第5話

「さてさて夕希!次はどこに行きたいのかな。思い出の広場はもう行ったから…商店街でも見て回ろうか!」

「さっき選択肢に上がってた川とか海とかは何処へ行ったんだよ。いやいいんだけどさ別に」

「じゃあ一々そういうこと言わない!分かったらこっち近づく!」

 そして当たり前のように腕を組まれる。彩羽としては親愛の証みたいな感じなんだろうけど俺のような年頃の男の子からしたらドキドキすることこの上ないんですよ。

 自覚してないとかならすごく心配だなぁ。

 というかこれ間違いなく心臓の音聞こえてるよね。変に意識してると思われたらいやなんだけど俺。

 だが当の本人は何も気にした様子は無く、それどころか鼻歌まで歌い始めてご機嫌だ。

 そして隣に美少女が居てご機嫌だとこちらも気分が良くなるもので、二人ではやりのポップスを小さな声で口遊くちずさみながら山を下りて商店街へと向かう。


 しかし商店街といってもここは都会から結構離れたどちらかといえば田舎寄りの地域

 。駅前だとかによくあるアーケード程の大きさは持っていない。

 長さもそれほど長い訳でもないし、チラホラと営業しなくなってしばらく経つような場所も見受けられるが…。

「昔も思ってたけどなんでここだけ微妙に発達してんだろうな。なんだろうこの、町中から近代化の部分を寄せ集めた感じ」

「そうだね。言われてみればそんな気がする。休日とかだと暇な時はとりあえずここに来るってのが多かったかな。といっても夕希がいなくなっちゃってから私、あんまり外に出たがらくなってたんだけどね…えへへ、心の傷が深かったもので」

「俺がいなくなったくらいでそんなに落ち込むのかね。…まぁそれ聞くとちょっと嬉しかったりはするんだけどさ」

「でしょでしょ…?私実は夕希に会うまではちょっとオーラが暗くてさ。たっつんをはじめとする夕希ぐるみで仲良しだったメンバーは元気づけようとパーティを開いてくれたりしたんだけど、どうにも気分が乗らなくて」

 なんだか…俺がいなくなったせいでこいつが落ち込んじまったっていう話を聞くと、大事にされてたんだな、って思う反面やっぱり申し訳なさもちょっとある。

 勿論原因が俺にあったわけでは無いんだけど、それでも慕ってくれた女の子を置いて挨拶もできないまま移動するのは幼い俺にとっても辛いことだったのを鮮明に覚えている。

 確か物心ついて、家族の前で俺が初めて泣いた時だったと思う。

 それまでは玲もいたし、見栄張って涙なんて見せないようにしてたから玲にとっては初めて見る俺の涙だったに違いない。

 だからかな…悲しんでたのは俺だけじゃないって知れて、少し安心したような気持になった。

「今こうして出会えてるってのも運命なのかねぇ」

「ひゃうっ!?何でそんな恥ずかしいことためらいもなく言えるの!?」

 俺が心の中で最後の言葉を口にした瞬間、ぎゅっと組まれた腕に力が入ってその柔らかな肢体に惜しみなく俺の腕が押し付けられる。

 日本中、いやそれどころか世界中の男子が羨む状況だが、そんな状況の渦中にあっても俺の心は氷水に浸されたように焦燥感に満ちていた。

 じわりと冷や汗が額に滲む。吹き抜ける風が涼しいを通り越して寒いとすら感じさせ、。まさかとは思うぞ。まさかとは思うが、

「ちょっと待て今俺なんて言った」

「言わせる気!?鬼畜!変態!」

「なぜ罵るのかという点に関して疑問を提唱したいところだけれど今回は無視だ。

 割とマジで真面目に聞いてる。なんて言った?」

「運命、って…」

 ああ最悪だ畜生。俺としたことが油断した。

 つまるところアレだ。思ったことを無意識に口から発していたことになる。

 今朝厄日だと感じたのは気のせいではなかった。

「は、恥ずかしいからこの話やめにしよっ、ね?なんだか熱くなってきちゃった、あはは…」

「そ、そうだな。俺もなんだか落ち着かない」

 熱くなってきた、というのは十中八九羞恥や照れから来るものだろうが、そこをわざわざ聞いていくような愚行は犯さない。






 ふと周りを見ると、商店街のシャッターがところどころ上がり始めていた。服を安く売っている地元民に愛されてそうな店から、恐らく今朝水揚げされたばかりであろう新鮮な魚をせっせと並べる魚屋まで、様々な店が商店街にはあった。

 組んでいた腕を解き――手は繋いだまま――左腕に装着していた腕時計の文字盤を確認する。

 デジタルで表示される俺の黒色の腕時計は10:08という4桁の数字を浮かび上がらせていることから、商店街の1日はこの十時というタイミングで始まるらしいということが想像できた。

 少し魚屋さんとかは開店するのが遅いような気もするけど、人通りがようやくみられるようになったことを鑑みるに、あまり朝は早くないのかもね。この町は。

「おや!そこにいるのは彩羽ちゃんじゃぁないかい?最近見なくって心配してたんだよォ。好きな人との別れからは立ち直ったのかい?」

「おじさん…!もう、そんなこと言わないでよ大きな声でっ!」

 おじさん、と呼ばれたその真っ黒に日焼けしているいかにも漁師といった風体の男性はヤハハハハ!と元気よく笑って彩羽を冷やかしている。

 浅黒く焼けた肌と白いタンクトップが漁師的なイメージを加速させ、布越しでも分かるほど鍛えられた筋肉が、重労働を仕事にしているということを裏付けていた。

 そしておっさんが今しがた放った言葉。

 好きな人と別れた…その言葉が少しショックだったが多少は予想していたことなので極力気に留めないようにする。

 そうだよな、こいつだって好きな人の一人や二人いて当然の年頃だもんな。何傷ついてんだよ俺、らしくねぇぞ。何時から彩羽は自分のものだなんて自惚れた発想してやがったんだよ。バカじゃねえのか。

「って、噂をすればなんとやら、だなァ彩羽ちゃん!お前さんの想い人は隣にいるじゃねえかッ!いや逆かァ?想い人が帰ってきたから外に出れたってことかねェ?」

「本人の前で言わないでよぉ!後で自分で言うから!」

「へいへい、分ぁーったよ怒んなって彩羽ちゃん。今日は何買ってくんだい?」

 …想い人?隣に?隣には誰もいねえよ?何言ってんだよおっさん…。幻影でも見えてんのか。

 辺りをきょろきょろと困惑しながら見回してみるが相変わらず誰もいない。

 逆に俺にしか見えない何かがあるのかもしれない。

「ヤハハ!相変わらず自分のことはあまり視野に入ってはおらんようみてェだな。泉妻さん家のボウズは俺の事覚えてるかなァ?」

「俺の事をご存知なんですか…?」

 どこかで見たことがあるような…。記憶の片隅に浮かんではいるんだが。

「おう、竜宮って苗字に心当たりはねェかボウズ」

 記憶のピースが少し呼び起こされる。竜宮…漁師…魚…。

 眠っていた記憶を無理やりパズルのように繋ぎ合わせ…。



「思い出した!誰かと思ったら樹の家の親父さんかっ!」

「ようやく思い出したかァ…?にしても大きくなったなぁボウズ、昔はホント小さかったのになぁ」

 そうだ思い出した。



 何を隠そう、このおっさん。『竜宮食堂』で腕を揮う料理人であり、早朝から漁に出かけて食材をとって余った分を売るという自由奔放な性格の魚屋の店主でもあるのだ!

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