第3話 おいしい食べ方

 次の日、六限目は理科だった。

 理科は隣のクラスと合同で、選択科目ごとに教室を移動して授業を受ける。


 わたしが後ろのドアから教室を出ようとしたら、出口をふさぐようにショーゴが立ちはだかった。


「なに? そこどいてくれない?」

「い、いやだ」


 ショーゴがごくりと唾を呑み込んでから、決意を固めたように勢いこんで言った。


「ごめんそこ通りたいんだけど」

「そっ、それでも、どかない」


 そう言いながらも、ショーゴは睨みつけるわたしの目から逃げるように視線を逸らした。

 その時点でもうダメでしょ。


 でも、逸らされた目が教室の出入り口近くにあるごみ箱に釘付けになっているのに気づいて、はっとする。

 しまった、見られた。


「もういいっ」


 なにか言われる前に、別のドアから出ようとショーゴに背を向けた。

 けれど離れる前に、手首を掴まれる。


「ゆい、この弁当――。ごみ箱に捨ててあるの、おまえのじゃ……」  


 やっぱり、気づかれた。

 わたしは唇を噛む。


「だ、だったらなに?」

「なに、って……」


 開き直ったようなわたしの言葉に、ショーゴが反射的に怯む。


「放っといてよ」


 ショーゴと話をすると、つい感情的になってしまう。

 だからいやなのに。


 もっと飄々と、何事もなんでもないことのように過ごしたいのに。

 そうしないといけないのに。


 わたしは力任せにショーゴの手を振り払った。


「あ、ちょっと、どこに行くんだよ」

「次、移動教室」

「それは知ってる。俺のところも一緒だから」


「じゃあショーゴも早く移動すれば?」

「移動するけど……。移動するからゆいを待ってたんだろ。それなのに、おまえはどこに行くつもりなんだよ」

「しつこいなぁ。地学室に決まってるでしょ」


 わたしがそういった途端、ショーゴが泣きそうな顔になる。


「だから、なんで……。なんでだよ。違うだろ?」

「違わない!」

「違う。ゆいは地学なんて選択してない。ゆいの選択科目は、俺と同じ生物で――」

「やめて! 意味わかんないこと言わないで!」


 わたしはショーゴのひょろりとした体を突き飛ばすと、教室から駆け出した。

 ショーゴなんて大嫌いだ。




 キンコンカンコンと六限目開始のチャイムが響く。

 人気のない理科棟三階の廊下を、ショーゴから逃げ出した時の勢いのまま駆け抜ける。


 わたしの足音だけが響く中、地学準備室の扉へたどり着いた。

 ノックの返事を待つのももどかしく扉を押し開けると、カチャカチャとキーボードを叩く音がわたしを迎える。


「先生、鍵ください」

「屋上、あいてますよ」

「どもです」


 準備室から地学室へと抜ける。

 誰もいない地学室を通過して奥の階段から屋上へ。


 重い鉄の扉を押し開けると、めずらしいことに先輩の姿がなかった。


 空いている古いベンチを使おうかなと少し迷ったけれど、結局わたしはごろんとコンクリートの上に寝転がった。

 手足をうんと伸ばして大の字になる。


 屋上ひとり占め。


 秋晴れの空に、薄く広がる軽そうな雲。

 あの中に割り箸をつっこんでぐるぐるかき混ぜたら綿菓子みたいになるんじゃないかな、なんて考える。


 おいしそうだ。


 わたしは小さく笑って目を閉じた。


『白い雲はちょっと甘くて、黒い雲はちょっと苦いんだって』


 ふと耳に甦る声。

 雲へと伸ばされた、白くて細い指が瞼の裏に浮かぶ。


『嘘。わたし、霧の中歩いたことあるけど、甘くなんてなかったよ。霧も雲と似たようなものでしょ?』


 わたしに言い返された彼女は、小首をかしげて少し考えてからいった。


『すぐに食べたら、甘くないんだよ。口の中でころころ転がして塊にしてから食べないと。そうしてるうちに甘みがでてくるんだよ。でも実際にやるのは難しいだろうから、代わりにコレあげる』


 そう言って彼女は、わたしに飴ちゃんを差し出して笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る