第33話 時の加護

「ウィンクルムー! おぬし、なんと健気なのじゃあ。健気じゃあ健気じゃあ」

「わわっ。ちょ、どしたのアーカス」


 アーカスが感極まってウィンクルムに後ろから抱きついた。ウィンクルムは上体を起こす事が出来ている。アルコンが自分と同時に施していた解毒が、そろそろ効果を現してきている。


「凄い……。どうして、どうしてそんなに強くあれるのですか、ウィンクルムさんっ……」


 クーラエががくりと膝をついた。クーラエも修道士として、人々を力の限り救えるよう努力している。しかし、いざ困難に直面した自分を救おうとした時はどうか? クーラエには、こんな風に笑える自信が無かった。


「大した子に育て上げたものだな、フロウス」


 アルコンがにやりと笑う。


「…………」


 リルガレオだけは、眉間の皺を深くしている。それは、部下を死地に向かわせる命を下す前夜と同じ顔だった。


「まー、でも、わたし自身にはベスティアがいるって感覚無いし。特に何か凄い力があるわけでもないし。ふつーだよ、ふつー」

「ぬん?」


 少し照れ笑いを浮かべたウィンクルムは、アーカスの顔をぐいぐいと押している。


「ふつー? おぬし、先程の門の前で、アルコンが降って来る直前の事は? 覚えておらぬのか?」

「ん? うーん? あれ? 言われてみれば、クーラエに引っ張られてて、アルコンが降って来たけど、なんか少し記憶飛んでるような? あはは、でも、それだけ必死だったんだね、きっと」


 アーカスはアルコンを見遣った。アルコンは首を振る。それを受け、アーカスは「そうか。きっとそうじゃな」と話を切り上げた。


「なるほど、な」


 アルコンは考察した。そもそも、ウィンクルムが一人でここまで来られた事が不思議だった。何の力も感知出来なかったウィンクルムだが、あの時点ですでに封印はほつれていたのだろう。ウィンクルムの感情が一定以上に昂ぶらなければ、封印は有効だったのだ。きっとここまでの旅で、幾度かの危機に遭遇しているはずだ。その度、ベスティアはその力の端緒を顕してウィンクルムを助けていたに違いない。


 何も無ければ普通の子、ウィンクルム。しかし、ひと度何かがあれば、とんでもない力を発揮する。その積み重ねにより、封印は徐々に弱った。そして今、いよいよ破られようとしているのだ。それを防ぐには、赤手甲の主人である自分の"意志力"を以て封印の効力を増加させるしか無い。これを予見したフロウスは、ウィンクルムを自分の元へと送り込んだ。


 だが、とアルコンは思う。


 フロウスは、なぜ、ウィンクルムを一人で行かせたのだろう。封印の効力を持続させる為には、ウィンクルムの危機を極力取り除くべきであるはずだ。それならば、お供を付けるくらいはした方が良いし、今や貴族であるグラディオならば、100人や200人の護衛は用意出来たのではなかろうか。


 何か理由があるのだ。自分の知らない、自分には言えない"闇の理由"が、と。


「とにかくさ、わたしはアルコンと一緒にいなくちゃって事だよね? えっへっへー、それってわたし的にはラッキーだよ。ベスティアに感謝だね」

「お前、凄い前向きだな。もしかして、メンタルが鋼鉄で出来てるんじゃないのか? しかし、だからと言って必要以上に密着する必要は無い。全身を絡みつけてくるのはやめろウィンクルム」

「そ、そうじゃそうじゃ。触れているくらいでも十分なのじゃ」


 アルコンが腕を振ってウィンクルムを引き剥がそうと試みる。ウィンクルムはそれをひょいひょいとかわして逆の腕や腰や足にまとわりついた。アーカスもウィンクルムを捕まえようとするが、それもするりと避けられる。さっきと同じ展開だ。その横では、クーラエがまだ真っ白になっている。


「それにしても、生き返るなんて事があるとはな。いくら聖魔法士とはいえ、死者を蘇生させたってやつはいないはずだぜ。聖魔法は治癒、解毒、防護、自身や他人の身体能力強化が得意だがよ、お前の力、ちょっと桁外れ過ぎやしないか、アルコン? それに、聖魔法が何故ベスティアの封印に使われるんだよ? なんとなくそんなもんかと思ったけどよ、それもおかしな話だぜ。封印なんて、どちらかと言えば呪術の類だ。神聖な力を行使する聖魔法とは真逆なんじゃねえのか?」


 麻痺から自力で回復したリルガレオは、核心を突いた。ずっと考えていたのだ。フロウスの"幻影"に聞かされた事もある。リルガレオはここを明らかにしたかった。


「それは」


 アルコンより先にアーカスが口を開いた。


「いい。話すよ、アーカス」

「しかし、アルコン」

「いいんだ。こいつは信用していい」

「ううむ。ウチは教えるべきでは無いと思うのじゃが……」


 本人にこう言われては仕方がない。アーカスは渋々引き下がった。


「お前の言う通りだ、リルガレオ。俺の加護とは、聖魔法では無い。そもそも、加護とは魔法では無い。加護は加護だ」

「そうだろうな。アーカスを見てて思ったぜ。アーカスも光を使うわけだがよ、だからって光魔法とはまるで違うもんだよな。アーカスみてえに、使役する光の力自体が意思を持ってるなんてあり得ねえ。あんなにぐにゃぐにゃ曲がって飛んだりしねえし、ましてや喋るなんてとんでもねえ話だぜ」

「そうだ。だから加護なのだよリルガレオ。例えば六英雄の一人、ハスタ。あいつの加護は"空間"だ。フロウスは"構築"、グラディオは……、まあ、あいつはいい。あいつの加護を言うと、大抵聞き返されるので説明するのが面倒だ。ややこしいのだ、グラディオの加護は。そして、物凄く厄介。で、知っての通り、アーカスは"光"。おっと、マレフィ・キウムがいたな。あいつもいいか。とにかく加護とは、その性質を事象として言い表せるものなのだ。いや、逆か。"事象"の"性質"を持つ力。それが"加護"なのだ」

「つまり、飛ぶだの跳ねるだの、貫くだの壊すだのってのが事象か?」

「まあ、そんな感じだな。風や炎といった自然現象もそうだろう」


 アルコンは苦笑いを浮かべて頷いた。


「じゃあ、おめえの加護は? 一体、どんな事象を操れる?」


 リルガレオは分からない。聖魔法と誤魔化す事が出来、封印としても使われた力。その両方を満たす事象に、見当がつかなかった。アルコンは少しの間を置いた後、静かに答えた。


「時だ」

「何?」


 聴力も人間の比ではない獣人リルガレオが聞き返した。


「俺の加護は"時"。俺はな、リルガレオ。時を操る事が出来るのだよ。とは言っても、触れた対象だけ、部分的なものだがな」


 アルコンが自嘲気味に微笑んだ。


「な、なんだ、そりゃ? 時? 時間? そ、そんなもんがあるわけねえ……! 時間魔法の研究なんぞ、どんな大魔法士も成し得てねえぜ……!」


 リルガレオはわなわなと震えている。


「まあ、信じられないのが普通だろうな。だがな、リルガレオ。俺の加護で驚いているようでは、グラディオの加護など到底理解出来ないぞ。ああ、やっと気分が治ってきたようだ。おうい、クーラエ。いつまでそうしているつもりだ? 早くコーヒーを淹れ直してくれないか?」


 興奮か感動か。もしくはその両方で震えるリルガレオを尻目に席を立ったアルコンは、クーラエの肩に手を置いた。


「言っておくが、他言無用だぞリルガレオ。お前がどこまで理解したか分からないが、俺の加護は最低の使い道を持っている。もし大勢に知られる所となれば、愚民が大挙して押し寄せる事にもなりかねん。俺はそれを大征伐戦で嫌というほど体験した。だから俺はこれを、公には"聖魔法の加護"と説明してきた。だから、フロウスに封印をして貰ったのだ。もう、二度と使わないつもりで、な」


 リルガレオをぎょろりと睨むアルコンの瞳には、ドス黒い影が渦巻いていた。





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