第19話 暴走する光
リルガレオは2メートルはある自分よりも、さらにふた回りは大きい攻殻魔獣オスティウム・ウルマに背後から拘束されている。いや、拘束されたフリをしていた。違和感があるからだ。過去に何百と粉砕してきた個体とは、何かが違う。リルガレオは闇雲に振り払うより、この不気味な男モルダスからもう少し情報を引き出そうとしている。熱血と冷静を兼ね備えたリルガレオだからこそ、獣人の王が務まるのだ。
しかし、それはモルダスも承知していた。
「獣人王を押さえるには、1体では足りませんよねえ」
「お?」
モルダスが指を鳴らすと、安置されていたオスティウム・ウルマがぞろぞろと蠢き出した。そして、そのうちの5体ほどがリルガレオの両腕両足、そして正面からしがみついた。リルガレオは少し力を入れてみた。
「……あり? これ、もしかして動けねえんじゃね?」
リルガレオは驚いた。
「ふひひ。そりゃあそうでしょう。そいつらは私の作り上げた特別製ですからねえ。オスティウム・ウルマに見えますが、中身はそうじゃないのですよ。うひっひひひ」
モルダスは計算通りとばかりに小躍りした。足が水を蹴り上げ、ばちゃばちゃと騒がしく音を立てる。
「加護が無いアルコン様、ちびっ子のアーカス様はどうにでも出来るので、後はあなた、リルガレオ様を止められれば良かったのですよねえ、私にとっては。加護がなければ脆いものでしたなあ、赤手甲の聖魔法士も。さて、多少の戦力は釘付けにされましたけど、見つかってしまっては仕方がありません。計画を前倒しするとしましょうかねえ。他の準備も、もう整っているはずですし」
モルダスがついて来いとばかりに腕を振り上げると、多数のオスティウム・ウルマたちが行進を始めた。適当な嘘で情報を聞き出し、好機を待って一気にアルコンたちを排除したモルダスは、なかなかの戦略家だと言える。
「信じられねえ。てめ、なんで魔獣を操れる?」
人に従う魔獣など、リルガレオでなくとも見たことは無い。驚くのが当然だった。
「ふひひひ。なにしろ私、研究熱心なものでして。魔獣王討伐戦の真実を知り、閃いたのですよ。こんな使い方も出来るのでは、と」
魔獣を引き連れたモルダスは、アルコンたちも目指した巨大橋桁の方へとだるそうに歩きつつ、リルガレオへ振り返ることもなくそう答えた。
「んだと? 魔獣王討伐戦の、真実だあ?」
リルガレオは混乱した。今、自分がアーカスから殺されそうになっていたのは、まさしくそれが理由のはずだ。そう軽々しく知られていてはおかしいのだ。
「ええ、真実、ですよ。酷い話ですよねえ、全く。六英雄は、なぜこれを隠すのか? 私はね、六英雄は人類、いや、この世界に暮らす全種族の敵だと思いましたから」
「はあ? そりゃ、どういう」
「おっと、のんびりとお喋りしている暇は無いのでした。そもそも私、お喋りはさほど好きでもありませんしねえ。それではリルガレオ様、さようなら。そのまま私の攻殻魔獣たちに、リンゴみたいにすり潰されてて下さいよ。ごゆっくり、とね。ふひーっひひひひ」
「おい、ちっと待てよモルダス。いいじゃねえか、もう少しくらい付き合ってもよお。そうだ、アイアンアームの話をしようぜ。お気に入りの回とかよ。おい、モルダス。おーい」
ざばざばと水を切り裂く無数の足音が、徐々に遠ざかってゆく。しばらくすると、周りにはさらさらと流れる水のせせらぎだけが残った。そうすると、リルガレオの肉や骨が軋む音が良く聞こえるようになる。リルガレオは「いだだだだだ」と、苦痛に呻き出した。
「やべーなコレ。マジで動けねえぞ。えーっと、助けてくれそうなヤツはと言えば、アルコン……は、頭砕けてやがるなありゃあ。間違いなく死んだだろ、あれなら。つーと、あとはちびアーカスだが……水に沈んだままで、光が全く見当たらねえか。こっちもどうやら殺られたか。いてっ。いてててて」
キョロキョロとしていたリルガレオを警戒したのか、正面から押さえているオスティウム・ウルマが顔面を掴んできた。リルガレオはこめかみに食い込む硬質な指に苦しんでいる。
「……ウ、ウチは、殺られてなどおらぬ……」
「おお? 生きてたかちび」
水面からふらふらと浮かんできた弱々しい光は、ちびアーカスだった。もはや人形になることも出来ないのか、ただの光る球体だ。
「あ、当たり前じゃ。ウチ、強いんじゃもん。てゆーか、なんだったんじゃあの死体男め。で、アルコンは? アルコンはどうしたのじゃ?」
光がふらふら、ふらふらとその辺を漂う。アルコンを探している。
「あー、アルコンならな、死んだぞ。ほれ、そこに倒れてんだろ? 血ぃダクダク流してよ」
「何を言うておるのじゃこのケダモノめ。アルコンがそんなに簡単に死ぬわけが……!」
光球アーカスは言いかけて硬直した。頭が割れ、大量に出血して倒れているアルコンを発見したからだ。黒い法衣を着た死体など、そうそうあるものでもないし、あったとしてもさらに偶然ここに流れ着く可能性などまず無い。しかも死んだ直後だったという偶然が重なるわけもない。つまり、これは正真正銘のアルコンなのだ、と光球アーカスが理解するまで、たっぷり数分はかかった。
『愛していることを伝えてはならない』
アーカスの禁忌そのものが、消滅した瞬間だった。そして、無敵に近づいた瞬間でもある。
「アルコーーーーン!!!!」
光球アーカスが爆音のような叫び声を上げた。
「うおおおお!?」
リルガレオも叫んだ。
光球アーカスの放つ光が、真昼のように大空洞内に満ちてゆく。
「お、お? あち。あちちちち!」
そして、流れる水がボコボコと沸騰し始めた。途端に辺りは水蒸気により白い空間へと変化した。リルガレオの超視力をもってしても、もはや視界はゼロだ。アルコンの死体がこの熱湯でどうなるのか? リルガレオはそれを想像するのをやめた。脳内で酷い姿が浮かび上がろうとしたからだ。
「ああああああああーーーーー!!!!」
「おい! どこへ行くんだちび! ……て、マジかよ!」
我を忘れて暴走した光球は、この地下を支える大断層、分厚い岩盤を突き破り、突き進んだ。水蒸気が一気にそこに吸い込まれ、晴れた視界にリルガレオは驚嘆したのだ。
空が見える。あんな小さな光球が、人ひとり通れるくらいの穴を穿ってしまっている。では、アーカス本体の力とは? リルガレオは考えて戦慄した。
「そりゃあ、世界が恐れるわけだよなあ。こんなもん、野放しにしちゃマズイだろうよ……」
久しぶりに肌で感じた六英雄の力を、リルガレオは素直に恐れた。
「アルコン……アルコンッ……」
力を使い果たした光球は、花火のように儚く消えた。
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