青いひまわり

浅海咲也

第1話

 俺は天野聖二。

 高校で美術担当の教師をしており、また、美術部の顧問でもある。


 その美術部に、鳴沢あかねがいる。


 あかねは従妹で、3年生。

 この秋に部活は引退だ。

 3年生は、秋の文化祭での作品発表を最後に、引退することになっているのだ。

 今は、それに向けて作品を仕上げているところだ。


 それなのに。


 あかねは1学期の終わり、とんでもないことを俺に言ってきた。


『あかね、聖ちゃんが好き』


 放課後の美術室。

 部活も終わって片付けた後で、他には誰もいなかったからそんな雰囲気になったのか。

 赤の絵の具を落としたみたいな空の色が印象的過ぎて、忘れることが出来ない。


 子供の頃から可愛がってきたあかね。

 俺だって嫌いじゃない。

 だけど、あかねの気持ちには応えられないんだ。


 それを伝えれば、あかねは笑った。


『嫌いじゃないならいいよ。わたしは好き』


 そう、言って。

 花が綻ぶように。曇りの無い笑顔だった。


 あかねは少し独特の感性を持った子で、周りに言わせると『ちょっと変わった子』なのだそうだ。

 そんなあかねと俺の血縁関係は、学校側には内緒だった。


 今は夏休み。

 授業も無いので、部活の方に専念できる。

 あかねは肩まである髪をひとつに束ね、キャンバスに向かっていた。

 テーマは『花』。


 黄色の背景に、赤いひまわり。


「先生、どうかな?」

「前衛的で良いんじゃね?」

「それって、ダメってこと?」

「そんなことねーよ。これがお前らしさだろ?」


 言えば、あかねは照れ臭そうに笑った。

 くしゃりと髪を撫でてやる。


 あかねを嫌いじゃないと言ったのは嘘じゃない。

 むしろ、こんなに無邪気に慕ってくれるあかねに惹かれていた。

 けど、今の俺たちの関係は『教師と生徒』。

 たとえ従兄妹であってもダメなのだ。



 そんな時。

 事件は起こった。



 ある朝、美術室へ行くと、あかねのキャンバスが何者かに引き裂かれていた。

 あかねはその前に立ち、じっとキャンバスを見つめていた。

 泣くでも、怒るでもなく。

 ただ静かに見つめる。

 そんな様子を、他の部員たちは囲むようにして見ていた。


 また描けば良いじゃないか。


 そんな軽い慰めの言葉は掛けられなかった。

 あかねがどんなに頑張ってあの絵を描いたか、俺は知っているから。


「鳴沢……」


 触れようとした小さな身体が、不意に動いた。


 黒板に向かい、おもむろにピンクのチョークを持つと、カッカッと音を立て、黒板を染めるように線を描き始めたのだ。

 何も言えず、ただ見守る中に描き出されたのは、黒板いっぱいを使った、ピンクの中に咲いた、水色のひまわり。


 青い花は昔、禁忌とされた。


 彼女は知っているのだろうか。

 あかねが卒業するまでは、と、封じ込めたこの想いを。


 今日は部活をする気にはならないだろうと、犯人探しをする訳でも無く、全員を解散させた。

 その上で、俺はあかねを呼び止める。


「あかね。青い花の花言葉が、昔は禁忌だったって知ってるか?」


 そう、尋ねてみれば。


「禁忌?」


 あかねからは、きょとんとした問い返し。


「禁断とか、許されない恋……とか」

「それって、うちのクラスの小川くんと藤森くん?」

「は?」

「あのね、男の子同士なんだけど、付き合ってるんだって!」

「…………」


 それは確かに禁断だけれど、俺が言いたいこととは違うのだ。

 それから俺は仕事を終わりにして、ちょうど昼前ということもあり、あかねを誘ってハンバーガーショップへと行った。

 まさかそこで、件の小川と藤森カップルに会うとは思わなかったが。



「げ、天野」


 呟くように言ったのは小川だった。

 4人席を陣取った上で、敢えて並んで座る、いわゆる恋人座りをする2人。

 俺は、2人分のバーガーのセットを乗せたトレイを持ち、わざとらしく相席してやった。


「ちょ、なんで相席!?」

「あれ、鳴沢?」

「あー、小川くん、藤森くん。ちわっす」

「なんで天野と鳴沢? ってか、天野、犯罪じゃね? 生徒に手ぇ出すなよ」

「残念だったな、小川。こいつは従妹だ」

「へ?」


 突然のことに事態が飲み込めないらしい小川の動揺を他所に、俺はあかねに飲み物のカップを渡す。


「イトコとか、聞いたことないんだけど?」

「別にわざわざ言うようなことでもないだろ? それより……」


 そこでわざと言葉を区切って、声を潜めて言ってやる。


「お前ら、付き合ってるのバレたくないんだったら、こういう場所で恋人座りは止めろ」

「…………っ! うっせぇよ! 行くぞ、藤森!」


 自覚はあったのだろうか、小川はズカズカと先を歩き、藤森はこちらにペコリと頭を下げて小川の後を追う形で、2人は店から出ていった。

 それを確認して、俺はあかねを、2人が座っていたソファの席の方へ移動するように促した。

 あかねは、俺に言われるままに移動して、ようやく落ち着き、2人してハンバーガーをぱくついた。

 そんな中で、俺はあかねに話を切り出す。


「あかね……。お前、前に俺に言ったこと覚えてるか?」

「前に?」

「お前の、好きな人の話だよ」

「うん、覚えてるよ。わたしは聖ちゃんが好き。今も大好き」

「……お前、待てるか?」


 我ながら、おかしなことを言っていると思う。


「聖ちゃん?」


 一度は拒絶した、あかねの気持ち。


「俺は教師という立場上、あかねの気持ちには応えられない。お前が、卒業するまでは」


 それなのに、こんな人目がある場所で、こんなことを言うなんて。


「お前、卒業するまで、待てるか?」


 黙って俺の言葉を聞いていたあかねだが、意味を察したのだろう。ふわりと笑う。


「待てるよ。待ってる。だって聖ちゃんは、あかねの初恋なんだからね!」


 そう言ったあかねの笑顔はやっぱり花のようで。

 まるで、ひまわりのようだと思った。


青い花の花言葉。今のそれは、奇跡。



【END】

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青いひまわり 浅海咲也 @asamisakuya

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