『2度目の初恋』
アルセーヌ・エリシオン
『2度目の初恋』
今でも時折、夢を見る。
揺らめく暗闇の中、
どこまでも堕ちていく感覚にもがいている。
上も下も、右も左もわからない世界。
恐怖が柔らかい絶望に変わる瞬間、
黒い影がボクを鷲掴みにした。
振り解こうとすればするほど
それはボクを羽交い絞めにする。
抗う体力も気力も奪われていく中
纏わり付く長い髪の毛のような感触が
恐怖心に拍車を掛ける。
そのうち、次第に
されるがままになす術も無いまま
ボクの意識は途切れる・・・
決まってここで目が覚める。
ここ最近まで気付かなかったが
目覚める瞬間なのか、
意識が堕ちる瞬間なのか
声が聞こえてることに気付いた。
しかもその声は何となく聞き覚えがある。
初恋のヒトの声に良く似ている気がした。
初恋・・・
ボクの記憶の奥深くに
母さんと同じくらい好きだった
女性の記憶がある。
母さんとは違う優しさと温かさで
ボクはいつも包まれていたような気がする。
あれが・・・
あのヒトがボクの初恋のヒト・・・
ボクが物心ついた頃には既に
ボクの傍に居てくれたお姉さん。
温かい春風のようなヒト・・・
優しく包み込んでくれるような眼差しと
ボクの全てを受け止めてくれていた
あの白い手。
そんなお姉さんとの時間が
ボクの絶対領域だった。
しかし、そんなお姉さんとの記憶は
ある日、何の前触れも無く急に途切れた。
ボクの記憶の最後に刻まれているのは
揺らめく暗闇と
長い黒髪、
そして
ボクの名を呼ぶお姉さんの声・・・
そう、たまに見るあの夢と同じだ。
というよりは、この記憶が夢の原因だろう。
この記憶を最後に
お姉さんはボクの前から姿を消した。
それがいつだったのか、
どうして逢えなくなったのか
未だに思い出せない。
ボクの初恋は、そんな夢幻のような
儚くも淡くそして
あまりにも衝撃的な最期で幕を閉じた。
あれから正確には何年経ったのだろうか。
ボクは20歳になった。
今では、立派かどうかは別にして
社会人2年生だ。
目的の無い大学生活を送るのはご免だと
自分に言い聞かせて
就職の道を選んだ2年前。
幸いなことに、
担任の先生も優しい両親も
反対するどころか
むしろ応援してくれたのが
逆に心苦しかった。
もっともらしい口実を並べたが
実際は、
ただ学生という箱庭から逃げ出したいだけの
稚拙な選択をしたからだ。
しかし、時間と言う魔物は
大抵の事は都合よく塗り替えてくれる。
最初の頃の罪悪感にも似た感覚は
1年もしないうちに消え失せていた。
学生時代とは違う
社会人としての規律と責任感が
大学に通う同級生に優越感すら覚えた。
そんな社会人2年目が
終わろうとしていた春先、
ボクは運命的な出逢いをした。
初めての一目惚れだった。
そのヒトは、近所で花屋をしていた。
黄色いエプロンの似合う
春の陽射しのようなヒトだ。
毎日のように通っていた道に
半年ほど前、
花屋がオープンしたことは知っていたが
彼女をちゃんと認識したのは
その時が初めてだった。
仕事が早めに片付き
寄り道もせずに帰る途中の出来事だった。
小学校低学年くらいの兄妹だろうか
小さな財布からたくさんの小銭を
しゃがんで両手広げる
そのヒトの手の中に滑らせた。
夕陽の逆光の中、
花々に囲まれた彼女が
まるで天使のようだった。
彼女は、優しい笑顔で
必要であろう小銭を受け取り
残りを財布へと戻し男の子に手渡した。
その光景に目が離せずにいると
ボクの視線に気付いた彼女が
すっとこちらに視線を流した。
あわてて頭を下げるボクに
彼女は子供達に向けていた笑顔のまま
軽く頭を下げた。
そしてそのまま視線を子供達に戻すと
嬉しそうな兄妹と
楽しそうに花を選び始めた。
子供達が指差す花達を集め終わると
3人は店の奥へと入っていった。
奥のカウンターで
子供達が興味深げに見守る中
手際よく小さくも賑やかでかわいい花束を
こしらえた。
大喜びの兄妹。
お兄ちゃんが妹へ花束を持たせた。
嬉しそうに大事に抱える妹の肩に手を掛け
お兄さんオーラ全開で店を出た。
店を出て角を曲がるまで
何度も嬉しそうに手を振る兄妹を
そのヒトは嬉しそうに温かい眼差しで
見送っていた。
「お母様の誕生日だそうです。
お母様の喜ぶ顔が目に浮かびます。
ちゃんと妹さんに花を持たせてあげて・・・
本当は
自分もお母様に手渡ししたいでしょうに」
未だにそこから離れられない
不審者一歩手前のボクに
彼女は気さくに話しかけてくれた。
びっくりしたが
その物腰の柔らかさと心地よい声に
ボクもきょどることなく普通に返事が出来た。
「だから
お兄ちゃんの方にも
何かを持たせたんですね?」
「えぇ
メッセージカードと
四葉のクローバーの押し花を。
きっと二人で
色んなものを我慢して
貯めたんでしょうから・・・」
「優しいんですね」
「ただの自己満足ですよ」
「いえいえ
そんなことはありませんよ。
あなたは素敵な方です」
この言葉に、二人してはっとした。
「ありがとうございます」
その落ち着いた返事に
はっとしたのはボクだけだったと
少し恥ずかしくなったが
何気なく言った先程の言葉が
初対面の女性に対して
実は恐ろしく勇気のいる
言葉だったことに気付き
そのまま暫く真っ赤な金縛り状態だった。
「あのぉ
大丈夫ですか?」
「はっ
あっ
すいませんっ
何言ってんだボクは」
「ふふっ」
自分で自分を戒めたが
彼女の笑顔が助け舟になった。
それが彼女との出逢いだった。
その落ち着き払った佇まいと
礼儀正しく丁寧な言葉遣いと物腰が
ルックスではない年上感を漂わせていた。
涼しげな笑顔を持つ、
色白のスレンダーなヒトで
長い黒髪が似合う純和風な顔立ちに
どこか懐かしさすら覚えたこともあり
ボクは一瞬で恋に堕ちた。
まるで初恋のような感覚だった。
ただ、
彼女の長い黒髪が風に軽く靡いた瞬間、
あの初恋の記憶が過ぎったが
彼女の横顔が
それを温かいものへと塗り替えてくれた。
それから毎日、
店の前を通る時には
店内に視線を投げるようになり
普通に挨拶をできる間柄になった。
たまにする、
ほんの社交辞令のような会話も
ボクには至福の時間だった。
彼女の店は、こじんまりとした店だが
何とも温かく、
花達が活き活きとして輝いている
好感の持てる佇まいだ。
話の中で、全ての花に目が行き届くよう
愛情を注げるようにと
その広さにしたとのことだった。
ボクは、容姿はもちろん、
彼女の全てに心を奪われた。
3ヶ月が過ぎた頃、あることに気付いた。
店先の洒落たボードに
営業時間/7時~20時
定休日/火曜日
と書いてある。
しかし、毎月15日だけは、
ボクの通勤時間に彼女の店は閉まっている。
習い事でもしてるのか、
それとも別の特別な用事なのか
帰宅する頃には普通に店は開いていた。
3ヶ月見ている限り
彼氏がいるとか
ましてや結婚しているとかは無いようだ。
それとも、
そういうタイミングに
ボクが出くわしてないだけだろうか。
色々、気になるが、
一人で考えても答えが出るはずもなく・・・
それにいつくるかわからない
『いつか』のタイミングを期待するより
今この瞬間に
自分で決めて行動することにした。
元々全く社交的ではない上に、
人とのコミニュケーションが
苦手なボクにとって
かなりハードルの高い行動だが
ダメもとでデートに誘ってみることにした。
保身するよりは、
自分の感じているこの気持ちを
全て伝えた上で
玉砕する方がいいと思った。
完全に自分の都合だが、
そうせずにはおれないほどの
『何か』がそこにはあった。
不思議と、彼女に対してだけは
『後悔をしたくない』と強く思えた。
今まで告白なんてしたことも
勿論されたことも一度も無い。
かけひきの仕方もわからない。
これが普通の恋という感情なのだろうか・・・
いずれにせよ、彼女はボクにとって
特別な存在なのは間違いなかった。
色々と都合を把握した上で、
2日後の土曜日、
誠心誠意、想いを伝えることにした。
2日間の緊張がいよいよ本番を迎えた当日、
仕事を終え、
ゆっくりと彼女の店へと向かった。
途中の夕焼けが高鳴る鼓動を
少しだけなだめてくれた。
店の手前で気持ちを落ち着かせようと
立ち止まると。
「こんばんは
お帰りなさい」
と意表をつかれた。
「こんばんは
ただいま・・・です」
「今日も暑かったですね」
「はい・・・
あの・・・」
「はい?」
「今日は・・・
花を買いに来ました」
「あら、そうでしたの?
いらっしゃいませ。
どうぞお入りください」
そう言って店内に導いてくれた。
「あの・・・」
「はい?」
「好きな人に花を贈りたいのですが
彼女の好みもわからなくて・・・」
次の言葉が出せずにいると
彼女は優しく微笑みながら
花のほうに視線を流した。
「花達は、贈る人の気持ちを
代弁してくれるんですよ。
だから、そういう時は
あなたが贈る方を想って選べば
それが答えなんです」
「気持ちを・・・」
「えぇ」
ボクは、目の前の彼女を想って
キラキラに輝く花達と向き合った。
「これで・・・」
「はい」
彼女は丁寧にその花を手にし
数あるラッピング用のフィルムから
迷うことなく2枚を抜き取り
ラッピングしてくれた。
「こちらでいかがですか」
「はい・・・それで・・・」
彼女は笑顔のまま
仕上げのリボンを巻いた。
「メッセージカードはどうされますか?」
「それはいいです。
自分の言葉で伝えたいので・・・」
「素敵ですね。
あなたの想いが届きますように・・・」
そのまま
大事そうにその花を手渡してくれた。
支払いを済ませて
改めてボクは彼女に向き合った。
緊張で手が震えているのがわかった。
「初めて見た時から・・・
あなたのことが好きでした」
声も、そして
差し出した花も震えていた。
でも、ちゃんと目を見て言うことは出来た。
初めて見る彼女の少しだけ驚いた表情に
今までの関係が変わるのを感じた。
しかし、不思議と後悔はなかった。
「素敵なお花ですね。
ありがとうございます」
そう言って彼女は
その花を受け取ってくれた。
彼女は大事そうに
その花を胸に抱きしめていた。
「こんなこと・・・
いきなりごめんなさい。
でも、どうしても伝えたくて・・・」
「凄く・・・
凄く嬉しいです。
初めてです。
お花を頂いたのは・・・」
「ボクも初めてです。
花を贈ったのは・・・」
「あんなに一生懸命選んで頂いて・・・
この子も幸せです」
「だと・・・嬉しいです」
「ふふっ」
「あのっ
付き合ってる人とか
好きな人いますか?」
「いいえ
いませんよ」
「なら、もし良かったら
今度、デートしてもらえませんか」
「はい・・・喜んで・・・」
「・・・えっ?
いいんですか・・・本当に?」
「お断りしたほうがよかったですか?」
「滅相もございませんっ
ぜひお願いしますっ」
「ふふっ
こちらこそ・・・」
意外とあっさりとOKしてくれた。
しかも、翌日の日曜日、
ボクの予定が無いことを確認すると
予約客がいなかったこともあり、
急遽、店を臨時休業としてくれた。
ダメもとで誘ったこともあり
ノープランだったため、
帰ってから、
彼女が好きそうな場所をネットで検索し、
いくつか目星をつけた。
翌日、天気も良かったため
少し遠出をして
人気の公園に行くことにした。
約束の10時に合わせ
15分早く待ち合わせ場所にした
彼女の店の前に着いた。
彼女もその5分後には姿を現した。
真っ白いワンピースに淡いブルーのベルト、
黄色いリボンの付いた白い帽子をかぶって
涼やかに歩いて来た。
見慣れたエプロン姿ではない彼女に
特別な何かを感じ、ただただ見とれた。
「おはようございます
お待たせしてすいません」
「おはようございます
ボクも今着いたとこです
どうぞ、お乗りください」
「ありがとうございます」
そう言って、帽子を取り
助手席へと座り
帽子を膝の上に乗せた。
「今日は行きたいとことかありますか?」
「いいえ、どちらでも・・・
おまかせ致します」
「では、最近開園した
フラワーパークとかどうですか?」
「私は嬉しいですが
あなたはそれでよろしいの?」
「勿論
あなたと一緒なら
どこでも行きたい場所になります」
「まぁ
お上手ですね」
「いえいえ、本音です」
「ふふっ
ありがとうございます」
「こちらこそ」
そんな歯の浮くような台詞も、
彼女には何のためらいも無く言えた。
彼女だから言えた・・・そう思えた。
国道から高速に
乗り小1時間ほどで高速を降りた。
県道を南下していくと
綺麗な山並みが見えてきた。
他愛も無い楽しい
日常的な会話を楽しんでいるうちに
目的地のフラワーパークに到着した。
「流石に多いですね」
「そうですね」
駐車場に入るのに15分程並んだ。
車を停め、
今度は入場するのに10分程並んで
やっと入園できた。
園内のパンフレットを片手に
子供のようにはしゃいでいたのは
ボクの方だった。
彼女とのデートも勿論そうだが
人間より植物や動物、
昆虫が好きだったボクは
名も知らない花々に
テンションが上がってしまった。
そんなボクの行動に
彼女も楽しそうに付き合ってくれた。
二人してソフトクリームを片手に
木漏れ日が続く遊歩道の途中にある
ベンチに腰掛けた。
「ソフトクリームなんて何年ぶりかしら」
「ボクも高校生以来ですかね~」
「そう言えば、まだお名前を・・・」
「あっ・・・そうですね
ごめんなさいっ
ヨコヤマユウキです」
「ユウキ・・・さん・・・」
「はいっ
ん?
どうかされましたか?」
「あっ
いえっ
ごめんなさい
私、シノヤマカナエと申します」
この時、ほんの僅かではあったが
微かに聞き覚えがあるような気がした。
「カナエ・・・さん・・・
てっきりサナエさんかと・・・」
「あぁ、お店の名前ですか?」
「えぇ
フラワーショップさなえだったから・・・」
「ですね・・・ふふっ
さなえは妹の名前です」
「妹さんの?
あっクリームが手に付きますよっ」
「あっ」
そう言って長い髪を耳にかき上げ
ソフトクリームを口にする仕草が
いつもの大人な彼女ではない
無邪気な女の子に一瞬だけ見えた。
それに見とれていたボクの手は
ソフトクリームまみれになっていた。
「あっ・・・」
「うわっ
人どころじゃなかったな、こりゃ・・・」
「ふふっ」
「もったいないなぁ」
「早く食べないと
ソフトクリームまみれに
なっちゃいますよ」
「確かにっ」
「ふふっ」
「いやぁ
こんなに急いで食べると
食べた心地がしないなぁ」
「ですね
ふふっ」
「すいません
ちょっと手を」
「えぇどうぞ」
クリームまみれの右手は諦めて
そのままソフトクリームにかぶりついて
食べ終えると
近くにあったお手洗いに行って洗い流した。
「すいません
お待たせしました」
「いいえ」
「そろそろ行きますか」
「えぇ」
暫く歩くと大きな湖が姿を現した。
何組かのカップルが
楽しげに白鳥ボートで
遊覧しているのが見えた。
楽しそうではあるが
ボクは乗る気がしなかった。
ボクの視線に気付いたのか
「楽しそうですね」
と、どこかしら物寂しげな目で
彼女はその光景を眺めていた。
「ですね・・・」
普通なら、自然に誘えたのだろうが
ボクは自分を優先してしまった。
「乗りたかったりします?」
「いいえ
私は特に乗りたいとは・・・」
「ボクもです
カナエさんが・・・
あっカナエさんて呼んでもいいですか?」
「勿論、結構ですよ
私もユウキさんでよろしいかしら」
「勿論っ
お好きに呼んでくださいっ」
「じゃ~
ユウキさんは
さっき何を言いかけたんですか?」
「あっ
あれは・・・」
改めて聞かれると、言うのに勇気がいる。
そういう台詞を言おうとしてたことに
顔が赤くなるのを感じた。
「ん?」
そう覗き込む彼女に
耳まで赤くなってるのがわかって
恥ずかしかった。
「ふふっ
かわいいいっ」
手のひらで転がされてる気分だ。
勿論、全く悪い気はしなかった。
「からかわないでくださいよぉ」
「からかっていませんよ
本心ですっ」
「カナエさんだって美人でかわいいですっ」
「えっ」
「あっ」
勢いで本音を言ってしまった。
こういうことは、勢いじゃなく
雰囲気のある場面で言いたかったが
おもいきりフライングしてしまった。
「本当ですよ」
「ありがとぉございます」
二人の間に微妙な照れが漂った。
そんな初々しい雰囲気のまま
湖の畔を散歩した。
こんなに満たされた気分は初めてだったが
どこか懐かしくも温かい感覚に
後ろ髪を引かれた。
月並みだが、
楽しい時間ほど過ぎ去るのは早い。
閉園10分前を知らせる
場内に流れるメロディーと
陽の傾き加減が
今日のデートに
終わりが近づいていることを
思い起こさせた。
まばらな人影と共に車に乗り込み
想い出の詰まった公園を後にした。
夕焼けが朱色に辺りを染める中
家路へと車を走らせる車中で
深い意味は無いまま彼女に聞いた。
「そういえば、15日って
毎月、開店が遅いですよね?
何かあるんですか?」
一瞬、躊躇いの様な表情の後
少し俯き加減に彼女は答えた。
「あっ・・・ちょっと私用で」
私用という言葉に、
余計な詮索をしてしまったと
少し後悔した。
「すっ・・・
すいませんっ
立ち入ったことを・・・」
「いえっ
気になさらなくて
結構ですよ」
完全に会話しづらくなったが、
車内の雰囲気に居心地の悪さは無かった。
「あのっ
良かったら、
またデートしてもらえませんか?」
「喜んで・・・」
「やったっ」
「ふふっ」
素で子供のようなリアクションになったが
彼女も普通に笑ってくれたお陰で
再びリラックスできた。
彼女を送ろうと
場所を聞きながら着いたのは
花屋から歩いて5分ほどの距離にある
マンションだった。
ボクのアパートは彼女の花屋を挟んで
丁度、反対方向に歩いて
5分ほどの距離にある。
何か不思議な縁を感じた。
「今日は、ありがとうございました
楽しかったです」
「ありがとうございます
ボクも最高の一日でしたっ
また、明日」
「えぇ
お気をつけて」
「はいっ
ではまた」
いつもの見慣れた風景も
住み慣れた街並みも
自分の心の変化で
こんなにも違って見えるのかと
冷静にしかし浮かれながら感心した。
帰り着き、風呂に浸かっているとき
ふと初恋の記憶が過ぎった。
そう言えば、
初恋のお姉さんとカナエさん・・・
雰囲気が似ている。
顔を思い出せないことと
カナエさんのボクに対する反応を見る限り
やはり他人の空似のようだ。
少し気になって、風呂上りに
おふくろに電話で聞いてみることにした。
「おふくろっ
久しぶりっ
そっちは変わりない?」
「あらっどうしたの?
珍しいこともあるのね?
何にも変わりないわよ」
「おふくろっ
オレが小さい頃さ
良く遊んでくれてたお姉さんがいたよね?
覚えてる?」
「どうしたの急に」
「いや、ちょっとね
急に思い出して気になっちゃってさ」
「そう・・・
勿論、覚えてるわよ
あなたのこと
たくさん面倒見てもらったからね
あなたも良く懐いていたし」
「あのお姉さんのことさ
途中から思い出せないんだよね
思い出そうとすると
なんだか怖いイメージが浮かんでさ」
「そう・・・」
そう言って、おふくろは黙った。
「昔何かあった?」
「思い出さない方が良い事もあるのよ」
「何それ?」
「悪いことは言わないから忘れなさい」
「どうしたんだよ急に?
余計、気になるじゃん」
「あなたにとっても、その方がいいからよ」
「何で?
教えてよ
オレももう子供じゃないんだから」
「・・・ゆうき
まだ水が怖い?」
「まぁ、普通に・・・」
暫くの沈黙の後
おふくろのため息が聞こえ
仕方なさそうに話し始めた。
「あなた、小さい頃一度溺れたのよ」
「溺れた?オレが?」
「えぇそうよ」
「全く覚えてないよ」
「あなたが5歳の時
梅雨が明けて
少し暑くなって来た頃だったわ。
カナエちゃんに公園に誘われて
大喜びしながら出掛けて行ったの。
そこにある池のボートに乗った時に
他のカップルが乗っていたボートが
ぶつかって来て転覆したのよ。
5人みんな池に放り出されて
池の水が少し濁ってたことと
あなたが小さかったこともあって
あなただけ溺れちゃったのよ
泳ぎが得意なカナエちゃんが
岸まであなたを連れて
上がってくれたんだけど
暴れるあなたを抱えて泳いだもんだから
岸についてすぐ
力尽きちゃったらしくてね。
周りで見ていた人が
二人を助け上げてくれて。
そして
先に岸に着いていたサナエちゃんが
あなたに人工呼吸をしてくれたの
その時は、
まだ微かに意識があったそうよ。」
「ちょっ・・・
サナエちゃん?」
「あらっ?
それも
覚えてないの?
カナエちゃんとサナエちゃんは
双子の姉妹よ
二人で良く交代して
あなたの面倒を見てくれていたのよ」
「双子?」
「えぇそうよ
知らなかったの?」
「知らなかった・・・
というか覚えてないだけなのか・・・」
「共働きだった私達に良くしてくれた
お隣さんの娘さん達よ。
あなたが一人っ子だったこともあって
面倒を良く見てくれてたのよ」
「知らなかった・・・」
「見た目は双子と言うだけあって瓜二つで
並ばないと分からないくらいだったわ。
でも、性格は正反対だった。
お姉さんのカナエちゃんは
大人しくて読書と水泳が好きで
県でも有名な競泳の選手だったの。
妹のサナエちゃんは
明朗活発を絵に描いたような子で
彼女はバスケをしていたわ。
ご近所では美人女子高校生姉妹で
有名だったのよ」
「そうだったんだ・・・」
「えぇあなたはそんな美人姉妹を
独り占めしてたのよ」
「ははっ
そんなこと言われても
当時はそんな優越感なんてなかったよ
ただ、おふくろが2人いるようだった」
「正確には3人かしらね」
「そだね・・・
で、溺れた後どうなったの?」
「あぁ、
周りで見ていた人が通報してくれたようで
程なくして救急車が来て
あなた達3人が
一応、救急車で運ばれたの。
二人とも大した事なかったんだけど
あなただけ、意識が戻った後も
その時の記憶だけが戻らなかった。
勧められた心療内科で、
恐らく過度のストレスによる
一時的な記憶障害だと言われてたんだけど
結局、あなたもわかってる通り、
今もその記憶は戻ってない。
あの頃のあなたにはそれほどの、
衝撃的な出来事だったのね。
無理も無いわよね、
溺れる恐怖なんて
経験した事あるヒトにしか
分からないでしょうから」
「記憶・・・障害・・・」
「カナエちゃんもサナエちゃんも、
毎日お見舞いに来てくれたのよ。
相当、責任を感じてしまっていて
二人とも自分らを責めていたわ。
あれは事故だからと言っても
彼女達は納得することはなかった。
自分を責め続けたの。
ただね、あなたが
どれほど怖い想いをしたのかと
その体験を思い出さないように
あの子達は
あなたにの記憶が戻らないうちは
会わない事を決意して
退院後、あなたを避けていたの。
相当つらかったでしょうに。
その後、まもなくして
あなたの記憶が戻らないまま
お父様の転勤が決まって
後ろ髪を引かれながら
引っ越して行ったわ。
あなたを気遣って
便りも控えるって・・・
あなたが水を怖がるのは
溺れた事の潜在的な記憶が
そうさせているんだと思う。
そして偶然・・・
もしかしたら必然だったのかしら。
あなたの住む街で見かけたの。
でも、
辛い記憶を思い出させたくなかったから
声は掛けなかったけど
綺麗なお嬢さんになっていたわ。
あれはどっちだったのかしらね
カナエちゃんなのか
サナエちゃんの方だったのか」
「そんなことが・・・」
「えぇ
いつかは聞かれると思っていたけど、
こういうことって、
本当に突然くるものなのね」
「実はさ、
今日カナエさんって女性と
デートしたんだ。
オレより年上でさ、
落ち着いた感じの優しいヒトなんだけど
帰ってきて風呂入ってたら
急にあの頃のお姉さんのことが
気になってさ・・・
いてもたってもいられなくなって
電話したってわけ」
「そうだったの・・・」
「あのお姉さんが
カナエさんだったんだ・・・」
「不思議なこともあるものね~」
「でも向こうもオレのこと
覚えて無かったよ・・・
そう言えば、自己紹介した時に一瞬
間があったな・・・
オレと一緒で何かがひっかかったのかな?」
「どうかしらね
でも良かったじゃないの
初恋のヒトにまた逢えて
デートまでしたんでしょ
ごちそうさまっ」
「いやいや、そういうことじゃなくて・・・
でも初恋のあのお姉さんの記憶の最後は
ほぼ悪夢なんだよなぁ~」
「それもきっとあなたの恐怖体験が
誇張されたんじゃないのかしら・・・」
「なのかなぁ」
「この話を聞いても
溺れたときの感覚は思い出さない?」
「うん
全然・・・」
「なら、もう大丈夫なのかしらね」
「良くわかんないけど
でも、あの頃のお姉ちゃん達の顔が
まだ、思い出せないんだよなぁ」
「そう・・・
まぁなる様になるんじゃない」
「そうかもね・・・
サンキュな
少しすっきりしたよ」
「なら良かった
おやすみ」
「おやすみ」
電話を切って、
思い出を辿ったが
やはり記憶は不鮮明だった。
今度、タイミングを見て
カナエさんに聞いてみることにして
眠りについた。
朝、会社に向かう途中、何も考えずに
店を通りかかったとき15日だということに気付いた。
いつものかと思ったが、
少しだけ胸騒ぎがした。
その日の夕方、胸騒ぎが的中した。
店は閉まっていた。
色んなことが走馬灯の様に
頭の中を駆け巡り、
少しだけ怖かったが彼女の携帯を鳴らした。
思いの外、直ぐに通話状態になった。
「もしもし、カナエさん?」
「もしもし、ユウキさん?」
「あの・・・
店が開いてなかったから」
「あぁ、ごめんなさい
ちょっと体調を崩してしまって
お休みにしたの」
「そうだったんですか・・・
大丈夫ですか?」
「えぇ、もう平気です」
「もしかして
昨日も体調が悪かったんですか?」
「いいえ
今日のお昼くらいから」
「そうですか・・・
ゆっくり休んでくださいね」
「ありがとうございます」
本当は今すぐにでも飛んで行きたかったが
別に付き合ってるわけでもないのに
そこまでおこがましいことはできないと
なんとか自制した。
翌日、普通に店は開いていた。
「おはようございます」
「おはようございます
今日はお早いんですね」
「あっはい・・・」
「もしかして心配して・・・」
「えぇ・・・まぁ」
「ありがとう
もう大丈夫よ」
「良かった
近いうち、お食事でもどうですか?」
「それなら、今夜うちに来ませんか?」
「えっ?いいんですか
お邪魔しても」
「えぇ
心配させたみたいだし」
「行きますっ」
「ふふっ
じゃ~今夜7時にここでいいかしら」
「わかりましたっ7時にっ」
「えぇ」
「じゃ~行って来ますっ」
「気をつけてねっ」
手を振って見送る彼女が
たまらなく愛おしかった。
それに今日、
言葉の壁が1枚剥がれたのが嬉しかった。
こんな日に限って
お約束のように残業になった。
ウキウキが一転ソワソワに変わった。
時間が経つにつれ
ソワソワがイライラに変わり
約束の時間に間に合わないと
分かった時点で電話を掛けた。
すると彼女は先に家に帰って
支度をしておくとのことで
マンションの下に着いたら
電話するよう言われた。
彼女の声を聞いた安心感からか
イライラがワクワクに変わって
その後の残業も効率よくこなせた。
彼女の部屋に着いたのは
8時半を過ぎた頃だった。
「こんばんは」
「おかえりなさいっ」
「ただいま」
凄くうれしい反面、
むずがゆい恥ずかしさがこみ上げた。
「遅くまで、ごくろうさま。
さぁどうぞ上がって」
「ありがとう」
「そこに腰掛けておいて
もうすぐ出来るから」
「何か手伝いますよ。
ボクも自炊なんで、少しはできますよ~」
「ありがとっ
でも、今日はゆっくりしてて」
「じゃ~何かあったら
呼んでください」
「えぇそうさせてもらうわ」
そんな夫婦みたいな会話に
思い切り妄想が膨らんで
一人にやついていた。
料理をしている彼女の横顔を見た瞬間
あの夢が過ぎった。
次の瞬間、
「カナエさん・・・
サナエさんて双子の妹ですか?」
考える間もなく口が先に動いた。
「えっ・・・
そうよ、何で?」
その瞬間、キッチンから聞こえていた
小気味良い音がしなくなった。
「ボクは覚えてないんだけど
カナエさん、もしかして
ボクのこと覚えてます?」
「・・・
えぇ
覚えてるわ」
この時、ボクは
確信に触れたのだと気付いた。
暫くの沈黙の後、
キッチンから彼女が話し始めた。
「思い・・・出したの?」
「ううん
思い出したんじゃなくて
気になったことがあって
おふくろに聞いたら教えてくれた。
ボクが小さい頃面倒を見てもらっていた
双子のお姉さんがいたこと。
そのお姉さんのことは
ボクも覚えていたけど
顔だけが思い出せなくて、
双子だということも覚えて無くて・・・
カナエさんの名前と
妹の名前もサナエさんってのが
一緒だから
もしかしたらと思って・・・」
「そう・・・
じゃぁゆうくん、溺れたことも?」
「うん
聞いた・・・
全く実感ないけど」
「ごめんね
あの日私が誘いさえしなければ
あなたにあんな心の傷を
負わせることも無かったのに」
「そんな・・・
カナエさんのせいじゃないよ
あれは事故だったんでしょ
しょうがないよ」
「でも、
あなたに相当の恐怖を与えてしまった。
記憶を閉ざすほどの恐怖を・・・」
「それは、今のボクにはわからないけど
でも、今こうしてボクはここにいる
元気でやっているよ。
それに
ボクはカナエさんのお陰で助かったんだよ。
カナエさんに命をもらったんだ」
「そんなことないわ
ワタシが誘わなければ
あんな事故が起きる事もなかった」
「カナエさんは
あの日からずっと苦しんでいるんだね
今も・・・自分を責めてるんだね・・・
ボクはあの日、あの瞬間に現実逃避した。
本能で逃げたんだ。
それに比べたら
カナエさんは強いよ・・・
向き合ってもがいて
それでもこうしてここにいる。
少なくとも自分に負けてはいないよ
それに・・・」
といいかけた時
玄関の鍵が空く音がした。
「ただいま~っ」
「・・・おかえり」
「!!!っ」
「!!!っ」
「ゆう・・・き・・?」
「サナエ・・・さん・・・?」
「えっ何でなんでっ?
ん?
まさかカナエのデートの相手って」
「えぇそうよ」
「・・・」
「きゃ~運命じゃ~んっ
何で黙ってたのよぉ~」
「運命?」
「そうよ
ある占い師が言ってたの
カナエが自分と向き合えるような
運命的なヒトに出逢えるって
しかも近いうちにって」
「大袈裟だよ
それに、占いなんてワタシは・・・」
「今は信用してるくせに~」
「・・・」
「ゆうきっ元気だった?」
「うん」
「近くに住んでるんでしょ?」
「?」
「カナエが全部教えてくれるんだよ
しかも、今までに無い位
嬉しそうに話すから
どんなヒトなのかと思って
今夜逢えるのを楽しみにしてたのよ~」
「はは・・・」
「もうっサナエったら
やめてよ~」
「で・・・
何で二人とも目が赤いの?
もしかして思い出話に涙してたとか~
きゃははっ
かわい~」
「そうじゃないわよ
ゆうくんは覚えてないの」
「ボクは、
あの事故の記憶がまだ思い出せなくて」
「それで、私のせいだ、僕のせいだって
話してたんだ?」
「ま・・・まぁ」
「もういいじゃないっそんな昔のこと。
今、こうして再会できたんだし。
元気そうだし。
そんなしみったれた話はやめて
お祝いしましょ
買ってきたよ
お~さ~けっ」
「もうっ」
さっきまでのネガティブな空気が
一瞬にして変わった。
ボクはかなり救われた気がした。
サナエさんは、
買い物袋の中身を片付けながら続けた。
「カナエはね、
高校の時、競泳をしてたんだよ。
因みに、私はバレー。
カナエは泳ぐのが凄く好きでさ~
県下じゃちょっと有名だったんだよ。
私も、カナエが泳ぐ姿が好きだった。
私と一緒で胸が大きかったから
男子の応援が凄かったんだから」
その言葉に二人の胸に目がいった。
「こらっゆうきっ
おっぱい拝むのは10年早いっ」
「あっえっ」
「ゆうくんのえっちっ」
「えっちって・・・ははっ」
「そうか~
あんなかわいかったゆうきも
女の裸に興味を持つ年頃になったか~」
そんな年頃、当の昔に迎えましたなんて
言える雰囲気じゃなかった。
因みに、
おふくろのサナエさん情報は
『バ』しか合ってなかった。
記憶とはそんなもんだ。
「でもカナエ、
あの日以来、泳げなくなってしまって
あの頃は見るほうも辛いくらい
塞ぎこんでた」
「・・・」
「違うのっ
誰のせいでもないの。
あの頃のワタシが
ワタシ自身を超えられなかったの。
両親やサナエにも
沢山心配かけて支えられてきたのに
乗り越えられなかった自分が
許せなかったの・・・」
「カナエ・・・」
さきほどの雰囲気がまた戻りつつあった中
サナエさんが自分の部屋へと消えた。
直ぐに戻ったサナエさんの手に
アルバムが握られていた。
「ほいっ
ゆうき。
あんたの小さい頃の写真だよ」
そう言って手渡してきた小さなアルバム。
テーブルの上で開くと
いきなり覚えのある風景が
ボクの中に広がった。
消されていた記憶の中のお姉さんの顔が
鮮明に蘇った瞬間だった。
完全に・・・思い出した・・・
今まで見ていた夢は
ただの夢ではなく
現実にボクの身に起きた記憶の片鱗だ。
あの日、カナエさんに公園に誘われ
サナエさんと3人で遊びに出かけた。
あれが、確か15日。
公園の売店で
イチゴの日のカキ氷を食べたいと
せがんだのを覚えている。
公園で一通り遊んだボクらは
そこにある大きな池で
ボート遊びをすることにした。
確か泳ぎが苦手だと言っていたサナエさんは
乗り気じゃなかったが、
ボクがせがんだせいで乗ることになった。
池の真ん中らへんに着き
3人で岸を眺めていた。
いつもと違う視線と光景に
ボクは目を奪われていた。
そんな瞬間だった
いきなりボートに衝撃が襲い掛かった。
すぐに
ボートがぶつかってきたことがわかったが
その時にはみんな池に放り出されていた。
水面でもがいていたボクは
襲い掛かる水と底なしのような水中に
恐怖のあまりパニックになっていた。
空気の変わりに水を吸い込み
水の中でどこが水面なのかもわからず
真っ暗な闇に飲み込まれるかのように
意識が遠のいた。
そうだ、ボクはあの時溺れたんだ。
虚ろな意識の中
水を滴らせた黒髪がボクに近づき
覆いかぶさった。
何回も近づき遠ざかるその黒髪から
必死な目が見え隠れし
ボクを呼ぶ激しい声が聞こえた。
そうか、この記憶があの夢・・・
ただの意味不明な恐怖ではなく
恐怖から引きずり出された
記憶だったんだ・・・
ボクは溺れた恐怖で
記憶を封印していたんだ。
その際、お姉さんの記憶も一緒に・・・
あの頃のいいようもない恐怖が
心のどこかに根付いた。
お姉さん達との記憶とともに。
でも、不思議と心地よかった。
心の隙間が埋まった気がした。
「思い出せたよ・・・やっと
やっとカナエさんとサナエさんに逢えた。
記憶の中の
大切な思い出のお姉さん達と・・・」
「大丈夫っ?」
カナエさんが慌ててボクを覗き込んだ。
「カナエさん・・・
大丈夫だよ。
たぶん・・・
たぶんだけど
乗り越えられそうな気がする」
「そう・・・良かった・・・」
「カナエっ
あんたもきっと大丈夫っ
また泳ぎたくなるよ
あの泣き虫ゆうきが
こんな男前になったんだ。
カナエだって変われるよきっと」
「えぇ~泣き虫だったのボク?」
「アルバム見りゃ~わかるだろっ
泣いてるとこか、泣き止んだ後か
どっちかの写真ばかりだっ
これ以外はなっ」
そう言って最後のページを開くと
笑顔で3人でスイカをほおばる写真だった。
「これ、覚えてる・・・
この後、3人で種飛ばしして遊んだとき
サナエが種を飲んだって、
おしりから芽が出るって大騒ぎしたよね」
「覚えてる覚えてるっ
でっ生えて来た?
スイカの芽?」
「生えるかっ
アホかっ」
「ふふっ」
「ははっ」
「笑うな二人ともっ
そんな付き合ってる二人に
残念なお知らせだっ
二人ともお忘れだろうが
ゆうきのファーストキッスは
ワタシがもらっちゃったという事実をっ」
「えっ・・・」
「あれは人工呼吸ですっ」
「あ~今思い出すだけでも
唇の感触が・・・」
「もうっやめてよサナエ
ゆうくんも困ってるじゃない」
「ははっ」
「冗談よっ冗談っ」
サナエさんの付き合ってるという言葉を
カナエさんが否定しなかっのが嬉しかったが
ちゃんと改めて申し込もうと思った。
「でも不思議だね・・・
ゆうきがカナエにくれた
あの花の花言葉
運命のヒトって言うのよ」
「サナエ知ってたの?」
「あったぼ~よ~
こう見えても女子だからね~」
「ははっ知らなかった・・・」
「はあっ?」
「いやっ、花言葉をだよっ」
「そっちかっ
なら許すっ」
「ふふっ
確かに、
偶然にしては出来すぎてるわね・・・
私も、泳ぎたくなる日が
くるような気がする。
いつの日か・・・きっと・・・」
その晩は、3人で食べて呑んで
昔話に花を咲かせた。
泣き上戸なサナエさんに、
笑い上戸なカナエさん。
すぐ眠くなるボクは何度もたたき起こされ
強制的に楽しい夜を過ごした。
酔った勢いもあり
15日にカナエさんが何をしてるのか聞いた。
カナエさん本人から
墓参りに行ってる事を教えられた。
しかも、あの日から15年間ずっと欠かさず。
大好きだった祖父母の眠る墓に
花を供えに行っていたということだった。
ただ、その15日というのは
やはりボクを思ってのことだった。
ボクを見守ってくれるように
祖父母にお願いしていたと・・・
15日という日はそれほど
カナエさんの中で大きな転機だったと
思い知らされた。
そんなカナエさんを
心の底から支えていきたいと思った。
後日、ボクはカナエさんに
交際を申し込んだ。
こうしてボクの2度目の初恋は
15年という時を経て
本当の初恋のまま実った。
ボクは今まで気付かずに放置していた
カナエさんとの
この15cm程に育った記憶の苗を
これからは二人で
いつまでも見守りながら育てていこう
そう心に誓った・・・
『2度目の初恋』 アルセーヌ・エリシオン @I-Elysion
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