第13話 アルコンの庭
ちびっ子アーカスはアルコンの頭の上にちょこんと正座し、ガス灯並みの光で大空洞内を照らし出した。暗く冷たかった空間が、途端に暖かみを帯びている。灯りを嫌った小動物や虫がさっと影に逃げてゆく。一瞬だけさざめきたった空間だが、すぐにまた静寂に包まれた。
「これで良いのか、アルコン?」
「ああ、十分だ。あまり強く照らしすぎてはお前の力が保たないだろう? さほど時間を取らせるつもりは無いが、念の為それくらいにしておけ。地上に出れば、また敵同士になるわけだしな」
辺りの様子が見えるようになったアルコンは、大空洞内をぐるりと見渡すと確信を持って足を踏み出した。じゃぶ、じゃぶと足音が木霊する。
「ウチの力を削いでおいた方が良かろうに。その配慮は無用では無いのか?」
「ははは。お前のようなちびっ子分の力を削いだとて、アーカス本体にとっては微々たるものだ」
「むっ。今のおぬしは、そんなウチにも敵わぬのであろうが。生意気を言うでない」
「あちっ。おい、熱は出すなよちびっ子。髪が燃えて禿げたらどうする。俺はまだ禿げたくないのだ」
「知らぬもん。アルコンなんか禿げたって構わぬもん」
ちびっ子アーカスはアルコンの髪を引っ張ったり結んだりして遊んでいる。やんちゃな子は、こんな風にしか甘えられないものなのだろう。
「うーむ……。なあ、ちびっ子。俺の頭の上に乗った方が良くないか? 俺のがでかいから、より遠くまで照らせるぜ?」
「嫌じゃ。ウチはアルコンの頭がいいのじゃ。アルコンでなくちゃ嫌なのじゃ」
「あっそ……」
ちびっ子アーカスはアルコンの頭にひしとしがみついて、リルガレオへ舌を出した。リルガレオは悲しそうに肩を落とした。
「赤石があるな。ということは、こっちが東だ。このまま行けば橋桁の手前まで行けるはず」
アルコンはちびっ子アーカスを放置したまま突き当たった道を右へ折れた。至極真面目な顔をしているが、頭頂部にはちびっ子アーカスの結ったちょんまげが揺れている。
「赤石? あのでかいやつか? 赤っぽいあの岩、なんかの目印になってんのかよ?」
リルガレオもアルコンに続いて角を曲がった。ざぶざぶと水を掻き分ける足音は、アルコンより大きく響く。
「ああ。何年かに一度、大雨が降るだろう? それで上流から運ばれて来たのだろうが、あれはここからまず動かない。まだ残ってくれていて助かるよ」
「ほー。でもよ、なんでそんな事を知ってんだ、アルコン?」
「ここが俺の故郷だからだよ、リルガレオ。本当に小さな頃は、ずっとこの地下大空洞で暮らしていた。フロウスと一緒にな」
「は? ここで?」
「ああ。フロウスの加護を使い生活していたが、特に不自由は無かった。火の魔術で灯りや料理、暖を取ったりもした。洗濯も風呂も水があるからいつでも良かった。食材や服は俺が地上で調達して……上で生活するようになったのは、その2年後くらいか。だから、ここは俺の庭みたいなものだ」
アルコンは懐かしむように語った。過去をあまり語らないアルコンにしては珍しいことだ。リルガレオは少し意外に思った。
「そうか」
リルガレオはそう答えただけだった。
「アルコン……」
ちびっ子アーカスは複雑な表情を浮かべ、アルコンの頭を抱き締める。だが体が小さ過ぎるので、ただへばりついているようにしか見えない。
「さて、そろそろ橋桁に着くはずだ。この辺から深くなるし流れも速い。おまけに」
アルコンたちが地下を歩き始め、すでに30分は経過していた。クーラエとウィンクルムがまだ観光していてくれればいいのだがと考えつつ、アルコンはリルガレオに注意を促そうとした。
「いてっ。あ? なんだよこりゃ? 罠?」
それは少し遅かった。リルガレオの足が、鋼鉄の牙を思わせる罠に噛みつかれている。しかし、リルガレオの筋肉にはその牙も通らない。リルガレオの皮膚を、少し破っただけだった。
「ああ、罠だ。この辺から、地下大空洞から侵入して来る敵への備えがぼちぼちあるから気をつけろ、と言おうとしたところだった。この先は、もっと苛烈な罠が増えてくる。大岩潰しや落とし穴や雷撃室に火葬室。ガスが噴射される区画は特に危険だ。ひと息で即死する」
「早く言えよ、そういうことは。ま、言われなくても特に問題ねぇけどな」
リルガレオは罠を軽く外すと、その辺に投げ捨てた。普通の人間であれば、鎧の上からでも骨を砕かれるほど強力に挟む罠なのだが、リルガレオには全く通用していない。
「いてっ。またかよ」
「少しくらい警戒しろよリルガレオ。軍勢相手を想定して仕掛けてあるのだから、たくさんあるに決まっているだろ。頭まで獣なのかお前は」
「こんなもんいちいち避けてられっかよ、面倒くせぇ。もういいわ、このまんまで」
「それ、また仕掛け直す者の身にもなってみろ。どっちが面倒臭いと思うんだ。迷惑な奴だ」
「仕掛けんのも仕事だろ。それで生活してんのなら、仕事増やしてやった方がいいんじゃねぇか? これも人助けだろ、人助け。がはははは」
豪快に笑うリルガレオの足には、すでに両足ともに5個ほども罠が喰らいついている。足音はざぶんざぶんにがっしゃんがっしゃんが付け足され、かなり賑やかになっていた。
「アルコン、なんだか馬鹿っぽくなったのう……」
ちびっ子アーカスがアルコンの頭上でよよよと泣いた。
「そうか。もしそうなら、それはリルガレオのおかげだな」
「何で俺様のせいなんだ? おめぇは最初っからそんな感じだったじゃねぇか。人のせいにすんなよな」
リルガレオはムッとしている。
「勘違いするなよ、リルガレオ。俺はおかげでと言ったのだ。俺は今の俺を気に入っているのだよ」
「はあ? 馬鹿っぽいのが気に入ってんのかよ? お前は本当に分かんねぇ奴だなあ」
「……ウチは何となく分かるのじゃ。今のアルコンは、昔より」
「ん? 昔より? なんだ、アーカス?」
「な、何でもないのじゃ! それより、もっとキリキリ歩くのじゃ! こんなにのんびりしていては、ウチが消滅してしまうのじゃあ!」
ちびっ子アーカスはアルコンの頭をぽかぽかと叩いた。
「いて。いててて。おい、人の頭で暴れるなよアーカス。リルガレオは足音立てるな。そこで止まれ」
「ああ、言われなくてももう止まってら。何だろな、ありゃ?」
「ん? どうしたのじゃ?」
急に立ち止まり、纏う空気を一変させたアルコンとリルガレオを、ちびっ子アーカスは不思議そうに見やった。
「俺の指差す方を少し強く照らしてくれ、アーカス」
アルコンは前方の壁を指差した。流れに背を向ける形で開口部がある壁だ。何かの資材を格納する為に設けられた倉庫のようになっているが、アルコンには朧げにしか見えない。
「照らすのか? 大丈夫か?」
リルガレオにはそこにある物が何なのか、もうハッキリと見えている。
「何なんじゃ、もう。ウチ、もうあまり力が残って無いのじゃが」
ちびっ子アーカスはぶちぶちと文句を垂れつつアルコンの指示通り光を強めた。そこには。
「何だと……? なぜ? なぜ、こんな所に、こんなものが……?」
照らし出されたものを認識したアルコンは、絶句した。あり得ない。こんなものがこんな所にあるなど、あってはならない。だが、現実としてここにある。アルコンのうちには、激しい疑問が渦巻いていた。
「何じゃ、これ? こやつら、こやつらは」
ちびっ子アーカスも自分で照らし出したものが信じられないでいた。光の加護の力により幻を作り出す事も出来るアーカスが驚いていると言う事は、これはやはり現実なのだ。アルコンはそこもちゃんと確認している。
「誰がどうしてここにこんなもんを置いてやがるのかは知らねぇが……とにかく、悪意しか感じねぇ。これをやった奴ぁ、絶対に何か良からぬ事を企んでやがるはずだぜ!」
リルガレオは怒りを露わに叫んでいる。
「オスティウム・ウルマ……」
アルコンがそれの名を呟いた。
地下大空洞の資材倉庫にあったもの。それは、昨日ドリチアムの門衛隊が大苦戦し、アルコンが撃退した甲殻魔獣、オスティウム・ウルマだった。それが、倉庫に静かに並んでいる。目覚めの時を待つように。
「ざっと見て、百は下らねえ数だな。こいつはやべぇことになるぜ」
リルガレオが惨劇を想像し、吐き捨てるようにそう言った。
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