第5話 ウィンクルムの力

 ざわざわと木立がざわめく。アルコンたちのいる樹上のさらに上空では、怪鳥が奇声を発して輪を描くように飛んでいた。目下、魔獣と門衛隊との戦いも続いている。攻め手に欠ける門衛隊は、足止め程度のことしか出来てはいない。死傷者は目に見えて増えていた。その中に、もはや立っているのがやっとという状態のユールの姿もある。壊滅は、もう時間の問題だ。


「なぁ、アルコン。俺たち獣人や、お前ら六英雄、竜王ゲオルギウスやら妖精王メディオクリスもそうだが、わけのわからねぇ力を持つやつってのがこの世界にゃぼちぼちいる。なぜなのか何の為にいるのかは、誰にも分からねぇし分かったところで俺にとっちゃあどうだっていいことさ。だがなぁ、アルコン。問題は、その力を持ってるやつが、それを何にどう使うのかってことだとは思わねぇか? ほっときゃ、また魔獣王みたいになっちまうのかも知れねぇからな」


 そうアルコンに語りかけるリルガレオの横顔は、不思議と寂しげなものだった。獣人王などという野蛮な冠名を有する彼には、あまり似つかわしくないものだ。アルコンは少し意外そうな顔をしてこの荒々しい男、リルガレオに目を向けた。


「魔獣王ベスティア、か。あれはそういう類の話じゃない」

「あん? そりゃあどういう意味なんだ? あの時は、俺様も」

「む? あれか、リルガレオ? お前の言っていた少女とは」

「ああ? おう、来た来た」


 見れば、ウィンクルムが壁外で戦う騎士団の元へとまっしぐらに駆けてゆくところだった。ウィンクルムは外套のフードを被っている。アルコンには、ウィンクルムの顔が良く見えない。


「……ずいぶんと張り切っているようだが。なんと言って誘導したんだ、リルガレオ?」


 ウィンクルムは背負っていたばかでかいリュックをするりと外した。リュックは地をごろごろと転がった。身軽になったウィンクルムの速度が上がる。


「ん? いや、その辺の町民を捕まえて、あっちで魔獣に襲われている人がいるから助けてくれ、と言わせただけだ」

「ほう。それであの子は助けに来たわけか。……相手は魔獣ということも本当に伝えたのか?」

「伝えたはずだな」

「信じられん。少女である自分に助けを求められることからしておかしいだろう。頭が悪いんじゃないのか? そもそもあの子、魔獣に勝てるとでも思っているのか?」

「思ってんだろうなぁ。あんだけ自信満々に向かってんだから。ま、ちっと見物してみようや、アルコンよ。大丈夫、いざとなりゃあ、俺様が助けに行ってやるからよ。見込みのありそうなやつなら、だがな」


 リルガレオは舌なめずりをすると、こきこき首の骨を鳴らした。そのうきうきとした姿を見て、アルコンはげんなりしている。昔を思い出してしまったのだ。アルコンはリルガレオと何度も戦ったことがあった。何度も、何度も、だ。


「お前に助けられるくらいなら死を選びそうだがな、ドリチアムは。お前、ずいぶんと嫌われているだろう? だから、ユールは俺のところに来たのだ。一体、何をしたのやら」

「知らねぇよ。ま、いいんじゃねぇか? それならそれで。おっさん一人の命で他がみんな助かるならよ。ぶっちゃけドリチアムのおっさん、指揮官としては無能もいいとこだぜ。あれじゃあ部下が可哀想だ。今すぐ死んで、他と代わるべきだよな」

「鉄血の騎士と呼ばれたドリチアムが無能とは……。まぁ、否定はしないが。それにしても止まる気配が無いな、あの子。もしかして死ぬ気なのか?」

「命を粗末にするようなお嬢ちゃんには見えなかったがなぁ。なんか考えがあんだろ、きっと」

「ふむ」


 アルコンもリルガレオも、ウィンクルムを計りかねていた。二人は歴戦の猛者だ。強者であればまとっている雰囲気や気配で手合わせせずとも大体は分かるのだが、ウィンクルムからはそういったものが一切感じられないからだ。二人には、ウィンクルムは普通の人にしか見えないのだ。


「ちょっと待ってー! その戦い、ストップストーップ!」

「うお」

「なんという大声だ。ここまで聞こえるとは」


 手をぶんぶんと振り回しながら魔獣と騎士たちの戦いに割って入ろうとするウィンクルムの声は、リルガレオとアルコンのいる樹上にまで轟いた。だが、それだけだ。ただの大声に過ぎない。


「むう! なんだ貴様は! 市民であるなら下がっていろ! 戦の邪魔じゃ!」


 一際立派な甲冑を装備した壮年の騎士が、馬上からウィンクルに怒声を浴びせた。ドリチアムだ。門衛隊衛士長であるドリチアムが、盾と剣をがんがんと打ち鳴らして叫んでいる。もうかれこれ一時間以上は怒鳴り散らしているはずのドリチアムだったが、まるで疲れを感じさせない。恐るべき中年だ。


「邪魔するために来たんだよ! そんな戦いもうやめて!」


 ウィンクルムはドリチアムの前に両手を広げて立ちふさがった。ドリチアム自慢の葦毛の馬がいなないて、前足で空をかく。ウィンクルムの背後では、巨大な魔獣が棍棒のような腕を振り上げていた。


「馬鹿か貴様は! やめてと言われてやめられると思うてか!」

「やめられるよ! なんでこんなことしてるの? 馬鹿はあなたの方だよ!」

「な! 貴様、小娘! このわしを、誰だと」

「あなたもだよ! なんで戦ってるの? もうやめよう? ね?」


 ウィンクルムは激昂するドリチアムを無視して振り返ると、今度は象のような魔獣にも同じように呼びかけた。


「ぐわっはっはっはっはっは! やめてだとよ、あのお嬢ちゃん! そりゃあドリチアムのおっさんに馬鹿呼ばわりされるわな! あいつ、魔獣を何だと思ってやがるんだ。話が通じる相手じゃねぇぜ」


 リルガレオには大うけだった。膝をばんばんと叩いて大笑いするリルガレオは、心の底から楽しんでいる。


「……ふむ」

「ん? どした、アルコン?」


 反して、アルコンは一転険しい表情を浮かべている。アルコンが自分と同じように大笑いするだろうと思っていたリルガレオは、小首を傾げた。


「うぬ! 危ない、避けろ小娘!」

「グオオオオオオオオ!」

「え? きゃあああっ!」


 魔獣の腕がウィンクルム目がけて振り下ろされた。一瞬早く気づいたドリチアムのおかげで身をかわすことが出来たウィンクルムだったが、肩に少しかすったせいで吹き飛ばされ、地面をもんどりうって転がった。


「なにぃ? おいおい、今の、本当にただかすっただけだったぜ。それであんなに吹っ飛ばされるってこたぁ……」


 リルガレオが笑いを収めた。ようやく転がり止んだウィンクルムは、一撃でぼろぼろになっている。外套の肩のところは破れ、血がじわりと滲んでいた。


「ああ。それに、特に何の力も検知出来なかった。加護を得た者ではないということらしい。つまり、どうやらあの子……」


 アルコンが無精髭の生えた顎をさすって呻くように呟いた。


「普通の娘だ。あのままではすぐに死ぬ」

 





 

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