第1話 おじさんと添い寝
「だから、もう泣くな。俺が、フロウスを守るから。ずっとずっと。一生お前を守るから……」
「いいなぁ。わたしもそんなこと言われたい……」
「だから言ってるじゃないか。聞こえなかったのかフロウス」
「わたし、ウィンクルムだし」
「ウィンクルム? ウィン、クル、ム……、む?」
「目、覚めた、アルコン? うふふ。可愛いなぁアルコン。ママとの、子供の頃の夢見てたの? 口調も子どもっぽくて面白かったぁ」
「夢? 可愛い? ……あ。あああああっ!」
ぼんやりと目を開いたアルコンの血圧は急上昇を記録した。もちろん計っていたわけではないが、もしアルコンがこの時老人と呼ばれるような歳であったなら、間違いなくどこかの動脈が破裂していたことだろう。脳溢血か心筋梗塞で即死するレベルの上昇値だ。
「何をしているのだお前は。なぜ俺のベッドの俺の布団に潜り込んでいるのだウィンクルム。いてっ」
「え? なぜって、夜に忍び込んだから。おかしい?」
飛び起きてベッド上を後ずさったアルコンは、壁に頭を打ち付けた。昨日クーラエが目覚めた時と全く同じ反応だ。慌てるアルコンに対して、ウィンクルムは全く当然とばかりの返答をし、小首を傾げた。
「おかしいだろ。俺はお前の父親でもなければ恋人でもない。そもそも、お前のように若い娘が、俺のようなおっさんの布団に潜り込むなど普通あり得ないことなのだ」
「そうなの? 好きな人と一緒に寝たいと思うのって普通でしょ? ママはいいって言ってたよ」
「フロウスが? あ、ああ。そういうことか。そういうことならまぁ許そう。お前も両親の元を離れて長いのだったな。寂しいのであれば一緒に寝ても構わんが、今度からはちゃんと断ってからにしろ。すごいびっくりするからな」
アルコンは動悸が収まったのを確認すると、ほっと胸をなで下ろした。
フロウスとは今のウィンクルムくらいの歳になるまで、良く一緒に寝ていたアルコンだ。ウィンクルムもフロウスと同じく、添い寝するくらいなら問題ないと判断した。
「あと、寝巻きはちゃんと着ろ。下着だけではさすがに困る。もしクーラエがそんな姿で俺と寝ているお前を見たら、まず間違いなく誤解するはずだからな。第一、刺激が強すぎる。あいつは純情朴訥生真面目馬鹿だから、どうなってしまうのか心配だし、俺には誤解を解く自信もない」
アルコンはベッドの上にちょこんと座っている下着姿のウィンクルムをじろじろと観察した。さすがは剣聖グラディオの家の姫である。長旅でぼろになっていた外套も、元々はかなりの高級品だったはずだが、中に着ていたシャツや下着も相当いい材質で出来ているとアルコンに思わせた。
「えー? わたし、これでも配慮したんだよ? 家ではいつも裸でパパと寝てたし、そもそも寝巻きなんて荷物になるから持ってないもん」
「それ、配慮してたんだ……」
ウィンクルムの配慮レベルは低かった。女子としての警戒心が3歳児並である。普段は素っ裸で父親と寝てる15歳の娘、というのもアルコンにとっては普通じゃないが、それなら仕方がないのかも、と納得しそうになっていた。
それにしても、まさか子どもの頃の夢を見て、あろうことかそれを寝言しているとは。やはりウィンクルムが来たせいだ。ウィンクルムは、髪や目の色は違っても、面立ちがフロウスに似過ぎている。アルコンは様々な思いが交錯する複雑な心境に「うーむ」と唸った。
「ま、いい。では、クーラエにはもし見ても驚かないよう先に話しておくとしよう。どうせ何日間かの話だからな」
「え?」
「ん?」
「何日間? わたし、ここに住むつもりなんだけど。だってアルコンのお嫁さんになるんだもん」
「ん?」
アルコンはにこにことそう言うウィンクルムと正対したまましばし固まった。
「俺はお前を娶ると言っていないのだが」
「それはこれからだよアルコン。やだなぁ」
「いやなのは俺の方なのだが。これからだとか、なんでお前が決めているのだウィンクルム。俺がお前にプロポーズすることなど絶対に無いのだが」
「なんで?」
少し強く言い過ぎたか、顔を曇らせたウィンクルムが泣いているフロウスと重なり、アルコンの胸が痛んだ。
しかし、ここははっきりと言っておかなければならない。最初から合わないと分かっている恋愛は、無理したところで不幸な結果にしかならないことを、アルコンは体験から学んでいた。
「歳の差があり過ぎるからだ。お前、確か15歳になるはずだな。大征伐戦の時に生まれてるから」
「うん、15歳だよ。アルコンは36歳なんだよね? ママと同じはずだもん」
「そうだ。グラディオも同じだ。な、おかしいだろう? 恋人にするなら、その後のことも考えて、年の差は5つくらいで抑えておいた方がいい。21も離れているなど論外だ」
「でも、貴族には良くあることでしょ? 若いお妃様をもらう王様って多いよね」
「あれは輿入れすることでお妃側に多大なメリットがあるからだ。あと、王様がロリコン。残念ながら俺は貴族では無いし、ロリコンでもないのだよ」
「ロリコンて何? てか、それでも幸せに暮らしてるお妃様もいるじゃない?」
「それは稀なケースだ。金も地位もある王様に、たまたま優しさが備わっていた場合にはそれもある。悪いが俺にはその全てが備わっていないのだよ。もう不幸になるしかないだろこれ」
「そんなことないよ。貧乏なのはここに来て分かったし地位も微妙な感じだけど、アルコンは優しいもん」
「貧乏とか微妙とか、人に言われると腹立つな」
ウィンクルムはアルコンの突っ込みを軽く無視してくすくすと笑う。
「だってアルコン、昨日の魔獣にやられたわたしの肩を治すついでに、旅で出来た傷跡も全部きれいにしてくれたでしょ?」
「……久しぶりの加護の行使だったからな。力加減を間違えただけだ」
「ね? ほら、やっぱり優しい。わたし、そんなアルコンが大好きなの」
「おい」
気持ちが抑え切れなくなったウィンクルムは、アルコンを押し倒して抱きついた。その時。
「ふわあああああ! あああ、アルコン様! あなたは、そんな少女になんということを……! ふ、不潔です! 見損ないましたよアルコン様っ!」
「あ」
「おはよー、クーラエ」
いつものようにアルコンを起こしに来たクーラエが、顔面を蒼白にして叫んでいた。
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