第4話 フライング・ホットドッグ
「魔獣の分布? なぜそんな事を知りたがるんだ、アルコン?」
「少し気になるんでな」
クーラエとウィンクルムがいなくなった教会の食堂では、リルガレオとアルコンが差し向かいに座っていた。リルガレオの前には芳醇な香りを放つコーヒーが置かれている。アルコンが淹れたのだが、情報料のつもりであるらしい。
「気になる、か。言われてみりゃあ、あの魔獣オスティウム・ウルマは、単体で出張ってくることなんざほとんど無いやつだったよなぁ」
リルガレオはコーヒーを一口啜ると、ふぅふぅと息を吹きかけた。リルガレオは猫舌だ。
オスティウム・ウルマはその硬い外殻を持つという特性上、軍勢の盾として機能する。人間の軍に率先して突撃してくるのはまず間違いなくオスティウム・ウルマであり、その後ろから魔獣の雑兵が多数攻め寄せる。
魔獣王大征伐戦当時は、あんな魔獣がうようよしていた。最新鋭の兵器を持った銃士隊の編成が間に合わなければ、人間側は確実に敗北していたと見る戦術家は多くいる。
「ああ、そうかそうか。あいつがいるってこたぁ、他にも近くに小せえのがごっちゃりいるんじゃねぇかって心配してるってことだな。いねぇいねぇ。俺の手下どもが毎日この城塞都市周りを巡回してるが、最近はとんと見ねぇよ。ベスティアが討伐されてからは、狩り残しの魔獣どもも大人しいもんだ。ま、残ってんのはかなりの大物ばかりだから、仕掛けてこねぇ限りは無理して殺ることもねぇ。昨日のオスティウム・ウルマもそのクチだろ」
ベスティア討伐後、魔獣の生息数が増加したという報告は、全ての国や地域で無かった。魔獣の個体数は、確実に減少の一途を辿っている。もはや絶滅危惧種だったが、保護を訴える人間はいない。絶対に人間や他種族と共存出来ない種族。それが魔獣であり、獣人族や竜族、妖精族とはそこが決定的に違っていた。
「……ふむ。俺もそうは思っているのだが……」
「他に何を心配してやがる? おめぇの加護も復活してんだ。ちっとくれぇ強え魔獣が出て来やがっても全然問題ねぇだろが?」
「それなんだがな、リルガレオ」
「ん? それってなんだ?」
「加護が復活したって話」
「うん?」
「実は俺、また加護が使えなくなってるんだが。なんでだろうな、リルガレオ?」
「使えなくなった? なんで?」
「いや、俺が聞いているんだが」
「いやいや。俺に聞かれても分かるかよ。俺は加護なんか使ったことねぇし」
「そうだよな。いや、困ったな。しかし、まぁ問題ないか。15年間使えなかったけど、特に使う用事も無かったからな。昨日のやつのせいでまだ他にも厄介な魔獣がいたらまずいかと思ったのだが、リルガレオがいないと言うのであれば安心だ。ああ、良かった良かった」
「そうだな。いや、本当に良かった良かった。おめぇがとんでもねぇアホで良かったぜ」
「え?」
胸を押さえてほっと息を吐いたアルコンを、指をぼきぼきと鳴らして立ち上がったリルガレオが、邪悪な笑みを浮かべながら見下ろした。
一方、喧嘩の立会人としての責務を果たしたクーラエは、そのまま大橋を渡って都心を案内しようとしていた。
勝負は金髪男の方に軍配が上がり、ちゃっかりと手持ちのお金を賭けていたクーラエは、ちょっとした小金持ちになっている。どのみち立会人には賭けの胴元をやっていた男や、喧嘩していた当人たちから謝礼が貰えるので、クーラエはいつもオッズの低い方に賭けるようにしていた。のだが。
「それにしても凄いですね、ウィンクルムさんは。どうして金髪の方が勝つって思ったのですか?」
オッズは金髪男の方が倍以上高かった。クーラエはもちろん黒い方の男に賭けるつもりだったのだが、それをウィンクルムが変えさせたのだ。「金髪の人が絶対に勝つから」と。
「さぁ? でもわたし、ああいう賭けには強いから。大体当たるから任せてね。ギャンブラーになっても困るから、あんまりやらないでってママには言われてるんだけど」
「そうなんですか? 凄いなぁ。僕はたいてい外すんですよね。勘が悪いみたいで」
「うむ。なかなかやるの。おかげでウチも儲かったのじゃ。ほら、これは礼じゃ。冷めないうちに食べるとよい」
「あ、すいません。ありがとうございま……え?」
「わあ。美味しそうなホットドッグ。ありがとう。この人、クーラエの知り合い?」
クーラエはぷるぷると首を振った。差し出されたので反射的に受け取ってしまったが、このホットドッグはクーラエの口に入ることなど滅多に無いものだ。クーラエにとっては贅沢品なのである。
そして、それを差し出した女性は、ぱっと見て明らかに普通の人ではない。エメラルドグリーンに輝く長い髪と、同じ色の澄んだ瞳を持っている。神が創り出したとしか思えない美貌が小さな顔に収まり、少し尖った大きめの耳が嫌でも目を引く。
肩やお腹をさらけ出した露出の多い衣服は、下半身も必要最小限しか覆っていないのだが、大小色とりどりの様々な宝石で飾り付けられている為に、返って高貴な印象を与えている。
「あ、あの。失礼ですけど、エルフ族の方、ですか? もしかして、凄く高名なお姫様、だったりするのでしょうか?」
せっかく頂いたものではあるが、素直に受け取るには少し抵抗があると思ったクーラエは、その前に少し探りを入れた。いきなり「いりません」では角が立ち、相手の厚意を無下にしてしまう。相手がそれなりの地位にある者ならば、下手をすると取り返しがつかないことになる可能性もある。そんな事例を聞いたことがあるクーラエは、慎重という自分の本領を発揮した。
「うむ? ああ、ウチかや? そうじゃの、ウチはおぬしら人間族に、エルフと呼ばれる一族の者じゃ。高名であるかと聞かれればそうじゃと答えるべきかも知れぬし、姫であるかと聞かれれば、それもやはりそうじゃと答えねばなるまいのう。ああ、やれやれじゃ。我がことながら、まっこと面倒な立場じゃの、ウチという存在は。はむはむ」
心底面倒くさそうに眉根を寄せたそのエルフの女性は、ホッドドッグを口いっぱいに頬張った。すぐに「おーいしーい」と笑顔になったエルフを見て、クーラエもウィンクルムも戸惑いを隠せない。ホットドッグをぺろりと平らげた後のエルフに、次々と聞きたいことが浮かんでくる。それはどこから質問していいのか考え込んでしまうほどに、”文字通り”浮かんでいた。
彼女の周りには、10個ほどのホットドッグが浮かんでいたからだ。空を漂うホットドッグたちは、彼女に付き従うようについてくる。彼女はそのうちの一つを手に取ると、またおいしそうに頬張った。
「ねぇ、クーラエ。わたし、エルフ族の人がお肉食べてるとこ初めて見た」
「僕もです、ウィンクルムさん。空中を漂うホットドッグもですけれど」
ここは西街区と都心を繋ぐ大動脈、大橋だ。朝は特に混雑していて、人は河のように流れている。先にも言ったが、すれ違うにも注意を要する広くて長い橋なのだ。しかし、彼女の周りにはホットドッグとクーラエ、そしてウィンクルムしかいない。人々の河は、三人をきれいに避けて流れていた。ただ、視線だけは集中している。人々の目は、三人に注がれていた。
「どうしたのじゃ? ほれ、早く食べるといい。遠慮はいらぬ。全く、一体どうしたというのじゃ、フロウスまで。そこの坊主はともかく、おぬしはウチと旧知の仲。たった15年会っておらぬというだけで、よもやウチを忘れたとは言わせぬぞ」
エルフはそう言って、ウィンクルムの頬をつついた。
このエルフこそがアーカスだ。
六英雄の一人。星屑の光弓手。
アーカス・ドゥオ・ミーリアである。
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