第4話 広場にて

一面に広がるのは緑だった。光と影と木々の葉が生み出す独特のコントラスト。涼やかな風が吹き抜ける山の麓を歩く俺たちは相も変わらずべったりだが…そんな俺たちすら包み込んでくれる偉大さを思わせる自然に充ち溢れた景色。

世界遺産だとか過去の武将が作り上げた城だとか、街中にそびえる摩天楼だとか、迫力に溢れたものじゃなくてこう…心の拠り所というか、落ち着ける風景というか。

そんな心に染み込むような風景の中で俺たちは思い出話に花を咲かせていた。

「ねぇねぇ覚えてる?私が家でするって言って家飛び出して…」

「えっと…確か暗くなって帰るに帰れなかったって時だったよな。

あの時はホント心配したんだからな、2度とそういうことすんなよ…」

「分かってるって!あの時夕希が駆けつけてくれなかったら私今どうなってたか分かんないや、ほんと感謝してるよ。あぁ、かっこよかったなぁあの時。

王子様かってくらいだったよ。

…でもよく見つけられたね私の事、捜索隊の人は声すら聞こえなかったって言ってたのに」

こいつが夜、親と喧嘩して家を飛び出し、山へ逃げ込んだ時にはすぐに捜索隊…といってもこの町の人々だけだが、その人達が捜索を手伝ってくれた。

100人は近かったと思う。それだけ皆に気に入られてたんだろうな。

それほど広くない町だから見つけるのはさほど時間はかからないだろうと思われた。誘拐とかされてない限り、ではあるが。

だけど結局彩羽と彩羽を抱えて連れ帰った俺が麓にたどり着いたのは空が白み始めてからの事だった。

その時のことは無我夢中だったのと小さい頃だった、という理由で今も鮮明には思い出せないのだが、分かったのは偶然とか直感とか、そんなものに助けられた結果だということは覚えている。

「なんか、彩羽が向こうにいるような気がしたんだよ。よく山で遊んでたこともあったしもしかしたら、と思ってな。誰も周りの人がそこには近づいていないように思えたし、盲点なのかも、と。

流石に彩羽が両足捻挫して動けなくなってたとは思わなかったけど」

「あの時はホントに死んじゃうのかな、なんて考えもしたよ。暗い中でも青くなってる足首が見えて冷や汗が止まらなくて。痛いとかそういう感情以前にどうしようどうしよう…って感情が頭から離れずにパニックになっちゃってさ。声を出すのも忘れて一人焦ってたところに夕希が来てくれたんだよ。

体中木の枝とかで切り傷まみれだったのに私を抱えて麓まで下りてさ。ほんとに助かったよ。命の恩人だ」

「やめてくれよ彩羽。妙な恩義を感じる必要なんてないって。俺だって彩羽お前にいなくなられるのは嫌だったし、心配だったしで勝手に動いただけなんだから」

ぶっきらぼうにそう彩羽に恩人呼ばわりをやめるように言うと何故か顔を赤く染めて視線を泳がせた。恥ずかしがっているような、照れているというような…。

絡ませていた腕も解いて頬に手を当てながらあちらこちらをみてる。そのくせ俺の方には瞳を向けない。何故だ。

何か地雷踏んだか?俺。

だが考えても思い当たる節が無い。ならば直接聞いてみるほかあるまい。

「どうしたんだよ、急に集中乱して。何かあったのか、嫌がるようなこと言ったなら謝るが」

「違う違う、違うのッ!気にしないで、そう、気にしないで」

「わ、わかったわかった。だから落ち着け、いいな?」

逆効果だったみたいですねぇ。人間の心理とは難しいものだ。

「う、うん。さぁ、気を取り直して進もう?昔遊んでた広場があるからさっ」

話の逸らし方が強引な気がするなぁ。気を取り直すも何も取り乱したのは彩羽だし。

…ともあれこのよく分からない空気を切り替えることができるのであれば好都合だ。

そしてその広場、というのが俺たちの住む皆木町みなきちょうを一望できる小さな展望台のようなものにもなっており、広がる景色と吹き抜ける風が心地よく、俺と彩羽の子供の頃の遊び場となっていたものである。

丸太を組み合わせたような簡素な柵と近所の大工さんが日曜大工で作ったベンチが2つほど、申し訳程度のラインナップの自動販売機とTHE田舎といった風体だがこれがまた都市での生活に疲れた俺の心を自然へと戻してくれる。

ベンチの上には雨宿り用の屋根が取り付けられており、田舎のバス停を彷彿とさせる。夏は日差しも遮ってくれるので中々重宝していたりもした。

「んーっ、この場所は何度来てもいいねぇ。気分が晴れるよ!」

「うん。分かる気がする。ここの風はなんか特別なような」

「ふふ、昔と同じこと言ってるよ夕希。昔も『この風はトクベツでサイコーだ!』ってはしゃいでたんだから」

口元を抑えて微笑む彩羽に少しときめいたのは秘密として…。

恐らく昔の俺も彼女が言う通りこの場所で彼女と一緒に風を浴びて育ったのだろう。僅かに残る記憶でも曖昧にではあるがこの場所の事は記憶に残っている。人間、意外と記憶は引き出せるものらしい。

そして記憶と言えば…忘れないうちに言っておかないと。

「…っと、そうだ彩羽、急に話変えていいか」

「いいけど、どしたの?急に何か思い出した?」

「あぁ…いや違うとも合ってるとも言えないんだが、彩羽って携帯持ってる?」

自分のカバンから白色の手帳型ケースに包まれたスマートフォンを取り出し、彩羽に見えるように掲げる。

流石に現代人なのだからスマートフォンとは言わなくても携帯にはなじみがあるはずなのだが…。

なんだその珍しいものを見つめるような目は。

「携帯…携帯…電話のこと?」

「おう。他に何があるというのかな」

「ごめん…私携帯電話持ってなくて…。高校生になったら買ってもらえるって言われてるんだけどさ」

「あぁそっか…んじゃこれ、俺の番号だから家からかけるときはこれからかけてくれれば俺の端末に直接かかるからさ」

カバンの中からボールペンとメモ帳を取り出して俺の携帯端末の電話番号を書いてからメモ帳をちぎって渡す。

お世辞にもきれいではない文字だが…読むには問題ないよな。多分。

その受け取った番号を物珍しそうに眺めて…大事そうにポケットにしまった。

機械にはあまり詳しくないのかもな。自宅電話だけで事足りそうだしこの地域。

「でもお前もうじき高校生じゃん。だったら買ってもらえるんじゃないかな。今日家帰ってからでいいからお願いしてみなよ」

「あ…そっか。えへへ、忘れてたや。私数日後には高校生なんだよね」

「そうだけど…別にそんなに嬉しがることじゃないような気がするんだよなぁ」

「だってだって高校生だよ!学校帰りにお買い物して帰れるんだよ?」

「まぁできるな。大方彩羽のお買い物って言ったら夕飯の食材とかだろうけど」

「まぁそうだけどっ!でもでも!寄り道できるんだよ?デートでき――」

「そうだな、デートもできるな」

「ひゃっ、なんてこと言うのさっ!」

「なんで怒られてんの俺いたい、いたいですお嬢さんやめてください!」

「もう夕希のえっち!」

「えぇ…」

訳が分からないキレ方をする彩羽。何故か笑顔。

唐突にキレられる俺。何故か叩かれてる。


そんな言い合い(一方的な暴力ともいう)を繰り広げながら俺たちは思い出の広場を後にした。

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