第1話 リルガレオの相談
アーカスは素焼きの瓦があちこち剥がれた教会の屋根の上で膝を抱え、月を眺めていた。黙っていれば、アーカスは完全無欠な美女である。そんなシルフの神秘的な佇まいを見たならば、誰もが宇宙に帰りたがっているのだろうか、と空想せずにはいられないことだろう。
「何やってんだ、アーカス? こんなとこで」
物思いに耽っていたアーカスの側へ、無遠慮にどっかと腰を下ろしたのはリルガレオだった。
「来るな獣め。ウチはおぬしを敵認定したのじゃ」
アーカスはぷくっと膨れてそっぽを向いた。リルガレオを絶対に許さない構えだ。
「がははは。んだよ、まーだ怒ってんのか? いいじゃねえか、結局何にも無かったんだしよ。あいつら、風呂から上がったら速攻で寝ちまったぜ」
「うるさい。全くどいつもこいつも呑気なのじゃ。ウチの気も知らないで、もうもうもうもうもう!」
アーカスはじたばたと暴れた。
「がははは。そいつはおめえも同じだろ?」
「むう?」
頭にぽんと手を置いたリルガレオを、アーカスが不満も顕に睨みつけた。同じとは聞き捨てならない。アーカスはこれでも気遣いしているつもりだからだ。
「おめえらは戦友だろ? お互いに命を預けた仲間じゃねえか。そういうやつとは通じるもんだ。なのに、おめえの気持ちも分からないなんてことがあると思うか?」
「アルコンならある」
「お? がははは。かもな」
即座に答えるアーカスに、リルガレオは苦笑した。信じているのかいないのか、六英雄たちの関係はリルガレオには面白い。
「でもよ、俺はそうじゃねえと思うぜ。アルコンはおめえの気持ちを知ってんだ。だから、ああも見事に無視すんだろ」
「何を言っておるのじゃリルガレオ。ウチはアルコンに禁忌の事など教えておらぬ」
「ほれ。自分でバラした。俺もおめえの禁忌なんざ知らねえぜ」
「あっ!」
アーカスは慌てて口を塞いだ。が、時すでに遅し。どころか、その行動で憶測は確信に変えられた。
「うああああしまったのじゃあああ。リルガレオ、アルコンには」
「だから、もう知ってるっつーの」
「いたっ」
アーカスは頭にリルガレオのチョップを食らった。
「な? おめえは隠すのが下手過ぎるんだよ。で、そんな禁忌を知っちまったらどうするよ? 禁忌がどの時点でアウトだと判断すんのか知らねえが、伝わらなければいいって事ならよ、おめえがうっかりアルコンに『愛してる』とか口走っても、聞こえなかったフリとかしてりゃ大丈夫なんじゃねえの? そういうの、アルコンは得意そうだがな。意外と結構大変かも知れねえぜ?」
「え? じゃあ……?」
アーカスの表情が華やいだ。
「禁忌ってのは、頭の中に条件文が浮かぶんだってな。不思議な話だよなあ。もう1回、よーく読んでみたらどうよ? 抜け穴あるんじゃねえのか、それ。言ったり伝えたりがダメでもよ、なんとなーく自然に付き合う事になったり結婚したりするやつらもいるじゃん? そういうのならセーフだったりするかもよ?」
「……そうか……そうか!」
「がはははは。元気出たみてえだな。ま、頑張るだけ頑張ってみればいい。ここまでちゃあんとおめえの気持ちを無視してきたアルコンなら、割と脈はあるのかも知れねえぜ? がはははは」
「無視してくれてたから脈あるとか、難易度高い恋じゃのう……ぷっ。ぷくくくく」
ふわっと気持ちの軽くなったアーカスは、心の底から笑う事が出来ている。いつぶりだろうか。それも思い出せないくらい、アーカスは久しぶりに笑った。
「……ありがとう、リルガレオ」
「あ? おい、勘違いすんじゃねえ。俺はおめえに礼を言われるような事はしちゃいねえ」
「照れんでもよい。おぬし、結構可愛いところがあるのじゃな。くすくす」
「ばーか、ちげえって言ってんだろ」
「な、なんじゃ? 急に真面目な顔をして? はっ。そう言えば、最初会った時、おぬしはウチに美しいとかなんとかで感動すらしていたような……言っとくが、今のでウチがおぬしに惚れたりする事は無いぞ。ウチ、そんなに軽い女じゃないんじゃもん」
「張っ倒すぞコラ。俺はおめえに相談したい事があったんだよ。今のはそのついでだ。あんなどんよりしていられちゃあ、相談どころじゃねえだろうが」
「相談? おぬしが? ウチに?」
「ああ。ところで、他の六英雄たちに使いに出した星屑は戻ったか?」
「いや。戻ったのは、まだハスタに出した星屑だけじゃ。……変じゃの。光の速さで情報を送れるウチの星屑が、こんなに遅いのは。いつもであれば、皆とりあえず『了解した』とか『確認した』とか『伝わった』くらいの返事はして、星屑を戻してくれるはずなのじゃが」
「グラディオも無いのか? フロウスも?」
「マレフィ・キウムからもじゃな。まあ、あいつはいつも返事などくれないが」
「そうか……」
「な、なんじゃ? どうしたのじゃリルガレオ? そんな深刻な面、おぬしがやるとギャグなのじゃ」
「うるせえ」
「いたっ。しかし、それがなんだと? もう夜じゃし、問題が問題じゃ。返信が遅くとも、ウチはさほどおかしいとは思わぬが」
アーカスは再びチョップを受けた。てへっという顔をしているあたり、アーカスは結構チョップされるのが気に入っているようだ。
「……多分、違うぜ。他の六英雄の状況にも、いろいろ変化があんじゃねえのか? おめえ、前に連絡を採ったのはいつだ?」
「うにゅ? それをおぬしに教えるのはどうかと思うが……うーむ、半年以上前だったかの。その時は、別段変わった話は無かった」
「よし、グラディオとフロウス、マレフィ・キウムに星屑を10体ずつ飛ばせ」
「とうとう命令し始めおった」
「ボケっとしてるからだ。いいから飛ばせ。それが全部帰って来なかったら、」
「そんな馬鹿な」
アーカスは笑い飛ばそうとした。が、リルガレオのあまりにも真剣な顔に、笑いを収めるしか無くなった。
「でけえ戦が始まるかも知れねえぜ。それも、今すぐ、だ」
リルガレオはぶるっと体を震わせた。体から立ち上る闘気を見て、アーカスはそれが喜びからのものであると察した。獣人は好戦的だ。
「ふん。何を根拠にそんな事を。大征伐戦以後、世界は平和路線に向かっておるのじゃ。各国の最新兵器博覧会のようなあの戦いで、もし戦争が起こればとんでもなく悲惨な事になると、皆分かっておる。そんな馬鹿者が指導している国など、どこにも無い」
「どうだかな? 凄い力があるのなら、使ってみたくなるのが人情ってもんだろうよ。それにな、ここからがおめえへの相談なのさ」
「む。今までの話は、ただの確認だったのじゃな。そう言えばそうじゃの。なんじゃ、言うてみい」
リルガレオはアーカスに促されて、少し口ごもった。言うと決意して話し出しておきながら、まだ躊躇う。リルガレオにしては珍しく、リルガレオらしくもない事だ。リルガレオはそれに気付くと「らしくねえ」と呟き小さく笑った。もう言うだけだ。後はなるようになればいい。腹は決まった。
「これは地下水路で、アルコンのやつが死んでた時の話だが。フロウスの幻影が、俺に教えてくれたんだ」
リルガレオはそう切り出した。
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