第4話 笑顔の殺意

 迫撃砲。それは、端的には軽量化に成功した大砲だと言える。人でも携行可能な大きさ及び重量で、射角を高く取り発射する。砲弾は放物線を描き、敵の頭上から襲い掛かる。恐るべきはその砲弾だ。広範囲の殺傷能力を高めた榴弾は、着弾すると破裂し、鋭い破片を高速で周囲に拡散する。貫通力に特化した徹甲弾は、射程を短く、射角を浅く取る事で、城門など苦もなく破壊してしまう。


 この兵器の前では、旧態依然とした籠城戦など意味が無い。砲弾の雨に打たれ、ただ何もかもが崩れ去るを待つばかりなのだから。


「わしが」

「いいのん、ゲオじい。ハスたんやる」


 ハスタとゲオルギウスは降り注ごうとしている砲弾の雨を見上げたままだ。着弾まで0.5秒。ハスタの纏められた髪は赤茶けて、頭の両側で踊るように暴れ出す。


「着弾確認! 不発無し! 全弾爆発!」


 森の中、巨木の陰に潜んでいた帝国偵察兵が、手にしたマイクに向かってがなり立てた。背中に担いだ無数のダイヤルと長いアンテナがある箱は、通信機だ。偵察兵は無線電波により、本隊へ状況を報告している。


「了解だ」


 それを受けているのは、森の奥深く、少し拓けた場所に簡易な陣を張った本隊の指揮官だ。草木を被せたターフで設えられた陣の中では、報告を聞いた士官と兵が数名、慌ただしく動いている。指揮官は応答後、机上の通信機へマイクを戻すと、ヘッドフォンを頭から外し、肩から掛けた。指揮官の口元がつり上がる。


「があっはっはっはっは! どうだあ、我がバルバロッサ特殊攻撃大隊のブリッツは! 迫撃砲30門の一斉射だ! 逃げも隠れも出来んあの堤では、ボロ雑巾が如くズタズタにされておることだろう!」


 胸厚な巨体を堅苦しい軍服に無理矢理詰め込んでいるのが、この部隊の指揮官だ。バルバロッサ(赤髭)という自分の愛称を、そのまま部隊名にも使っていた。その名の通り、ゲオルギウスのものよりも硬質な、針のような赤髭をたくわえた男で、帝国侵略部隊の先鋒を務めている。


「さあ、どうですかね。あんな物で、ハスタがどうにかなるとは思えないんですけれども」

「ああん?」


 バルバロッサは、異を唱えた者を横目で睨んだ。迫撃砲斉射という快感に酔っていた所に水を差されたバルバロッサは、途端に不機嫌を露わにした。


「おいおい、あれはグラフストリアの首都を、たった半日で陥落させた優秀な兵器なのだぞ。それが、人ひとり倒せないはずが無いではないか。そうだろう? なあ、グラディオ卿?」

「そうですかね? そうであればいいな、とは思いますけれども。バルバロッサ大尉の名誉の為には、ですけれども」


 異を唱えた者。それは、六英雄グラディオだった。白の騎士服に銀の胸当て、そして腰には愛剣を佩くグラディオは、この陣にあるとまるで骨董品のようだった。ひょろ高い背丈に、無造作に遊ぶ金髪と、細められた碧眼が作り出す少し情けない笑顔は、バルバロッサの癇に障るものだった。


「ちっ。含みのある言い方を。もっとシャキッと出来ぬのかね、グラディオ卿は? それでは剣聖の冠も泣きたくなるというものだ」

「あ、あはは。すいません。でも僕、なんというか、偉そうにするのがどうも苦手で。この方が落ち着くんですけれども」

「あ? はあ、それで良く六英雄のリーダーなど務まったものだ」

「ま、まあ、実際の指揮はアルコンがやってくれていましたから。僕は、ただ先陣を切るだけだったわけでして。だから、これでも務まったんですけれども」

「ふん。部下に恵まれて良かったですな。その部下たちには同情してしまいますがね」


 バルバロッサはそこで会話を打ち切った。これ以上グラディオと話すと、ただでさえ調子のよろしくない胃が、ますますムカムカしてきてしまう。


「ようし、本隊進軍開始! 銃兵隊、速やかに砲撃隊の後方に散開せよ! 相手は六英雄のハスタと、竜王ゲオルギウスだ! 油断はするな! まあ、そんな警戒など、無駄になるとは思うがな。があっはっはっは!」


 豪気に笑うバルバロッサは、手を振り払いながら陣を出た。その後に銃を担いだ士官2名が付き従う。


「……無駄、ですか。ええ、本当に。僕もそう思いますよ、バルバロッサ大尉。ただし、あなたたちの全てが、なんですけれども、ね」


 グラディオが白いマントをひるがえし、その後に続いた。直後、陣は機敏に動く兵たちにより、凄まじい速度で撤収された。


 神聖パラディエス帝国の聖騎士、グラディオ・マギア・ドゥクス公爵。それが、今のグラディオの肩書きだ。城とそこでの使用人以外には、一人たりとも部下を持たない、いや、皇帝より与えられないグラディオは、ただのお飾りだった。帝国にしてみれば、それで十分だったし、そうするしか他に方法が無かったのだ。


 誰も倒せない無敵の英雄に実権まで握られては、あまりにも危険過ぎる。大征伐戦参加国連盟により決定されたグラディオとその妻フロウスの、保護という名目の監視軟禁を請け負ったパラディエス帝国は、秘密兵器を手に入れたつもりだった。兵器は戦いの時まで大人しくしていてもらわねばならないし、それまでちゃんと居てもらわなければ困るのだ。そう言った事情から、グラディオは貴族の最高位と聖騎士と言う名誉を与えられたのだ。


 それは、グラディオも分かっている。


「バルバロッサ大尉。通信です」

「うむ。どうした?」


 部下たちが木々を掻き分けて作る道を悠々と進むバルバロッサは、通信兵からマイクを受け取った。


『弾着の煙、晴れる。攻撃対象確認。敵は無傷にして健在。繰り返す。敵は無傷にして健在』

「なにぃ……?」


 バルバロッサが歯を鳴らす。こめかみには血管が浮き上がった。


「当然、なんですけれども」


 後ろに続くグラディオが呟いた。バルバロッサたち、新設された軍という組織の人間は、あの大征伐戦とそれ以前の魔獣が跋扈していた世界を知らない。魔獣王ベスティアの居城近く進むほどに膨れ上がった魔獣の群れは、迫撃砲30門の一斉射撃をもってしても、蹴散らせる規模では無かったのだ。


 その中を生き抜いた竜王ゲオルギウスと、更に進んでベスティアにまで到達した六英雄の一人、ハスタが相手なのだ。そんな物が通用するはずが無かった。


「やはり、僕がやるしか無いわけなんですけれども、ね」


 グラディオが腰にある聖剣フレイの柄に手を置いた。


「わー。お魚、たくさん降ってきたん。ごめんなーん」


 河の堤では、迫撃砲に吹き飛ばされた魚がぴちぴちと跳ねていた。ハスタはそれを一匹一匹、河に戻している。


「あ、この子、大きいん。この子は食べるん。ゲオじい、後で焼いてなん」

「分かった分かった。後でな」


 ゲオルギウスは呆れている。明らかな殺意をもってして攻撃されたというのに、ハスタは変わらず呑気なものだ。ハスタには怒りという感情があるのか、と疑わずにはいられない。ただ、闘志だけが人一倍ある事は知っている。ハスタは、相手が強いほどに燃え上がる。ハスタより強い者など僅かしかいないので、その姿を見る事は稀なのだが。


 迫撃砲の斉射は、ハスタの加護により無効化された。ハスタは上空に展開した空間障壁で砲弾を全て河に着弾させたのだ。つまり、ハスタたちの上空と、河の直上の空間を繋ぎ合わせたのだ。


「やれやれ。これだから大征伐戦後世代の軍人と言うやつは。無知で向こう見ず、敵の力もろくに量らず向かって来おる。はあ、相手をするのも面倒じゃ」


 ゲオルギウスはすでに相手の指揮官の力量を見限っている。


「ゲオじい、もう年なんな。ハスたんが相手するから、のんびりしてていいのんな」

「年寄り扱いされるのも悔しいのう」


 ばんばんと肩を叩くハスタに、ゲオルギウスは複雑な心境だ。ゲオルギウスが心を許している相手であれば、精神体でも触れられる。精神体ゲオルギウスは物理干渉の有効無効が自在であるので、敵に「卑怯」と罵られる事もままあった。


「そろそろ敵が森を抜けて来るのん。全員、殺しちゃってもいいのんな?」


 ハスタの手が別の空間に消えた。消えた手の周りには、水面のような波紋が小さく波打っている。ハスタはそこに置いておいた神槍フラガラッハを取り出すつもりなのだ。


「まあ待て、ハスタ。敵の殲滅などいつでも出来る。まずは話を聞き出すのじゃ。情報が無いと、今後の方針も立てられん。それに」

「分かったのん。それに? なんなのん?」

「敵の中に、グラディオもおる」

「え? それ、本当なん?」


 ハスタは敵の中へ目を凝らした。


「あー! グラディオなーん!」


 そして、すぐに発見する。多数の兵に隠れて、グラディオの姿が探さないと見えなかったのだ。ハスタはグラディオを懐かしみ、喜んだ。グラディオに会うのは、15年振りなのだ。


「あ、ハスタだ。あはは、相変わらずちびっこいなあ」


 グラディオも同じだ。懐かしさで顔が綻ぶ。


「でも、僕とハスタって相性が悪いんだ。殺すのは、苦労するだろうなあ」


 その顔のまま、グラディオは鼻の頭をぽりぽりとかいた。



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