彼が彼女に勝てるもの

@sheeper

第1話 だって悔しいだろ?

 最近の男子高校生(16才)の平均身長をご存じだろうか?

 ざっくりで170cmだそうだ。

 なるほどなるほど。早い者なら成長期のピークを終え、中には真っ最中な者もいると考えれば、まぁそんなものかもしれない。

 だがこんなのは平均値だ。

 目安の一つだ。

 実際はでっこみひっこみがあり、統計的に語るなら標準偏差も出さなければ数値を信用できないのだ。

 だから、

 つまり、

 何が言いたいかというと、

「君、160cmしかないの?」

「ああん!? 誰がチビだコラァ!!」

 高校入学式から3日目。俺は人生最大の屈辱に襲われていた。

 それは個々人のプライバシーをづけづけと暴く倫理観を疑う行事。

 それは成長記録という名目でクラスのヒエラルキーを勝手に築く圧政。

 そう、


 身体検査である。


「チビだなんて、言ってないよ? うん、チビなんて言ってない」

「言ってんだろーが! 2回も! おい! 笑ってんなよデカ女!」

 地獄の測定を終え気が緩んでいた。

 命よりも重要な情報が記された健康カードをよりにもよってこいつに拾われ、あまつさえ中身を見られてしまうとは。

 こうしてお互い向かい合って立っているだけで俺のSAN値はナイアガラの如き勢いで減っていく。

 分かるだろうか? 同年代の、同じクラスの女子を見上げなければならない屈辱が。

 聞こえるだろうか? 堪えきれないとばかりに漏れる笑い声が。しかも俯くことで顔を隠そうとしているようだが、見上げている俺からはその真っ赤な顔と目尻の涙が筒抜けだこの野郎。

「・・・・ふぅー、うん。あ、これ返すね」

「他に言うべきことがあるんじゃないんですかねー!」

「・・・・? ! 大丈夫、まだ希望はあるよ」

「よーし買っちゃうぞー。その喧嘩買っちゃうぞー。いくらかな? 全財産かけても謝らせてやる!」

「面白いねー、君・・・ぷくく」

 普段の俺ならその笑顔に少しはドキッとでもしたかもしれない。

 数か月前まで中学生とは思えない大人びた風貌。

 母さんと同じ性別なのか疑問に思うくらい整った顔立ち。

 肩まで伸ばしたセミロングの黒髪から香る甘い匂いに、周囲の男子から中毒患者が出そうな勢いだ。

 しかし。

 しかしだ。

 ある一点が駄目だ。

 まったくもって赤点だ。

 そこさえクリアできていればラブなコメディが始まっていたかもしれないが、そんなものは虚数の彼方だ。

「あ、因みに私の身長は175cmだよ」

「何で今それを言った? 定量的比較をせざるをえねぇじゃねぇかどうしてくれる! 俺のこのリビドーをどうしてくれる!」

 ああ、聞きたくなかった。

 その数字だけは聞きたくなかった。

 だって知れば差が分かるから。

 知らなければ『あいつと俺の身長差? さぁーなー、大体10cmくらいじゃね?』という曖昧回避が可能だったのに! それを! こいつは! 悪魔のような笑みで遊び半分に潰したんだ!

「じゃあ、別の方法で白黒つけよう」

「は?」

 デビルサイズな胸の前で錬成すように手を合わせた女は、あな名案とでも言いたげな表情で俺を見下ろす。

「君は私に身長を馬鹿にされたと思って鬱憤を晴らしたい。私は面白そうだから君をからかゲフンゲフン観察したい。ね? win-winでしょ?」

「からかってなんだよからかって。まさか揶揄うって」

「勝負は交互に決めよう。最初は挑戦者たる君に譲ってあげよう。勝負はいつふっかけてもらっても大丈夫だよ」

「聞けよ人の話!」

 楽しそうに、それこそ久しぶりに会った幼馴染と遊ぶようなテンションで語る奴に、俺は若干ながら困惑していた。

 第一印象が大人しそうとか、別世界の住人とか、そんな風に思っていたからだろうか。

 見た目と異なる振る舞いにギャップを感じ、それまで静観していたクラスメイト共が猛ってファンクラブが設立しそうな勢いだ。

 が、

「どうする? 逃げてもいいんだよ?」

「はっ、誰が? 逃げるって?」

 蠱惑的な煽りを蹴散らす様に、俺は改めて敵を見据える。

 覚悟を完了させる最中、弱い心が語りかけてくる。


 こんなことして何の意味があるんだ? 勝とうが負けようがお前の身長が伸びるわけでもないし、寧ろあいつを敵にまわすと今後の学校生活に支障をきたすぞ。


 ほうほう。流石俺だ。実に冷静かつクレバーにものを語ってくれる。

 ではこう返させて貰おうか。


 だって悔しいだろ?


 自分でどうにもならないことで優劣が決まり蔑まれるなんて、納得いかないだろう?

 勝手に指差されて『お前、あいつ以下』とか言われて、はいそーですかなんて悟れるわけがないだろう!

 何かで勝てないから他の全部諦めるなんてあり得ないだろう!!

 これは俺の今後を決める分水嶺だ。

 勝って自分を誇れるか。

 負けて上から理不尽に潰されるか。

 どちらに転ぶにしろ少なくとも、

「やる前から引くなんて、論外だ」

 周囲から浴びせられる好奇心とも敵愾心ともとれる視線のシャワーを浴びつつ、俺は宣戦布告する。

「あり合わせで申し訳ないが、越えさせてもらうぞ」

「・・・・いーですねー、やっぱり面白いですねー」

 そうして今ここに、下剋上を果たすため一人の男の孤独な戦いが火蓋を切ったのだ!

「なぁ、あいつ。チビとか以前に」

「馬鹿だよなぁ」

 外野! 煩い!

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