終幕 

 誰かが必死で自分を呼んでいた。長い長い間、彼女は眠っていた様な気がする。黒い夢を見ていた。一つの魂が、地獄絵の様な世界に来たのだ。傷だらけになり、苦しみながら一歩、一歩、自分の所へ歩いて来た。

 自分は彼を見たことがある気がした。何処で見たのかは覚えていない。だが、自分が不快と感じていた空気を、彼は“纏って居なかった”。だが、以前彼を“嫌いだ”と感じていたのも事実である。

「……さんっ。岡野さん!」

 ぼんやり目を覚ますと、彼はホッとした表情をした。その表情を見て、彼が何者かを思い出した。何故嫌いだったかも思い出した。

「わたし、今泉先輩、好きだよ」

 彼、今泉直樹はキョトンとした表情をした。

「だって、わたしのために…ううん、愛園先輩のためにここまで来てくれたんでしょ?」

「…………」

「わたしね、愛園先輩が大好きだったの」

 直樹は、困惑した様子で真奈美を見る。

「わたしは正直じゃないから、この様な形でしか、本心が話せない。愛園先輩は、幼馴染みなの。大好きだった……。あの綺麗な声で名前を呼ばれるのが、わたしだけだったらって、いつも思っていた。……変だよね?」

 直樹は、真奈美の横に座ると真奈美の頭をくしゃりと撫でる。

「……わかるよ、その気持ちは。由加里は、本当に綺麗な声をしているからな」

 真奈美は泣き笑いの顔でウンと頷いた。

「……酷いこと、沢山言ってごめんなさい」

 直樹は首を横に振り、この世界に来て初めて笑顔を向けた。

「俺のほうこそ、ごめんな」

 それが、二人をこの世界から解放する浄化の鍵だった。ただ一つ残された天国への道だったのである。

                            終わり


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天国への道 西崎 劉 @aburasumasi

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