第24話 リルガレオ無双
「お願い、アルコン! 今すぐにウィンクルムの所へ行って! 今! すぐに! フロウ、ただの幻影だから何にも出来ない! アルコンに何とかしてもらうしか!」
「お、おい。落ち着けフロウス。俺だって今や単なる魂で、何の物理的干渉力も無いのだ。それに、ペンダントを受け取った時に俺の頭に流れてきた説明では、ウィンクルムの中に俺の加護があるという話だっただろう? 俺の加護は、お前の魔術によって組み込まれた術式を、俺の意思だと思い込んでウィンクルムを抑えている。それはもはや独立した"機能"でしかないはずだ。俺の生死など関係」
「あるの! アルコンが生きているのか死んでいるのかで大違いなんだよ! 忘れたの、アルコン? 魔獣王ベスティアが、どんなものだったのか! 傷ついたベスティアが、どれほどの力を発揮したのか!」
「……はっ……!」
アルコンは思い出した。あの厳しかった戦いを。今は六英雄と呼ばれる、圧倒的破壊力を持つ加護使いが六人掛かりでも、ぎりぎりでしか倒せなかったあの恐ろしい魔獣を。叩けば叩くほどに、斬れば斬るほどに、燃やせば燃やすほどに、凍らせれば凍らせるほどに、穿けば穿くほどに、爆ぜれば爆ぜるほどに、巨大に、強大になっていったベスティアを!
「ウィンクルムが、アルコンの死によってどれほどのダメージを受けるのかフロウには想像がつかないの! あの子は、アルコンが大好きだから! あの子が暴走すれば、アルコンの加護による呪縛すら引き裂いてしまうかも知れないわ!」
「……なぜ、だ……!」
アルコンは混乱し、困惑していた。ウィンクルムには昨日初めて会ったのだ。そこまで好かれる理由など、全く心当たりがない。もし自分がウィンクルムにとってどうでもいい、取るに足らない男であったなら、こんな危険はなかったはずだ。
事実、アルコンは自分を取るに足らない男で何の価値も無い男だと思っている。それは周りにも伝播して、エディティス・ペイのたいがいの知人は、アルコンを特に何の取り柄も無い、ただの気のいい下らない男だと思ってくれている。なのに。
「なぜだ? なぜ、ウィンクルムは俺をそんなにも……?」
「……それはっ……、」
言いかけて、フロウスは口を噤んだ。ぎゅ、と唇を噛み締めた。フロウスには、なぜウィンクルムがアルコンをそんなに好きなのかが分かっている。言いたい。けど言えない。言えば、何もかもが終わってしまう。それがフロウスには分かっていた。フロウスは、ずっとこうして生きてきた。
だからフロウスはこう呼ばれるのだ。
"沈黙の魔導師"と。
「へぇ。そうかそうか。そいつあ、結構やべえ事になりそうだなあ」
おもむろに、リルガレオがそう言った。にやりと口角を吊り上げて、不敵に不遜にそう言った。
「なに?」
「ふえ?」
アルコンとフロウスは、会話への思わぬ闖入者に間抜けな声を出している。
「あ? そ、そうですぜリルガレオ様。だから」
「うるせえ。てめえに言ったんじゃねえよ。ちと静かにしてろや。殺すぞ」
配下の獣人が答えるのを、リルガレオが遮った。配下はリルガレオのひと睨みで「ひっ」と息を呑んで口を閉ざした。
「リルガレオ?」
めきめき、めきめき、と不気味に軋む音がする。ぶわ、とリルガレオの体から蒸気が上がる。軋む音は、リルガレオの筋肉が膨張しているからだ。リルガレオが戦闘モードに入ろうとしている、とアルコンは気づいた。
「がははは。だから嫌なんだよなあ。俺様が本気を出すと、身体能力の何もかもが跳ね上がっちまうからよ。おかげで、聞きたくも無い事まで聞こえちまう」
今度はぎしぎし、ぎしぎしと金属の軋むような音がした。次いで、右腕からばきんと何かが砕ける音がした。
「ギュオオオオオ!」
それは攻殻魔獣の腕が砕けた音だった。リルガレオの右腕を押さえていた魔獣の両腕の関節が、逆に曲がって砕けていた。リルガレオはただ腕を曲げただけらしい。その力に負けた魔獣の腕は、役目を完全に失った。そして、後ずさった攻殻魔獣に、リルガレオの軽い裏拳が炸裂した。
「ギ」
リルガレオの拳によって吹き飛ばされ、水路の硬い石壁に叩きつけられた攻殻魔獣は、断末魔の悲鳴を最後まであげることも出来ずに破裂した。床に落ちた熟れたトマトのように壁に広がった攻殻魔獣の欠片たちは、水路にぽちゃぽちゃと落ちていく。
「さて、と」
リルガレオは左腕を押さえていた魔獣の頭を今自由になった右腕でむんずと掴むと、芋でも放り投げるかのような仕草で魔獣を投げた。
「ガ」
周りは全て石壁だ。魔獣は先の個体同様、次の瞬間には壁の花と化していた。
「へえ。血は出ねえのか。まあ、俺様はあんま血が好きじゃねえから助かるけどよ。つーかよお、一体何で出来てやがんだ、てめえら」
両腕が自由になったリルガレオは、肩をこきこきと鳴らして足を振り上げた。リルガレオの右足にしがみついていた魔獣が、アルコンたちのすぐ脇を砲弾のようにかすめた。アルコンが「うお」と唸る間に、その魔獣は破裂音と共に天井で花開いた。これでリルガレオに取り付いていた魔獣は残り二体だ。左足のと、リルガレオの頭を掴んでいる個体。一番腹の立つ頭のものは、最後に潰すつもりでいる。
「やべ。リルガレオ様、もう脱出するぞ」
「ぼーっと見てちゃあ後で何を言われるか分からねえ。行くぜ」
瞬く間に魔獣を蹴散らしてゆくリルガレオに仲間でありながら危機感を覚えた二人の獣人は、慌ててリルガレオの頭を掴んでいる魔獣へと殴りかかった。
「硬え!」
「いてええっ! 拳が砕けやがった!」
「くそ、引き剥がしてやる!」
二人は背中、後頭部とそれぞれ叩きつけてみたのだが、魔獣の攻殻には歯が立たない。せめて短剣でもあれば、獣人の力によって傷くらいはつけられたのだが、「漢は拳で語るもんだ」と常々リルガレオから言い含められているせいで、普段武器は持ち歩いていない。それならばとリルガレオと同じように掴みかかって投げ飛ばそうとした二人だったが、魔獣はビクとも動かなかった。
「はは。さすがは獣人の王だな。他のやつらとは格が違うということか」
アルコンは素直に感心した。
「邪魔だっつーんだよてめぇら」
「うわあっ!」
「危ねえ!」
リルガレオが左足を水平に振ったせいで飛ばされた魔獣が、二人の獣人に当たりそうになった。魔獣は水路を水切り石のように何度もバウンドし、遥か遠くへと転がっていった。
「さあ、最後はてめえだ」
「グガ、ガ!」
リルガレオは自分の頭に食い込む魔獣の手を掴むと、両手で左右に引き裂いた。
「おっと、逃げるんじゃねえよ」
たたらを踏んで後ずさった攻殻魔獣の頭を、リルガレオががしっとボールのように掴んだ。
「痛かったぜえ、てめえの爪は。痛えって言ってんのによお、なんつー酷いやつだよって話だぜ。だから、きっちりとお返しはしなくちゃあなあ!」
「ギャブオオオ! ……オ」
魔獣の頭がリンゴのように握り潰された。
「よっしゃ片付いた。おいおめぇら、上に出る道はどっちだ?」
リルガレオはぱんぱんと手を払うと、配下へ尋ねた。頭からの出血はもう止まっている。どころか、きれいに傷も治っている。
「はっ。あっちですぜ」
「どうするんですかい、リルガレオ様?」
「んん? そうだなあ」
リルガレオは顎に手をやり少し考えた後、天井を見上げた。
「おうい、アルコン。おめえはどうして欲しいんだ?」
「は? リルガレオ様?」
「アルコンならそこ、下に倒れてますぜ。死んでるし」
アルコンは「ふふ」と笑うと、隣に浮かぶフロウスを、いやらしく横目で見た。
「俺の親友であるリルガレオが何とかしてくれそうだが、フロウス。何をしてもらえばいいのだろうな?」
「さすがだね! やっぱりアルコンは頼りになるお兄ちゃんなんだ! いいお友達を持ってるのね!」
感極まったフロウスが、アルコンへと抱きついた。そして思い切り頬ずりした。
「誰が親友だ、誰が! 調子に乗ってんじゃねえよ、アルコン!」
怒鳴るリルガレオに、配下の獣人は顔を見合わせ首を捻った。
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