第6話
「そうだァ彩羽ちゃん!この魚うちの店に持ってきな!うちの嫁に渡しゃあすぐさばいてくれッからよ」
褐色肌のおっさんは軽快な笑いを響かせながら、足元に置いてあったと思われる発泡スチロールの箱を持ち上げた。
中からびちびちと微弱に動くものが見ているだけで分かる。恐らく中身は魚か何かだろう。
「あ、俺が持ちますよ。そこそこ重いでしょう、これ」
「ほぉ?ボウズ、なんでそう思った?」
俺の申し出に対して僅かに目つきを鋭くさせるおっさん。俺を試すような態度や物言いに疑問符が脳内で浮かび上がるが、とりあえず答えておく。
「見たところ腕に力がそこそこ入っているように見えたので…。でもそこそこといってもおじさん漁師ですよね。自分で捕りに行って売ってるとかそういう類の。
だとしたら筋力がかなりあるはずです。体は結構鍛えられているのが俺の目にも明らかです。ということはおじさんでもそこそこの力がいるということは、女の子が軽々持てるような重さじゃないはず、と考えて申し出ました。
いや軽くても俺が持つつもりではいましたけど」
「…昔から鋭いねぇ、ボウズ。なんというか頭のめぐりが早いというか。
鈍感なくせによォ」
「???」
傍らの彩羽が疑問符を浮かべているが俺も全く同じ気分だった。頭のめぐりが早い、と褒められることは実際あるにはある。意識して周囲の状況を見るというのが小さなころからの癖だったから。
ただ、鈍感と罵られる
「ま、いいやァ。さっさと持っていきな。ボウズの推測は当たりだ。結構、いやかなり重い。持てねえなら俺が持っていこうか?」
「いえ、そこまでお手を煩わせるわけには…ただ、台車とかないですかね。あるとだいぶ楽なんですが」
「お?そっかそっか、その手があったか!ほんとよう気が付くなァ、ボウズ。将来出世するぜ。ホラ、持ってきな、台車だ。明日にでも返してくれればそれでいい」
出世するんか俺。よかった。
おっさんはその間に店の奥に入っていって台車を取って来てくれた。やや薄汚れた台車はかなり年季が入ったもので、あまり頑丈そうではない。
けれどもパッと見た感じ、一応実用には耐えるといったぐらいの頑丈さは持ち合わせているといった印象だ。
おっさんから台車を受け取った俺はその上に発泡スチロールの箱を乗せ、手で押しながら店を後にした。
先ほどまでつないでいた手が離れたことがやや名残惜しくはあるが、何時までもそんなことは言っていられない。
「すごいよ夕希!よく見ただけであんなの分かるね…」
「あんなのて…別にすごくはないんじゃないかな、俺が思うにできる奴はほかにもいる。ただそれが彩羽の前にこれまで現れてなかったってだけの話だと思うんだが」
「そうなのかな?でもたっつんとかはそういうことできないよ」
「いやそりゃ樹はねぇ。基本雑だし」
子どもの頃の樹の顔を思い出す。快楽主義者というか楽しみが最優先というかそういった感じの人間で、遊びまくっていた。結構樹は叱られていたような印象がある。怒っていたのはあのおっさんではなく、かといってお母さんでもなく、勝気そうな釣りめの妹さんだったが。
「そういえば樹の話で思い出したんだけど、あいつの妹、
「夕希もつむちゃんのこと覚えてるの!?」
「…まぁ、何度か説教されたし」
「あはは…つむちゃん昔からお母さんみたいなこと言うからねえ。年下なのにお姉さんに叱られてるみたいだってのはわかるよ。
今も変わんないみたいでさ。相変わらずしっかり者でお店の看板娘で一番の働き者だって」
「紬ちゃんかぁ、きっと美人になってるんだろうなぁ」
「「ひゃっ!?なんてこと言うの(言うんですか)!?」」
ちょっと待ってくれ。
俺の聞き間違いじゃなければ二人分の声が聞こえたような気がしたんだが…。気のせいじゃないよな。
「夕希さんっ!なんでそういうこと言うんですか!そうやって彩羽さんも落としたんですね!」
「いやまってそれはちが」
「違うくありません!!!大体ですね!美人だとかそんなこと軽々しく言っちゃいけないんですよ!女の子は言葉を重く受け止めたりするんですから!今回みたいに後ろで偶然歩いてるかもしれないじゃないですか!」
「だからその…いや、ハイ、続けてください」
もはやこの少女に抵抗は無意味である。昔の感覚が少し懐かしくもあり、昔の俺もよくこんな風に怒られてたな、なんて思ったりもした。
「ですからちょっと顔がかっこよかったり優しかったりたまに見せる男らしい一面があったり…!でもその裏側は私のために無理してくれてるとかその程度で気障な態度とってるんじゃないですよ!」
「…ちょっと待って紬ちゃん、君は何を言ってるんだ」
「なんですか!?私の体じゃ不満なんですかっ!」
「本格的にやめて!?社会的に死ぬから!?」
ふんすふんすとわけのわからない方向に憤る少女を前に目を白黒させる俺。麦わら帽子にシンプルなワンピースと俺や彩羽の服と比べればあまり捻りが無いファッションだが、そのシンプルさこそが彼女の天真爛漫というか勝気そうというか活発そうというか…そんな印象とうまくかみ合い、彼女のために仕立て上げられたかのような似合いようだ。
地毛で茶色い彼女の髪の毛は緩やかなふくらみを残すショートボブだということが麦わら帽をかぶっていても分かり、いかにも真夏の少女といった風貌。
率直に言って可愛い。彩羽に出会っていなければ俺含めたほとんどの男子が一目ぼれしたとしても不思議ではない。
まだ発達途中で控えめな胸もそれはそれで需要がありそうだし、少女が手にしている大輪の花、向日葵ですら紬ちゃんの魅力を引き立てる要因にしかなってない。
「…こほん、すみません、ボクも少し取り乱しました。でもでも!簡単に女性にそんな言葉を使ってはいけないってのは知ってくださいね?
言われた方は気にしちゃって恥ずかしくなるんですから!」
「は、はぁ、そういうもんなのかね。昔から変わってないね紬ちゃん」
麦わら帽子の上から丁寧に頭を撫でる。背丈はうちの妹より少し大きい程度だが、声の高さはうちの妹と同じくらいだ。口調はだいぶ違うが。
一人称がボクだなんて二次元だけだと思ってたよ。紬ちゃんは可愛いから許されるけれども。
尤も、本人の前で言ったらまた説教だろうから言わないでおくけどさ。
「分かったわかった…もう言わないから許してくれ」
「べ、べつにっ、嫌ってわけじゃないんですっ。でもなんていうかその、恥ずかしいんです」
「んじゃわからないように言うね」
「いやそういうことではなく」
「…ねぇ、そろそろ私しゃべっていいかな」
「ご、めんなさい。彩羽さんは夕希さんのこと大好きでしたね気が利かず申し訳ない」
「何で言っちゃうの!」
「…?何の話?ガールズトークなら俺先に行こうか?」
「うっそですよね本気で気が付いてないんですか」
「ん????」
「ほら、鈍感だから」
「あぁ」
何で俺の方をそんな目で見るんですかね紬ちゃん。可哀想なものを見たような。
「仕方ないですね。彩羽さん。お手本を見せてあげます」
「お手本って…ちょ、どういうことっ?」
「とりあえずうちに来てください。その時に見せてあげますから」
分からない。何を考えているのかわからない。女性陣の口の動きを読唇術で読み取るわけにもいかないし、俺と魚だけでも連れていこう。炎天下の中動き回れるほど俺も強靭な人間ではないし。
幸い、竜宮食堂と大きく書かれた看板が掲げられた店はすぐに見つかった。歩いていたのはホント数分程度だった。店と近いほうが色々都合いいのかね。
木造のその家屋は、家や料理店といった印象よりは海の家に近い印象を受けた。大きく隙間のあけられた壁は風通しがよさそうで、クーラーといった人間の手によるものではなく自然の風に依存したものなような気がした。
「すみませーん。泉妻です。どなたか居ませんか」
奥に向かって手をメガホンの形にして呼びかけてみる。
奥から物音が聞こえるので人はいるんだろうが、出てこない。恐らく今は手が離せないんだろう。
仕方がないので軒先に腰を下ろす。すると涼やかな風鈴の音と風が体に吹き付ける冷涼な感覚とですごく涼しい。人によっては寒いと感じるほどかもしれないほどだ。
汗で濡れた肌を乾かすように風が吹き、体中の温度が冷えていく。草や木々のにおいが混じるこの場所は落ち着いて読書をするのに適しているかもしれない。
今度時間があったら読書でもしに来ようかな。
「おー?そこにいるのは夕希じゃねえ?」
背後から呼び声。気怠そうな伸びきった喋り方は間違いない。樹のものだ。
振り返ればがっしりした体格があった。如何にも体育会系といった風体で、柔道でもやっているといわれればほとんどの人間が頷くであろう体躯だ。
「樹か?久しぶりだな。相変わらずがっしりしてるなお前は」
「んー、まぁそうやね。料理しか最近してないけど勝手に筋肉がついてこうなった」
「勝手につくんか…羨ましい限りで」
「そういや紬見なかったか。うちの入り口に飾ろうと思ってた花を取ってきてもらったんだが帰って来てなくてな」
落ち着き無さそうに辺りをきょろきょろする樹。
「あぁ、それならさっき会ったよ。今彩羽と一緒にこっち来てると思う」
「そういや十六夜も来るって言ってたなぁ。んで?君たち何時から付き合ってるの?」
「は?頭おかしくなったの?」
「いや真面目に。あんなに好き好きオーラ相手が発してるのに気が付かないとかあり得ないし」
「ちょっと待て何言ってんのか分かんないんだが」
「うっそだろマジでいってんのかぁ?無知って罪だねぇ」
ケンカ売ってんのかコラ。
ありきたりな形 いある @iaku0000
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