第二章 星屑の光弓手アーカス・ドゥオ・ミーリア
アルコンとフロウス
アルコンは不機嫌だった。混沌としたスラム街のストリートを、どすどすと足を踏み鳴らして足早に歩いている。誰が見ても明らかに怒っていると分かるその鬼面に、すれ違うならず者たちはみな道を譲った。
たった9歳にして、もうアルコンはこの街でのアンタッチャブルと化していた。アルコンを子どもだと思っている大人は皆無だ。目指しているのは、いつもの川原にある、いつものボロ小屋だ。
「フロウス!」
どこかの浮浪者が使っていたのだろう。板張りが隙間だらけの屋根と壁で出来たボロ小屋の、かなり力を入れないと滑らない引き戸をアルコンは乱暴に開け放った。
「ひゃああ。あ。お、お兄ちゃん……」
巣穴を暴かれたウサギのようにびくりと体を震わせたのは、小屋の隅っこで背中を丸めてしゃがんでいたフロウスだった。
切り揃えられた長い黒髪と夜空のような瞳は、アルコンと同じくボロ布で継ぎはぎされた衣服のせいで、余計に際立って見える。ゴミ箱をひっくり返したようなこの街に、フロウスはあまりに不似合いだった。
「お前、また虐められたんだろ? クソムカついたから、俺がちょっとシメてきてやったけど。まだ俺の事を知らなかったり、噂を信じていないガキどももいるらしい」
アルコンはフロウスの隣にどっかり座ると、忌々しげに腕を組んだ。
「シメてきたって。ダ、ダメだよ、お兄ちゃん。乱暴な事はしないって、フロウと約束したじゃない」
フロウスは泣き腫らした赤い目をごしごしと擦ると、アルコンの手を握った。小さな2つの手は、固く結ばれている。
「フロウスを守る為なら話は別だ。ご飯やお金を奪ったりはもうしてないだろ」
フロウスに「ありがとう」と言ってもらいたかったアルコンは、拗ねて口を尖らせた。
「大体、お前だってやろうと思えば簡単にやっつけられるだろ、あんなヤツら。俺に暴力を振るって欲しくなければ、お前がやられないようにすればいいんだ」
「む、無理だよ。フロウ、普通の人は触っただけで殺しちゃうもん」
「…………」
アルコンはその通りだと思い、押し黙った。同時に、背筋を寒くした。
なぜ自分たちにこんな力が備わったのか? アルコンとフロウスには、5歳以前の記憶が無い。気がついたらお尋ね者や半病人、孤児や亜人の吹き溜まりのようなこの街で、加護の力だけを頼りに生きていた。
「ねぇ、お兄ちゃん。どうしてフロウにはこんな怖い力があるの? お友だちだって作れないし、かわいい動物だってみんなみんな、触っただけで壊れちゃう。もうやだよ。こんな力いらない。フロウ、弱くてもイジメられてても、普通の女の子が良かったのに」
フロウはそう言うと膝に顔を埋めて泣いた。ひっく、ぐすんと嗚咽を漏らすフロウスに、アルコンはどこにぶつけたらいいのか分からない憤りと悲しみを覚えた。
「大丈夫だ、フロウス。だってお兄ちゃんがいるだろ? 俺はお前に触られたってへっちゃらなんだ。俺はお前のお兄ちゃんだし、友だちだってやってやる。俺がお前の全てになる」
アルコンはフロウスの頭を優しく撫でた。何度も何度も、フロウスの悲しみを拭い去ろうとするかのように。
「お兄ちゃん……」
フロウスは顔を上げると、アルコンの胸に潜り込む。顔を押し付け、背中に回した腕で力いっぱいに抱き締める。
フロウスにはアルコンしかいなかった。
アルコンにはフロウスしかいなかった。
2人に、血の繋がりは無かった。
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