第2話 クーラエの嫉妬
「本当ですか、アルコン様? ウィンクルムさんの方からベッドに?」
「本当だと言ってるだろう。クーラエよ、お前はそんなに俺が信用出来ないと言うのか?」
クーラエをなんとか落ち着かせ、食堂の大きなテーブルへと着いた3人は、用意された朝食に取りかかっていた。切り分けた黒パンがふた切れと目玉焼きがそれぞれの席にあり、ビネガーソースのかけられた、ボールに盛られたサラダはテーブル中央に置かれている。この辺りでは標準的な朝食だ。ただひとつ、飲み物だけは贅沢だった。クーラエはアルコンにその贅沢品であるコーヒーを手渡しながら、猜疑に満ちた瞳を向けていた。
「あのとんでもない魔獣を退け、僕やウィンクルムさんの怪我まで治していただいたアルコン様の言うことですから、信じたいのは山々です。が、それと性欲、性癖とは話が別かも知れませんし。英雄と言えば色を好むものらしいですからね。
あれだけの力があれば、どんな暴虐も思いのまま。手当り次第、それこそ年端もいかない少女に手を出そうとも、それを咎められる者などいないとなれば、アルコン様が下半身の衝動のままにウィンクルムさんを穢してもなんら不思議ではありません。
そう考えると、信じたくても信じられない僕の気持ちも分かっていただけるのではないでしょうかアルコン様」
「ああ、なるほど。それは確かに一理ある。お前は本当に思慮深いなクーラエよ。それが短所としかならないのが残念なところだが。あと、俺が手を出した子は穢れると思っているようだが、それはどういう意味なのかなクーラエ? 俺って一応聖なる魔法士で大司教なんだけど」
「ほら、やっぱり性欲ある魔法士で大失禁なんじゃないですか」
「聞き間違いに悪意があり過ぎるなお前! なんでそんなに刺々しいの!? あと、コーヒーがボコボコ煮立ってるんだけど! どんだけ湯を沸かしたのお前!?」
「あははははは。アルコンとクーラエって、いつもそんな感じなの? 面白ーい。あ、これもらうね。いただきまーす」
2人がギスギスとした会話をするはめになった元凶たるウィンクルムは、楽しそうにパンを口に運んでいる。
「まーなぁ。この小娘、ホントにフロウスそっくりだからよ。アルコンがふらふらと血迷っちまってもおかしかねぇよなぁ。がははははは。で、俺の朝メシは? テーブルの上、3人分しかないんだけど」
「何も面白くはないぞウィンクルム。パンを囓る前に、クーラエの誤解を噛み砕いて欲しいところだ」
「あ、そうだね。あのね、クーラエ。わたしがアルコンのお布団に潜り込んだんだよ。アルコンと一緒に寝たかったんだ、わたし」
「いいんですよ、ウィンクルムさん。そんな見え透いた嘘をついてまで、こんなおっさんを庇う必要はありません。はっ。そうか、脅されているのですね? 大丈夫です、そんなの恐れなくてもいいんです。僕がついていますから!」
「ねぇ、俺のメシは? なんでみんなで無視すんの? 俺って見えないくらい小さいの? いやいや、そんなわけないよな。がはははは」
「どうして嘘だと決めつけるのかなクーラエは? ちょっと冷静に考えて欲しいのだが、ウィンクルムは俺の盟友2人の大事なひとり娘なのだよ? 普通は手を出さないし出せないと思わない? そんなことしたらもうあいつらに合わせる顔無くなるって思わない?」
「まぁ、アルコン様やウィンクルムさんのご両親がかの伝説的な戦争における英雄である話は、リルガレオ様から昨日少し説明していただきましたが。あれ? どうしたのですかリルガレオ様? 涙目でお皿なんか持ってますけど」
「おお、いたのかリルガレオ。なんでまだいるのお前?」
「あ、ホントだ。わたし、全然気づかなかった。大きすぎると返って目に入らないもんだよね」
「おめぇら、絶対にわざとだろ? わざとそんなこと言ってんだろ? 昨日、もう遅いから泊まるって言ったじゃん? 俺、お堂の長椅子で寝てたじゃん?」
「誰も許可していないがな。ああ、そうだクーラエ。今朝の稽古はお休みにして、代わりにウィンクルムに街でも案内してくるといい。良かったなぁ、クーラエ。お前のような奥手では女子をデートに誘うことも出来ないところだろうが、俺のおかげで堂々と二人きりでお出かけ出来るぞ。感謝してもし足りないところだろう?」
「大きなお世話ですよアルコン様。で、でもご指示とあらば仕方がありませんよね。不肖クーラエ、命に代えてもその役目を果たしてみせますよ!」
クーラエは頬を上気させて胸をどんと叩いて見せた。嬉しさが隠し切れていない上、やたらと大げさに引き受けた。少々はしゃぎ過ぎなのだが、本人は自覚していない。
「めっちゃ機嫌直ってる……」
アルコンの呟きも、今のクーラエには聞こえない。
「え? この街ってそんなに危険なの? そんな街を案内されるのわたし?」
「いや、そんなことは無いはずだが……クーラエは心配性なところがあるだけだから気にするな、ウィンクルム」
なんだかんだと喋りつつ、皆食事はきっちり済ませようとしているところだ。アルコンは頃合いを見てクーラエに指示していた。
クーラエ一人の案内では渋ると予想していたアルコンだったが、ウィンクルムが素直に受けるつもりなので安心している。てっきり「アルコンも一緒じゃなきゃヤダ」くらい言うと思っていたのだ。
「ま、危険なところもあるけどな。んじゃ、俺もそろそろ行くか。メシも出てこないみたいだし。ああ、腹減った」
「おっと。リルガレオはもう少し残ってくれ。お前に少し話がある」
「んだよ? 散々な扱いしといて、いざ帰ろうとしたら今度は残れ、か? 知らねーよ。俺には何にも話はねぇ」
「殺すぞ。あ、違った。また死ぬ寸前まで痛めつけて半端に回復させるぞリルガレオ」
「ああ、なんか話すことあるわ俺も。いかんいかん、危うく忘れるとこだった」
「リルガレオ様……」
こんな獣人王の姿を見たことがある者などなかなかいまい。部下に知られればリルガレオの威厳は地に落ちるのではないだろうか? そう思ったクーラエは、知らず可哀想な人を見る目になっていた。
「では、行って参りますアルコン様。留守中、特に朝の礼拝はよろしくお願い致します」
「行ってくるねー、アルコン。なるべく早く帰るから、わたしがいなくても寂しがっちゃダメなんだよ」
食事の片付けを終え、手早く着替えを済ませたクーラエとウィンクルムは、笑顔を輝かせてアルコンに手を振った。教会の扉は昨日クーラエが壊したままなので、開ける手間も無い。元々出入り勝手な教会にしてあるので、特に不都合も無かった。
「誰が寂しがるんだ、誰が。いいから行ってこい。あ、ついでに酒を買って来てくれクーラエ。買い置きはもう切れた」
「そんなお金はありませんよ。それより明日のパンも無いのですから、しっかり稼いで下さいねアルコン様」
「だそうだ、リルガレオ。お前の城にパンくらい山ほどあるだろ。くれ」
「なんで朝メシも出さねぇとこにパンまでやらなくちゃならねぇんだよ!」
「それはお前がリルガレオだからだよ。いいからくれ。俺は働くくらいなら餓死を選ぶ男だし。俺が死んでもいいのか、リルガレオ? そんな理由で俺が死んだら、監視者たるお前の責任が問われることになるのだぞ」
「……おめぇって、そういうこと本気で言ってるから怖えんだよな……」
リルガレオは観念した。今夜にでも教会にはリルガレオの部下により、パンが大量に届けられることだろう。
リルガレオは城塞都市の外、北西にある万葉樹群生林地帯に、エディティス・ペイ提督より貸与された城に住んでいる。獣人族の役目に対する月々の報酬や経費等は、エディティス・ペイが各国連盟の肩代わりをする形で予算を組んでいた。つまり、リルガレオは金持ちだった。
「う、うわぁ……アルコンって、めちゃくちゃダメな感じの大人だったんだ……ここはママから聞いてたのと違うなー……」
ウィンクルムは引いていた。
「ええ。アルコン様はいつもこんな感じです。僕の苦労、分かってくれます? ウィンクルムさん」
クーラエがここぞとばかりに乗っかった。
「やれやれ、子どもにはまだ分からんか。俺はただ、自由に生きているだけなのだ」
が、アルコンには2人の軽蔑などまるで意に介していなかった。
「自由って迷惑かけることなんだ……」
ウィンクルムは何かを悟った。
すぐにクーラエとウィンクルムは出かけて行った。しばらく2人を見送っていたアルコンは、
「さて、リルガレオよ。早速だが、最近のここいらの魔獣の分布についてなのだが。お前の知る限りの事を教えてもらおうか」
そう言って鋭く目を光らせた。
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