ばけばけっ☆ side B

永遠の中級者

少女と挑む怪事件

この世にはあやかしというものが存在する。

俄かには信じがたいがこれは事実なのだ。

妖は普段は不思議な力で身を隠し、

陰でその姿が見えるもの・力を持つ者を捕食するとされている。

では、妖に狙われた時どうすればいいのか、対抗策がないわけではない。

一部の子ども達の間である噂が流れている。

“街外れの廃れた商店街の中にあやかし絡みの問題専門のはらなる店がある”・・・と。




『では、次のニュースです。本日未明、T県の◯×市にて女性とみられる遺体が発見されました。遺体には頭部がない為、連続不審死事件との関係があるとされ――』


「これで6人目ねぇ、怖いわねぇ」


TVでは今話題の連続事件のことが報道されている。

一週間ほど前から騒がれ始め、被害者の関連性などが解明されておらず、自殺のように思えないこはないが、遺体には必ずと言って頭部がないことから、頭蓋骨マニア、サイコパスの犯行、などの推論が囁かれているが真相は判明していない。


「アンタは大丈夫だろ、肝据わってるし」

「まぁ!涼ちゃん、母親に対して失礼ね」

「ごちそうさま、行ってきます」


付き合ってられないとばかりに早々と片付けて学校に登校する少年――久松ひさまつ涼平りょうへい、高校1年生。

歳の割に冷めていると言われる涼平にとっては世間を揺るがす怪事件すら現実味が無さ過ぎて興味がないのである。

本当に肝が据わっているのは涼平の方かもしれない。



高校でも連続事件の話で持ちきりだった。

それはそうかもしれない。

事件が起こっている◯×市は隣町であり、いつこちらに来てもおかしくないのである。


「なぁ、例の事件どう思うよ?」


席に着いた涼平にすぐさま話しかけてきたのは前の席で親友の東屋あずまや章大しょうた

思いきりは良いが変なところでバカである。


「どうって何がだよ」

「変とは思わねぇか?あの死に方」

「死に方って・・・」

「なんで頭ばっかなくなってるんだ?自殺だったら残ってるはずだろ?」

「だから不審死って言われてるんだろ」

「いやまぁそうかもだけどさ、第三者が持ってったとしても頭なんて邪魔じゃね?」

「・・・何が言いたいんだお前は?」

「これってさぁ、犯人人間じゃねえ気がすんだよ」

「馬鹿馬鹿しい、じゃあ何だってんだ?」

「・・・妖怪とか?」


その時チャイムが鳴り授業が始まったが、先程の話で涼平の中では何かが引っかかっていた。



学校の帰り道、涼平は章大との会話を思い出す。

言われてみれば変な部分があるというのは理解できる。

もしサイコパスの犯行だとしても、殺すならわざわざ頭ばかりを狙わなくても心臓を一突きにすればそれだけで終わるはずだ。

証拠を残される可能性を嫌ったというのはあるかもしれないが。

第三者が持って行ったとしても頭など持ってたら目立つはずだ。

馬鹿馬鹿しいとは言ったが、犯人が人間じゃないというのは否定しきれない気がしてきた。

そんなことを考えていた時、ふと涼平は自分の背後に妙な気配を感じていた。


「(見られている?いや、つけられてる?)」


確認の為に振り向くが、そこには誰も居ない。

それなのに先程よりも視線を強く感じる。

不思議に思っていると、ふと涼平の頭に章大の言葉がよぎる。

『・・・妖怪とか?』

信じられないが、この感じを説明するにはそれが一番分かりやすい。

だが、もしそうだったとしても涼平には明確な対処法はない。

今は下手に関わるよりも逃げることが賢明だと判断し涼平は走り出した。



走っても走っても変わらず気配を感じる。

それどころか涼平は違和感を感じていた。

見知った町、土地勘はある、なのに未だに家には着かない。

走れども走れども知り合いにも会わない。

離れていっている気さえする。

この状況で考ええる可能性は―――迷わされている。

信じがたいが涼平はそう結論づけた。

それはそれでどうしたものかと悩んでいた涼平は気が付くと廃れた商店街の前に居た。

いつの間にか感じていた気配もなくなっているようだった。

警戒しながらも商店街の中を行く。


「・・・こんな場所があったのか」


そこは人の気配がなく、まるで昔に迷い込んだような古い建物が立ち並び、その多くが閉まっている、ないし、無人だった。


「なんつうか・・・不用心だな・・・ん?」


無人の建物が並ぶ中、一つだけ中から音が聞こえるものがあった。

その建物は昔の駄菓子屋のような風情を感じさせ、看板には上から“はら”と書かれた紙が貼られていた。


「祓い屋?・・・どっかで聞いたな」


名前に憶えがあり、涼平は記憶を掘り起こす。

前にクラスの女子が言っていたのを思い出す。

あれはたしか・・・

“街外れの廃れた商店街の中に妖絡みの問題専門の祓い屋がある”

そうかそれだ、と思ったがまさかほんとに存在して自分が来ることになるとは思わなかった。

折角だと思い涼平は店の中を覗く。

店内は懐かしさを感じるような駄菓子や文具が並んでいて、ある意味初めに受けた印象通りだった。


「あれ?誰かいると思ったんだがここも無人なのか」


期待が外れ、店から出ようとした時―


「へぇ、人間の客とは珍しいね~」


声がして反射的に振り向くがそこには変わったものはなく、あるものと言えばなぜか置いてある木魚ぐらいで・・・。


「これこれそんなに見るでない恥ずかしいわい」


突如その木魚が動き出し、煙をまき散らして店内を包む。

煙が晴れるとそこには髭の生えた達磨のような顔の生物が居た。


「うわ!なんだお前!」

「失礼な小僧じゃのぅ、儂は木魚達磨。見ての通り妖怪じゃ」


その生物――木魚達磨は自身を妖怪と言った。

これが本物の妖怪、涼平はまじまじとその姿を見る。

その姿は意外と平凡と言うか、はっきり言って弱そう。


「なんじゃいさっきから・・・それより何の用じゃ小僧」

「いやあの・・・ここって何?」

「ここは見ての通りじゃ」


見ての通り、駄菓子屋兼文具店とか言いたいのか?


「表に書いてた祓い屋ってのは?」

「字のままじゃ。妖を祓ったりする仕事じゃよ」

「祓うってアンタが?」

「いいや、それにはそれの従業員が・・・っと言ってたら来たようじゃ」


木魚達磨がそういうと店の戸が開き、そこには、肩まである漆黒の髪のランドセルを背負った高学年ぐらいの少女が立っていた。


「お客さんですか?人間の」

「ああそうじゃ、っとこの子がさっき言っとったウチの祓い屋の烏真からすまあおいじゃ」


この少女が例の祓い屋、祓い屋というのだからもっと専門的な人が出てくると思っていた涼平からしてみれば、その姿はどう見ても小学生であり拍子抜けである。


「君が本当に祓い屋なのか?」

「はい、そうですが?」

「どう見ても小学生・・・てか小学生が働いてたら法律うんぬんが」

「それは“表”のルールじゃろ?“裏”の世界には関係ないわい」


“裏の世界”その言葉が裏方などの意味ではなく、妖の世界を意味しているのだろう。

その言葉からはとても危険を感じた。


「それで・・・なにかご依頼ですか?」

「なぁ・・・一つ聞いていいか」

「はい」


涼平の頭に先ほどのことが蘇る。

確証はないが、あれがもし例の連続事件と同じ犯人もしくは関係があるとするならば、ここで言えば全て解決するのではないか?だが違っていたら解決はしない、だけど駄目もとで依頼する価値はあるのではないか?

迷いながらも言ってみることに賭けることにした。


「最近騒がれてる連続不審死事件のことは知ってるか?」

「いや、儂らは依頼は受けるが自分からこちら側と関わろうとはしないからのう」

「私もつい先ほどまで向こうにいましたので存じません」

「隣町で6人がられた、自殺の線もあることはあるが、遺体には必ずといって頭がなく、第三者が持ち去った可能性などがある」

「そりゃ物騒じゃのう」

「それと同じ奴かは分からねえけど、ここに辿り着く前俺も変な視線を感じた。後ろには誰もいねえのにずっとついてきた」

「ふむ、前者はまだ断言できんが後者は妖じゃろうな」


やはりそうだったのか。


「前者も可能性はある、もしかすると同一かもしれんがなにせ情報が足りん。

小僧がられるのが手っ取り早いんじゃが」


何言ってるんだこの木魚は、同一犯なのか知るために餌食になれと言うのか。

冗談じゃない。


「では、依頼は連続事件の捜査及び身辺警護ということでよろしいですか?」

「ああ」


少し大袈裟な言い方な気がしなくもないが別にいいか。

もし同一犯なら自分も一応被害者だ、妖だろうが何だろうが最後まで付き合おうと涼平は心に決めた。

その後、祓い屋の護衛の下、無事に家まで送られた。

だが次の日の朝、7人目となる頭のない遺体が発見される。

発見された場所は涼平の通う高校だった。



「まさかうちの生徒がられるとはな」


そう語るのは第一発見者でもある章大だ。

珍しく早く登校し暇を持て余していた彼が気分転換に屋上に行こうと階段を上っていた時に踊り場で遺体を発見したらしい。


「他に誰も気づかなかったんですか?」

「そうらしいな、踊り場といっても上側だから実際に上ってみないと見えづらい・・・ってなんでいるんだよ!」


そう叫んだ涼平の隣には先ほど学校の前で別れたはずの烏真からすまあおいが何事もないかのような顔で立っていた。


「私の学校は今日休みなので外で待機してました。そしたら警察が来てなにやら騒がしくなったので様子を見に来ました」


ちなみに涼平たちの通う学校はこの事件で授業どころではなくなり、すでに登校してきた生徒及び職員を除き、帰宅もしくは自宅待機となった。

学校に残された面々は事情聴取及び犯人がいた場合逃がさない為である。


「涼平、誰だその子?まさかお前・・・」

「ちげーよ、こいつはあれだ、えっと、探偵みたいなやつだ」


我ながら雑な言い方だ。だがあながち間違っていないだろう。


「へー、こんな小さいのにか・・・っとまたか、わりぃ、また聴取だ、行ってくるわ」

「おー、言って来い」


このように先程から章大は何度も呼び出されている。

第一発見者は証人であると同時に一番疑われやすい立場ということか。


「妖の仕業だと思われます」


慣れているのか慌てる様子もなく少女は冷静に述べる。


「やっぱりそうなのか、なら一件の連続事件は」

「恐らく。あれが今までと同じ状態だというのならそういう事でしょう。先程遺体を見てきましたが、あの傷口からして食べられたのだと思います。現に、あの遺体には妖気が残されていました」

「なら、今迄の遺体に頭が無かったのは、持ち去ったんじゃなく頭から喰われたからなのか」

「はい」

「結構な証拠じゃないか」

「ですが、言っても信じませんよ、普通の人間は」

「そこなんだよなあ」


一連の連続事件の新たな手掛かりが分かりはしたが、それを警察に伝えても、はいそうですか、と信じてくれるわけはない、適当にあしらわれるのがオチである。


「じゃあ、自分たちで解決するしかないのか」

「はい、ですがご安心ください、そう時間はかかりません。

犯人はまだ近くに潜んでいる可能性があります」


それはそれで何処に安心できる要素があるというのだろうか。

不安だったからなのだろうか、その時の葵が少し悪い顔をしているように見えたのは。


「ですので少々釣りをしようと思います」


この子は悪魔ではないだろうか、と涼平は割と真面目に思った。



その後の警察は特に捜査に進展が無く、留まっていた生徒と職員は解放され、

一度切り上げたそうだ。

その日の夜、涼平は葵の言う釣りをする為に学校に忍び込んでいた。


「釣りってやっぱりそういうことだよなあ・・・」


グラウンド中央で涼平は黄昏ていた。

葵の言う釣りとは、涼平を囮に妖をおびき出すことである。


「結局はこうなるのか・・・」

「何ぼーっとしてるんですか」


紙を至る所にばら撒きながら言う葵は今迄と違い、眼鏡をかけ、巫女装束のような服装に身を包み、僧などが持っているような錫杖と数枚の紙札を持っていた。

本来の祓い屋スタイルということだろうか。


「いつ来るかも分からないんですから気を抜かないで下さい」

「・・・これで本当に釣れるのか」

「反応はあるみたいです。少しずつではありますが妖気が強くなっています。」


妖気、妖の気配ということだろう。

それと思しき気配を涼平は感じ取っていた。

その感じはあの時に感じた気配に酷似していた。

ということは・・・


どぅぅん!


突如、グラウンドに電気が迸り、2人はその方角を見る。

そこに姿を現したのは白髪頭の老人だった。


「なんだ!?急に姿が!」

「妖は姿を隠す術を持っているものが多いので罠を張っていましたがかかったみたいですね」


さっきばら撒いていたのはただの紙ではなくて祓い屋流の罠の一種のようだ。


「あれは・・・少し大柄ですが首かじりのようですね」

「首かじり?なんだそれ?」

「首かじり、餓死した老人が妖怪化したもので、生前の自分に食物を与えなかった人の骸を喰らうとされているんですが・・・何か恨みでも買いましたか?」

「知るか!」

「ですよね。あの首かじり、なにか様子がおかしいので、生死を問わず無差別に喰らっているのだと思います」

「なら、どうする?」

「決まっています、武をもって首かじりを祓います」


そういうと葵の気配が強まっていく。

それを感じ取り葵の方を見ると、

葵は、背中からを生やし、先程までなかった小さな帽子を被っていた。


「おまっ」

「そういえば言っていませんでしたね、私は烏天狗の血を引く半妖なんです」


日本にもいるハーフが異なる国の両親の血を引く者ならば、

半妖は人間と妖の間に生まれた者となる。

普通の人間とは少し違うとは思っていたがまさか半妖だったとは涼平も思っていなかった。


「では行きます。・・・落ちよ雷!」


葵が飛び上がり錫杖を振るうと空に閃光が走り首かじりめがけて雷が襲い掛かる。

だが、首かじりはふらふらと躱す。


「見た目の割にすばしっこいぞ!」

「それじゃ、これは!」


空中から地面に紙札を複数ばら撒かれ、葵の言葉に反応するかのように紙札から火柱が巻上がり炎の迷路を形成する。

炎の壁により首かじりの進行方向は限られ、その進んだ先に葵が待ち構える。

首かじりは葵を目視すると喰らおうと口を開けて突撃する。

だが葵は恐れずにその場で何かを唱えている。

首かじりの口が葵に触れようとした時、首かじりは見えない壁に阻まれ動きを止める。

その止まった頭に葵は紙札を1枚貼り付け、唱える。


「――荒ぶる闇の魂よ、とがを洗い、光と共に歩みたまえ――」


首かじりから淡い光が溢れ出し、その姿を包んでいく。

そして、その光は溶けるように夜空に消えて行った。

仕事を終え、葵は涼平の方に向き直る。

その顔は夜なのに晴れていた。


「はい、これで依頼は終了です」



それから連続不審死事件は起こらなくなり、

警察もその件を不審に思ってはいたが詮索することはなかった。

世間では真相を疑問視する者もいたが次第に忘れ去られ、一種の都市伝説とされた。

涼平の方はそれから視線を感じることはなかったため、あれも首かじりの仕業だったのだろう。

この事件の真相を知る者は少ない、知っている者は祓い屋と依頼主。

人と半妖によって事件は解決された。


その後、涼平は礼を言おうとあの商店街を探したが見つからず、

あの少女とも会うことはなかった。

これは少年が体験した一夏の不思議な幻。




それから5年後、噂では烏真からすまあおいはらを続けているらしいがそれはまた別の話。

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