第11話 僕らの再出発

Phil Side


 昨年の12月某日、僕は親友の死のショックから、高熱を出して3日間寝込んでいました。同居していたパートナーのルシンダによると、僕は一時的に意識を失っていて、彼女は本当に救急車を呼ぼうとしたそうです。


 体調は回復しても、日を経るにつれ、悲しみと苦しみはクレシェンドしてきました。リーダーの居ない「LOVE BRAVE」は成り立たず、僕自身が音楽をやる理由が分からなくなってしまいました。さらに悪いことには、3月のある日、ルシンダが変な男から薬物を受け取っているところを現行犯逮捕されるという事件も起こりました。ヒューゴやジミーとの連絡も途絶え、僕は完全に孤独になり、音楽をやる気力をすっかりなくしました。


 そんなある日、伝説級のロックバンド「Φ」(ファイ)のリーダー、ジョアキム・ウッド氏が僕をカフェに呼んで話をしてくれたことがありました。彼は、僕たちを見込んで、メジャーデビューするときはプロデューサーになるとまで言ってくれた方です。彼も、所属するバンドのメンバーと(元メンバーも含め)2人も死別しているのです。だから、僕のことをすごく理解し、一緒に悲しんでくれました。一番うれしかった彼の言葉は、

「君らが戻ってくるのを、僕はいつまでも待ってる」

 です。彼の一言で、僕は音楽を捨てるのを思いとどまりました。


 話は少しそれますが、3月の末ごろ、サラが僕の家を訪ねてきました。会ったのは親友の葬儀以来だったので、彼女の姿を見るや涙があふれました。僕は、彼女に謝罪しました。事故の場に居ながら、最善の対応をしなかった僕にも一部責任があると感じていたからです。すると、彼女は僕に全く非はないと言いました。彼女の言葉を聞いて、僕の胸から苦しみが取れた気がしました。そのあと、僕がした不思議な体験の話をして、最後に、親友からの「永遠に愛している」という妻子へのメッセージを伝えました。若い母親は、小さなスティーブに何度もほおずりをしてしばらく泣いていました。


 やがて親友の妻は、別の話題を持ってきました。少し前、加害者女性のもとを訪れ、彼女を恨むのをやめたことを伝えた、というものでした。それを聞いて、僕はあのとき、親友が加害者に、「立ち直ってほしい」というメッセージを僕に託したことを思い出しました。許す心は、遺族にも受け継がれていたのです。僕もいつかまた彼女に会ったら、必ずあのメッセージを伝えよう、そう決めました。彼が僕の親友であって本当によかった、心からそう思いました。


 その後、僕はもう一度ジョアキムさんと相談をして、ソロでインディーズ活動し、今年の7月ぐらいにメジャーデビューすることになりました。

(君が居なくても、僕は大好きな音楽で活躍する。そして、君が目指していた「ブレないミュージシャン」になるからな)

 心の中で彼とそう約束しました。



Hugo Side


 あいつが死んでから、俺は何日も酒に溺れてた。ひどいときには床に座り込んで、シャワーを浴びるみたいに酒を頭にぶっかけて、床をびちゃびちゃにしたくらいだ。ずうずうしく俺の部屋に居着いてるピッパも、俺のそんななりを見て随分おびえてた。俺にとって「音楽をやること」イコール「『LOVE BRAVE』をやること」であって、それを木っ端微塵なまでに壊され、生きる意味すら分からなくなっちまった。2月のある日、俺が

「もう『LOVE BRAVE』はできないから、音楽をやめる」

 みたいなことを言ったとき、ピッパが

「だったら、ピッパがヴォーカルになるから、ユニット組んでデビューしない?」

 なんておかしなことを言いやがって、俺は真っ向から否定した。

「できるわけねえだろ、まともに人前で歌ってもいねえくせに!」

 で、そいつと激しくもめて、ついにあいつは

「音楽やらない腰抜けヒューゴなんて、ピッパの王子様じゃない!!」

 なんて捨てゼリフ吐いて、荷物を全部持って俺の部屋を去っていった。

 俺はというと、完全に音楽と決別したくて、ギターを1台床にたたきつけて、真っ二つにした。その頃には、もう仲間たちの顔を見ることもなくなった。


 そのあとは、生きてくためにレンタルビデオ屋とか、ガスステーション(いわゆるガソリンスタンド)でパートタイムジョブをしていた。仕事を終わらせうちに帰っても、何かむなしく、何の刺激もない日が続いた。

 そんなある日、俺にかかってきた一本の電話で、俺の運命は想像もしなかった方向に動いた。


 あれは確か、4月の頭だった。TELをしてきたのは、フィル・イェーツだった。

「やあ、ヒューゴ。久しぶり」

 俺は、体が震えた。

「……おまえ、俺に何か用か」

「聞いてよ、ヒューゴ。僕ね、しばらくソロ活動して、今年の7月をめどに、ジョアキムさんのプロデュースでメジャーデビューするんだ」

「……そうか。それはすごいな」

「でね、彼と話し合って、君とジミーを僕のサポートミュージシャンに決めたんだ」

「……!?俺を?」

「うん。ジョアキムさんも言ってた。『フィルと音楽ができるのは、彼らしか居ない』って」

 この発言を聞いて、俺の心と体、そして目頭が急速に熱くなっていくのを感じた。いっときとはいえ、音楽を捨てた自分がひどく恥ずかしく思えた。

「…フィル、俺、もう一度、音楽やるぜ」

 俺もしゃべりの終わりに、声まで震えた。

「うんっ!ヒューゴらしくやってよ。そして、僕たちが受け継ごう、彼の夢を!」

「ああ、そのつもりだ」

 俺は、濡れた目をして笑みを見せた。



Jimmy Side


 バンドのリーダーの突然の死をきっかけに、自分の中でも何かが音を立てて崩れた。このまま生きてたって、夢を粉々にされた自分には、もう目的はない…。だったら、向こうでまたあいつと音楽やろう、そう思って、

「俺はおまえに会いに行くよ!」

 と叫んで、とある建物の3階から飛び降りた。


 ……でも、どうしたわけか、死ねなかった。あとで聞いた話によると、自分が落下して30秒とたたないうちに、通行人が自分を見かけて、救急車を呼んだらしいんだ。それで、命が助かったってわけ。


 自分は、病院で意識を取り戻した。でも、何かがおかしかった。自分の体の左半分が、全っ然動かなかったんだ。力込めて動かそうとすると、声を上げるくらいの痛みが全身を走った。こんな体じゃ、もう完全に音楽はできないし、趣味の写真も撮れない…。そんな諦めが、自分の中にあった。

 あと、つらかったのは、お見舞いに来る人が、父母のほかにはほとんど居なかったことだ。ただ、リーダーの奥さんが自分を訪ねてきてくれたことがあったんだ。そのとき、ご主人のことに対する感謝と、関係者の近況を語ったっけな。そして、息子スティーブの小さな手を、こっちの手のひらに重ねさせたんだ。そのとき、自分は笑ったと同時に、涙が出た。あのとき持った感情は、今でも鮮烈に覚えてるよ。あの坊や、きっと父母のいいとこ取りした、申し分ない子に育つだろうね。


 …ごめん、何か自分の感情に任せて語っちゃった。とにかく、自分は一人じゃないと分かった。


 4月の中頃ぐらいの話だけど、何とフィル本人が病室に来てくれた。自分は、本当に驚いたというか、感動に近い気持ちだったね。

「フィル、来てくれてありがとう」

 心の底からあふれる気持ちを言葉にしたとき、フィルは信じられないニュースを伝えた。

「僕、今年7月ごろに、ジョアキムさんのレーベルからメジャーデビューするんだ」

「へえ、そりゃすごいじゃん。良かったね、フィル」

「ヒューゴと、ジミーをサポートミュージシャンに迎えてね」

 それを聞いて、自分はベッドからひっくり返るかと思ったよ。

「…!!?俺、こんな体だよ?もうベース弾くどころか、左手で物もまともに持てないんだぜ?」

「それじゃあ僕、リハビリに付き合うよ。ヒューゴも一緒にね」

 自分は、どんな名前も付けられない感情を胸に、フィルをじーっと見つめた。

「おまえ、優しい。本当に、優しい……」

 やっと言葉を絞り出し、自由の利く右手を、フィルに差し出した。自分たちは、がっちりと、お互いの手が赤くなるほど握手を交わした。

「おまえがデビューするまでに、俺は必ずこの体を治すよ」

「うんっ!僕もヒューゴも精いっぱい、君の力になるよ!」

 自分たちの間には、これ以上の会話は必要なかった。

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あるバンドマンの死 ミュゲの舞 @muguetnomai

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