第41話 クリスマスツリー

 クリスマスツリー、中世ドイツの神秘劇でアダムとイヴの物語を演じた際に使用された樹木に由来している。またクリスマスツリーに飾りつけやイルミネーションを施す風習は19世紀以降のアメリカ合衆国で始まったものである。


 鈴木は自分史上最高のオシャレをして、何軒も駈けずり回って手に入れた花束を持って、神保町にあるクリスマスツリーの前で待っていた。

 ビルに写る自分の姿に、場違いな感じを受けながら溜息を吐く。


「こんなところ初めてきたな」


 神保町は高級ビルが立ち並んでいる。

庶民である鈴木にはどうにも落ち着かない雰囲気のところである。

 望の指定した場所でもあるので、鈴木としては反論するつもりもないが、見た所建物ばかりでどこかで食事をしたり、出掛ける場所ではないと思うのだが。


「太郎さん。お待たせしました」


 鈴木が考え事をしていると、背後から声をかけられる。

咄嗟に花束を隠すようにして、鈴木は振り返った。


「あっ!」


 黄色ワンピースドレスに、白いファーコートをきた望が立っていた。

いつもと違う化粧に鈴木は言葉を失った。

 望のあまりにも美しく可愛らしい姿に、何かを口にするのがもったいないとすら思えた。


「お待たせしましたよね?」


 フリーズしてしまった鈴木に、不安そうな声で問いかける。

鈴木は何とか意識を覚醒させて何かを言わなければならないと、言葉を発する。


「綺麗だ……」

「えっ?」

「あっ!ごめん」


 鈴木は自分の言った言葉に驚いて顔を赤くする。そんな鈴木を見て、望も照れて赤くなっていた。


「ありがとうございます。黄色は家の勝負カラーなんです」

「勝負カラー?」


 聞きなれない言葉を鈴木は反復する。


「はい。特別なときだけ着る服なんですよ」

「そうなの?」


 望が話すたびにいつもとは違う香水の香りが、鈴木の鼻孔ををくすぐる。


「さぁここは寒いですし。行きましょう」


 望が歩き出そうとしたので、鈴木は慌てて花束を差し出す。


「何をプレゼントすればわからなかったから」


 鈴木が差し出した花束を見て、望は嬉しいような困ったような顔をする。


「太郎さん。ありがとうございます。凄く嬉しいです」


 望のそんな顔を鈴木は見ていなかった。

プレゼントを差し出すのに全力を注ぎ、下を向いて差し出したのだ。

 望は花束を鈴木から受け取り、お礼を述べた。

受け取ってもらえたことで鈴木も安心して顔を上げる。


「でも、太郎さんが持っていてもらえますか。部屋についたら改めてプレゼントしてほしいです」


 望は一度受け取った花束を鈴木に戻した。

気に入らなかったのかと不安に思うが、望の顔は喜んでくれている。

 鈴木は一抹の不安を抱えたが、部屋という言葉にも反応していた。


「えっと。ここって神保町だよね?部屋って呼べるものはないと思うんだけど」

「ありますよ。高級ビル街ですけど、森も住居もちゃんとあります」

「なんなら、こっちの方が渋谷や原宿なんかより整備されてて、綺麗なんですよ」


 鈴木は望の言葉に改めて景色を見る。

上ばかりを見ればビルしか目に入らないが、目線を下げて辺りを見れば確かに木も多い。


「全然気づかなかったけど本当だ」

「へへへ。意外でしたでしょ。みんなこの辺ってあんまり来ない人が多いんです」


 望に言われて考えてみるが、確かにこんなところに来ることは滅多にない。

安いマンションにホルンと二人、一日のほとんどは仕事に過ごしている鈴木に関係のない場所になっていた。


「それで部屋って?」

「私って普段は実家暮らしなんですけど、親からいくつか自分ように使える部屋をもらっているんです」


 さらりといくつか使える家があると言った望に、本当にお嬢様なんだと鈴木は改めて思い直した。


「そうなんだ……」


 望の姿に驚き、望の言動に驚く鈴木は、もう何も驚かないと決めて、望の後を続いていく。

辿り着いたのは高級ビルだった。

 エントランスに入るとビル関係者専用のカフェがあり、受付にフロントマンまで存在する。


「おかえりなさいませ。黄島様」

「ただいま帰りました」


 普通に出迎えられ、普通に挨拶を返した。


「彼は私の恋人です」

「かしこまりました。登録しておきます」

「お願いしますね」


 フロントを抜けて仰々しい金色の豪華なエレベーターに乗る。

何人乗れるのかわからない広いエレベーターが動き出す。


「ここって30階までオフィスとして使われてるんです。住居はその上です」


 望の説明を受けていると、背後が明るく感じて振り返る。

扉は金だが、後ろはガラス張りになっており、町の景色が神々しく輝いている。

 日本の中心がそこにはあった。


「……本当に家なんだよね?」

「へへへ。そうですよ。ちょっとは驚いてくれました?」


 悪戯っ子のような笑みを作る望に対して、鈴木は呆然と景色を見て別世界だと思っていた。


「着きましたよ」


 エレベーターには50階と表示されていた。

50階に降りると、扉が一つしかない。


「えっと……マンションなのに扉が一つだよ」

「はい。この階は私の家しかありませんから」


 そんなこという望にもう好きにしてくれと、鈴木はつき従う。

望が扉の一角に触れると扉は自動的に開かれた。


「今のは?」

「うちの家は指紋認証なんです。中からも外からも私以外の指紋じゃないと開かないんですよ。本当にめんどうです」


 最新鋭の技術をめんどくさいという。


「さぁ、入ってください。ここが私の部屋です」


 鈴木は靴を脱ぎスリッパへと履き替える。

鈴木が履いていた靴なんかよりも履き心地の良いスリッパの感触を足に感じながら、部屋の中へと入って行く。


「うわぁ~」


 鈴木が驚くのも無理はないだろう。

玄関から廊下を抜けて、リビングに入ると大パノラマが広がっていた。

30畳あるリビングを囲う大きな窓が夜景を映し出している。


「へへへ。ここの景色は結構自慢なんだよ」


 望も嬉しそうに笑い。着ていたコートを脱いだ。

コートを脱ぐと、肩や胸元の露出が多くなり、鈴木は目のやり場に困ってしまう。


「寒くない?」

「あれ?部屋寒かったですか?」


 鈴木は部屋に入ってから寒いとは感じていなかった。

むしろ少し熱くすら感じている。望が鈴木が来るために用意していてくれたのだろう。


「いや、全然寒くないよ」

「へへへ。なんだか太郎さん変ですよ」


 鈴木の反応が面白いのか、望は笑顔を崩さずにダイニングキッチンに入っていく。

チキンにシャンパン、手作りのサラダやピザが並べられる。


「すみません。オシャレにって考えていたんですが、私の作れる物ってお母さんが教えてくれたものだけなんです」

「十分だよ。凄くおいしそうだ」


 望の部屋で綺麗な夜景を見ながら、シャンパンを傾ける。

目の前には絶世の美女が座る。鈴木にとって極上のクリスマスとなった。


「太郎さん。一つお願いがあるです」

「なんだい?」

「花を花瓶に活けて頂いてもいいですか?」 


 望は遠巻きに花瓶を見つめていた。鈴木は持ってきた花束を花瓶に活ける。


「どうかしたの?」

「ううん。凄く嬉しいプレゼントです」


 望は本当に嬉しそうに笑っていた。


「よかった」

「私からもプレゼントがあるんです」

「プレゼント?」


 そういうと明るかった照明が薄暗くなる。

ストンと服が擦れて落ちる音がする。


「私を貰ってください」


 下着姿になった望が鈴木に抱き着く。

あまりにも鈍感な鈴木に対して、望は勝負をかけたのだ。

断られるとは思っていない。それでも望にとってもここからは未知の領域なのだ不安がいっぱいだった。


「ありがとう」


 望の耳元で鈴木がお礼を口にする。そして鈴木は優しく望を抱きしめた。

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訳アリ中小企業に勤めています イコ @fhail

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