第4話
現在時刻、二十時を少し過ぎたくらい。
病院が思っていたよりも混んでいたらしく、癒守さんが帰ってきた時点で十九時過ぎだったのだが、それから少し話し込んでしまい、この時間に深水家の玄関に立つことになった。
癒守さんと話をしていて楽しかったからか、今朝、自分の家の玄関を出る時にも履いていたはずのローファーが、なんだか少し軽くなったように感じた。
「児輪囲ちゃん、こんな時間になっちゃって、ほんっとごめんねぇ。あと、お留守番と色んなお話、ありがとぉ」
癒守さんは頬に手を当てて謝罪とお礼を言った。
「いえいえ、こちらこそ。わたしも話せて楽しかったのに、こんなものまで頂いちゃって、ありがとうございます」
と、左手に持った、やたらと高そうな紙袋を挙げて見せる。
なんでも、癒守さんが気を使って、乗り換えの駅で電車を待つ間に買ってきてくれたらしい。
詳しくは覚えていないが、たしか、このお菓子一箱で癒守さんの病院までの往復電車代くらいは払えるような値段だったはずだ。
「それにしても、あの子、児輪囲ちゃんの前だと少し違うのね。あんな浸流くんは初めて、いいえ、本当に小さい頃ぶりに見たかもしれないわぁ」
ふふっ、と癒守さんは嬉しそうに言った。
ちなみに、今は浸流君は自室に篭ってしまって、この場にはいない。
レースゲームで勝ち続きだった(途中から、わたしの操作する受けっぽいおっさんキャラを一位にして、皆から攻められる総受けのようなキャラにしたいと頑張った結果)わたしに数瞬の差で勝って、両手を高々と挙げて喜んでいるところを帰ってきた癒守さんに見られてしまい、ゲームをそのままにして、真っ赤になって二階にある自室に走っていってしまったからだ。
どうやら、素の状態で喜んでいるところを見られたのが、恥ずかしかったみたいだ。
例えるなら、カラオケで全力熱唱しているときに店員さんが部屋に入ってきた恥ずかしさみたいなものだろうか。
……想像してみると、たしかに、少し恥ずかしい気がした。
「ただ、年上の友達みたいな人に勝ったから、いつもよりちょっと喜んでただけですよ、きっと。ほら、同級生の友達にゲームで勝つより年上に勝った方が嬉しいじゃないですか」
そう、浸流君が今後やりにくくないように、一応フォローをしておく。
「そういうことねぇー」
「……」
目の前に立つ癒守さんを見る限り、どうやら、わたしの言ったことに納得してくれたようで、「それじゃあ、わたしもゲームで浸流くんに勝てるようになろうかしらぁ」と、頬に手を当てて言っていたので、なんとか、浸流君の秘密は守れたようである。
まあ、信じてもらえて安心した反面、癒守さんの信じやすさが少し心配になったのだが。
「ゲームで思い出したけど、児輪囲ちゃんにゲームを片すのまでやってもらっちゃって、ごめんなさいねぇ」
「いえいえ、わたしもゲームやってたんで、それくらい全然大丈夫ですよ」
浸流君がゲーム機を準備していたところを見ていたので、ある程度はどこにどう仕舞えばいいのかは分かっていたし、やることはやってから帰らないとなんだか気持ちが落ち着かないので丁度よかったのだ。
「それじゃ、お邪魔しました」
玄関のドアノブに手を掛けてドアを半分ほど開けると、暗くなった道路が視界に入ってきた。
うわー、さっきまで明るかったのに、ほんと外暗いなー。
外の景色を見て、ようやく、もう夜なんだということを実感する。
「またいらっしゃいねぇー」
掛けられた声に、片手でドアを開けたままにして振り返ると、癒守さんは病院に行く前の時のように手を振って見送ってくれていた。
「えっと、お邪魔しました」
再度、挨拶をして手を振り返し、ドアを開けて玄関を出て行く。
「……」
ドアが完全に閉まると、今までわたしの周りにあった家の温かさの名残りが風で飛ばされてしまったように一瞬で消え去った。
「うわっ、外寒っ!」
背を丸めて、自分を抱くようにするも、感じる寒さはあまり変わらない。
片手を伸ばして家の前の小さな門を開けて出る、それだけでも体温が風に奪われていく気がした。
そういえば、浸流君は結局最後まで自室から出てこなかったけど、どこが浸流君の部屋なんだろう。道路側から見えるかな?
自宅までの数メートルを歩きながら、浸流君の部屋っぽい窓を探していく。
「……あっ」
案外、すぐに見つけられた。
その部屋の主であろう、浸流君が出窓に張り付いてこちらを見ていたのだ。
歩きながら片手で軽く手を振ると、わたしが気付いたのが分かったようで、わたしから目を背けて一応手を振り返して、すぐにカーテンの向こうに引っ込んでしまった。
照れてる照れてる。
二人でいるときは生意気なくせに、ああいう少し素直な子どもっぽいところがあるから可愛い男の子だなー。
「…………」
手を振るのをやめて道に視線を戻すと、なんだか胸の中にモヤモヤするものがあるのに気付いて足を止める。
なんだろう、この変な感じ……。
なぜ、急にこのモヤモヤが出てきた?
たしか、浸流君の部屋を探して、出窓に張り付く浸流君を見て、その後、手を振ったら振り返してくれて、それで照れて引っ込んじゃって、普段は生意気なのに可愛い男の子だな、と……。
「あっ、思い出した!」
生意気・可愛い・男の子で思い出した!
「わたしはマンガを買いに行く予定だったんだ!」
留守番が終わったら、マンガを買いにいく予定だった。
それを忘れていたからモヤモヤしたのか!
慌てて制服のポケットから携帯電話を取り出して現在時刻を確認するも、時刻はもう少しで二十時半。
えっと、地元の本屋の閉店時刻は二十一時。だいたい、ここから自転車で十五分で目的地に着く。並べられた新巻を見て買うまでの時間は十分にある。
「――だけど、ま、外寒いし、明日でいっか」
モヤモヤしたのが無くなって残った、美容院行きたてみたいな、この清々しい気分を壊したくないし。
それに、瞬時に網膜に焼き付けた、あの光景が見れただけでも今日は十分過ぎるくらいだろう。
なんてったって、恥ずかしがって赤い顔をして逃げていくショタっ子という貴重なものが見れたのだから。
「……ふふふふ」
適当に辻褄を合わせて、妄想を脳内で構築しながら、自宅の門を開けて叫ぶ。
「ふふふふふっ、みなぎってきたーーーーッ!」
二面性(少年+少女) imi @imi_06
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