少女の七夕

暑い夏の日のことだった。

 少女はランドセルの中を何度ものぞき込んでは、辺りを見回して何かを探していた。いったいいつからないのだろう。

 気が付いたのはつい先ほどだ。宿題を終えた少女は、明日の準備をしておこと、ランドセルに教科書やノートを詰め込んでいた。連絡簿とファイルを入れる時、家に着いてはじめ見た時には入っていた紙がなくなっていたのだ。

それは七夕の短冊だった。

 今日の帰り。先生のお話は、明日の七夕の短冊を書いてきてくださいというもので、少女は小さな色紙がぐちゃぐちゃになってしまわないよう、他のプリントと一緒にまとめてファイルへ入れたのだ。少女は最後に見た記憶を掘り起こす。もしかしたら、ファイルからプリントを出した時に落としたかもしれない。そう思った瞬間、少女は急いでリビングへ向かった。しかし食卓の上に置いたプリントの間にも、その下にも、どこにも短冊は見当たらなかった。

 それから、短冊は男の手を介して少女の元へ帰ってきた。いったいどこにあったのかと聞くと、食卓の下に落ちていたそうだ。少女が探した時に見つからなかったのは、男が背の高いカウンターの上に置いたからだった。

 安堵の息をこぼす少女は、しかし次の男の言葉に息が詰まる思いがした。

「キミ自身の願いを書いて良い」

そう言って少女を見つめる男の目は、何もかもを知っている。そう思わせるものだった。

『おじさんが ずっとげんきですように』決して嘘ではなかった。しかしそれは、隣の席の子を真似ただけで、少女の本当の願いでないことは確かだ。

 少女はなぜだか、すっかり男にバレている気がした。書き直した方がいいのだろう。そう思っても、少女には書くことができなかった。

 なぜなら少女の本当の願いは、きっと書いてはいけないものだから。それを見たおじさんを、悲しませるかもしれない。困らせてしまうかもしれない。怒らせてしまうかもしれない。

 だから少女は翌朝、願い事を書き換えながらそれを心の中にだけでそっと留めた。

 その願いが夜には叶えられることを、その時の少女はまだ知らない。

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きっかけ 春野 涼 @ibu

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