最終話 管理者
「おう。それは俺様にも分かる。よーく、な」
リルガレオは真剣な表情で頷いた。アルコンの加護で時を巻き戻せば、死人を蘇らせる事も可能だろう。ある程度生を経た人間であれば、生き返って欲しい人の一人や二人、いるはずだ。家族、友人、恋人とまた一緒にいられるのなら、もしそれが叶うなら、例え断られようともお願いには来るだろう。思い詰めた人々が、大挙してアルコンの元へ縋りに来るのだ。こんなに面倒な事は無い、とリルガレオは思う。
「うむ。ならば良いが。なかなか話の分かる男じゃの、リルガレオよ。それにしても死した自分に自分の加護が使えるとは思わなかったのう。ウチ、さすがのアルコンでも今回だけはもうダメだと諦めたのじゃが」
「かなり特殊なケースだからな。こんな事は俺だけだろう。どんな強大な加護を持っていようが、死んだら終わりだ。普通は、な」
アルコンは無表情だ。生き返れた事に対して、特に嬉しい等の感情は無いらしい。戦いの中で生命を落としたのであれば、こう淡白ではいられなかったはずだ。
「ところで」
「ん? どうした、リルガレオ? なんだか腹の立つ顔をしているが」
「ぐははは。分かるか?」
確かにリルガレオの表情はいやらしかった。悪企みをしているようにも見える。その理由を、アルコンはすぐに知る。
「アルコンよ、おめえ、これからはその嬢ちゃんと常に接触していないとヤベエんだよな?」
「ふむ。どうも、ついさっきの件で、今までの封印は限界ギリギリまで消耗してしまったようだからな。それが?」
アルコンはまだ気付かない。
「するってえと、日常生活はどうすんだ?」
「日常生活?」
「あ」と、クーラエとアーカスが声を漏らした。
「メシやらなんやらならまだいいけどよ。ほれ、風呂とか、トイレとかな。どーすんのかなーって思ってな」
リルガレオの大きな口が、さらににやりと大きく裂けた。
* * * * *
「いやあ。なるほど、アルコン様とウィンクルムとかいう少女は、そういう関係だったのですねえ」
帝国行の航路上、蒸気パドル船の甲板に設えられたデッキチェアに腰掛けて、遠ざかるエディティス・ペイを海上から眺めているのは、死人のように生気の無い不気味な男、モルダスだった。
「ふふ。ベスティアが倒されていなければ、我々の予定の通り、この世界はとっくに無くなっているはずだった。倒されたとばかり思われていたベスティアが、なお存在しているということが分かったのは、この上ない吉報だったぞ、モルダス」
モルダスと並んで腰掛けている若者が、楽しげに答えた。頭から被る純白の法衣により、顔も髪色さえも分からないが、声は涼やかで良く通る。
「これで私の役目は果たせたようで、いやいやほっとしましたなあ。しかし、さて。分かったところで、つまりはあの赤手甲の聖魔法士アルコンと、魔獣王ベスティアがタッグを組んでいるようなものですので、これはなかなか厄介な事態なのではないですかねえ? どうなさるおつもりで?」
モルダスはにたにたと不快な笑顔を振り撒いている。船上の爽やかな潮風も、この男の笑顔に触れては腐るのではないかと思わせる。
「我々のすべき事に変わりはない。むしろ、やりやすくなったのではないかな」
「さようで」
白い法衣の若者は、モルダスのアイロニカルな物言いにも動じない。モルダスは残念そうに笑顔を収めた。
「アルコンとウィンクルムを引き剥がす。それだけで我々の目的は達せられるのだからな」
「それはそうなんですけどねえ。そう簡単に行きますでしょうかねえ? あのアルコンを相手にして」
性格の悪いモルダスは、この若者の困る顔が見たかった。気に入らないのだ。モルダスにとって、この若者は自分のコンプレックスそのものだ。
「もちろんだとも。我々はアルコンを知っている。だが、アルコンは我々を知らないのだから」
若者が立ち上がり、風に法衣をなびかせた。
「真実を知りつつ、この世界を終焉の無い袋小路へと追い込んだ六英雄たちは、この世の誰よりも罪深い。その加護も、六つ全てが理を外れた卑劣な力だ。我々には、彼らを裁く義務がある」
モルダスは若者を見上げ、息を呑んだ。ごくり、と知らず喉が鳴る。
「我々、『管理者』の名の元に!」
若者が拳を高く掲げた。
「まあ、あの"不可視の剣聖"ですら、すでにあなたの配下になっているわけですしねえ。さすがのアルコンも、どうしようもないでしょうなあ」
モルダスは面白くなさそうに吐き捨てた。
〜 第三章へ続く 〜
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