第三節

右馬佐、発奮する (1835字)

 うちぎは山吹と紅梅、薄朽葉かさねをちぐはぐに着こなす妙な配色にて、早朝とは言え、なにやら着ぶくれしたご様子。髪だけはかわいらしげに整えていらっしゃるが、逆にそれが全体不調和の感じを強めてしまって、まさしく残念の極みと申す他はない。年の頃は静姫しずひめ様よりも三つほど上だろうか。こんな姫が赤袴を蹴立てるようにノシノシやってこられると、


「どう? 結構な品が集まったかしら? ふふ」

 あたりをじろじろねめ回して、新姫あらひめは落ち着かぬ様子を振りまく。


 すんでのところで貝を隠しおおせた静姫は、

「まだまだ、簡単にはいきませんわ」

 穏やかに応じられる。


「またそんな。油断ならないからね。どこかに隠してるんじゃない?」

 気品のかけらも無くあたりを探ろうとする新姫を、女童たちが小声で悲鳴をあげながら避ける。

「ひぃ」

「あれ」

「ふん。まあいいわ。明後日が楽しみね。こちらも思いっきり探し回っているから、せいぜい頑張ってみてね」


 捨て台詞を残し、新姫は足音も高く帰っていく。右馬佐はあっけにとられている。


(なんだこの姫は。痛いほどの荒々しさではないか。我が姉どもとてここまではなさらぬ、憎らしいふるまい。こんな姫を勝たせてはいかん。いかんぞ。どうにかして静姫様をお助けせねば)


 嵐の過ぎ去った後に似て、簀の子では静姫も侍女も女房までもが、皆うつむいて黙っている。一陣の暴風に生気を奪われたかのようだ。そしてまたも嘆き出す。


「東の館からわざわざおいでなさるとは」

「やれ悔しや、あのようながさつな方に」

「かくなるうえは、神仏のお力もお借りして」


 その言葉に、静姫がお顔を上げる。

「母上が大切になさっていた観音経におすがりしましょう」


 ここで女房が座を整える。

「それでは姫様、今日はこちらの方角が観音様にお近くなります」

 またしても、姫のお姿が見栄え良く映える角度へと座る位置を調節し、

「観世音菩薩様、なにとぞ、なにとぞ!」

「なにとぞ、なにとぞ、お守りくださいませ!」

 皆で合掌して頭を垂れ唱和する。


 こうした一連の様子を目の当たりにし、いよいよ義憤にかられた右馬佐は、口元を扇にて隠しながら、つい、つぶやいてしまった。


  かひなしと何なげくらむ白波も君がかたには心よせてむ

  (貝が無い、祈っても甲斐が無いなんて、なぜお嘆きなさるのか。かたに打ち寄せ   る白波のように、私はあなたがたに心寄せて、お助けいたしましょう)


 口に出したとたんにハッとして、右馬佐は後悔する。見つかったか?


 姫も女童たちも、合掌したままきょとんと顔を上げる。

「え、いま何か」

「嘆くなと?」


 女房はここぞとばかりに声をたてる。

「あなや! これはきっと、観音様のお導きに違いありませぬ! ありがたや!」

「ありがたや、お守りくださいませ!」

「ああ、うそのような、うれしいけれど恐ろしいような……」

 合掌する姫は祈りの通じた喜びに目元を染めて、そのかんばせをほころばせておられる。まったく可憐このうえないお姿である。周りでは、女童も女房も伏し拝むようにして祈っている。

「この天井の組み入れから貝でも落ちてきたら」

「そんなことになりましたら、まことにみ仏のご加護と思えますね」

 面を伏せて合掌しつつ小声で話し合っている侍女の姿も、仏のような視点から見渡している右馬佐にとっては面白く感じられるのだった。


◇ ◇ ◇


 屋敷から抜け出した右馬佐は小路を我が家へとたどりながら、戦略を練り始めた。貝を展示する漆塗りの台、州浜にしても、美しいだけではなく何かしら凝った趣向が必要になる。右馬佐はつぶやく。

「貝と言ったら、やっぱり、そうくるかな……」

 ぱし、ぱし。我知らず、畳んだ扇を左手の平に打ち付けている。


 ああ、またしても、お節介の虫が。そうとも言えず、光豊はおずおずとうかがってみる。

「何か、よきお知恵が、浮かびまして」


 歩みを緩めず、供人の顔つきなどもはや目の端にもかからぬ様子にて、右馬佐はひとり言のように語り出す。


「……うむ。立派な貝が集まることは目に見えている。そこにどうやって〈なるほど、これは〉と思わせるような仕掛けを入れるか。ひねりを加えるか。ここが工夫のしどころなのだ。うん、やはりな、故事来歴をさりげなく入れて、評者の関心を刺激するのだよ。そうだ、それにしよう! 今日明日は匠どもに働いてもらうぞ。よくある州浜を改造すれば、なんとか形になるだろうよ。うははは」

 ウマのお兄様は何事か素晴らしい策を思いつかれたのだろう、足早になっておられる。


「ひねりでございますか」

 さっぱり分からぬ顔つきの光豊であった。

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