたし。……勿論見たのはかなり昔だぞ? 盗み見がいけないことだなんて知らなかったからな。


「どうにか戦闘用のスキルをあと2つくらい取り戻したいよな……ナイトメアを狩らない限り、悪夢は消えないんだから……」


 悪夢は心を蝕んで精神を削り、心も体もズタボロにする。悪夢を消す方法はナイトメアを消すか、ナイトメアが憑くのをやめるか、ナイトメアに憑かれている者の命が尽きるかだ。ナイトメアは害悪しか与えない存在だから狩るのは構わないのだが、何度も言っているように今の俺では狩れない。


「伝説級の武器だって使えるのに、夢に入るスキルが使えないんだから斬ることも狩ることもできない……魔狩人の癖に無力だな、俺は。」


 今日何度目とも知れない溜息を吐く。


「せめてエレキソードぐらい使えないもんかね……」


 俺は部屋の隅に置いてある数々の剣を見た。そこにはフレイムソード、アイスソード、エレキソードなどの各種属性剣やナイトメアブレイカーというナイトメアハンター専用の大剣、挙句の果てにはその昔、何百何千という数のナイトメアを狩ったと言われる伝説の魔狩人の名を冠したレドムントの剣など、異世界にいた頃に俺が使っていた武器が所狭しと並べてある。だが、こんなもの、ナイトメアを狩れない今の俺には何の価値もない。


「悪夢で苦しんでる人を救えないんじゃ意味がないだろ! 俺は何の為に魔狩人になったんだよ!」


 そんな答えのない問いを叫びつつ、俺は床に就く。明日はカラオケか……憂鬱だ。

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